そして秒針は動き出す
「ふゃぁ~ぁ。」
よく晴れた快晴。最近は澱んだ曇り空が多かった為にこんな天気が妙に清々しい。
とは言え、眠いのには変わりないのだが。
「ふぁぁ~。」
「ん?珍しいな。お前も寝不足とか?」
俺に続いて隣に歩く桜木まで大きな欠伸を口にした。言われて見ればコイツの欠伸を見るのは初めてではなかろうか?
まぁ、今日もしっかり朝のモーニングコールはしに来たのだが。モーニングコールと言うのかどうかも分からんが。アレは‥。
「ん~?まぁね。さすがに疲れちゃって。」
「あぁ。まぁ、そうだな。」
確かに昨日といいその前といい俺達は活発に動きすぎた。さすがの超人、桜木でも疲れが溜まったのだろう。
そう思い同意したのだが少しばかり違った。
「いや後、三日もすればテストでしょ?だから、あれから帰って勉強したんだけど‥ふゃぁ~ぁ。駄目だね。全然、進まなかったよ。」
欠伸を途中で挟んでのその台詞。俺が何を思ったのかは言うまでもなかろう。
「あ‥あぁ。そ、そうか(震え声)」
「ん?どうしたの?」
きょとんと首振り、桜木が問いてくる。いやいや、察しろ。察しろよ。
「いや、何でもねぇ。それよか今日だかんな。お前も気合入れろよ。」
やべー。提出物にも目を付けてねぇ~。今回、終わったー。
とか言う心を誤魔化すように話を逸らす。いや、これは現実を逸らしているのだと思う。ほんと、どうしようか?
「うん。そうだね。今日だからね。」
そんな俺の内なる心。桜木に伝わる筈もなく。ていうか伝わったら伝わったで色々と面倒な事になりそうなのだが‥。
「あぁ。全てを終わらせるか。」
「うん。」
快晴の晴れ渡る空の下。俺達は学校へと向う。テストなんかよりもよっぽど大事で面倒な事。それに今日、終止符を打ちに行くのだ。
気合は十分。準備も万全。おまけにこの天気ときた。
青春の針を動かすには十分なコンディションだ。
*****************
テスト期間という事もあり、部活動は休止。目に付いた教師も会えば決まって「早く帰れ。帰れ。」を繰り返す。俺達は害虫か何かかよ?
とは言え、俺達はマイホームへ帰す前に寄るところがある。そう。ここ。生徒会室のその部屋に。
「あの、その‥ありがとな。本当に来てくれて。」
生徒会室の扉前。そこにいるのは四人。俺に。桜木。波瀬。そして蔓実である。
「‥う、うん。でも、元はと言えば私が我が儘を貫いていたから‥。」
ツンデレキャラから一新。髪も黒に染め直しで長い髪を背中に流す蔓実は会った時、誰だか分からなかった。
そんな彼女はまだ学校という公共施設への慣れが戻ってないのか。本来のキャラに馴染んでないのかでシオらしい声を発した。
「まぁ、その事は気にすんな。とにかく中に入るぞ。」
言って俺は三人へと顔を向ける。
三人の表情はやはりというのかあまり良い表情ではない。妙に力が入り、強張って見える。
だが、そんな事を気にしていたらいつまで経っても中へは入れない。俺は一つ鼻から息を吐き出し、扉の取っ手へと手を掛けた。
ギギーッ‥。
という相変わらずの軋んだ音。扉が開放されると同時に中の風景が見えてくる。
「待っていましたよ。」
「あっ、ども。」
扉を開けると直ぐ、副会長の安藤 麻凛さんがにこやかな笑顔で出迎えてくれた。
「ふふ。見る限りでは結果の方は良好ということですね。」
麻凛さんは俺の背後で隠れるように立っている二人の少女を目に薄く笑った。
「どうでもいいけどよ~。お前ら、そこ閉めろよ~。さみぃだろうが~。」
「あっ、ごめんなさい。」
今日も今日とてやる気という文字の一文字も感じられない我が会長さん。ダラーとした声で扉を閉めるよう指示を仰いだ。
その指示には桜木が慌てて応じていた。お陰で背後で流れていた冷風がピタリッと止む。
「さぁ、では。取り敢えず座って下さい。今、お茶を出しますんで。」
「あっ、いや。今日は報告をしに来ただけなんでいいですよ。」
例が例が如く、お茶を汲みに行こうとしている麻凛さん。その行動をまたまた例が例が如く、断る俺。そして例が例が如く、それでも卓上には四つ。湯気立つティーカップが並ぶ。
はぁ~。何だよ。この流れ。
心中溜息を吐くも麻凛さんが淹れてくれる紅茶は美味しいので文句はない。ただ、もう少し相手様の意思を尊重した方がいいと思います。いや、麻凛さんの将来的にね。特に秘書とか。秘書とかの職務に就くなら。
「で、です。」
俺は手に持つティーカップを卓上に音発て、話を切り出す。
「見ての通り。アニ研部長。それに部員であった蔓実 香澄と波瀬 麗華を連れてきました。部の存続を認めて貰えますか?」
俺に続き、桜木も頭を下げる。それを見てかどうか残り二人も無言で頭を下げた。そういえばここに来てから二人は一言も喋ってないな。緊張でもしてるのだろうか?
「ふふ。そんなの当たり前じゃないですか。見れば分かります。ですよね?会長?」
朗らかな笑みを見せ、麻凛さんは会長の方へと目を向ける。
「ん~?あぁ~。アニ研ね。はいはい。了解。了解。部員数足りてんなら問題なし~。勝手にやってろ。」
「ですって。」
「え?あっ、はい。」
何、その気の抜けた感じ。今までの苦労が水の泡じゃないですか。
「あっ、あの?」
「ん?何ですか?」
俺が声には出さず、落胆していると隣りの隣り。つまり、波瀬がオドオドとした声を上げた。
「わ、私達はこれからも普通に‥今まで通りでいいんでしょうか?」
意を決したような声音だった。その隣の蔓実も同じ。怯え、震えている。二人がここに来たのはどうも俺達以外にも理由があったようだ。
「ん~。そうですね。いいと思いますよ。というよりも私達ではどうもできないですし‥。」
麻凛さんは困ったような表情を浮かべる。まぁ、それも無理はない。生徒会の副会長。どこぞやの大人よりもしっかりしていようが彼女もまだ高校生。波瀬に蔓実が反省したいと言っても判断は下せない。
「そ、そうですよね‥。」
あまり納得いくような返事を聞けなかったからだろうか?波瀬の声は少しばかり陰が掛かっていた。
と、そこにのほほーんとした声が参入。
「別に気にすんなよ~。わりぃのはお前ぇらじゃねぇんだし~。まぁ~、それでも後ろ目たいってんなら警察にでも行くんだな。どうせ真面目には取り合ってくれんだろうが~。」
そう言い終わると会長は今までもやっていた何かに移り、戻る。シャーペンカリカリ。生徒会長は大変だ。
「け、警察‥。」
そのワードは俺達高校生にとってはやはり思うところはある。その気持ちを一に感じたのはどうも蔓実であったらしい。仮定はどうであれ二人の男子生徒の命を絶ったのは彼女が原因だ。思うものが人一倍だってことも頷ける。
「もし、行くんだったら俺達も付いて行く。どうせ、罪には捕らわれん。」
二人に乗っかった気持ちを軽減させようと声を伝える。気休め程度にしかならんだろうが言わないよりかはよっぽどいい。
「で~、それだけか~?なら、もう、お前らは帰れ~。テスト近いんだから勉強しろよ~。」
俺達の気持ちも考えず、会長ののほほーんとした声は続く。
「いや、それは会長にも言えた事でしょ?まぁ、仕事なら仕方ないとは思いますが‥。」
ほんと、生徒会にだけは入りたくない。テスト期間中でも働かにゃならんとは。人の上に立つ者は人相応の職務をこなさねばならぬとは本当だ。
ご愁傷様です会長。これからもこの学校の為、俺達の為、犠牲になってください。
などと思っていたら違った。
「は~?仕事~?」
シャーペンの音が止み、会長の顔がこちらへと向く。
「へ?いや、だって、忙しなくシャーペン動いてるじゃないっすか?仕事してるんじゃ‥」
ハテナ?首を捻るとその疑問には前に座るにこやか麻凛さんが答えてくれた。
「違いますよ。会長がやってるのは課題です。ほんと、今更慌てるなんて会長として恥ずかしい限りです。」
プンスカ。まるで会長の母親みたいに頬を膨らます麻凛さん。それでもちゃんと会長の傍にいるとは仲がよろしいのですね。
とは言え、何か聞いてはならぬワードを耳にしたような‥。気のせいかな?うん。
「…課題。そういえば、ゆうちゃんは終わったの?」
「あっ、いや。‥はは。勿論だとも。」
せっかく幻聴で済まそうと思ったのに。隣りの人物は見逃してくれない。思わず笑ってしまった。
「嘘だね。それは。」
「なっ、何を言うんだ!俺が課題をやってないわけがないだろ!」
じーっ。と、何かを観察するように見た後、確信をもって言う桜木。それに思わず裏返った声を返してしまう。
「じゃぁ、見せてよ。終わったてんならその課題を僕に見せて。」
「い、いや。家にあるし‥大体、答え合わせまだやってないから見られるのはやだかな‥なんて。」
勿論、答え合わせどころか何も手も付けていない。嘘の上に嘘を乗せる俺の技巧。どうだ。
と思い、桜木を見る。
「ふ~ん。なら、せっかくだから僕が答え合わせしてあげるよ。ついでに分からないところは教えてあげる。」
「あっ‥いや。それは‥」
「どうでもいいけど~。そういう会話は他所でやってくんねぇか~。私は私で忙しいんだ~。」
俺が窮地に追い込まれた(自業自得なんだが)その時、奥の机の方から会長の声が伝わる。けっ。自分も俺と同じ部類の癖に偉そうに。
しかも暖房ぬくぬくのお勉強とはいいご身分で。ケッ。
人間、追い込まれると悪い言葉もそれに応じた醜い心も生まれるものだ。自分で自分が嫌になる。
「ごめんなさい。そうですね。もう僕達は退出させて頂きます。ほら、行こ。皆。」
会長の言葉に始め、桜木が席を立つ。それに順番。波瀬。蔓実と立ち並ぶ。俺も渋々、席を立つ事に。
卓上ではもうすっかり冷めた紅茶が半分近く残っていた。だが、今更それに手を出せるわけなく俺達は会長。麻凛さんに一言告げて生徒会室を後にした。
と、その最後。
「「あっ、あの。今の今まですみませんでした。」」
もう既に部屋を出ていた俺。だが、その声に背中を振り向かせる。
「いいですよ。そんな事。」
「あぁ~。私は何もしてねぇ~。」
二人の少女が下げた頭の上。生徒会の二人は優しくそう言う。蔓実。波瀬は再度、頭を大きく下げ、上げ戻した。
「では、失礼します。」
蔓実と波瀬が何を思ってこの部屋に入ったのかは知らない。何を思って学校に戻ってくれたのかは知らない。けれど彼女等の覚悟と決心はその時、俺‥いや、きっと桜木にも十分伝わった。
長く停滞していた時計の針はようやく動き出したのだ。その秒針が時を刻む音。俺にはそれが確かに聞こえた。
だが、やはり。今、現状。その秒針は止まって頂きたい。ほんと、課題どうしよう‥。はは。
****************
「二人共、大丈夫か?」
生徒会室の次は職員室。俺達、四人はガヤガヤ。カタカタ煩い、扉前で立っていた。
とは言え、今はテスト期間中。職員室内に入る事は禁じられている。
「「う、うん。」」
二人の顔は生徒会室の扉前よりも険しいものとなっていた。それはまぁ、そうなのだろうが‥。今から合わす人物の事を思うと俺も胸がいがいがする。
「じゃぁ、呼ぶか。」
コンコン。
二回ほど、金属製の扉を叩く。中はテスト問題を作成する教師で喧しい空間となっている。こんな小さな音で聞こえたかどうか?
再度、扉を叩こうと手を握り直したその時、扉が開く。
「ん?なんだね?君達は?」
頬に皺。あまり豊富とは思えない頭には白髪がちらほら。あまり見かけない中年男性が訝しそうな目で訊ねてくる。
「あっ、いや。人を呼んでくれませんか?椚を‥いや、椚先生を。」
「ん~。いいけど、君達も知ってるとは思うが今の時間。どの教師も忙しいんだ。質問は短く済ますんだよ。」
最後に「はぁ~。」と溜息を大きく吐かれるもその教師は椚を呼びに行ってくれた。どうやらテストに関しての質問などと勘違いしているようだ。
「んだよ。こっちは忙しいってのによ。」
程なくして今日も相変わらずの椚が現れる。椚は俺達を見ると嫌な表情を顔に浮かべた。それもその筈だ。俺の横には蔓実がいるのだから。
「ちっ。何で来たんだよ。」
小さな声だったが確かに聞こえた。俺に聞こえたのだ。その隣りの蔓実にも勿論、聞こえていた筈だ。証拠というように蔓実の目線は下を向いている。
「約束だ。話を聞いて貰おうか?」
先ほどの言葉に何か言ってやろうかとも思えたがそれを言ったところでこの男が謝ってくれるわけがない。会話の流れに沿って俺は口を動かした。
「ちっ。」
約束は約束だ。いくら椚といえど人としての最低限は守ってくれるようだ。まぁ、態度はアレとして。
「ほら、お前ら。言ってやれよ。お前らが思ってる事。全部。」
俺は二人の背を押すようにそう言う。
だが、というのか。やはりというのか二人は中々、前に出てはくれなかった。その気持ちは痛いほど分かった。が、これは二人の問題である。俺がやれる事はここまでだ。
そう思い、見守っていると始め、波瀬が動いた。
「く、椚先生。」
震えた声だった。昨日、会ったとはいえ彼女にはまだ心の準備たるものが出来ていないのだろう。少し、早かったか。
そんな俺の心を裏切るように波瀬は大きく前に出た。
「私達は全て知りました。自分達がやった事とその罪の重さ。そして逃げた事。友人を残した自分への怒り。あの時、捨てた筈の全てを‥。」
波瀬の声は段々と弱くなっていた。だが、しかし。その声は後半になるにつれてはっきりとした意思を見せていた。だからというのか残されたもう一人の少女も前へと一歩踏み出した。
「わ、私も‥。もう逃げない。ちゃんと、学校に行ってちゃんと自分と向き合う。だから、先生もあの日と向き合って‥。私達はもう一度、二人の死について正直に話すべきだと思います。」
波瀬に続いて蔓実の覚悟。その言葉には俺も少しの驚きがあった。蔓実も馬鹿ではないのだ。今更だが正直な告白を警察やら二人の両親に言えばどうなるか?分かる筈だ。
まぁ、半分以上が相手にされないという確率なのだが‥。それでもだ。
「‥正直に話すべきだ?」
二人の言葉を耳にしかと通した椚はまぁ、彼の性格上、当然なのだが納得はしていなかった。握る手は強く。体も小刻みに震えている。どうやら怒ってるようだ。
「ふざけるなよ!もう既に丸く収まってんだ!今更、問題を掘り上げて誰が得する!冗談じゃない!」
職員室前だって事も忘れて大声で自身の心境を訴える椚。見ていて清々しい程のクズっぷりである。
とは言え、言ってる事は的を射ている。確かにここで正直に告白したところで誰も得しない。敢えて言うならば波瀬。蔓実の抱える重荷が少しばかり軽くなる程度だ。
だが、それでも人への迷惑は避けられない(椚は除いて)。
警察も過去の解決済みの事件に一々、真剣に取り次いではくれまい。二人の両親に至っても今更、亡き息子の事を思い出したくはないだろう。蘇るなら別としてそんな事は有り得ない。
だから、ここで二人の少女と駄目な教師に望む事は ―
「あぁ。そうだな。今更、正直に話す必要はない。大体、悪いのはあいつらだ。正当防衛。殺人には変わりないがお前らはその分の罪は償った。」
「「で、でも‥」」
二人の声が重なる。椚の表情は苛立つ。
「まぁ、それでもお前らが話したい。そう思うんなら別だ。結局はお前らの意思。俺にそれをどうしろとは言えない。」
「お、おい。」
椚の声が俺に飛ぶ。庇っていたものと勘違いしていたのだろう。そんな訳がなかろうに。
俺は無視して話を再開させる。
「だが、そんな事よりもお前らが罪と向き合うってんなら手っ取り早い方法がある。」
「そ、それは‥?」
期待に満ちた目。そんな目を向けられても困るのだが‥。
「はぁ~。」と溜息を深々と吐き出し、俺は二人を見て次いで、椚にも視線を向ける。
「部活だよ。お前らが罪を忘れない為にも部活をするぞ。勿論、顧問は椚‥先生。あんただ。」
「は?」
皆(桜木を除いて)同じような表情はしていたが声を零したのは椚。その一人だった。だが、お生憎様。あんたには拒否権はない。
それが椚へ俺が下した罪への償い方。忘れようとしていたその時間と部活。再開させていただくぜ。
そんな事を心中、柄にもなく思い、俺は少しだけ頬を緩ませた。ようやく部活メンバーが揃ったわけだ。




