取引③
時刻は何時頃だろうか?その時間は定かではないが、きっとリミット(河合先生がここに戻ってくるか、下校時間を報せるチャイム音が鳴り響くか)まではそう時間はない筈である。閉ざされた窓外から微かに聞こえる幾数人もの生徒の声も始めの勢いが無くなっている事からそうなのだろうと予測はできた。
のだが。現時点では未だに進行は殆ど皆無。全くと進んでいないという状態である。更に最悪な事にここからの仕切り。つまりはこの場。保健室の眠れる森の美女ならぬ起爆剤を胸に宿りしお姫様を目覚めさせる役目は俺となっていた―
「俺が戦う番だ。」
先刻、そんななんとも恥ずかしい。どっかの主人公が言いそうな台詞を口にした俺ではあったが本当に恥ずかしい事に言ったはいいが何の策も無かった。
どうにか自分の殻に入り、そこに居住まおうとしていた波瀬は黙らせたものの、ここからが何をやったらいいのか?点で分からない。勝負はここからだというのにお先真っ暗とはこの事だ。
が、しかし。桜木はよくやってくれたし、あれ以上は無理だったろう。自身の言葉が波瀬に届かなくなった桜木の慌て振りは、とてもじゃないがデッドエンドのロゴしか見えなかった。
して、仕方なく動いたのがこの保健室の守り神であった俺というわけだ。
という前置きはこのくらいで本題に入らなければならない。本題に。彼女の。波瀬麗香の穴だらけの心の心髄に入り、話し合わねばならないのだ。
「波瀬。さっきの事は悪かった。震える女の子にやるべき事ではなかったわ。悪い。」
桜木に座っていた丸椅子を変わって貰い、新たに俺がそこに尻を付け、まずは謝罪。話し合いの前提を整える。
「・・・・・・・い、いや。別に。だ、大丈夫‥」
俺が口を開き、声を発した。また面倒な事になるのか。はぁ~。と覚悟していたのだが、それは無駄に。彼女は震えた声を小さくだが俺に返してくれた。
「そうか。それなら良かった。じゃぁ、早速だが一つだけ訊いてもいいか?」
初めて会話が成立した。わーい。ひゃっふぉー。なんて両手上げて喜んでいる場合ではない。時間もないのは勿論、時間を掛けすぎるのもあまりよろしいとは思えない。今の波瀬は桜木のお陰。幾数回もの綱渡り状態を乗り切ったからこうして俺なんかとも話せられている。
だが、その状態はソノ事が話せられるという事だけではない。
危険な状況はパワーも上がり、バトルものの主人公がラスボスを倒す時なんかによく用いられる状態である。
それと同様。危険な状況程に彼女の精神は普段よりも倍増に脆く。そして弱いのだ。
よって、選手の交代を申し上げた俺は最強にして最弱の相手と向き合っているという事となる。
「‥一つ?本当に一つだけでいいの?」
「あぁ、これだけでいい。まぁ、波瀬が他にも何か訊いてくれってんなら色々、訊いて上げなくもないけどな?」
「い、いや。いい‥いいに決まってる。」
波瀬の状態が段々と治っている事にふんふん心の中で頷く。まぁ、斜め横から感じる殺気みたいなモノは無視しておくとして。きっと、色々訊くという言葉でいらん勘違いをしているのだろう。波瀬のスリーサイズやらなんやらとか興味ないっての。いや、本当に。
まぁ、それはさて置き。後で処理しておくとして結果はオーライ。場はいい感じに整っている。
「じゃぁ、一つ。波瀬が退院した日。その日ってのは何日だ?」
「え?・・・いや、十月‥十月の十五だった…と思うけど。」
波瀬は何故にそんな質問を?と言いたげな顔で俺にそう答えてくれる。事実。そんな質問よりも訊きたい質問は山ほどある。
だが、それらはどれも危険すぎる。せっかく、波瀬と話せられるチャンスを無駄にはしたくはない。確実に答えられる。それでいてこっちのプラスとなる情報。それがこの質問だ。
桜木が話している最中。何も本当に保健室の守り神になっていたわけではない。
「そうか。それに間違いはないよな?」
念には念を。俺は頭の中で次言う言葉を考えながらも波瀬に時間稼ぎとしか思えない言葉を口にする。
「え、えぇ。間違いは‥ないと思うけど?」
その言葉は確信的なものには少し欠けるが所詮は時間稼ぎに言った言葉。答えなど耳に通すだけである。
「ちょっ、ちょっと。ゆうちゃん。どうするの?あんな事、言って。しかも訊いた質問があれって?」
それまで殺気らしからぬものを放出していた桜木。今ではそれはどこかに消え、いつも通りの桜木の小声が俺の耳にこそばゆい。
まぁ、心配するのも無理はないとは思うが。
「まぁ、ちゃんと考えては‥まぁ、いなかったけど。大丈夫だ。まだ、お前に頼る時ではない。黙って俺のジョブを受け継いでおけ。」
「いや、訳分かんないし‥。まぁ、でも。ゆうちゃんがそう言い切るなら安心かな。」
首をキョトンと抱える波瀬をこれ以上は放っては置けない。桜木同様の小声を早々、俺も返す。桜木はあんな頼りない台詞に直ぐに納得。例の陽の光にも優らぬ笑顔を顔に戻ってくれた。
こんな俺なんかに何をそんなに期待しているのやら‥。
「と、悪いな。今日の帰りに買い物に付き合えってコイツが言ってきてな。俺はそれに嫌だの一言で断ったんだ。」
「いや、聞いてないし。それに桜木さん最後、笑顔見せてたように私には見えたんだけど‥。」
しまった。内緒話は感じ悪いかと思って親切に教えてあげたのに(嘘の)とんだ墓穴を掘ってしまった。
「あぁ。だが、その代わりにコンビニで何か買ってやるって言ったんだ。それだから喜んだのかな?うん。うん。」
何がうん。うん。なのか?苦し紛れの言い訳程、下手なものはない。
「それも別に聞いてないんだけど‥まぁ、いいわ。」
不審な目は変わらず両側にあったが波瀬はすっかりと始めのキャラに戻り、肩に乗せた一つ縛った黒髪を撫でた。
「で、話は終わりなのね?これからは桜木さんとコンビニデートなんでしょ?楽しんできてね?」
いや、コンビニデートって‥。
それはデートなのか?どうなのか?などと、少し真剣に考えてはみたが勿論、そんな訳がない。こんな中途半。何も変わってない状態でのこのこ帰る筈もない。
てか、コンビニデートなんてのはどの道、行く予定もない。
「まぁ、落ち着けよ。もう少し波瀬と話がしたい。」
と、言ったらゴーゴー燃えるような音がやはり斜め横から聞こえたがこれも無視‥は目前の人がしてはくれなかった。
「ん?いいの?そんな事、言って。桜木さん、すっごく怒ってるよ?どうどうとした浮気とか私もお断りなんだけどww。」
顔をにやにや。言葉の割には楽しそうである。
俺はそれを良しと取り、肩を落とし、会話を進める。
「これはそんなんじゃねぇよ。単純にまだ話すべき事がまだあるってだけの事だ。」
帰り、本当にコンビニデートするか?はぁ~。と心中溜息を吐く。まぁ、桜木も分かってはいるだろうが。
「話すべき事?私に?あなたが?」
「あぁ。そうだ。」
勝負はまだゴングを鳴らしたにすぎない。始まりはここからなのだ。
既に結構、疲れているが‥。
「十月十五日。波瀬が退院したその次の日の事だ。」
俺は改めて気持ちを切り替え、顔を真剣なものにし、彼女へと向き合う。波瀬はその雰囲気を察したのかまたも顔を強ばらせた。
それに少し、不安を感じるが俺は言う。次の言葉を一語一句はっきりと。
「十月十六日に二人の男子生徒が死んだ。」
「・・・・・・え‥?」
無言の時間は数秒。目前の波瀬の口からそんな言葉が溢れた。
「死んだって‥ここの生徒じゃないんでしょ?」
「いいや。ここの生徒だ。」
まだ意識は正常‥とは言えるかどうかは分からないが危険値ではない。その事を確認して俺は首を横振り。真実を着々と彼女へと教える。
「死因は自殺となっているがその真実は定かではないとの事だそうだ。」
自分自身、口を動かす度にその口が重くなっているように感じた。それは当たり前だ。なにせ、俺は今、目前で俯いている彼女に 『お前は人を殺した。』
そう言おうとしているのだから。
「‥そ、それを‥。それを何で私に‥。」
両手で頭を抱える彼女は決して俺と目を合わせてはくれなかった。その理由も目的も分かっちゃいる。頭を抱えるのは何十にも縛られた記憶の鎖が解かれる前兆。目を合わせないのはきっと、自分の殻に篭ろうとしている自己表現なのだろう。
現に発せられた言葉も現実から。真実から目を背けたい。逃げたい。そんな言葉だった。
「…落ち着いて聞けよ。」
俺は目を閉じ、大きく息を吐いた後にそう言った。直ぐ近くにいる桜木も俺のこれから言うべき言葉を察してか一つ、喉を鳴らした。
緊迫する場に音はなく、あるのはただの。殺伐とした静寂。
と、そこに俺は静かに。それでいて決して逃がさない刃物のような言葉を突き刺す。それは本当に波瀬麗香を殺さんとばかりに心臓めがけて突き刺した。
「死因は定かではない。そう言ったが俺は二人の死因をある程度は予測している。勿論、自殺なんかじゃない。ましてや事故なんかでもない。二人の男子生徒は殺されたんだ。」
「‥ころ、ころさ‥ころされた?誰に?誰が?何の為に‥あっ!やっぱいい。聞きたくない!言わないで!何も私は知りたくない!私は。私で。私は。私。何も知りたくない。何もやってない!」
頭を抱え、呪文のように復唱する彼女をヤバイと思わない筈がない。それでも、俺はいくらかの安堵はしていた。
まだ、彼女の意識はあり。気を喪いそうではあるがまだ喪っていない。と。
「桜木。」
まだ、意識はあるが危険な状態なのは事実。だから、今の俺では彼女に何もしてやれない。すればかえって悪い方へと転がってしまう。
それゆえの呼称。斜め横に立つ相棒を呼んだ。
「ん?何?ってか、本当に何やってんの?波瀬さん、ヤバイよ。どうすんのさ?」
呼ばれて驚いているのか。波瀬の様子に驚いているのか。向いた先の桜木はオドオド。オロオロ。忙しそうだった。
「どうもこうも俺は何もできん。後は任す。」
「え?は?何て?いやいや、ゆうちゃん、それはないよ!自分でやったんだから自分で何とかしてよ!」
下手に見栄張るのもアレだと思い、潔く言い切ったら叱られた。本当にコイツは俺のオカンかよ!
とは言え、これには訳があるのだ。自分ではどうする事も出来ないが桜木には出来る。適材適所。
俺一人では何とも出来ない問題でも二人の力を合わせれば別である。俺に出来て桜木には出来る事。だから俺達は彼女に真実を教えられるのだ。
「俺が出来ればやってるっての。忘れたか?俺はコイツに触れれも出来ねぇんだぞ?」
そうこう言ってる間にも波瀬の危険値は上昇中。それは桜木も分かっているらしく早口で返事を返してくる。
「あぁー!もうっ、分かったよ!でも、僕しんないからね!波瀬さんを気喪わせちゃっても責任はゆうちゃんだかんね!」
「あぁ。そりゃぁ、勿論。」
言うがそんな心配、微塵もしていない。桜木のスキルは俺が一番、知っている。慌てず、しっかりと相手に向き合えば必ず桜木は人の心を落ち着かせ、穏やかにさせる。
俺がそうだったように。
「今のお前は女だろ。」
桜木がプンスカ怒りながらも俺と席を変わる。入れ替わるように斜め後ろに立った俺は小声で呟く。
勿論なのかどうなのか?桜木にはその言葉は届いていない。震え、今にでも発狂しそうな波瀬を優しく、必死に和ませている。
その姿を見て思う。とてもじゃないが俺には出来そうにない。
最強最弱の彼女の心は脆く、儚い。その心を砕かずに一つずつ修復しているのだから実際、大したものだ。
だが、思う。こんな時に場違いかもしれないし、きっと思うことではないのだろうが思ってしまう。
他人の傷を癒せれる彼は自分の傷をどう癒すのだろうか?
と。
そんなのは訊かずともはっきりしているだろう。俺が。桜木雲雀の恋人となる俺がどうにかしてやらなければならないのだ。
そんな事。そんな事は知っているというのにやはり俺はどうしようもなく、それが不安でならなかった。
―
程なくして波瀬麗香の呪文のような独り言は収まった。それを可能としたのは言うまでもなく桜木雲雀。その人物の賜物である。
所要時間としては約五分。
さすがの一言しか出てこない。
ともあれ、彼女は復活。桜木はぐったり。俺は守護神。
動かねばならない。
「おつかれさん。本当に助かった。」
「あ、うん。へへ‥」
肩に手を置き、礼の一言を言うと桜木は疲れて脳がおかしくなったのかにへらと笑う。
「今度は俺の番だ。もう、お前の出番こさせないように頑張るからお前は休んどけ。」
「あ、うん。そうするね。ごめんだけど。」
「何、こっちが謝る方だ。悪かったな。そんなんになるような事、させて。」
本当に疲れきっている桜木を俺は初めて見た気がする。そんな疲弊した姿を見れば自然と心が痛む。
「ううん。気にしないで。ゆうちゃんも頑張ってね。」
「あ、あぁ。」
場所をチェンジ。ふらりと立つ桜木が目に映ればそのまま座って貰った方がいいのかもとは思ったが声は近い方がより伝わる。桜木には本当に悪いがやはり場所は代わって貰うほか他ならない。
ともあれだ。
席に座り、相手を目の前にしたのはいいが何を話せばいいものやら困ってしまう。
いや、言いたい事。訊きたい事は山ほどあるのだがこっこで言う困ったは果たして波瀬には俺の声が届くのだろうか?
と、そんなものだ。
が、しかし。そんな悩みは直ぐに解消した。
「ご、ごめんなさい‥。私、自身‥どうしていたのか‥」
小さく。そして小刻みに震えた声ではあったが波瀬の口から声が通る。
「なに、気にすんな。俺にも責任はあんだし。てか、俺メインの責任だし。こっちがごめんだ。」
「・・・・・。」
わざと軽い口調で言葉を発したのだがそれは返って逆効果となった。
見える彼女は何も言わない。伏せた目下に何があるのか?何を感じているのかは知る由もない。
「ん、ゴホンッ。」
嫌な方向へと一直線。そんな会話の方向を良きものにしようと一つ、咳払いをしてみる。
「とにかくさっきのは謝るがアレは真実だ。もう少し聞いてくれるか?」
彼女の気持ちは痛いほど分かるが、それでもここで手を引くわけにはいかない。今日、彼女に自分自身と向き合って貰わなければもう一人、自分自身と向き合えない奴がいるのだ。
「‥う、うん。分かった。」
「お、おぉ。悪いな。」
正直、波瀬から声が返ってくるとは思っていなかった。言ったのは自分だが彼女の過去を知っている俺としては発した言葉はあまりにもアレすぎた。だから、俺は波瀬の返事に驚いたのだ。
「ううん。私も逃げちゃいけないって思ってたから‥。嫌だけど。多分、またおかしくなってしまうかもしれないけど。それでも、私は何かを失っているんでしょ?」
「あ、あぁ‥」
真正面から向かれる視線。それが真剣すぎて思わずと外してしまう。
さっき、顔を伏せていたのは何も逃げていただけではなかったようだ。彼女は覚悟を決めたのだ。逃げずに戦うその意識を高めたのだ。
「じゃぁ、話そう。さっきの話の続き。二人の男子生徒が何者かに殺されたという続きを。」
彼女がここまで言って、向き合ってくれたのだ。俺も遠慮はしない。同情するがそれのイコールが教えないではない。
スー。
まずは息を大きく吸い込む。人に教えるという事がこんなにも難しくて緊張する事だとは知らなかった。そう思えば教師という職業はとんだブラックだ。
と、そんな事を言っている余裕はない。言わなければ。伝えなければ。まずはその男子生徒二名の名前を。
「殺された二名に名は須藤 真。それと石神 真夜だ。」
「‥ッ。‥…」
既に頭を抱えていた波瀬は俺の言葉を聞くと更にその表情を酷いものとした。
が、彼女は叫びも狂いもしなかった。
「そ‥それ‥で?‥はぁ‥はぁ。」
懸命に戦っているのは痛いほど伝わった。見ていて何だか涙が出てきそうだ。
ここまでで何が彼女をそうまでさせたのかは分からない。単純に記憶を蓋するその行為(頭痛)に慣れ、知れるなら知りたいという意思が目覚めただけなのかもしれない。
まぁ、それならそれでだ。
彼女が目を背けなくなった。その事実は変わらない。
「あ、あぁ。」
波瀬の必死な姿を一目。俺は首筋に伝った汗を感じ、続きを話す。
「彼達は二人、ある部活に所属していた。それがアニメ研究部。アニ研だ。」
「うっ‥。」
「お、おいっ!!」
頭痛だけでは収まらず、彼女の自己防衛は嘔吐まで訴え始めた。
「だ、…だいじょうぶ‥。ごめんなさい。‥続きを話して。」
心配にして駆け寄った俺に波瀬は手を上げ、それを断る。ヘロヘロで今にもぶっ倒れそう。ぼやけ視界で強がっている。
それが物凄く辛そうで。そして申し訳ない。
が‥。
それでも俺は話さねばならないのだ。
「‥本当に悪いな。」
固く拳を握って、それから会話を再開させる。今の波瀬を俺では見れない。だから、俯き。目は膝上を見て。彼女との会話を再開させる。
のだが。
それは遮られた。
「ゆうちゃん!」
響いた声に俺は思わずとそこに振り向く。
「‥な、なんだよ?」
確認などせずとも分かる。向いた先には桜木が立っている。そして何故か怒っている。
「ゆうちゃん。ちゃんと波瀬さんの目を見て。彼女はちゃんと戦ってる。なのに、ゆうちゃんが逃げてどうすんのさ。」
「いや‥あぁ、そうだな。悪い。」
確かに桜木の言う通りだ。俺が逃げてどうするのだ。一番、辛いのは向かい合う相手だというのに。伝える側が臆してどうするのだ。全く。
俺は再度、息を大きく吐き出す。全ての感情を。波瀬麗香に抱いた全てを無情にも吐き出した。
「波瀬。」
「う‥うん。」
尚もまだ辛そうな波瀬。その姿を見るとやはり心が傷む。
が。それでも俺が逃げては駄目なのだ。彼女が懸命に戦っているのに俺が逃げるとかカッコ悪いを通り越して、情けない。
「これから言う言葉を伝える前に一つだけ言っておきたい。」
俺は波瀬の弱々しい目を直目し、低い声を発する。
「きっと‥きっと今から俺が言う言葉はお前にとって信じられない事で、信じたくもないことだと思う。事実、これは褒められた事ではない。」
今から彼女に伝える言葉が頭に復唱される度にその目を伏せたくなる。出来ればこんな事、知らせたくないし知って欲しくはない。
過去を背負えとは言ったけども‥。それでも平和で。安全に暮らせれるならばそんな過去と向き合う必要はないのではなかろうか?
そうは思うが‥
これは。彼女の過去は何も彼女一人の問題ではない。彼女以外にも一人いるのだ。波瀬麗香とは違く、過去を知ってはいるが閉じこもり、自分自身を殺した人間が。
だから‥。だけども‥。
やはりこの荷物は一人では分が悪い。なら、どうするか?そんなのは決まっている。
「褒められた事ではない‥。それでも。それでもだ。俺は‥俺達はお前を責めないし、どうかしろとも問わない。ただ、俺もお前に。お前らに関わってしまった。だから‥」
俺は一度だけ瞼を閉じる。暗黙の世界を数秒見、そして口を開いた。
「だから、俺達はお前らの仲間で味方だ。安心しろ。」
言って思う。何が安心だ?そんなの出来る筈もないのに。
「‥意味、分かんないんだけど‥。それでも、うん。分かった。‥頑張るよ。」
「‥あぁ。」
確かに俺が言った言葉など今の彼女にとってみれば意味不の言葉以外のなんでもない。
だが、それでも伝わってはいるようだ。事の深刻さ。そして俺の想いも全て。
「‥じゃぁ。」
無駄話などしている時間はない。波瀬の心境もいつ変わるか分からない。事は早いに越した事がない。
開いた口。早まる心臓。周りの音がやけに小さい。
空間が。俺達、二人を切り離しているようだ。
始めの一声から数秒。俺は未だ、口が開けない。この言葉を言ったら‥。それを考えるとやはり口は重い。
チャンスは一度で失敗すれば全てが終わる。
アニ研の事。彼女達の真実に、抱える問題。俺達の青春。
ここで失敗すれば、残るのは虚しいソレだけ。
「スー。ハー。」
何度目かの息を吸い込み、吐き出す。意思は固まった。もう、逃げない。彼女を攻略しなければ明日には進めない。止まった時間を。彼女の時間を俺が取り戻す。
「波瀬。」
一声。俺はこれまでで一番低い声を響かせる。 勿論、両目には彼女の瞳が映っている。
早まる心臓だが不思議な事に穏やかに口は動いた。
「須藤 真。新神 真夜を殺したのは―」
無情。非道。冷徹。そんな言葉が頭にチラついた。それでも俺は言った。全ての感情を押し殺して。一言。
「お前だ。」
と。




