取引④
下校時間を報せる放送。それのバックを務める音楽。それらの音が校内。校舎へと響き渡っている。
そんな中。
「‥わ」
頭を抱える少女の口が小さくと動く。今まで震えていた体は今では大人しく。まるで故障したかのようだ。
が、しかし。それは違った。次の瞬間―
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
一瞬、音の源が分からなかった。そんなのは目の前にあるというのに。俺にはその音がどこから発せられているかが分からなかった。
それほどまでに。それほどにソレは声ではなかったのだ。
例えようがない音。人間がそんな声を出せれるのかと疑うような、そんなモノ。
「ぎゃぁぁぁぁぁ‥嫌だ。嫌だ。やだぁぁぁぁぁーーーー」
放送の音など聞こえる筈がない。この場に響くのは叫びなんて生易しいモノ。言葉はある程度、把握。認識できるようなそんなモノだ。
「ゆ、ゆうちゃん‥。ねぇ、ゆうちゃんってばっ!」
「‥いや、あぁ。」
遠くの方で声が聞こえたかと思うとそれが直ぐ近くに響き、体が揺れる。
どうやら俺は目の前の出来事に理解出来ずに現実から身を引いていたようだ。
「どうすんのさっ。波瀬さんが‥波瀬さんが‥」
すがるようにそう言う桜木の目には涙が見て取れる。その気持ちは分かるし、俺も同感だ。このままでは‥。このままでは彼女が本当に危ない。
だが、焦ってはいけない。こんな時こそ冷静になるべきだ。
「分かってる。少し落ち着け。」
「これが落ち着いてられるわけないでしょっ!」
波瀬の発する奇声が煩い為にあまりそうは思わないが桜木は大声を上げている。俺の胸元を叩き、必死に訴えている。
俺がやってしまったこの現状に。
「まぁ、気持ちは分かるが少し離れろ。」
しがみつく桜木がいてはどうもできない。あまりの奇声に少し我を失ってはいたが、こうなる事はある程度は予想していた。
「ちょっ、ゆうちゃんは何でそんなに冷静なの!?波瀬さんがどうなってもいいの!」
軽く押して桜木の手をどかそうとしたのだが中々に離れてくれない。気持ちは痛いほど分かるが時間がない。この場合は止むを得ない。
「いいから離れろっ!」
「えっ!?」
力強く押すと桜木は驚き、そこから遠のく。ここは何か言うべきところなのだろう。だが、そんな時間は生憎だがない。
俺は素早い動きで次の行動を決行。すると、波瀬の言葉らしからぬ言葉がしっかりと耳に通り、桜木の表情は更に増す。
「わたしに触るなぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ガッ!
殴られた。グーで。女子高校生に顔面パンチである。
「ってぇぇ。」
せめての救いか薬品などが入っている棚への衝突は防げたようだ。それでもダメージは結構なもの。さすがに顔にグーは予想は出来なかった。
「ちょっ‥ゆうちゃん?」
心配してか直様、桜木が駆け寄って来る。俺はそれに片手を上げて応える。
「大丈夫だ。心配ない。」
何をそんなかっこう付けた台詞を。
自分自身そう思ったが別にかっこう付けたかったわけでは断じてない。いや、痛いのは本当でアレ?何か腫れてない???
みたいな感じではあるが痛みを訴えてる余裕的時間は俺達にはないのだ。
「それより良かった。」
「何が良いの!?全然、良くないよっ!ほら、ほっぺ腫れてるし。ちゃんと手当しないと。で、ゆうちゃんはほんと、何がしたかったの!?」
殴られた箇所に手を当て立ち上がったのはいいがそこに更なる追撃。桜木のオカンスキル。怒涛の言葉が降り注ぐ。
だが、今の俺にそれを対処する時間など勿論ない。だから俺は桜木に真剣そのものの目を向け、声こそそれに合わせる。
「とにかく。俺達はまだ詰んじゃいない。それは分かった。」
「何、言ってんのさ!ゆうちゃん、頭でもぶつけたの?こんな時に馬鹿な事してるからだよ!」
「いや。だから‥まぁ、いいか。」
いくら俺が声を発そうが桜木には全くと通じない。この状況下、波瀬の次に混乱しているのは桜木である。
「取り敢えず落ち着け。波瀬が俺に触られる事を嫌がったって事は、アイツはまだ少なくともソレを判断するだけの理性はあるってわけだ。」
「あっ‥」
ようやく桜木の勢いに乗った声が止む。
「そうか‥そうだね。」
何とか言葉が通じた。だが、今ここで言葉を伝えなければならない奴は桜木ではない。
「分かったら時間がない。こうなる事は予め予想はしていたんだ。俺に考えがある。」
「え?それって‥。もう、ゆうちゃん‥いや、やっぱその事は後にする。で、何?」
「あ、あぁ。」
一体、後でどんなお説教が待ってるのやら?考えただけでも身が震える。この場を静か。平和に治めてもいい気がしないなぁ~。はぁ~。
俺は深い息を心中大きく吐き出し、右ポケットから携帯を取り出す。
「とにかくまずはコレをお前も聞いてくれ。指示はその後にちゃんとする。」
「え‥あっ、うん。」
疑心の目を向ける桜木ではあったが波瀬の状態を目に映すと素直に首を振るってくれた。
「じゃぁ。」
俺は一言そう言うと。携帯を操作。ソレを再生した。
『煩いっ!バンッ!!…あんたに何が分かるの? …分からない。だから、分かりたい。 ~』
「こ、これって?」
「あぁ、前にも言っただろ?あいつとファミレス行ったって。その時、録ったやつだ。」
「‥何でそんなの録ったのさ?」
「いや‥まぁ。あいつの声は必要だと思ったんだよ。アイツの言い分を学校に訴えれば以外にすんなりいく可能性も有り得なくないだろ?」
頬をぷっくら膨らませている桜木。俺は本当の事を言っているのに何だか言い訳っぽい焦り口調を聞かせてしまう。
「本当にぃ?何だか怪しいなぁ~?蔓実さん可愛かったもんね?ねっ?」
「いや、だから。そんなんじゃねぇって‥。」
とか、言ってる場合ではない。
「とにかく聞いたか?あいつの声に、あいつの言葉。大丈夫か?」
携帯から流れる音声はもう終盤と差し掛かっていた。頬をぷっくり膨らます桜木は相変わらずだが軽くスルーし、指示を仰ぐ為の確認を取る。
「え?あ、うん。まぁ、ちゃんと覚えてるけど‥。」
俺の声が切羽詰まったものだったのだろう。桜木は少し体をビクつかせ、戸惑いながらも返事を返してくれる。
「なら、早速だがお前に頼みたい。」
「‥うん。何?」
「あ、あぁ。今から―」
と、声を出そうとした瞬間に波瀬の響いていた声が突如と止んだ。だが、それは何も波瀬が気絶したとかそんなのではない。それが分かったのは波瀬の方に顔を向けたからではない。奇声と代わってこんな声が流れ始めたからだ。
「…。香澄?香澄なの?え?誰?それは誰?・・・分からない?けど、分かる。何で?何で?何で?何で?‥アレ?私は‥誰?」
ブツブツ呪文のように呟く波瀬を不気味に思う。だが、それだけではない。カウントダウンが遂に切られたのだ。彼女の防衛システム(気絶)が発動する為の時間はもう短い。
「いいか、桜木!」
「うん!ゆうちゃん、早く言って。」
俺達は二人して早くに口を動かす。この状況。分からない筈もないのだ。このままでは彼女は彼女ではいられなくなる。その可能性すら出てきているのだ。
「あぁ。桜木、お前には今から蔓実香澄の演技をして貰う。勿論、声も似せろよ。その為の録音だ。」
「‥え?」
早口に言った為か、あまり伝わっていないようだ。仕方が無い。もう一度だけ言うか。
とか思っていたのだが、違った。ちゃんと伝わっていた。
「ゆうちゃん、やっぱ何を言ってるの?大体、波瀬さんは彼女の声を聞いたからこうなったんだよ?なのにまた聞かせるって‥。ゆうちゃんは何がしたいのさ?」
まぁ、それはそうか。
急ぎすぎて肝心な箇所が抜け落ちてしまったようだ。俺は一言詫びると指示の続きを再開させた。
「蔓実香澄の演技をしろとは言ったが多分、お前が抱いてる人物とは多分違う。お前には違う蔓実香澄を演じてっもらう。いいか?」
「え?‥え?何を言ってるの?」
いや、まぁそうはなるか。そりゃぁ~。自分でさえよく分からん事、言ってるなって思うしな。
と、思ったからではないが取り敢えず手短に補足。というか説明をする事に。
「蔓実香澄のこのキャラではない違うキャラをお前には演じて貰いたい。それで分かるだろ?」
「‥え?あっ、うん。でも‥」
「何だ?時間がないんだ。出来るか出来ないかを聞きたい。悪いが早くしてくれ。」
耳に届く小声はとてもじゃないがゆっくり雑談なんかをしている場合ではないと嫌でも報せてくれる。戸惑いを抱くのは大いに分かる事だが早くに答えが知りたい。
「‥分かった。ゆうちゃんが言いたい事も全部。多分、分かった。けど・けど‥本当にいいの?」
「あ?いいって何‥が?」
などと言ったがその言葉の返答は別に求めなくてもよくなった。まっすぐ見られているその眼光は全てを見透かしている。さすがは桜木である。
「あぁ。分かってる。それで終わるんだったらもういい。全てを俺も諦める。波瀬は戦ってんだ。ぼやかしてばかりじゃいけねぇんだよ。」
「‥そういうことなら。分かった。少し時間ちょうだい。集中したい。」
「あ、あぁ。」
桜木は少しの考えの後、そう口にすると静かに目を瞑り、息を大きく口から吐き出した。そしてそのままブツブツと何事かを呟いている。本人も言っていたが集中力を高めているのだ。傍から見ても分かる。凄い集中力で言葉を掛けるのも躊躇してしまう。
と、そんな時間も十数秒程度だろうか?に終わる。
カッ!‥ではなかったが静かに開けられた瞼。桜木は静かに波瀬の元へと近付いた。
「…分からない。分からない。何で?私は私で私は誰?誰は私で私は私?」
相変わらずの波瀬。それよりも更に酷くなっている。そんな彼女の横に立った桜木はその体を沈ませると同時に小さく口を動かし始めた。
「麗香ちゃん?」
「‥え?」
波瀬は。俺は。素直にその声の主が誰だかが分からなかった。いや、分かってはいた。いたのだが‥。それでもやはりその人物はその人物であり、決して蔓実香澄本人ではない。
のだが‥
「もう、いいんだよ。麗香ちゃん。もういいんだよ。」
「‥あっ、え?」
戸惑う波瀬。その心境はもの凄く察する。なにせ俺自身そうなのだから。言った本人ではあれど。頼んだ本人であれど。それでも。それゆえに彼女の声は。その立ち姿は 彼女 そのものだった。
「‥す、すげぇな。」
思わず声を零してしまった。正直、ここまでの完成度は求めてはいなかった。さすがに百パーセントとまではいかないにしろほぼと言っていい。それほどまでに桜木の演技力は頭を抜いていた。いや、そんな言葉以上だ。
桜木雲雀が母親の幻影を追って得たスキルが皮肉にも俺の。いや、俺達の力となっている。それがどうこうとは言わない。
ただ思ったのだ。きっと桜木はどんな人物でもほぼ模倣できる。姿を見たにせよ一瞬。それも俺が頼んだ人物は俺でも見た事のない人物だ。だから、桜木は蔓実香澄の声だけを聞いてソレをやっているという事になる。
過去の蔓実を憶測で演技し、声を似させて実現させている。
「麗香ちゃん。大丈夫だよ。もう、大丈夫。だから落ち着いて。」
優しくそっと手に触れる桜木は俺の知ってる桜木でもなければ蔓実でもない。穏やかでどこか内気な面を見せるそんな人物だ。
「‥かすみ?かすみ‥」
俺には誰だよ!なのだが一番重要な人物にはちゃんと伝わっているようだった。だが、それでもまだ完全ではない。閉ざされた記憶を必死で塞いでるようだ。
「かすみ?‥誰?知らない?私は何も知らない。」
「いいえ。知ってるでしょ?」
「‥あっ。」
全てを振り切ろうと両手を頭に乗せた波瀬ではあったがその手を両側がっしりと掴まれ、顔を真正面へと向けられる。
「知ってるよ。麗香ちゃんは私を知ってる。」
再度、同じ台詞を口にした桜木の顔はどこか温かい笑顔で出来ていた。その笑顔だけは桜木本人のモノだと俺は思った。
「‥いや。私は‥痛っ。痛い。痛い。痛い。いたい‥」
放心しきった顔を桜木に向けた波瀬ではあったが突如と異変が起きた。いきなり頭を強く押さえ、以上の事を訴え始める。
「くっ‥」
傍から以下のやり取りを見ていた俺は下唇を噛んだ。こうなってしまったらどうしようもない。いくら演技に身を包んだ状態の桜木といえど桜木は桜木だ。いきなりの変化には弱い。
桜木はよくやってくれた。後は俺が出るか。どうできるかは分からんけど。
との思いで動かした前足だったがその足は次の言葉で止まった。いや、足だけではない。響いていた彼女の奇声も。時間さえも止まったかのように思えた。
「本当は痛くないんでしょ?麗香ちゃんは本当は思い出してるんでしょ。あの時、私達がやった事。覚えてるんでしょ?」
「いたい。いたい。いたい‥」
「何でそんな事するの?大丈夫だって言ってるのに。私は戦ってるよ。麗香ちゃんは私を一人にするの?」
「いたい。いたい‥」
「麗香ちゃん。」
「いたい‥。」
「麗香ちゃん。」
「・・・・・。」
だんだんと治まっていた声はそして止んだ。
時は静かに流れ、壁際に掛けられる時計の音さえも聞こえない。勿論、流れる下校時間を報せている放送の声も。音楽も。俺達には聞こえない。
ただ、ただ。静かな空間がこの場を支配していた。
と、そんな空間に一つの音が発せられた。
「‥わ。‥わたしは‥」
落ち着いた声。さっきまでの狂乱が嘘のような落ち着いた声。
「わたしは。わたしは‥私は。私は。あぁ。あぁ‥。」
波瀬は泣いた。それはもう子供のようにわんわんと声を大きくして。
「大丈夫。私は麗香ちゃんの事、ちゃんと知ってるよ。だから、安心して今は泣いて。」
「わぁ~。あぁ~。わぁ~。」
桜木の声と触れられた手によって更に感情を高ぶらせた波瀬の声が響く。瞼から溢れる大粒の涙は過去の過ちさえ落としてくれるようだった。
まぁ、だがそんな事はない。涙を流して過ちが無くなるのなら皆、泣いている。涙はそれから足を踏み入れる為のソレなのだ。忘れる為じゃなく向き合う為のソレ。
だが、俺はどうだろうか?
皆が涙を流して前を向いている中、俺はどうだろうか?それを思うと自分が情けなくも感じる。そんな事を訴えるかの如く、響く声は耳に煩い。
俺はいつの間にか両掌を強く握っていた。
*************
「で、ゆうちゃん?ゆうちゃんは何で僕に蔓実さんの真似をさせたの?」
響いていた波瀬の泣き声も今はなく、桜木も演技の服をついさっき脱いでいた。
「あ?そんなの決まってんだろ。あの状態の波瀬をお前も見たろ?」
「う‥うん。、まぁ‥ね。」
声に元気がない。演技で疲れたのもあるだろうが恐らくは狂乱状態だった波瀬の事を思い出したのが主たるものだろう。
「あの状態ではまず間違いなく俺達の声はあいつには届かなかった。だが、お前も知ってるだろうがあいつには理性があった。だから、蔓実の演技をお前にさせたんだ。部外者の俺らではなく、ちゃんとした友人の声ならもしかしたらと思ってな。」
「何だ。絶対ではなかったのかぁ。本当、良かったね上手くいって。」
「あぁ。」
俺は素直に頷いた。桜木の言う通り、絶対なんかではなかった。むしろ失敗する可能性の方が多かったくらいだ。だから、本当に今は胸を撫で下ろすような気分であった。
「…で、これからどうしようか?…」
「あぁ‥そうだな。」
今状況。俺達は言わずとも分かっていた。波瀬が全てを思い出した。その状況を俺達は分かっていた。
「‥ね、ねぇ‥」
口を開くも声を出せない。そんな焦れったい空気の間。そこに小さく怯えたような声が掛かる。
「ねぇ、私はこれからどうすればいいの?私はこれからどう生きていけばいいの?香澄は大丈夫って言ってたけど‥それでも私達は…。…私達は人を殺したんだよ?」
「「・・・・・・・・・。」」
そうなのだ。波瀬が記憶を思い出したという事はそういうことなのだ。開けてはならない蓋を無理やり開けさせた。それは本来なら開けるべきではなかったもの。それを開いた。
当然、波瀬は混乱する。恐怖。焦燥。罪悪感。それらが一気にきたのだ。当たり前だ。
「あっ‥」
「ゆうちゃん。」
波瀬の呻き声だけが制するこの場に耐え切れず声を上げ、動こうとしたのだが先に桜木の声が上がった。
「僕がもう一度行くよ。」
「あ、あぁ‥ん?待て。何する気だ?」
思わず適当に頷くところだったが桜木がすることが全く分からない。
「ん?そんなの決まってるじゃん。ゆうちゃんも言ったでしょ?部外者の言葉が通じないなら友人の言葉に頼るしかないって。‥まぁ、僕は偽りのソレだけどさ。今は僕しかいないから‥。」
「あ、あぁ。‥そうか。じゃぁ、頼む。」
「うん。行ってくる。」
そう言って桜木は俺に背を向けた。俺はそんな背中を眺める事しか出来ない。俺には桜木みたく変身が出来ない。俺には大した能力がない。だからこうして距離を置いて見守るしかないのだ。桜木も言っていたが部外者が入ったところでお邪魔にしかならないのだから。
「麗香ちゃん。」
「‥かすみ?」
澱んだ目を双方に宿した彼女の顔が桜木へと向けられた。桜木の変身振りはさすがの一言でもやはり収まらない。
「‥かすみ。かすみ。私はどうすればいいの?大丈夫ってなにが?何も大丈夫じゃない。私は‥私達は人を‥あぁ。」
声にならない声で何かを言う彼女は両掌で顔を覆い隠していた。記憶を思い出した彼女はその時の感触。感情。そんなものすらも思い出しているのだ。俺達にはそれが分からないけども彼女が苦しんでいるのは容易に想像がついた。
「うん。そうだね。私達は人を殺したね。」
泣きじゃくる彼女に桜木は優しく、それでいて厳しく声を掛けた。
「でも、それは生きる為にやった事でしょ?そうしなければ私達が死んでいた。ね?」
「‥そ、それは」
「私達がやった事は決して正義ではない。でも、悪でもない。」
カーテンの隙間から斜光が射し込んでいる筈なのに彼女達を包むその場はとても冷えているように感じた。
「それでも罪を背負わなくちゃならない。私達のしなくちゃならないことは罪を認めて生きる事。それが私達のする事だよ。本当に悪い事は罪を忘れる事。だからさ…」
桜木はそこでそっと波瀬に手を乗せ微笑んだ。それはどこか陰が掛かっていてどことなく内気な笑み。俺は思わずと両瞼を擦っていた。知っている筈もないのに。見たこともないのに俺は桜木を過去の蔓実香澄本人に見えた。勿論、それは目の錯覚で一瞬でなくなりはしたが。
そしてそんな彼女は言うのだ。尚もまだ怯える囚人に一言。
「生きよっ。」
と。
「あ‥あ。あ‥。」
波瀬は自分でも何を言っているのか分からないのだろう。そんな言葉を漏らし、桜木の胸に顔を押し付けた。
それを見て俺は思う。
もう大丈夫だな。
波瀬は罪を思い出し、波瀬は罪を背負った。波瀬はその罪を分かち合える友を見付けた。だからもう大丈夫なのである。
赤信号皆で渡れば怖くない。確かそんな言葉があった。
別にその言葉が好きとかそんなんではない。むしろ何だその言葉は?とさえ思う程だ。
して、何でこんな言葉が今、頭に浮かんだか?
それは思ったからだ。恐らくは全くと違うだろうが‥。今の俺はこの言葉をこう解釈した。
悪い事をすれば必ずその罪をかっせられる。だが、それに耐えられない者は必ずいるものだ。そうした者がする行動は逃げ。忘れようとする。だが、その罪を分かち合える仲間がいればその罪は軽くなるのだ。結果、罪を背負い生きていける。
つまり、ここで言いたい事とは罪に向き合う為には一人で抱えるよりも人を頼れということだ。
‥いや、絶対違うな。うん。
とは言え、何はともあれ波瀬はもう大丈夫。きっと明日は俺達同様に蔓実を説得してくれる筈だ。
「ねぇ、ゆうちゃん?」
「お、おぉ!?」
いつの間にか桜木が横にいた。気付かなかった為に変な声が出てしまった。
「どうした?」
「いや、報告をね。波瀬さんはもう大丈夫だと思う。後は明日、蔓実さんの家に来てくれるかを言うだけでいいよね?」
「あ、あぁ。」
「分かった。じゃぁ、行ってくるね。」
「あ、あぁ‥。」
引き止める暇もなく桜木は直様、尚もまだ泣きじゃくっている波瀬の元へと駆けていった。
何か桜木ばかりに任せて悪い気しかしない。俺の存在感の無さ。
とかなんとか思うも今日はもう終わりだ。今日やるべき事としては明日に備えて早くに寝る。それだけだ。
いや、桜木のお説教にコンビニデートもある。まぁ、桜木には頑張ってもらったんだ。コンビニで何か好きなもんでも買ってやるとしよう。
いつの間にやら流れていた音楽・放送も止んでいる。てか、流れていたのか?そんな放送。
との思いが頭に過ぎれば何となく制服右のポケットに忍ばせてある携帯に手がいく。
PM5時35分。
下校時間三十分以上過ぎていた。これは帰りは職員玄関を使わねばなるまい。きっと鍵が閉められているだろうし。
桜木も席を立とうとしている。もう伝言を終えたようだな。さぁーて。
と今日の疲れを伸び一つでどうにかしようとしたその瞬間。
「おーい。下校時間とっくに過ぎてんぞ。早く帰れ。」
ガラーッと開け放たれた扉から現れたのはここの担当を受け持つ白衣を着た河合先生‥ではない。
「おい。聞いてんのか?」
再度、そう声を上げるその者は蔓実の担任であり、俺達に唯一残された敵である。椚先生であった。




