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俺の彼女は…  作者: イスカンダル
2章 青春かくれんぼ
15/59

やはり珈琲は目を覚まさせる

 今日は珍しく早くに目が覚めた。休日の最終日。日曜にも関わらずだ。いつもの俺なら直様、二度寝を実行するのだが何故か今日はそうはならなかった。

 いつも通りの朝食を日朝をリアルタイムで見ながら食べる。それからは特にやる事もなかった。勉強や溜め込んだアニメ。やり途中のゲーム。やる事はなくもない。ただ、それらをやりたいとはどうも思えなかった。

だから俺は外に出た。今日は休日。いつもなら桜木と出掛けるのだが今日は本当に珍しくその桜木も家の用事とかで今日は来ない。

 本当に珍しい事続きだ。


 「ん?」


何も考えずに歩いているとその足はどうやらいつも通りの場所へと到着していた。


 「まだ、九時前だってのにもうやってんのか?」


 日曜には必ずと言っていい程に訪れる場所。 店名。コンフォート。熱くて美味い珈琲を出してくれる喫茶店だ。

 大して流行ってもいないのにかなり早い開店だ。


 「暇だし寄るか。」


 カランッ。カランッ。


 もう馴染み深いベルの音が二回ほど鳴ると同じく馴染み深い珈琲の香りが鼻に入る。


 「いらっしゃい‥って、優一か。」

 

「どうも。」


 ここのマスターとも、もう顔見知り程度ではない。俺にとっては頼りになるサバかっこいい系のお姉さん的な存在。


 「何だ、今日はお前一人か?」


 相変わらずのがらんとした店内。座る場所に困ることなく入口付近の席に着くと早々にマスターが俺に訊ねてきた。


 「あっ、はい。まぁ‥」


言われて改めて気付いたが俺はここに一人で来た事はなかったのだ。


 「そうか。飯は食ったのか?」


 マスターは一言そう言うと次にそんな質問を投げかけてくれる。


 「はぁ~。まぁ、一応は。」


 「そうか。」


 大して興味もなさそうな返事。なら何で聞いたの?


 それからはマスターも何も言わず、俺も何も言わなかった。耳に入るのはもう耳にタコができる程に聞いた店内に流れるジャズの音楽。だが、それが落ち着いた。


 「ほら。」


 「あっ、どうも…って、コレは?」


 ここに俺。もしくは桜木が訪れるとマスターは何も言わずともコーヒーを出してくれる。それはありがたいし別にもう普通なのだが今、出された物はそれともう一つ、違う物が混ざっていた。


 「見りゃ分かんだろ?フレンチトーストだよ。」


 「いや、それは分かりますけど。その‥」


 確かによく出来た美味そうなフレンチトーストが二切れ、立て掛けられて盛られている。それくらい見たら分かる。

 だが、俺はそんなもの頼んでいない。いや、コーヒーも別に頼んでないんですけどね。

 

「まぁ、それは私からのサービスだ。金はいらねぇよ。」


「え?いや、そういう訳には‥」


この店内を見てそんなサービス、快く受け取るわけにはいかない。


 「気にすんな。それ私の朝食の残りだからな。」


 「いや、でも‥」


 そんな事、言われてもそうは見えない。皿の上に盛られるフレンチトーストは今、焼かれましたよ。と俺に訴え掛けている。

 

 「それより何か、あったのか?」


 向かいに座るマスターは矢張り勘の鋭い方だった。俺自身、よく分からず、ここに訪れたというのにマスターは一瞬で気付いたというのだ。


 「いや、少し‥」


 言える事は少ない。俺自身、あの子の事をあまり詳しく知ってるわけでもない。調べたと言っても所詮は他人の口から聞いたものだ。あれから本人とは会えずじまいだし。

 

「まぁ、いい。知ってる範囲内で話してみろ。」


「あっ、はい。」


 マスター貴女は心でも読めるんですか?と思える程の返答。まぁ、雰囲気やらで察したのでしょうけど。それでもやはり鋭い人だ。


 「えっと、実は―」


それから俺は桜木の発言によってアニ研に入りたいと思った事。その部が廃部になっていた事。そしてその部長さんが不登校の引き籠もりである事。定められた期日の事。

 抱えていたモノを全て話した。




「ふむ。成る程。」


一通りの話を聞いたマスターはまず始めにそう言った。そして目前。自身のコーヒーの入ったカップへと手を掛ける。


 「優一。お前はまた面倒な奴に巡りあったわけだ。」


 カップを傾け、それを受け皿に戻すと直ぐ、マスターは口を動かし始める。


 「いや、まぁ‥」


 仰る通り。否定の言葉も出ない。

 だが、それでも関わった事からは逃げたくはないと思う。たとえそれが失敗してもだ。


 「だが、不思議だな。」


 「といいますと?」


 何を思ったのか。マスターは頬杖を付き、不満気な声を聞かす。


 「いや、お前の話を聞く限りではその部長って奴は不登校なんだろ?」


 「えぇ。そうですけど。」


 「なのにその性格か‥」


 俺の認識しか話していないというのにさすがはマスター。直ぐにその子の人柄を把握したようだ。


「そうですね。でも、別に引き籠もりイコールネガティブや内気だって概念はないわけですし。逆にあぁ言った性格で引き籠ったという事はそれなりの理由がある筈です。…ってマスター?」


 話している最中、マスターの視線に気付く。こうジーッと真っ直ぐに見られたのは初めてではなかろうか?相変わらずの表情だがその眼光は全てを見透かされているとさえ思えた。


 「いや、お前はその女を何でそんなに庇ってるんだろうなと思ってな。」


「へ?庇う?」


 真っ直ぐ、見られていたと思ったら今度はよく分からないことを口にするマスター。その言葉に俺は首を捻るしかない。


「まぁ、お前は直接は言ってないがソイツを助けたい。部員として迎えたい。友人になりたい。そうなんだろうから庇うのも当然だとは思える。だが、それでもだ。」


 俺が首を捻って捻って、脳みそシーソーに乗せた状態にしているにも構わず、マスターは口を動かし、続ける。


 「お前がソイツを庇ったとして何が変わる?本当にソイツはソレを望んでいるのか?お前がやろうとしている事。それは偽善だぞ?」


 「‥いや、ちょっ、マスター何を言って…?」


 マスターの独走状態の口を閉ざすべく口を開いたのだがそれは無駄な事、その口は止まる事はなかった。

 

「事情。その性格になったきっかけ。その事に関しては私も知らない。だが、分かる。そいつはきっと、救いなんて求めてない。」


 相変わらずの表情で言われた言葉はいつか、車の中で聞いたその声と同じだった。それは自身の経験。それとも元から持っているスキルなのか、マスターは人の気持ちを読み取るのに長けていた。まだ数ヶ月の付き合いとなるのに俺の表情一つ見ただけで悩みを抱えていると気付いたのがその証拠とも言える。

 だから今、言った言葉。それは恐らく、間違いではないのだろう。あの子が救いを求めていなく他の何かを求めている。

 会った事も、会話のやり取りもしていないマスターだが言葉には確信を感じた。


 「じゃぁ、俺は‥俺はどうすればいいんです?」


訊くとマスターは変わらない口調でこう答える。

 

 「そんなの知るか。愚痴は聞いてやるしそれなりの言葉もやるがアドバイスはやれん。お前の事だ。お前自身が考えろ。」


 そう言うと、マスターはすっかり冷めた珈琲を一気に飲み干す。


 「ただ一つ。一つだけ思った事を口にしてやる。お前は何であの子を元に戻そうとしたんだ?」

 

 空になったカップ。それが受け皿に置かれると疑問符が俺に投げられた。その疑問符に俺も疑問符を頭に浮かべる。

 

 「あの子…?」


 そして数秒で理解した。


 「あいつ‥桜木の事は間違ってると思った。だから‥」


 その先が出てこない。だから。だから何だと言うのだ。だから救いたい?だからその間違いに気付かせる?

 頭に浮かんだワードの数々。だが、それはどれも違うとなんとなくだが思った。


 なら。


 なら何だというのだ?俺が桜木を元の男に戻したいと思った根本的な理由。引き籠もりのアニ研部、部長を部長として復帰させたい理由。

 それは何だと言うのだ?


 「どうやら迷ってるみたいだな。まぁ、そんな時はコーヒーでも飲め。すっかり冷めていたがな。」


 どうやら俺は下に俯いていたようだ。あった筈のマスターの顔ではなく淀んだ黒い液体が目には映っている。

 俺は言われるがままにその液体の入ったカップへと手を掛けた。


 淀んだ黒い液体。それを口に含む。

 まず感じたのはやはり冷たいという感想。それと冷めていても残っていたここのコーヒー店特有の苦味。

 正直、不味い。


 だが、今の俺にはそれが丁度よかった。迷いが重なり、重なりの俺に流れた味や感覚は、ぐちゃぐちゃになっていた頭の中をすっきり。白紙へと戻してくれた。

 と、同時に流れたのは昔の記憶。


 「あぁ。そうか。」


 まだ半分と残っていたコーヒーカップ。それを置き、その音同様に静かに呟く。


 「俺のコレは同族意識なのか…」


 吐いた言葉は小さく。それこそ流れる音楽に消されていたのかもしれない。だが、別に構わない。溢れた言葉は何も誰かに聞いて欲しくて言ったわけじゃない。本当にただの独り言だった。


 「‥同族意識か。」


 小さな声だった。だが、それでもマスターには聞こえていたらしい。マスターは小さく俺の言葉を復唱した。


 「優一。お前は色々なモノを背負いこんでいるのかもしれんな。」


 マスターはどこか優しげな目でそう言った。俺はその言葉に何も言えない。図星と言えばそうだし、違うと否定してもそれは俺個人の認識で他人から。マスターから見れば違うのかもしれなかったから。

 

 背負い込んだモノ。それは桜木家の事やアニ研部、部長のことだけではない。それをマスターは勿論と言うように見抜いているようだった。


 「そうかもですね。俺なんかが背負い込む問題ではないんですよね。桜木の事も。今の事も。普通の青春なんか送らなくても結局は皆、大人になって死んでいくんですし。背負う事で青春(それ)を得たと錯覚していたんすかね。」


 そう。学生は青春を欲しがる。恋愛に心ときめかせ、部活に情熱を注ぐ。ほんの短い放課後のたわいのないお喋りですら青春と言える。

 だが、それは絶対ではないのだ。学生になってそれを得る者は殆どといえようが全てではない。

 

 モノクロの生活。冷めた心。放課後には机で独り。


 俺は。俺達にはソレが普通でソレが学園生活なのだ。だが、それでも憧れた。通学途中で見るカップルに嫉妬し。心の中で滅びろを連呼していた自分。

 才能を持ってる人間が放つ光輝な光に目を細め、群衆の中で音の無い拍手をする自分。

机でうつ伏せになっても聞こえる笑い声に奥歯を噛んで寝た振りをしていた自分。


 人々が青春と言うその言葉は俺には決して届かなくて遠いもの。俺はいつしかそう思っていた。

だから、あの日。唯一無二の友人がそれを手に触れたという電話に対抗しようとしたのだ。


 偽りの青春で取り繕い、偽りの彼女を作った。


 背負ったのではない。それは。それらは俺のただの青春ごっこの材料だったのだ。


 だから、俺なんかが背負うモノではない。そんな自分勝手な理由で彼・彼女らの深刻なる迷いに飛び込んではいけないのだ。


 「なに、それは少し違うんじゃないのか。」


 「え?」


 顔を上げるとやはりそこにはマスターの顔が見える。そして目が合うとマスターは柄にもなく慣れない微笑を刻んでくれた。


 「確かに優一。お前みたいなモブでそこら辺の民衆Aの奴が主人公みたいな事をやるのはおこがましい。」


 いや、微笑で気を許させてからのその言葉はないんじゃないですかね。まぁ、その通りなんですけど。


 「だがな、そんなお前だから雲雀坊ちゃんはお前に懐いた。心を開こうと頑張ってる。気付いてるだろ?お前と一緒にいる時の坊ちゃんの顔。その顔に。」

 

 マスターが何を言いたいのかはともかくとして確かに桜木は俺といる時には表情が豊かだった。それは勿論、アイツが人見知りだってのもあるのだろうが、俺には何故か始めっから心を開いていたように感じる。

 

 「確かにあいつは俺といる時は表情が豊富です。ですが、それがなんなんですか?アニ研の部長とアイツは違いますし、心を開いてくれたと言っても俺にはその先の行動が全く分かりません。」


 投げやりの言葉を目の前のマスターに言っても仕方がない。分かってはいたがそれでも頼れるのはその人しかいない。

 

「ふー。お前は。」


 言葉を耳に入れたマスターは一度、息を吐いた。


「人は輝いている人間にはそう全てを話せるもんではないんだよ。言った筈だ。お前はモブで脇役。輝いていない。だからお前にしか出来ないこともある。」


 「それは‥。」


 さっきマスターは言っていた。助言はしないし、アドバイスも出さない。それでも俺一人では分からない。俺にしか出来ないことなんかあるのかどうか・・・。


 「だから、お前は今まで通り、普通にソイツと坊ちゃんに接しろと言ってるんだ。あぁー、助言などしたくなかったのだがな。ったく。責任とかそんなの言われても知らんからな。」


 「あっ、はい。」


 成る程。確かに助言やらアドバイスをしてソレが間違った。失敗したというならばその人のせいに出来る。だからマスターは助言をしたくなかったのだ。大人になれば責任ばっかりで大変ですしね。


 「で、ですがそれで。そんな事だけで本当にいいんですかね?桜木の事はいいとしても部長は‥」


 接するも何もその人が家から出てきてくれないのであればどうも出来ない。出てきてくれてもどうこう出来るとは思えんのだが‥。コミ力ねぇからな俺。


 「いいも何もそれはお前の力次第だろ。時間がないというなら尚更な。」


 そんな無責任な。と思うがそれは確かな事で何も言えない。


 「難攻不落の城を崩すにはどうするか。それを考えろ。私はこれ以上の助言は言わん。」


言うとマスターは自分と俺のカップ。受け皿。ソーサー。それとフレンチトーストの載っていた皿を重ね始めた。どうやら俺との会話は以上。席を立つようだ。


 「あっ、あのそれじゃぁ、一つだけ教えて下さい。部長が求めているモノは救済なんかではないって‥あれはどういう…」


 席を立たれる前に急いで質問を口に。お陰で口調が早口になってしまった。


 「そんなのは言葉通りだ。まぁ、推測でしかないんだがな。」


 答えという答えを聞かせてくれず、そのまま。マスターは席を立ち、俺に背を向けてカウンターへと歩を進めた。

 と、その途中でその足を止め、こちらへと顔を向ける。


 「救済なんか求めなていない人間が欲しがるモノ。それはその逆だろ?ただ、放置ではないがな。」


 「‥逆。」


 そのままマスターは全てを言わずに厨房へと姿を消した。相変わらず客が来ないこの店には俺一人、残されるという形となった。


 救済の逆に難攻不落の城の崩し方。


 その真意を考えた。暖かな空間と穏やかな空間は時を緩めたように俺の体感速度を遅め、逆に脳の働きをよくしてくれた。


 救うの逆は救わない。つまりは嫌がらせ?いや、どうも違う。そんな事したらどうなるか。あの金髪ツインテールの二つの武器が俺の首を絞める事になるのでは?ツインテール怖ぇー。


 と、それはともあれ。救わないという事は少なくとも味方ではないという事になるのか。味方ではない者がする事は何か?

 …う~ん。分からん。


 なら、見方を変えよう。味方だけに。


 味方がする事は何か?協力。手助け。友情?なんかどれも一緒のように感じる。結局のところ味方同士で庇って、守って。傷を癒してるようだ。

 

「いや、待て。護る?」


それじゃないのか?味方がする事。じゃぁ、その逆は何か?護るの逆。それは攻撃する事だ。

攻撃。アニ研部、部長が求めているモノ。それはガンガンと勢いのある攻撃?マスターはそう言ったのかもしれない。

 偽りなく全力で彼女に立ち向かえと。


 「あぁ、そうか。そりゃぁ、庇うなんてのは間違ってるな。」


 この先の行動進行が決まったところで気が抜けた。椅子の背もたれに持たれ、声を呟かせる。


 攻撃は最大の防御とも言うしな。それを考えれば攻撃こそ最強で防御なんていらぬのではないか?


 ハテナと首を傾げ、俺は席を立つ。その際に財布から小銭を何枚か取り出し、机に置く。

 フレンチトーストのお代はいいと言われたがそれも払う事にした。お金では買えないモノを頂いたわけだしそれでも足りないとさえ思った。


 「マスター。ご馳走様。ありがとうございました。」


 きっと聞こえてはないだろうが俺は言葉を残し、そのまま返事も待たず、言い直す事もなく扉上のベルを鳴らした。


 「さむっ。」


 店内が暖かった為に不意打ちのようにやってきた冷風に肌身を震わす。首元に巻いたマフラーをきつく巻き直し、俺はゆっくりとした足取りで道を歩いた。


 難攻不落の城の落とし方。それはもう分かっていた。いきなり何の準備、策なしに城に向かうのではない。その周り。その城の主に関わる全てのモノを取り入れるか排除する。そして丸裸になったそこを狙う。

 落ない城は無いように。堕ちない女もいないとさえ思える。


 なんて、それは自分に酔っている者の台詞だ。その考えは吹く風に流させるとしよう。


 とにかく情報。俺は彼女の事を何も知らなすぎる。それこそ名前すら。生徒会に行けばそれなりの情報は提供してくれるだろうがそれだけでは心苦しい。なら、誰に何を訊けばいいのか?


 立ち止まる足。その目前にはついこの間、見た建物がある。


 生徒会から宣告された期日は残り五日だ。それまでに彼女の心の扉及びに家の扉、更には教室の扉を自らの手で開けさせなければならない。てか、扉多いな。人生に付き物なのは壁じゃなかったのかよ?


 とにかくそんな短い期日でそれを実行させるとなると時間の無駄使いは出来ない。休日のこの時間さえもだ。

 が、学校がやっていないとなると生徒会には訊けない。教員はいるだろうが彼女のクラスを知らないゆえにどうも出来ない。第一、せっかくの休日に学校なんて行きたくない。


 となるとだ。


 ピンポーン。


 いつか聞いたような定番な呼び出し音が鳴る。てか、鳴らした。


 「はい?」


 予想通り。俺が思い浮かべていた人物が声を聞かせてくれた。


 「先日は失礼しました。今、時間とかは大丈夫ですか?」


 「えっと‥すみません。どちら様でしょうか?」


 オドオド。オロオロした声に聞き覚えがあるのは俺だけか?思うも間違いではなさそうなので結局は俺自身、存在感がないだけなのだろう。ついでに存在意義もなさそうだ。かわいそすぎるな俺。


 「この前、君のお姉さんに用があった者です。」


 「あっ、あぁ。すみません。今、お姉ちゃん呼んできますから」


オドオド。オロオロ。イソイソ。なんかこれから転けてしまいそうな声音を聞かせたその子は、そのまま急ぎ足で階上にいるのであろう姉を呼びに行こうとした。

 だからそれを止める。


 「あっ、待った。」


 「え?はい?」


 それをやられてはゲームオーバーだ。それもこのゲームはやり直しがきかない。


 「今日は君に用があってここに来たんだ。今、大丈夫か?」


 生徒会。教員。アニ研の元部員。そんな者らの話は後程で全然構わない。彼女の事を知るには今の彼女と長くを共にしている者がいい筈なのだ。


 「今、ですか‥はい。。別に僕は構いませんが。」


 返ってきた声はやはりオドオドしていた。


 「なら、悪いけど支度して外来てくれないか?外で話そう。昼飯くらいは奢ってやるから。」


 「えっ‥いや。それは‥」


 「いいから。いいから。別に変な事、聞こうって訳じゃないし、変な事もしないから。ただ、飯食って話そうってだけだから。」


 言って、しまったと気付く。そんな言葉、これから変な事をしようとする奴が使う言葉ではないだろうか?実際のところ変な事はしないけど変な事は訊いてしまうかもしれないが‥。


 「…分かりました。とにかく外に出ます。」


 数秒の沈黙の後、そんな声が返ってくる。良かった。


 ― 

 

ガチャッ。


 数分後、携帯片手にそれとなく待っているとドアの開く音が聞こえた。あんまりにも遅いんであの言葉は俺との会話を切り離す為の口実かと思っちゃったよ。


 「あぁ。悪い…な?」


 見た先にいたのは黒いダウンにジーパンを履き、シマシマ模様のマフラーを巻いた中学生?小学生?くらいの男の子だった。この子は正真正銘の男の子ですよ。


 と、そんなことより。


 「あんた、また何の用なのよ?今度は和に何をする気?場合によっちゃあんた、マジで殺すわよ。」


 今日もツインテールが両側、綺麗にまとめられていますね。はい。で、何でそこにツインテール!?


 「えっと‥その…ごめんなさい。」


 謝る男の子は俺と彼女に流れる殺伐とした空気を感じとったのか何度も頭を下げるを繰り返していた。


 「はは‥終わったか?」


 早々にゲームオーバーの画面が見えてはもう笑うことしか出来ない。

 苦笑いを浮かべる俺に涙目で頭を下げる男の子。そして魔王城の主みたく怒気の形相で腕組むツインテール。 

 脇役が何の準備も無しに魔王城乗り込んじゃ、やっぱ駄目だったな。


 そんな事が今更ながらに頭に浮かんだ。

 

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