難題は直ぐにやってくる
ここ藍沢江高校は部活動が豊富だ。それゆえに職員ではそれらを全て把握。掌握できないという。自分の仕事。更に部活が多いという事は職員が一人一人、それぞれの顧問を持っている。
そんな多忙な職員が部活全体の処理や申請・管理を行える筈なく、我が高校が誇る生徒会へとその仕事が回るわけだ。
まぁ、だから部活案内が去年のままだったのだろう。
コンコンと焦げ茶色の開き戸を数回ノック。
数秒。「どうぞ~。」とのほほんとした声が返ってくる。
それを了承の意と判断。両サイドの取っ手を握り、俺はその扉をゆっくりと開く。
「失礼します。」
「失礼します。」
一応は生徒のトップ。返事の声が少々、子供っぽかったとしてもそれなりの敬意を払わなければならない。
俺に続き、桜木も言葉を一つ。部屋の中へと足を収めた。
「なんだ~、お前ら~?私はもう帰ろうとしたたんだがな~。はぁ~、今日も疲れた~。麻凛、お茶~。」
生徒会長の姿くらいは俺も見たことがあったし、名前も知っている。
確か名前は華海 巫瞳さん。二年。美味しそうな名前だったから覚えていた。それに髪色も葡萄色だし。忘れるわけがないとさえ言えた。
「会長、駄目ですよ。来訪なさった生徒への対応が先です。仮にも会長は生徒会長。生徒の手本となるべき存在です。」
そうキリッとした声を発し、鼻上の眼鏡を上げたのは副会長である確か名前は‥あぁ。安藤 麻凛さん。キリッとした顔立ちに眼鏡がよく似合う人だ。
美人さんだからよく聞く名だな。
と、そんな二人が一応は学校の行事。キャンペーン等。学校の雑務なんかを担うトップ。どうやら今日は庶務に書記。会計の方々はいないみたいだ。どこか行っているかもう帰ったのだろう。
に、しても広い部屋だ。教室二個分位ははあるんじゃないか?下手したらそれ以上。
「え~。私は疲れた~。ずっと書類眺めて、承認の判子押すばっかの地味仕事~。腕上がんない~。」
まるで子供。背や顔立ちさながら小動物に似ている。
「あっ、あの~。別に急ぎでもないですし僕達、後日来た方がいいですかね?」
生徒会長のそんな姿や言葉を聞けば普通はそうなるだろう。俺も思っていた事を隣の桜木が言ってくれた。てか、重箱置いて来いよ。
「ん?いや、あなた達はどうぞ、そこの席に座っていて下さい。もっとも早急なご相談でしたら立ち話で済ませますが?」
キビキビとした口調でそう言われては帰るわけにもいくまい。実際、ここまで来たのだし帰るのもどうかと言える。ここはお言葉に甘えるとしよう。
「では、早速なんですがアニ研について少し訊きたいことがあるんっすけど?」
わざわざふかふかソファーに座ってでも話す事でもない。早急ではないが直ぐには終わるだろうし。
「おいおい~。お前~、何勝手に相談とかしてんだ~。私はいいとは言ってないだろ~。」
一番奥の席。そこで会長が面倒臭そうに机の上でグデーとしだした。
その気持ちは分からなくもないが生徒会長としての威厳らしいものが全く感じられない。まぁ、たかが高校生の生徒会長に威厳とかどうとか言っても仕方ないんですけどね。漫画やらアニメやらの会長ポジションは何か体中から放ってるけど現実の会長は俺達同様、人間だからね。
「会長はあぁ言ってますがどうぞ。続きを。」
「おい~、麻凛~。私の話を聞け~。」
何か磁石みたいなコンビだなぁ~。とか思いながら口を開く。
「えっと、俺達。アニ研に入りたいと思ってるんですけど、廃部とかにはなっていないですよね?」
持ってきていた質問を迷うことなく言うと副会長の麻凛さんが直ぐに動く。
「あぁ、入部申請ですか?会長?」
「あぁ~、はいはい~。分かったよ~。ったく。」
副会長が眼鏡を上げ、振り返ると会長は溜息を吐く。そして、ごそごそ。のそのそ。会長は机の引き出しから何かの書類(まぁ、入部届けなんだろうが)を取り出すと適当に俺達の方へと放った。
「会長っ!何ですか?そのだらしない受け渡しは!しっかりして下さい!」
「えぇ~。いいだろ~。もう、私の中では仕事は終わったんだからよ~。」
まるで我が子を叱る親のように大声を上げた副会長。だが、それは二人の中では通常なのか会長は何をどう言うわけでもなく、変わらず適当に返事を返していた。
放り出された二枚の用紙は一枚は俺の足上。もう一枚は床上へと乗っかっている。俺は片方の一枚。足上に乗る一枚を手に取る。
書かれていたのは入部申請書の文字が上に、後は氏名。入りたい部活名を書く余白。
「あっ、あの。すいません。入りたいとは言ったんすけどまずはその部が存続しているかどうかを知りたいんですけど・・?」
そう。俺が今、欲しいのは入部申請書などではなく情報。それはアニ研が存在しているかどうかではなくそのアニ研の部員数。それとその部員の人柄だ。
アニ研とはいえど三人以上人がいるのであればグループは既に編成されており、俺らの入る余地などない。たとえそれが放置気味の部活でもだ。
「成る程。この学校、部活が多いですからね。会長、資料を?」
俺がそう言うとさすがはしっかり者の副会長。頷きを一つ、またも背後の会長に首を向けてくれた。
「はい~。はい~。ったく、面倒だな~。」
机に張り付いていた会長はその体勢をのっそりと起き上がらせる。そしてまずは欠伸を一つ。手を机の引き出しに掛けた。
「まぁ、座って待っていて下さい。少し時間が必要と思われますので。」
言うが早いか副会長は部屋隅にあるポットが乗った台の場所へと移動した。どうやらお茶でも振舞ってくれるようだ。
「あっ、いいですよ。そんなお茶なんて。」
副会長の行動理由を読み取った俺は急いで断りの言葉を入れる。別に俺達はお客様などではないのだ。
だが、副会長には俺の言葉は通じなかったようで「私が淹れたいだけですから。気にぜず座っていて下さい。」と言ってそのまま作業を続行していた。
「はぁ~。じゃぁ、座ろうぜ。」
「うっ、うん。」
折れる事に関して俺の横に出る者はいない。それが女性であるならば尚更。ここは言われるがままにお言葉に甘えるといしよう。会長は相変わらず急ぐ面影も見せないし。
「どうぞ。」
そう言われて出されたのは小奇麗なアンティーク製のカップ。そこから湯気を出しているのは紅茶に関して大した学のない俺でも分かるミルクティーだった。
「ありがとうございます。」
「あっ、ありがとうございます。」
俺達は共に礼の言葉を口に出されたソレを手に掛ける。桜木は相変わらずの人見知りで礼の言葉もオロオロしていた。
「あちっ。」
やはり淹れたて。その温度は俺の舌ではまだ早かったらしい。舌の先っちょを火傷してしまった。
「淹れたてですので気を付けて下さい。」
そんな俺の様子を見てか副会長が遅れて言葉を掛けてくれる。
俺は苦笑いを顔にカップを置くことにした。我慢して飲むものでもない。その温度は隣の桜木ですらふーふーと何度も息を吹きかけているくらいだし。俺には少しばかり早いステージだったらしい。
「ところで副会長方はその‥俺達に関して普通に接してくれるんですね…」
紅茶の温度が冷めるまでの時間潰し。俺は何となく感じていた疑問をこの機を使って訊いてみる事にした。どうやらまだ会長の資料探しは終わらないみたいだし。
「ん?普通に接するですか?それはどう言った意味です?」
紅茶を置いて向かいの席に着いた副会長。その副会長はハテナと首を傾げた。
「いや、ですから‥俺達の‥主にコイツのこの姿。噂とか聞いてる筈です。」
いくら学年が違えど俺達の噂はもう学校中に広まっている。ましてやその学校を支える生徒会。耳に入ってない方がおかしい。
「あぁ。その事ですか。」
「いや、その事って‥」
副会長はまるでどうでもいい風にそう言葉を発す。だが、その問題はそんな簡単に手と手をポンッと鳴らされるようなものでもない。
学校での俺達はまるで割れ物に触れないような扱い。つまりは誰も関わろうとはしないのだ。酷い虐めもなければ、行き過ぎた陰口もない。
ただただ俺達ははぶられていた。それはまるで異世界。または異次元の生物がいるかみたいに生徒は。教員ですら俺達との関わりを避けていた。
「まぁ~、確かに~。お前達の問題は私達、生徒会でもどうにかしろと言われている問題でもあるな~。」
話を聞いていたのか奥の机から相変わらずの覇気の無い声が参入する。
「正直~、迷惑~。だから、早くに当人らで何とかしてもらいたいとは思うな~。」
机の引き出しをゴソゴソ。顔は見えないが声はよく耳に入った。会長が言う言葉を解釈するに大方、忙しない教員では面倒だから生徒会で何とかしてくれとの事なのだろう。
学校の秩序と平和。世間体を守るのは生徒会の役目だ。
「ちょっ、会長!本人らの前でなんてことを言ってるんですか!」
その場に勢いよく立ち上がり、副会長はその行動と同じような勢いある声を会長へと通した。
「いや、いいんですよ。本当の事ですし。すみません。迷惑掛けてるみたいで。」
立ち上がった副会長を半笑いを顔に浮かべ、座るようにと言葉を掛ける。隣の桜木に関しては俯き、とても居心地が悪そうだった。
この話題を振るべきではなかったと遅れて後悔が流れる。
と、そんな俺達の心情は知ったことないと言うように会長のダラーとした声は続けて流れた。
「だがな~、私らは生徒会だ~。学校の美化。世間体。知名度なんてどうでもいい~。生徒を護ること~。それが私達の仕事だと思ってる~。だから、私達はお前らをどうこう言うつもりはない~。自分らでどうにかしてくれ~。そのサポートはしてやるがな~。」
まるで時が遅くなったかのような喋り方。だが、俺は苛立ちを覚えることなく、その言葉の一語。一語をしっかりと耳に入れた。
「‥会長。」
呟く俺。隣の桜木も同じ感情を抱いたらしく俯いていた顔を上へと上げていた。この人が生徒会長であるならばこの学校は平和だとそう思う。
オーラらしきものを放出していなくとも。ただの人間でもこの会長には他の人間には持っていないモノがあると思った。
などと我が生徒会バンザーイ。ロリ会長は最高だ。一生、付いていくであります!イェーイ。
と、心中、感動を抱いていると。
「そんな事、言って会長。仕事をサボりたいだけですよね?」
副会長の呆れた声が俺の上がった気持ちを下げた。
「ちぇ~、バレたか~。結構、カッコイイこと、言ったのにな~。」
会長も会長でそんな事、白状するし。俺のさっきまでの気持ちを返して欲しい。
「まぁ~、そんな事はどうでもいいんだ~。ほれ、資料だ~。」
会長はそのまま。奥の席から動かぬままにとても、とても分厚いファイルを前へと突き出した。どうやら自分で取りに来いという事らしい。
に、してもそのファイル。まるで百科事典か魔書のような分厚さ。恐らくはそこに挟まれている紙全てがこの学校に存在する部活のもの。
「‥こんなにも」
思うことは同じ。桜木も俺にだけ聞こえるような小さな声を漏らしていた。直ぐに終わらす事だったがこれではかなりの時間を要する事となろう。
「会長、少しは自分で動いて下さい。ほんとに。」
「あっ、いいです。俺、取りに行くんで‥」
との声、虚しく。副会長は既に会長の手に持たれていた分厚いファイルを掴んでいた。
本当に行動が速い。ダラけた会長を補佐する存在。副会長。その人選は流石だと思った。皆、生徒会選挙とか真面目にやってたんだな‥(しみじみ)。
まぁ、偶然でしょうけど。
「アニ研でしたね。少々、お待ちを。」
「いや、ほんとん悪いですよ。探すことくらい俺達でやるんで。」
何でもテキパキとこなす副会長。俺の出る幕なくパラパラーとファイルを捲る音を聞かせる。
そして結局、言葉だけでアニ研に関してのページは副会長に見つけ出されてしまった。
本当に面目ない。
「えっとですね。部としてはまだありますね。」
「あっ、そうですか?で、人数の方は‥」
ファイル片手にメガネを上げる副会長。その姿が凛々しすぎる。てか、あんな分厚いファイルを片手でって‥。恐ろしいぜ。副会長。
「人数は三人‥」
「あぁ~、そうですか。」
まぁ、そうだ。部活として成り立っているのであれば最低でもその人数は必須。予測はしていたがこれでアニ研への入部は叶わぬ夢となった。
その三人が会長。副会長のような考えの持ち主であるなら話は別だがそうではないだろうし。
「あの、すみません。色々、お手数掛けてなんですがこの話はなかった事に…」
と、早々にアニ研への入部を断ろうとしたところ。副会長の眉間に皺が掛かった。
「ん?いや、この部は廃部ですね。」
「え?」
思わぬ言葉。その真意を尋ねる。
「部員の二名は退部届けを先月の秋、出されに来ました。」
「じゃぁ、残るは一人と言うことですか?なら、俺達、二人が入部すれば‥」
よしっ!波は。風は俺達の方へと来ている。別に部活などどうでもいいと思っていたがアニ研ならばユルユル。ダラダラした憧れのお茶会部へとなる。
が、副会長の次の言葉。その言葉で俺達に訪れていた波も、風も。その両方が綺麗に無くなった。
「いや、この部に部員はいません。」
「は?何で?」
「ここに書かれている部長の名前。その方は今は学校に来ていないからです。」
「へ?という事は俺達が入部しても‥」
せっかく見付けた青春への切符。それは一瞬で俺達の手から離れ、ヒラヒラとどこか遥か空へと舞っていった。
副会長はその事実をはっきり。聞き取りやすい声で伝えてくれる。
「はい。アニ研は廃部しています。」
**************
唐突だが俺はこの方、学校という場を嫌いになった事はない。だが、しかし。勘違いをしてもらっては困る。それは勿論、学校は好きではないし進んで行きたい場所でもない。
が、それでも学校へ行こうと足を動かしたら頭痛がする。目眩がする。激しい嘔吐を訴えるなどという症状は出た事がない。
つまり俺は学校は好きではないが毎日、学校に通っていた優等生(普通か‥)という事だ。
だから分からない。何ヶ月。何週間も学校に行かない人の気持ち。抱えている想い。それが俺には分からない。けど…
―
曇天の空の下。俺達は学校の帰り道をいつも通り歩いていた。ただ、違う事。今日はその歩いている道が違う。
「‥ねぇ、僕は別にいいんだよ?アニ研に拘る必要もないし、ゆうちゃんと部活が出来れば何でも。」
上の空と同様。桜木の声もまた暗い。まぁ、その気持ちも分からなくもないが。
「ばーか。だから、部活やるにしても。作るにしても最低でも後一人、人がいるんだよ。そしてそれが一番楽な道がアニ研復活の道だ。」
陰気な空気をぶち壊すように俺は普段通りに振舞う。それでも桜木は相変わらずだが…
あの日。というか昨日、生徒会で伝えられたアニ研廃部の件を聞いて俺は一つの頼み事を生徒会。主に会長と副会長に頼んだ。
その頼みとは簡単なもの。アニ研廃部の延期だ。
だが、多数ある部活。それを無くせれるのに無くさない。出された期日はやはりというのか短いものだった。
だから、事は急。実行は迅速。俺達は直ぐにアニ研の一人。部長宅へと足を進め、説得たるものをしに行こうとしていたのだ。
「でも、ゆうちゃん?珍しいよね。ゆうちゃんがこうも積極的に動くなんて‥。そんなにもアニ研に入りたかったの?」
歩行の最中。沈黙を許していては生まれるものは気まずさだけ。だからなのか桜木はそんな質問を俺に投げかけてきた。
「いや、別に‥。」
言って自分でも疑問に感じた。部活などどうでもいい筈なのに俺は何故だかその為の行動していた。
発した言葉の後。その後にも何か付け加えるべきなのだろうが何も出てこない。
俺は部活に。皆が青春、青春だの言う活動に参加したかったのか?
「ふーん。まぁ、僕としても別にいいんだけどね。ゆうちゃんが動いてくれるならそれに越した事はないし。」
桜木はそう言うと近場の小石を蹴る。その小石は二・三回弾むと先に見える電信柱に当たって動きを止めた。
「んと‥言われた住所から言うとここか…」
さっき桜木が蹴り飛ばした小石が当たった電信柱の近く。俺達は目的の場所へと到着したようだ。
「何だかドキドキするね‥」
「あっ、あぁ。」
桜木の震えた声。俺もその心情に激しく同意する。
別に目前の家が豪邸とか怖そうな人間が住んでいるだとかそういう事ではない。家自体は普通の家と変わらないし、副会長から聞いた話ではそこに住まう人達も普通だという。だから、別に怖がる必要なんてないのだ。
が、それでも俺達は緊張する。それは何を隠そう俺達は他人。それも同級生の家を訪ねた事がないからだ。更に見ず知らずの。
人見知りな桜木と人付き合い苦手な俺。その二人が組んでるのだ当たり前の事態と言えよう。
「まぁ、それでも折角、来たんだ。何もせずに帰るわけにもいかねぇ。」
言いだしたのは自分だ。だから説得‥は無理でも人物像を確かめるのは俺の役目だ。家、見に来ただけとはさすがに言えんし。
ピンポーン。
とまずは定番の音が一つ。そして数秒。人が出た。
「はい?」
幼く頼りない。小さな声だった。どうやら本人のようだ。
「あっ、あの。俺、あなたと同じ高校に通う新戸優一って言います。その‥大変、失礼なんですが少しお話をお伺いしたいなと思いまして‥」
自分でも分かる。何言ってんだ俺はっっっ!
同年代。それも聞いた話では女子。敬語を使うのはしょうがないとしてもオドオドしすぎだ。初対面が大事だというのにこれではとんだヘタレではないか。くそっ
と、人知れず嘆く俺を他所にインターホンから控え目な声が返ってきた。
「あっ、あの‥お姉ちゃんのお友達ですか?」
「へ?お姉ちゃん?」
「えっ?…はい。」
数秒。気まずい沈黙が距離を置いた俺と一人に流れる。
「あぁ、そうそう。そうです。お姉ちゃん。そう、呼んで頂けますか?出来れば直に玄関出て貰えると助かります。」
理解するのに少し遅れた。だが、仕方なくない?普通、引きこもりつったらネガティブで暗そうな奴を想像するじゃん。
そしてインターホン出た声は正にそんな感じだったし。妹だか弟だか知んないけど紛らわしい!
など言える筈もなく俺は焦りはしたが丁寧な口調でインターホンに声を通し、相手の返事を待った。
「分かりました。今、呼んできます。」
言われ、インターホンから音が止む。俺達はその時間を無言で待つことにした。
その短い間、俺が考えていた事とは出てくるであろう人物。その姿だ。
まぁ、引きこもりで弟だか、妹も気弱な感じとあってはその姉もそんな感じかそれ以上と予測されよう。そして今日、出来るのであれば何とか説得したい。出来るとは到底思えないが幾つかの手は考えてきた。
引きこもりの種類。それは大きく分けて二つ。一つは自分を見てもらいたいが為の行動。そしてもう一つは現実からの逃避だ。
そして今回の相手は恐らくは後者。だから 虚偽や欺瞞の甘い言葉。熱い説得。そんなものではなく同意。それを多く望んでいる筈なのだ。
逃げる事は弱さの照明だが人間なんてそんな生き物だ。弱いから仲間を作る。弱いから誰かに頼る。それが当たり前なのだ。
だから、今回の相手には自分らは君の仲間だ。君の考えには激しく同意する。友達になろう。そんな言葉を掛ければいい。傷付け、ボロボロになった心。そんなに上手くはいかないだろうが今の俺に考えれる手はそれしかない。
がちゃっ。
そして覚悟もままならぬままに開けられた扉。控え目なその開け方はやはり俺の思っていた通りの人物…ではない。
「ったく、何よ?大体、あんたら誰?」
「ゆうちゃん‥」
「あっ、あぁ。」
小声で俺の裾を引っ張る桜木。言いたいことは大体、分かる。
なんせ出てきたのは俺のイメージ図とは全く異なる人物。金髪ツインテールに吊り目。ネガティブ要素全く皆無の人物。
「和に私の友達って言ったらしいけど私にそんなのいないから。用がなんであれ私はあんたらと話す筋合いはないから。じゃぁ。」
「いや、ちょっ。待った。待った。アニメ。あんた、好きなんだろ?」
開けられて早々に閉められては俺の勇気(笑)が無駄になってしまう。せめても数秒だけでも会話をしたい。
「は?だから、何?てか、ほんとあんた等、何なの?」
まるで汚物でも見るかの目。そりゃぁ、見ず知らずの男子生徒二人‥いや、桜木は女子生徒に見られているのか?今日もばっちしスカート姿だし。
まぁ、とにかくそんな見ず知らずの二人に家を尋ねられてアニメ好きなんだろ?などと言われれば不審を抱かれるのも無理はない。
だが、それでもそんな目。桜木と恋人関係になってからは休み無しに向けられてきた。もう、慣れっこなのだよ。
「あんた、アニ研の部長なんだろ?俺達はその部に入りたいんだ。だから‥」
「アニ研…」
言葉を勢いよく流しているとふっと彼女の顔に変化が訪れた。それは好機とは逆の変化。そう。俺は彼女の何かに触れてしまったのだ。
「あっ、悪い。俺、何か気に障る事、言ったか?」
前のめりにしていた体を後退させて俺はしまったと思いながらもそう言う。だが。いや、やはり。遅かった。
「アニ研に入りたい?勝手に入れば?私はもうあんな所にはいかない。部長なんて肩書きも、もうとっくの昔に捨てた気でいたし。」
「いや、でも・・」
俺は柄にもなく強行突破という手を使おうと考えていた。小さな門を勢いよく開け、短い階段を駆け、彼女が開けた扉へと駆けようと思った。
何故か?
それは今、その扉を閉めさせてしまったら恐らく一生、彼女は俺達とは会ってはくれない。そう思えたからだ。
だが、その考えを実行するのには遅かった。
「もう、私は行かないからあんなとこ。こんな現実。」
見た目とは想像がつかぬ程に静かな。それでいて冷徹な言葉が告げられると扉が音を発てて閉まった。
残された俺達は何も言えなかった。何も出来なかった。
「…ゆうちゃん。帰ろ。」
「あっ、あぁ。」
数分立ち呆けていると桜木が笑みを見せてそう言ってきた。やはり作り笑いは下手だ。
「…で、どうする?違う人、探すの?」
無言の帰路を歩いていると覚悟を決めたと言わんばかりの桜木の声が耳に入る。
「そうだな…」
別にあの人に拘る理由なんて無い。今日、あの人の自宅へと向かったのは単にまだあの人が部長を辞めていなかったからだ。
だが、あの人は言った。部長は辞めていたつもりでいたと。
なら、別に他を当たればいい。学校中に流れる噂でそんな人を見付けるのは難を要するだろうが、あの人を説得するよりかは何倍も楽だ。
だが、それでも何だろうか?この胸に掛かった靄は?何だろうか?この感情は?
「そうか。」
「ん?ゆうちゃん?」
歩行を急に止めたからであろう桜木が足を止めて俺に訊ねる。
「やっぱ、あの人‥あの子を説得してアニ研を復活させる。」
「へ?何で?どうして?」
俺は分かったのだ。胸に掛かる靄。その正体。それはあの時と一緒。桜木を救いたいと思った時と一緒。俺はあの子を―
「何でもだ。お前も協力しろよ。」
「えー。何それ?あっ、まさかゆうちゃんあの子の事‥」
何を勘違いしたのか急に頬を膨らませてポカポカ殴ってくる桜木。
「おい。痛ぇ。痛ぇ。何だよ。」
「浮気。ゆうちゃんの浮気者!」
「おいっ、お前。何か知んないけど勘違いしてんだろ。痛いから止めろ。」
曇天の空模様。その空は今日は晴れはしなかった。だが、それでも。その空から雨は降ることもなかった。
桜木の事といいあの子の事といい俺は本当に女運がない。まぁ、桜木は女ではないのだが…
それでも何故か?俺の顔は。胸の内は。どこか清々しいモノを表している。
見上げた空。だが、やはりそれでも今日の空は曇天だった。




