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俺の彼女は…  作者: イスカンダル
 1章 [寒い春]
10/59

クリスマスの夜はやっぱ寒い

 時刻は深夜の何時頃。外の吹雪は止んだのかさっきまでの音はもうすっかり消えていた。

 と、まぁ。そんなのは今はどうでもいい。今、気にすべき問題は一つ。


 「スー。スー。むにゃむにゃ~。ん~。」


隣から聞こえるそんな寝息。いい夢でもみてるのかその顔はとても幸せそうだ。


 「ちっ…疲れてるのに。これじゃぁ、寝れねぇよ。」


 一時間くらいは漆黒を見ていた俺だがそれも諦める時がきたようだ。体を起こし、何となく両瞼を擦る。


 「ふゃぁ~ぁ。仕方ねぇ、少し探索でもするか。」


歩き回ればそれなりに体力は削られるだろう。それで寝れなかったらもう明日、自分の家で寝るしかない。

 事が決まったとあれば即、行動。地に置いたモコモコ暖かスリッパに足を入れて向かうは冷えた長廊に繋がる扉。


 「うっ…さみっ。」


開けて直ぐにきた冷風に思わず声。暗いその道はまるで異世界に繋がるそんな道のように不気味だ。

 最後に一目。眠る桜木に振り返り、俺は静かに扉を閉めた。


***********


 ペタペタと歩く廊下。歩く道はとても冷えており正直もう戻りたい。なら戻れという話なのだがそうもいかないのが現状。


 「うん。ここでもないか。」


俺は呟き扉を閉める。そして次の扉の取っ手に手を掛ける。そしてまた同じ。見知らぬ光景。見覚えのない部屋。


  もう言わなくても分かる。俺は迷っているのだ。

 典型的なネタかもしれないが大きな家ならではの問題。トイレ行ったら戻れなくなるというベタベタな展開に絶賛遭遇中であった。


 「ふゃぁ~ぁ。」


 今何時だ?


 何度目かの扉の開放時。出た欠伸なんかで疑問に思う。

 取り出した携帯。その液晶画面にはAM三時十三分と示されていた。どうりで眠いわけだ。さすがの俺でももうあの部屋の布団で寝れるだろう。

 とは思うがその部屋に戻れない。冗談なしに焦る。この廊下寒いし。

そうだ。アイツに電話すれば。

 いや、さすがに出ないか?それと寝てるとこ起こすのもな…。

あー、仕方ない夜が明けるまで適当な部屋で眠っとくか。寒いけどベットがある部屋がどこかにある筈。

 

と、そんな考えの元。次なる扉を探しているとふっとした光景に目と意識が持って行かれた。


 「お、おぉ…」


大きな窓ガラスから見えるテラス。そこは積もった雪が月光に照らされて幻想的な光景を実在させていた。


 ガラガラ…


 俺は甘美な匂いに誘われる虫のように考えなしに窓を開けていた。その物語のような世界に行きたい。光る雪にこの足跡を残したい。そんな思いに胸わくわくさせて踏む地面。と、そこで。


 「ん?」


 窓を開けて外から流れる冷風に身を当てさせ気付く。人がいる。いや、この光景。そこにいる生物は天使かなにかか?


 が、違った。そんな可愛く神秘的な生物ではなかった。少なくとも今の俺にはその生物をそう見えは出来ない。


「ん?」


「あっ。」


窓を開けた瞬間、俺はその人物と目があった。瞬間―


その人物はコートのポケットから胡椒を取り出し、俺に向ける。


「ちょっ、待った。待った。それ、マジでやばいから。ほんと、死にそうだったから。」


そこにいた少女は天使など程遠い存在。桜木雲雀の実の妹、桜木百合だった。まぁ、見た目は天使なんですけど‥。


 「…じゃぁ、何?用もないのにわざわざ私に話掛けないでくれる?私に声を掛ける時は胡椒を掛けて欲しいその時だけにしてよね。」 


 「何だそれ?どんだけ俺、嫌われてんだよ?俺にどんだけ胡椒掛けたいんだよ?」


 料理作る時以外、俺はこの子に話し掛けれないとか‥。俺はそんなシェフになった覚えはないぞ。胡椒の量なんて自分で計るっての。

 との冗談もその辺にして聞いてしまったのだ。無視はできない。


 「あっ、その‥お前。体、弱いらしいな。外なんかに出てて大丈夫なのか?」


胡椒掛けれれるか罵倒を言われるか。そう覚悟して言ったその台詞だったのだがその幼女はそうはしなかったし言わなかった。ただ、返ってきたものはとても冷たいものだったが。


 「そう。お兄ちゃんから聞いたの?」


持っていた胡椒の容器はコートへと仕舞い、幼女は俺へと初めて顔を向けた。


 「あぁ。あいつの事も含めて殆どな。」


白い息を吐き出すと同時に出る声はやはり小さい。深夜の三時過ぎともなれば気温はマイナス何度かそんなところであろう。こんなに雪も積もっていることだし。


 「この話は中に入って話さないか?ここじゃぁ、寒いだろ?体とか関係なしにどっちも風邪引く。」


 俺はその気持ちを伝えるようにとその場で体なんかを摩ってみる。

 だが、どうも子供は風の子なんとやらというのか幼女は俺のその提案に首を縦には振らなかった。


 「中に入るなら勝手にして。私はまだここにいたいから。」


 向けていた顔は元へと戻って、その瞳は広がる雪に。どうやら何かしらありそうな感じである。


 「そうかよ。じゃぁ、俺も付き合うわ。こんな時間だ。日の出でも見ないと何か損した気分になる。」


 「別にいいわよ。てか、こないでよ。」


 「だから、何で俺はそんなに嫌われてんの?」


 窓辺付近で止まっていた足を動かし、幼女に近付くが距離を取られてしまう。一体、俺が何をしたというんだ?


 「はぁ~。ここから消える気はなさそうね?」


 深い溜め息をするまで嫌われているのか俺は?


 「あぁ。ないが何で俺をそんなに嫌ってるんだ?男嫌いとかそんな設定か?って、つめてっ!」


 今時の幼女は色々と複雑なんだな。とか、他人事に思い、訊いてみると何故か雪玉を投げられた。雪玉投げられる程に俺は嫌われているのか?何かもう、全てが折れそうだ。


 「そうよ。私はあんたなんか大っ嫌い。だから、あんたと話たいなんて全然、思わないんだから!」


 などと飛ばされるのは声だけではない。数々の雪玉が幼女の手から生成。それが投げられる。


 「おい、おい。理由もなしに嫌われるなんて理不尽にも程があるだろ?そして何で雪玉、投げてんの?ねぇ?」


 来る幾数の雪玉を必死に避ける。避ける。幼女の行動が謎すぎる。と、思っていると雪玉と同時にこんな声も混ざって飛ばされた。


 「でも、この勝負に勝ったら話して上げなくもないわ。質問でもなんでもすれば。」


 「あぁ。そういう事。って、痛っ!冷たっ!」


 幼女の行動の謎が解けたはいいがさっきよりも雪玉生成が速くなっている。それは勿論、飛ぶ雪玉も多くなっているという事で…。


 「そっちがその気なら容赦しねぇ。病弱だかなんだか知らんが年上にその言葉遣

いとその態度。たっぷりと後悔させてや…っ!」


 言葉の途中。雪玉が顔に強くぶつかる。


 「年上の何?言っとくけど私、雪合戦得意だから。」


 言う幼女の周りは既に数十個の雪玉が山を作っていた。これは言う言葉は虚言ではなさそうである。

てか、雪合戦得意ってなんだよ?てか、雪合戦に勝敗ってあんの?


 「ぐっ!」


 などと考えている内にも幼女は休みなく雪玉を放っている。雪合戦の勝敗は分からないが今はこの幼女の遊びに精一杯。全力で応えて上げるのがベストな選択といえよう。 


 「ふふっ。遊びは終わりだ。おらっ!」 


体の事も。幼女だってことも一先ず置いて。俺は桜木百合に雪玉を投げた。


 「あはは。何が遊びは終わり?全然、方向音痴じゃん。」


 「なっ!そんな馬鹿な?」


 深夜三時も過ぎた早朝。雪広がるテラス上で第一次雪合戦が勃発。 そこに飛ぶは雪玉と幼気な幼女の笑い声。冷えていた体は段々と暖まりを感じさせ始めていた。


 **************

 

 「はぁ~。疲れたっ。けど、私の勝ちね。」


 長きに渡る俺と幼女の雪合戦争(なんか、ラノベの題名っぽいな)は遂に終わりを迎え、その一人。桜木百合は純白の地に背中を付け、寝転んだ。


「何を言ってやがんだ。最後の俺の魔球がお前の体に的中しただろ?」


 同じく雪上に体を乗せた俺。基本、ニートの俺だから幼女との戯れ一つでこの有様。情けなさは感じないが少しは運動した方がいいと思った今日この頃である。


 「はぁ‥はぁ。は?魔球ってあの最後の最後に投げただましうちの卑怯なやつ?あんなの無しに決まってんじゃない。ってか、それ以前にあんたの投げた玉なんかダメージ皆無よ。皆無。」


 「は?それは強がりもいいところだぜ。俺にはしっかりと聞こえていたぜ。お前の絶叫による絶叫の数々を。はぁ‥はぁ。」


 などと青春まっただなかもいいところの俺達。これが幼女ではなく男だったら感動もんなんだが倒れているのは見た目、天使のような幼女であり、やった事も拳による喧嘩ではなく雪による投げ合いだというのだから微妙な感じだ。

 ともあれ始めに感じていた寒さも幼女との距離感も少しはましにはなってはいた。


 「まぁ。どうでもいいけど。教えてくれるか?百合は何で俺を嫌ってたんだ?」


 クタクタの体を起こすと体に付いていた雪がパサパサと落ちた。


 「はぁ。はぁ‥何、勝ってもいないのに質問してんのよ?てか、何。名前とか呼んでんのよ?馬鹿。馬鹿。ばーか。」


 子供で体が弱いという事もあるのだろう。強気な口調とは逆にその姿はかなり辛そうだ。


 「あぁ。そうだな。この勝負はお前の勝ちだ。それでも久しぶりにこうはしゃげて楽しかったよ。」


 辛そうにしている幼女相手に意固地になる程、俺は頑固ものではない。あっさりと負けを認める。てか、雪合戦に関して負けとか勝ちとか未だに分からんのだが。


まぁ、とにかく俺は幼女に負けを認めたわけである。完全なる敗北を笑って伝えたのである。


 「はぁ‥はぁ。ばか。馬鹿。馬鹿っ。何で、負けたのに笑ってるのよ?」


 負けを認めて上げたというのに幼女の機嫌はよろしくない。何でか首を捻るも何

となくは気持ちが分からんでもない。


「そりゃぁ、言っただろ?楽しかったって。雪積もってる日に外出て遊ぶとか久々すぎて少しテンション上がったぜ。」


 本心の気持ちを恥ずかし気なく伝えると桜木百合は小さく呟いた。


「何それ?あんたってほんと、意味分かんない。…けど、私も楽しかった。」

未だに雪上で寝転がっている幼女。俺はそんな幼女を見下ろす形で笑い、言う。


 「そうか。」


 夜明けは近い。暗いと思ったその明るさも薄暗いという言葉へと変わりつつある。空ではどこで鳴いているのやら鳥の鳴き声が聞こえる。


 今日はもう、クリスマス。一般家庭では今頃はプレゼントが枕元やらに置かれているのだろうか?


 「そう言えば百合はプレゼント何、頼んだんだ?」


 今日がクリスマスだと気付き思った疑問。まだ幼い彼女は当然、プレゼントを貰える年頃である。晴れ晴れとした会話の一つになればいいと思い俺は口を開いた。

 のだが、それは逆効果であった。


 「別に何も。本当に欲しいモノは手に入らないから。」


 「…そうか。」


 出てきた言葉はそれだけだった。それしか言えない。桜木にも言った無責任で非情の言葉を俺はまた使ってしまった。

 冷えた空気がまた戻る。せっかく温まっていた体も。

 その全てはこの溶けない雪同様にずっと今まであったと言っているようだ。どんなに溶かそうとしても幼女の冷えた心の傷は溶ける事はない。癒える事はない。


 「何、心配そうな顔してんのよ?別にあんたにそんな顔して欲しくて言ったわけじゃないから。」


 「あぁ。」


 ようやく起こした小さな体は俺にちゃんと向いていた。けれどその心までは向いてはいない。やはり彼女はどこか俺を避けている。理由は知らないがコレは俺を怖がっているのかもしれない。何の根拠もなしに俺はそう思う。


 「なぁ、百合は俺が怖いのか?」


 思った疑問を直ぐに言葉にするとその当人は酷く驚いた表情を俺へと見せた。


 「なっ、何で?」


 「何でってそれはこっちが訊きたいんだが?」


 逆に質問されてもこっちが困る。自分が怖いか怖くないかで言えばう~ん。まぁ、怖いのかなとは思うが彼女が思うところはそうゆう事ではないだろうし。


 「やっぱ桜‥雲雀の事と何か関係があんのか?」


 当てずっぽうのその質問。だがそれは案外、的外れではなかった。


 「…だって。」


 小さく呟かれたその言葉はあまり聞き取れなかった。が、それでも彼女が泣きそうであるその様子はよく伝わった。


 「…だって、だって。あんたがお兄ちゃんを変えていくから。私、怖くて。お兄ちゃんがどんどんお母さんみたいに綺麗になっていくから私‥私…」


 それから先は声にはならなかったらしく彼女は幼女らしい大きな泣き声を上げた。


 「だって‥だって。うぇ~ん。」


 疲労と眠さゆえだろうか?今まで強気を保っていた幼女は何か吹っ切れたように涙を流し続ける。


 「…ごめんな。」


 俺はそんな幼女に何をしていいかが分からなかった。ここで慰めるにしてもそんな資格は俺にはない。その泣き顔を体に預けるとしてもこの幼女はそんな事、望んではいないだろう。

 だから謝った。それも望んでいるかどうかと言えばきっと否であろう。だけれど、俺にはそれしか考えられない。悪い事なんてきっとないのだろうけど、それでも俺はこの幼女に再度また言うのだ。


 「ごめん。」


と。


が、やはり幼女はそんな言葉、望んではいなかった。


 「な、何よそれ?何で、謝んの?意味、分かんない。」


 この子の言う通りである。自分でも思うのだからそれは確実だ。

だが。なら、どうすればいい。俺はこの子の事を何も知らない。ある程度の気持ちは分かるにしてもそれでもそれは本物じゃない。

 さっき言っていた桜木百合の本当に欲しいモノ。それを考えると候補がありすぎる。

 が、その行き着く先はどれも一緒だ。


 失ったモノ。きっとこの子はそれを本当に望んでいる。だから今日、来たであろうサンタのおっさんにはこの子は何も望まなかったのだ。サンタがくれる物は結局は物でしかなくてそれ以上はくれないのだから。


 「…ごめんな。変な質問しちまって。」


 謝罪の言葉はその事に関してのものでは勿論、なかった。自分でも分からない謝罪。それを何でと聞かれたのだから無理矢理でも分かる謝罪に変えた。


 「別に気にしてないっての‥それより私が泣いてた事、誰かに言うんじゃないわよ。」


やっと我を取り戻した幼女の姿はすっかり元に戻っていた。   


「あぁ。分かった。」


 即答で返事を返すと幼女は疑うような目を俺に向ける。てか、その目元を見れば大体の人は分かるとは思うんだが‥。


 「じゃぁ、もう中に入ろうぜ。朝日見んのもどうでもよくなってきたし。」


 さっき見せた幼女の叫び。あれはきっと脳による混乱だ。こんな寒い所であれだけ体を動かしたのだ。正常に脳が動いていなくても不思議ではない。だから、中に入らせる。やはり彼女の体ではこの気温は無茶があったようなのだ。


 「私はまだ戻らない。まだここにいる。」


 俺の気遣いも知ってか知らず幼女は断りの言葉を。だが、その言葉は震えている。


 「何をそんなに意固地になってんだ。寒いんだろ?疲れてんだろ?中に入ってしっかり休めよ。」


 頑なに動かない彼女に俺は少しの苛立ちを感じた。そのせいか言葉もどこか怒鳴るような感じとなっていた。


 少しの後悔。しかし、それでも彼女は動こうとはしない。


 「いい。私はここにいる。」


 頑として動かない幼女の立ち姿はあまりにも弱く小さい。


 何がそこまで彼女を?


素朴に感じた疑問。肌白い幼女。細い体の幼女。さっきから咳込みも聞こえる。

 そんな彼女が動かない理由はなんだ?

 そして答えは直ぐに出た。


 「まさか待ってんのか?本当のサンタクロースが来るのを。」


 冷え付いた空の下。ここはこの家で一番高い場所である。


 「・・・・・・。」


 発した問い。それに幼女は何も言わない。だが、俺から顔を背けているのを見れば答えは明白。


 「悪い。」


 一言、侘びの言葉を前置きに俺は彼女の頬に触れた。


 「ちょっ、何?何すんのよ!」


 当然な行動だと思うも俺はもう一歩、前に足を踏み入れて彼女との距離を詰める。


 「別に恥じる事ではないだろ?俺も昔はサンタ来るの待ってたし。」


彼女の目線に合わせ言う言葉。この時だけは彼女と同等の目線になりたかった。が、しかし。そんなのは無理で。そんなのは結局のところ体だけだった。


 「ちっ、違う。私は分かってるんだ!サンタなんていない!お母さんもお兄ちゃんもお父さんも帰ってこない!全部、分かってるんだ!」


 再度、響く叫び。それは上空に飛ぶ鳥達と一緒に雪を落とした。 


「分かってる。分かってる‥けど、どうしていいか分かんない。お母さんがいなくなったのは私。お兄ちゃんでもお父さんでもない私のせい。だってお母さんは私を庇ったんだもん。」


 今までずっと抱えていた悩みは落ちる雪と同じ。この小さく弱い体にずっと抱えていた責任は何でかはさて知らず俺に落とされていた。


 「何、勘違いしてんだ。親が子を護るのは当たり前だろ?」


 「違う。そんなの絶対違う。」


慰めの言葉は即答で首振られる。そんな姿を俺は知っていた。

 こう、自分の意思を変えない。自分で全てを抱えようとするそんな姿を俺は知っていた。


 「なら、なんだ?お前は親を残して自分が死ねばよかった。そう言うのか?」


 乾いた声は自分でも酷いものだと思った。幼女相手に言うような事じゃない。


 「そんなの‥そんなの違う。違う。私はただ‥」


 涙を流し、咳き込む幼女の姿は本当にただの可愛い子供の姿。それなのにこの子は大人でも悩まない。そんな悩みに悩んでいるのだ。


 「俺を嫌ってたのはお兄ちゃんをああしたからか?ここから離れないのは期待をしているからか?いつまで自責に悩み苦しむんだ?」


 大人以上の悩みを抱えている?そんなのだからだ。そんな悩みを抱えた事もない俺にどうしろと?

慰めも駄目。謝罪も駄目。小奇麗で前向きな詭弁も駄目。おまけに嫌われてるとまできた。

なら、俺が取るべき選択は正面から問い続けるしかない。この子は分かんないと言ったがそんなの分かる奴なんていないのが当たり前だ。

 

「お前ら家族は色々と抱えすぎなんだよ。悩む事は悪い事じゃないが自分を苦しめるのがいい事だとも思わない。お前の兄ちゃんも。父親も。何でそう空回りばかりする?」


「そっ、そんなの‥」


 泣き言を漏らす幼女の顔に少し怖じ気つくが直ぐに心を元に戻す。


 「お前の兄ちゃんはその責任を女装で取り繕うとしていた。お前の父さんはお前らに日常を戻そうとした。そしてお前は全部の責任を自分のせいにしている。どれも自己満足のそれでしかない。」


 言う言葉は本心なのかそうじゃないのか?分からなかったが動かす口は止まらなかった。


 「だがな、俺はそんなお前らを間違ってるとは思うが羨ましいとも思う。それは優しさが空回った結果。そんな家族に囲まれてんだ。お前は。」


 本来なら言おうともしない言葉。それがこのこの寒さで脳が麻痺しているからか、それとも年端も幼い幼女だからか平気で舌が廻っている。


 「だから、もういいだろ?体を大切にしろよ。なっ?」


 最後の締めというように俺は本来、ここで彼女を見かけて。話し掛けたその時に言おうとした言葉をようやく言った。


 「で、でも…」


まるで抱えていた全ての重荷を俺に預けたかのように見せてきたその顔。重荷も。その偽った性格すらも今の彼女は下ろしている。


 「でも。でもそんなの納得できない。私が奪ってしまったもの。お母さんはどうやっても戻ってこない。あの時、お母さんは言ったのに戻ってこない。あの時、弱々しい声でクリスマスケーキ一緒に食べようねって言ったのに‥」


 俺は彼女のそんな心を何一つ理解できない。そりゃぁ、そうだ。親の死に目に会ったことがない俺にはそんな気持ち、分かる筈もない。

 だが、それでもそんな彼女と一緒にいられる事はできる。事故に会ったその日。母親が子に残した自分の事で心配させまいと言った言葉。それを一緒に待つ事は出来る。ただしそれはこんな寒空の下ではない。


 「そうか。百合はサンタクロースよりも母親を待っていたのか?」


 涙に顔をぐちゃぐちゃにしているその頭にそっと手を乗せる。


 「ひっぐ‥うぅ…」


今度はそれに嫌がろうともしない。俺の事を嫌ってるのかどうかは本人に訊かないとさすがに分からないがどうやらそれくらいは許してくれたようだ。


 「じゃぁ、俺も一緒に待つの付き合ってもいいか?ここじゃない暖かい場所で?」


 そっと吐くその言葉は俺のこれまで出してきたどの声よりも暖かいと自ら感じた。

 そのお陰かどうか。返事は返してはくれないが頷きを返してくれた幼女。それに思わず頬が緩む。


 「んじゃ、行くか。」


と、それを見越してかどうか。


 「んだ。結局、朝になっちまったか?」


 俺達を照らすその光はとても神々しく。この広がる雪以外のモノも溶かし、無くしてくれるとさえ思えた。だが、そんな事は決してない。光はまだ俺達には届いてさえいない。


 迎えた今年のクリスマス。本日は快晴。しかし今日もよく冷える。

 一風の冷風が俺の髪を静かに揺らした。


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