クリスマスでも風邪は引く
「‥朝だよ。もう、ゆうちゃんったら。」
何だろうか?誰かが俺の名前を呼んでいる。そんな幼馴染がさてはて俺にはいただろうか?
「もう、起きてよ。起きろー!!」
「あー、うるせぇー。」
耳元でそんな大きな声で叫ばれたら誰だってこうなる。一日の始まりは朝から始まるというのにこれでは今日、一日最悪だ。もう、駄目。頑張れない。おやすみなさい。
「って、なんでまた寝るの…?」
悲しそうな声。さすがの俺もそんな声を聞いて起きないわけにはいかない。と言うより、何かもう二度寝をするタイミングを失ってしまった。目を閉じても意識は回復。覚醒していくばかり。
そいや、昨日はコイツの家、泊まったんだっけか。
「ふぁ~ぁ。相変わらず、速いのな。」
あくびを一つ。寝ぼけた眼で見る彼はもう既に着替えている。いつもの電話もうっとうしいが直の声はもうほんと、勘弁してほしい。
…って、ん?いや、待て待て。
「何で制服に着替えてんだ?」
「ん?そりゃぁ、今日学校あるからだけど‥」
「‥いや、だけども。」
首振る俺に首振る桜木。ハテナマークが上空に多数、広がる。
「ん?まさか、ゆうちゃん休むつもり?こんな晴れて学校日和だってのに行かないつもり?」
何だ学校日和って?そんな日和があるわけがない。
てか、昨日は雪国にも劣らぬ雪がこの世の全てを埋め尽くしていたはずだ。そんな晴れたからって溶けている筈がない。
そういや、昨日‥いや、今日か。その雪の上で俺、雪合戦とかしてたんだっけ?めちゃ疲れたけど楽しかったな。
「まぁ、休むかどうかは置いといてそれ以前の問題があるだろ?」
俺はそれとなく言葉の意味の助け舟。つまり、今はキラキラとした朝日を差し込ませている小窓に目を向けた。
「あぁ~。それなら問題ないよ。もう、雪降ってないし。」
「いや、降ってないじゃなくて‥」
そんなの見たら分かる。雪なんか降ってたらこんな清々しい太陽の光なんて浴びれない。
「ん?じゃぁ、何の事?って、そんな悠長に話してる時間なんて無いよ。早く着替えて。ほら、ほら。」
手拍子して急かす桜木。だから、お前は俺のオカンかって。
「てか、制服の着替えなんて俺‥」
との所で感触に気付く。
「まさか、コレを着ろと?」
「勿論。」
満面の笑み。その笑顔が眩しい。太陽は一個で十分だっての。
とは言え、コレを着てまで学校に行く意味はさて、俺にはあるのだろうか?
「コレ、お前の制服だろ?」
枕の端、綺麗に折り畳まれてあった制服はどこにも名前は書いてなかったが誰の物なのかは直ぐに分かった。さすがに女用ではなかったが‥
「うん。だって、ゆうちゃん。制服ないでしょ?」
「いや、無いけども‥」
俺の心中を察する事もなく話を進ませていく桜木。てか、俺は三時間足らずしか寝てないんだよ。誰のせいとは言わないけど‥。
「ちっ、仕方ないな。行けばいいんだろ。行けば‥って、アリ?」
このまま桜木と会話を弾ませていたら迷宮入りだ。折れるしかない。
と、思い立ち上がったのだが‥
「え?ゆうちゃん?どうしたの?」
「え?」
急に視界が揺らいだと思ったら今度は彼の顔が直ぐ近くにある。てか、顔ちっさ!睫毛ながっ!肌白っ!
「あぁ‥わりっ。」
いきなり出てきた容赦のない顔に顔を赤らめる。
が、それは何も彼のせいだけではない。
「何か、熱っぽいわ俺‥はは。」
気付いた瞬間に遅れて体が重く。熱くなる。原因など言わずもがな。あの深夜での戦争だろう。
やはり戦争は悲しみしか生まない。
「え?うわっ!ほんと、熱っ!ゆうちゃん熱いよ!」
倒れた俺を膝の上に乗せる桜木は驚き、そして心配の声を上げる。窓から差し込む光は何故かそんな俺達を射す。
その光景さながら、死す勇者を看取る王女。俺、死ぬんかい。
「悪い、取り敢えず。熱が下がるまではここにいさせてくれ?さすがにコレじゃぁ帰れない‥」
我ながら実に弱々しい声である。
「うん‥でも、ほんと大丈夫?凄い、辛そうだよ?」
みょんっ。と、顔を覗き込んでくる桜木。熱が上がるからその行動はほんとに止めて欲しい。
「‥大丈夫だ。」
正直、全く大丈夫ではなかったがここで無理をしなければ後先、めんどうな事になる。今ある全ての力を使ってでも立ち上がる。そんな熱い主人公じゃないんだけどな俺‥
「まぁ、寝ればなんとかなるだろ?悪いなベット借りるわ。」
何とか絞り出せた声の元、向かうはさっきまで寝ていた桜木のベット。ほんの数センチしかないというのにそこまでの距離がとても遠く感じる。砂漠で遭難とかしたらきっと、こんな感じなのだろう。
とか、熱があるせいか馬鹿な考えが頭に浮かんでいたところ‥
「じゃぁ、分かった。僕も今日は学校行かない。」
思いつめた顔は前に上がり。桜木はそんな事を言う。言ってはならない言葉を俺に大きく伝える。
「えっ?いや、待て。」
それを危惧して大丈夫じゃないのに大丈夫と言ったのに。なんてこった。
「俺は大丈夫だって‥そんな事でお前の皆勤賞無くすわけにはいかねぇ。ほら、行ってこいよ。」
体はもうベットの上。その上で手をひょいひょい。桜木を追い出すような仕草を見せる。
「いいよ。そんなの。皆勤賞なんかよりも僕はゆうちゃんの看病したいもん。」
「あっ‥いや、だが」
何か喋るのも辛くなってきた。始めはそうも感じていなかったのだがコレはガチでヤバイ。
「じゃぁ、僕は取り敢えず学校に連絡してくるね?あっ、でも僕は風邪じゃない
のか?う~ん。じゃぁ、連絡しない方がいいか?」
俺がベットの上で死にかけている時、桜木は首を左右に行ったり来たり。う~ん。う~んと捻っていた。
「とにかく。」
悩みも終わったのかそう切り出す桜木。だが、俺にはそんな声はどこか遠くで聞こえる。
「まずは朝ごはんだ。消化にいいやつ僕が作ってきて上げるよ。」
「あ、あぁ‥」
もう自分が何を言っているのかも分からない。これは冗談なしにかなりの重病。いつもの俺ならこんなシュチュエーション。「俺に構わず先に行け‥」などという台詞を口に走らせていただろうに。今日はその言葉すら頭に出てこない。
いや、正常な思考で本当に言ったかどうかは知らないよ。言いたいとは思うけど。
とは言え、いつの間にやら静かになった部屋。時計の律動だけが反響を繰り返す。
‥あいつ、いつ出てったんだ?
火照った顔を横に見るはここから出るため。入るための大きな扉。今はそこは閉まっている。
・・・そういやぁ、今日はクリスマスなのか?百合はちゃんとプレゼント、貰っただろうか?
ふっと出てきた疑問。熱で駄目になっている頭でも昨日の桜木・桜木父との話の事。早朝での百合との事。それらを思い出せれていた。
何かが変わったわけではない。それでも何かを変えれる材料は揃ったとは思う。
段々と重くなっていく瞼。ボンヤリと薄れていく思考。俺はそれに抗うことなく受け入れる。
程なくして部屋には心地よ寝息が奏でられる。
今日はクリスマス。天気は雲ひとつない快晴。昨日、積もっていた雪もすっかりと溶け、朝露がキラリと輝きを見せていた。
そんな清々しい外を知るはずもなく俺は今日という日をこの部屋。このベットの上で過ごす事となる。クリスマスだろうがなんだろうが俺の日常はやはり何も変わらないのだ。
**************
「うっ‥う~。う~ん。‥ん?」
目が覚めた。完全とは言えないが程々に。
「五時半‥か。」
寝ぼけ混じりの瞼で見た丸時計。長針と短針はその時間を示していた。勿論、それが朝のではない事は分かる。
「スースー。」
そして聞こえた小さな寝息。見れば近くで桜木が椅子に座って眠っている。その姿から察するにどうやらずっと看病をしていてくれたようだ。今まで気付かなかったがデコに乗るタオルも冷たい。
「っと。」
まだ若干、病気の余韻は残ってはいたが熱は完全に冷めていた。雪が完全に溶けているというならば一人でも家に帰れる。
「おい。桜木?おい?」
寝ているところ悪いとは思ったが黙って帰る方が悪いと思った俺は地に足を付いて直ぐに桜木の体を揺すった。
「ん?んにゃ‥何?」
五、六回揺らしたところで桜木の瞼は開き、目が合う。
「あっ、いや。もう、熱も下がったし陽も傾いてきたからそろそろ帰ろうと思ってだな。・・その今日は看病してくれたんだろ?ありがとな。」
あまり見ない寝起きの顔に少し動揺を隠せずその意を伝えた。桜木はその間、少しボーッとして意識が完全に回復すると俺の言葉を理解。声を通した。
「え?もう、大丈夫なの?ほんと??無理してない?なんなら今日も泊まっていっていいよ?」
起きて早々、デコに手を当てられて頬を触られる。体温を確認しているのだろうがやはりその行動は止めてほしい。これでは数値に間違いが。二・三度上がってしまうではないか。
「いや、さすがに今日は泊まれんだろ?色々、迷惑だ。」
「いやいや、全然。ゆうちゃんがいいならずっとこの家にいてもいいんだよ?」
「うっ・・それは」
何か逆プロポーズされた気分。羞恥の色を見せて笑顔でそんな事を言われればそりゃぁ、言葉詰まるってもんだ。
「いや、だが家の事も色々あるからな。あの猫も帰ってくるかもしれんし。」
正直、家のことなど別に何もやる事はなかったが泊まる事は勘弁したかったのでそれをネタに上げる。ついでに忘れかけていた猫の存在も。
「あぁ、ゴロちゃん。…ん?でも、ゆうちゃん家にゴロちゃんいなかったよね?
どうしたのゴロちゃん?まさか死んじゃったの?」
「いや、だから言ったろ。帰ってくるかもしれんと。あいつ気ままな奴だから帰ってくるのも適当なんだよ。だから餌も適当に上げてんだ。扉下の横。そこに皿あったろ?」
勝手に俺家の猫を殺そうとしている桜木に呆れた声を聞かせる。お前が助けたんだろうがあの猫…
「あぁ~。そうなんだ。ゴロちゃん元気にしてる?」
「まぁ、前見た時はまだ丸かったよ。」
ほんと、丸くて不細工。何で俺はあんな猫に餌代を払っているのか?
「そんなわけだ。だから、今日は帰るわ。この服は洗って今度、学校…じゃまずいな。家行って返すわ。じゃぁな。」
別れの言葉も短く、荷物もない俺はコートを身にはおう。パジャマ姿だが別に問題はなかろう。
「ちょっ、ちょっとゆうちゃん!待った。待った。少し待った。」
まだ少しフラつく足を気付かせまいと早くに外に出たかった俺。それでも後ろからの慌てた声に足を止め、後方へと振り向く。
「んだよ?大丈夫だって言ってんだろ?」
「違う。違う。そうじゃなくてコレ。今日はクリスマスでしょ?」
言って出されたのは綺麗にラッピングされた小包。近くに放ってあるスクールカバンから見るにそこから出されたのが分かる。恐らくは学校。もしくは下校時の別れ道で渡すつもりだったのだろう。それを察すると今日、風邪を引いた俺は物凄くラッキーボーイとさえ思える。
また、一つ気分の悪い噂が広がるのを阻止できたわけだ。
「ん?あぁ。そうだな。クリスマスだな。」
出された小包をそれとなく目に映し、平静を装いつつも言葉を発する。
一つ言っておくが俺は決してクリスマスという行事を忘れていたわけではない。ただ、そこに恋人がいたという事実を忘れていただけ。
だから勿論、俺には桜木に渡すプレゼントたる物がない。これは困った。
「うん。コレ僕からのプレゼント。結構、迷ったんだけどね高校生の恋人ってこういうの渡すのが普通なんだって。僕、頑張ってみたよ。」
手に受け取ったその小包。重くはない。桜木は言わないが開けて開けてアピールが煩い。仕方なく俺はその小包のリボンを解く。
「あぁ。確かにクリスマスと言えばメジャーな贈り物だな。」
開けたそこにあったのはある程度は予想していた物。マフラーと手袋。それとニット帽まであった。
頑張ったと言っていたことから察するにコレは手作りの物なのだろう。その完成度は見事としかいいようないが。
「お前、こういうの好きなのか?」
三つの中の一つ。マフラーをその場で広げて俺は感心とその多才能さに呆れた声を出す。
「ううん。別に。コレが初めてだよ。どうかな?下手かな?」
おどおどとした仕草と表情で意見を訊いてくる桜木に俺はもう何も言えない。
「はは。下手?んなわけねぇだろ。ありがとな。」
言うと桜木の顔はぱーっ。と花開いたような明るいものに。
「でだ。」
こんな物を渡されて。更にそんな表情をさせられるとか本当に困る。
「悪いんだが、その…俺は今日、何もないんだ。…本当に悪い。」
謝罪の言葉を声小さく伝える。ここで見栄張っても仕方ない。それで得られたものが無いことは経験から知っているし。
「ん?いいよ。そんなの。大体、今日はゆうちゃん風邪引いててずっとここにいたわけだし、そんなの無くて当然でしょ?」
結構な罪悪感を感じて言った台詞も桜木にとっては気にも止めていなかった問題だったらしい。平然とした口調で返答が返ってくる。
「あぁ。そうだな。悪い今度、渡すわ。」
「えっ?ほんと!ゆうちゃんが僕にクリスマスプレゼントくれるの?凄い。嬉しい。やった!」
歓喜の声を高らかに上げる桜木。何がそんなに嬉しいのだか?
「あぁ、だから。じゃぁな。コレはありがたく貰っておく。」
何にも用意していないが今からでも間に合う筈。慎重に考えていい物を渡したいと思う。クリスマスは終わるがそれでもプレゼントを渡すのに日は関係ない。ちゃんとその人の事を考えていれば日にち。行事なんて関係ない。なんてそれはただの言い訳だ。やっぱ準備はしておくべきでその日に渡しておくべきなのだ。
今度はそうしたい。
そう思うが俺に。俺達に今度というものがあるのかどうか?と言うよりもそれは無い方がいい。
とは思うが首元に。両手に。頭に伝わる暖かいものは本物で、少しだけこの寒さを和らげてくれるようだった。
そんな思いを察せられる前に俺は早々に扉に手を、外へと出た。やはり外は寒く、それでいて薄暗い。ともあれこれでクリスマスは終わったのだ。何もなくベットの上で寝ていただけで今年のクリスマスは終わった。
が、それでも冬は。この寒さと薄暗さはまだもう少し続く。暖かなものを感じつつも俺はそれを理解していた。
*************
桜木の部屋を出、少し搜索して着いた玄関。やはりその扉の大きさは異常でまるでどこかの異世界へと繋がっているようだ。
「結局、百合ちゃん見付かんなかったね?」
「あぁ、あんなに探して見付からないとかお前の家が広いのか。あの子と俺が相性
わるいのか分かんねぇな。」
俺はN極であの子はS極かな?いや、俺はM極か?全然、そんな性癖はあいませんけどね。
「それよりもゆうちゃん、百合ちゃんと仲直りしたの?あんな目に合わされて挨拶したいとか…」
首を傾げる桜木。まぁ、確かに昨日のあの時の事だけを見ていればそう疑問に思うかもしれない。
「あぁ。ちょっとあってな。仲直りはしてないが。ていうか元々、喧嘩とかしてねぇけど。まぁ、それなりには仲良くなったよ。」
「ふ~ん。それは良かったね。」
桜木の顔は笑顔ではあったが、それが本当に笑顔であったかどうかは分からない。そしてその意味は何となくだが分かった。
「別にあの子‥百合はお前の事を嫌ってなんかいないよ。ただ、今はもう少し掛かりそうだがな。」
本当の事は言わない。言っても止めるとは思えないし、余計に桜木を落ち込ませるだろうし。
女装は桜木にとっての傷だ。だからそれを止めろとは言えない。たとえそれが妹を苦しめている問題だとしてもだ。今はまだ言えない。
「そっか。百合ちゃんは僕を嫌いではないんだね?」
「あぁ。」
きっと桜木も分かってはいるのだ。自分の格好のせいで家族を苦しめている事。だが、それは同時に自分自身も苦しめている。だから桜木は女装を止めない。本人は責任と言ったがそれ以上の何かが彼をこうしているのだ。
「じゃぁ、また明日、学校でね。前に車呼んどいたからそれに乗って帰って。」
「あぁ。悪いな。じゃぁ、またな。」
別れ際のその時。俺は扉に手を掛けると同時にこう思った。
この問題は俺には重荷すぎただろうか?
事は桜木個人の問題だけではなくなった。百合の事。桜木父の事。そして勿論、桜木自身。周囲の人間の事もだ。
乗りかかった船だとしても。見栄と流れでここまで来てしまった問題だろうと。問題をややこしくするくらいならいっそのこと俺は‥
『プッ!』
陰鬱な考えを頭に浮かべていると前で待っていてくれた車のクラッションが一つ音を発てた。
それから運転席の窓が開き中から顔が。
「あんたはサンタクロース!まだいたのか?」
開けられた窓から見えるのは真っ赤な服着て白い髭を生やすサンタクロース。その格好も姿も行きに送ってくれたその時となんら変わらない。
そしてサンタクロースは親指を後ろにグイグイ。どうやら後ろに早く乗れってことなのだろう。
に、してもそのやり方はサンタクロースにはそぐわないものだと思った。
「あっ、すいません。今日はよろしくお願いします。」
扉を開けて後部座席へと尻をつける。それから扉を閉めて車は発進。桜木家が遠ざかっていった。
「おい、どうした?そんな陰鬱な顔をして?」
車が発進して程なくしてからそんな声がどこからか掛かる。
俺はその声はどこからかと首をブンブン。主を探した。が、なかなか見付からない。
するとまたまた声が。
「私だよ。お前はどこを見ているんだ?」
再度の声。俺はやっとその声の主が誰か分かった。
「おい。子供達の夢である存在がどんな話し方してんだよ!」
そう。始め、そしてさっきの声の主は前で運転するサンタクロースその人物のものだった。あまりに合わなすぎる声と口調に分からなかった。
「あぁ、これか?これは仕事だ。だがまぁ、もう終わりだからな。これは必要ないか?」
「いや、は?何を言ってるんだ?」
とか言ってる内に前のサンタクロースは手先を顔に引っ掛け、何かをやろうとしていた。
「って、マスター?」
さながら怪盗なんちゃらが変装を暴くみたく顔のマスクを取ったサンタクロース。その顔はもう馴染み深いあのコーヒー店のマスターの顔に変わっていた。
「あぁ。どうだ?驚いたか?」
緩やかな運転の元、とんでもない事実を発表されて驚かない方がどうかしている。
「驚くも何も何やってるんですか?」
プレゼントを運ぶサンタクロースが金銀財宝盗む怪盗とかもうツッコミどころ満載だ。
いや、煙突から侵入してプレゼント置いていくサンタクロースとこっそり、ひっそり家内に侵入して財宝奪っていく怪盗。何だ一緒じゃないか。
なわけねぇー。
「いや、さっきも言ったろ仕事だ。この役を担っていたメイドが急病をこじらせてな、急遽その先輩である私に話が回ったってわけだ。いいだろ?こうして年上女性のサンタコスが見れたんだから。」
赤信号。車は止まり、マスターはどこからかタバコの入った箱を取り出し、口にくわえた。もう、サンタクロースの面影すらない。
「いや、てか。こんなに暗いとその格好も見れないんすけど?」
冬だからか辺はもうすっかり暗く、道行く街灯の光が明るく感じる。マスターのサンタコスというのは非常に興味注がれるが見えるのはバックミラーに映るいつもの無表情のその顔だけ。
「なら体を前にもっていけばいいだろ?別にガキにこんな恥ずかしい姿、見られても私はどうってことないからな。」
タバコの煙が車内には広がり、俺がいる場所にまでその臭いは届いていた。その臭いを鼻に俺は口を開く。
「はは。その心遣いだけ受け取っておきます。」
乾いた笑みは自分でも分かるくらいに酷いものだった。それでも今は強がるしかないのだとそう思う。
「・・・話を戻すか。何かあったのか?」
車は動き、会話は原点へと。バックミラーから俺を気遣うマスターの顔が見て取れた。
「いえ。何も‥何もないですよ。」
俺は言う。桜木の家であった事を思い出し、何もなかったと。本当の事を隠すことなく言うのだ。自分の無力さを痛感しながら。
「そうか?」
マスターは一言だけそう言った。そして車内には煙草の煙だけが漂う形となった。
「あぁ~うんっ。これは私の独り言だから気にせずに無視していろ。」
数秒の沈黙。それはマスターの咳払いによって消えてなくなる。
「昔、一人のメイドもお前と同じ境遇に立ち合った。真実を知るも自分では何も出来ない。そんな障壁に。メイドは尽力を尽くしたがその問題は解決できなかった。程なくしてメイドはその問題を放棄しメイドという仕事も辞めた。」
「あっ、あのそれって‥」
口を挟む俺にマスターは遮って声を発す。
「しかし、メイドは後悔していた。解決できなかった事ではない。何も出来ないのであれば始めっから問題に首を突っ込むべきではなかったと。そうであれば無力さに押しつぶされずにメイドという仕事も続けられたのかもしれないしな。」
マスターはそこで片手に挟んでいたタバコの火を揉み消し、バックミラーを一目見た。
「と、独り言は以上だ。そしてこれは質問だが、お前はどちら側の人間なんだ?後悔すると知っておきながらも立ち向かう人間か逃げる人間。私にはどちらが正しいとは言えないがな。」
そう言ったマスターの顔はやはり表情がない。それでもその言いたい事は大いに伝わった。
「俺は‥俺は‥」
全てを見透かされていた俺に掛けられた問い。その解答が中々、答えられない。
逃げるも立ち向かうも結局は後悔する。
逃げる。ここでいうそれは戦力的撤退に違いない。何も戦う事が正義であり正解ではないのだ。これはそういう問題だ。
が、立ち向かう事もまた間違いではない。突っ込んでややこしくして結局負けても希望は望める。
つまるところの話。桜木家の問題。主に桜木の女装問題に当たって言えることはハッピーエンドを望んでバットエンドを覚悟するか。それかハッピーエンドもバットエンドもなくにこの日常を保つか。そういう話だ。
「はは。悩む事ではないだろう?優一、お前はもう答えを見出しているだろうに?」
車は止まり。気付けば俺の家の前。マスターは顔を此方へと向けていた。
「俺が?もう、答えを?」
言われた言葉に顔を上げる。すると仄かに笑っていたマスターがそこにはいた。
「お前はあの子の事をどう思う?」
「桜木の事?それは…」
問われた問はいつか聞いたものだった。そしてあの時、俺はなんと言ったか?
そうだ俺はあの時こう言ったのだ。
「あいつは友人でそれ以上でも以下でもありません。ただ、あいつを助けたい。」
「そうか。」
マスターは一言そう告げるとどこからか一つの箱を取り出し、こちらへと投げた。
「ほら、やるよ。メリークリスマス。どうだ?サンタクロースからのプレゼントは嬉しいだろ?」
「はは。それはとても。」
俺は何を迷っていたのか?答えなど最初っから決まっていたのだ。あの時、あの屋上で言ったその時から。
「じゃぁ、さっさと出ろ。風邪引いてるんだろ?」
「あっ、はい。そのありがとうございます。色々と。」
扉が開き、そこから冷たい風が吹き染みる。
「何、気にすんな。第一、私が頼んだ事でもあるからな。私に出来なかったこと。お前なら出来ると信じてるよ。」
「それは買い被りすぎです。また、コーヒー飲みに行きますね。」
「あぁ。毎度。」
そして扉を静かに閉め、数秒。車は俺から遠ざかった。
手に持つ小さな箱。その中身はあの時、俺達が考案(真実は桜木だけだが)したブッシュド・ノエルが入っていた。その味はきっとまだ苦い。
それでもその味は忘れてはならない。苦くて険しい道。それが俺の選択した道ならばしっかりと噛み、呑み込まなければならないのだ。
枕元ではなかったが確かに受け取った物二つ。数にすれば四つを肌に感じ、俺は家の扉を開けたのだった。




