72.神光宗の闇
「ってことが雫の家を出た後あったんだけど」
次の日の朝、僕はお馴染みの図書室で雫に昨夜のことを話す。
「雫は何か知ってたりする?」
僕がそう聞くと雫は涙を滲ませた目を向ける。
「大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
雫は目を擦ってそう言うと眩しい笑顔を向ける。
「やっぱり大成君はいい人です」
「そ、そうかな?」
僕はあまりそう思えていないが悪い気は全くしない。
「あ、そうでした。二人の情報でしたね」
雫はそう言って咳払いをすると話し始める。
「まずは〈メデゥーサ〉の少女について話しましょうか」
〈メデゥーサ〉の少女は何となく〈カメレオン〉と同じ雰囲気を感じた。
「〈メデゥーサ〉は目が合うと勝手に石化します。そこに本人の意思は関係ありません」
「なるほど……」
何となく全容が見えてきた気がする。
「普通の人と大きく見た目が異なること、無差別に石化が起きることから悪魔や化け物などと呼ばれていたらしいです」
「それで神光宗に入ったのか」
「そういうことですね」
〈メデゥーサ〉の少女も被害者であることが確定した。
「僕が石化しなかった理由に何か心当たりない?」
僕がそう聞くと雫は少し硬直する。
「わ、私にも分かりません」
「……そっか」
恐らく何か知っていそうだが雫が言わないなら聞く必要はない。
「名前と年齢は分かる?」
「年齢なら八歳で名前は知りません」
「八歳か」
年齢で言うと小学二、三年生だ。
「神光宗では信者どうしはあまり親しくありません。全員〈光の勇者〉に心酔しているだけです」
「それだけ〈光の勇者〉にカリスマ性があるのか」
「上辺だけならそうですね。でも裏では都合のいい道具としか思っていない様子です」
「なるほど、神光宗はただの犯罪組織ってことね」
「言ってしまえばそうです。現在では日本の裏社会を牛耳ってますし」
初めは神光宗も一種の正義の形だと思っていたがその考えは消え失せた。
「それじゃあ、もう一人の方は分かる?」
僕がそう聞くと雫は難しい顔で話し始める。
「年齢は五十代後半で神光宗の中で五本の指には入る実力者です。神光宗には権力を行使したいが為に入っている猛者がいます。でもその男性は純粋に能力者を消し去ることを目的としています」
ふさわしい表現か知らないがちゃんとした人のようだ。
「かなりの古参の方で能力は強化系、〈光の勇者〉の右腕として仕事をしているそうです」
「……そんな人と昨日会ったのか」
母さんがいなかったら確実に拉致されていた気がする。
「それと名前は知りませんが共通の呼び名が存在します」
雫はそう言って一度目を閉じる。
「〈光の勇者〉を含めた全ての人は彼を殺人鬼と呼びます」
「殺人鬼ね」
それは何とも大層な名前だ。
「絶対に殺人鬼と戦ってはいけませんよ大成君」
「もちろん分かってるよ」
「殺人鬼は警察との戦争で二百人は殺してますから」
「そ、それはとんでもないな」
選ばれた強者である警察を二百人殺すのは化け物でしかない。
「あれ?ふと思ったんだけど警察と神光宗って繋がっているんだよね?」
「そうですね」
「じゃあ、何で戦争なんてしたんだろう?」
僕がそう聞くと雫は考える仕草をする。
「あの戦争は〈記憶の勇者〉と〈霊感〉の能力者を奪った神光宗への報復として警察側が仕掛けた戦争です。だから警察が一回裏切ったと思われます」
「今は繋がっていない可能性はないの?」
「確実に繋がっていると断言出来ます。現在能育には〈氷の勇者〉がいるんですが〈切断の勇者〉が拉致していました」
「……日本のトップが黒なのか」
結構ショックだが今までのショックが大きすぎてすんなりと入ってくる。
「でも響香さん達は白なので安心してください!」
「ありがとう雫」
励まされたことを理解した僕はお礼を言う。
「大成君、一つだけ頭に入れておいてほしいことがあります」
「改まってどうしたの?」
「〈光の勇者〉だって〈メデゥーサ〉の目を見たら石化します。でも能力で石化を即座に破ることで手を差し伸べました」
雫は顔を近づけて真剣な目を向ける。
「〈光の勇者〉だって石化するんです。このことを頭に入れておいてください」
「う、うん。分かった」
なおさら僕が石化しない理由が不明だが頭に入れておく。
「そろそろ時間ですし出ましょうか」
「そうだね」
僕達はそう言って教室に戻った。
「おはようノエル」
「お、おはよう大成」
教室に戻った僕はノエルに挨拶するが視線が合わない。
「あ、あれから何か変わったことはない?」
「うん、後をつけられている気配もないよ」
僕がそう言うとノエルは安心した様子を見せる。
「それならよかったですわ」
ノエルはそう言って慌てて口を押えるとチャイムが鳴って先生が入ってくる。
「今日は一時間目を使って文化祭の内容を決めてもらう」
先生がそう言うとクラスに楽しそうな雰囲気が流れる。
そして雰囲気そのまま出し物が上がられていく。
「ねえ大成、バカッコイイって何?」
「えっとね……」
言葉で説明するのが出来なかった僕はネットに上がっている動画を開く。
「動画を撮るのね」
ノエルはそう呟くと椅子を持って僕の真横に来る。
そのままかなり近い距離で携帯を覗き込む。
「へー、これは確かにかっこいいですわ」
「意味のないかっこいい事だからバカッコイイって名前なんだろうね」
「楽しそうですわ」
ノエルは見入るような目でそう呟く。
「そうだね、それにバカッコイイなら役に立てそうだし」
「大成ならパルクールだって出来そうですわ」
ノエルはそう言ってこっちを見るとフリーズする。
「どうしかした?」
「い、いえ、何でもありませんわ」
ノエルはそう言うと口を押さえて顔を真っ赤にして後ずさる。
「別に気にすることはないと思うんだけどな」
その後ノエルはこっちを見ることはなく出し物はバカッコイイに決まった。
「今日一緒に帰らない?」
「……雫も一緒でもいい?」
「うん、それでい――」
「ノエルー、一緒に帰ろー」
ノエルが言い終わる前に普段一緒に帰っている女子にそう言われる。
「ご、ごめんね。今日は少し用事があって」
「あー、そういうことね」
二人は短いやり取りで通じ合ったらしく笑顔で手を振り合う。
「それじゃあ、行こう」
僕達は雫と合流して帰路につく。
「二人のクラスは文化祭の出し物は何に決まりましたか?」
「バカッコイイを撮ることになったよ」
「雫のクラスは何をやるの?」
ノエルが尋ねると雫は嫌そうな顔で答える
「私のクラスはジェットコースターを作ることになりました」
文化祭ではお馴染みとも言える出し物だ。
「すごく嫌そうな顔だけど何かあった?」
「ジェットコースターを作るのって笑えないぐらい大変なんですよ」
雫はそう言うと大きくため息をつく。
「〈鉄鋼〉や〈接木〉の能力者がいるにしても大変です」
「みんなでやるんだから平気よ」
ノエルは明るくそう言う。
「そうだといいのですが……」
文化祭などの学校行事に積極的ではない生徒も多いのが現実だ。
でも雫はそっち側な気がする。
「ほどほどにやればいいと思うよ?」
「怪我人が出たら笑えないです」
そう口にする雫は嫌なことを思い出している様子だった。
少なくとも一回以上は雫のクラスで文化祭を行っているからそういう事だろうか?
「人手がいるなら手伝うよ。バカッコイイは暇な時間も多いだろうし」
「私も手伝うわ、楽しそうだし」
僕達がそう言うと雫は嬉しそうな顔をする。
「お願いします二人共」
それからいつになく不安定な雫は愚痴を隠すことなく話し始めた。
「それじゃあ、また明日」
「はい、また明日」
雫は手を振った後家に入っていく。
「雫もあんな風に病むことがあるのね」
「僕も初めて見たかも」
普段の雫は良くも悪くも大人びているからな。
感情が見えるのは喜ばしいことだ。
「大成は高校生活は楽しい?」
ノエルは不意に真剣な目を向けてそう聞く。
「今は楽しいと思えるよ」
「そっか……」
「ノエルはどう?」
僕が聞き返すとノエルは引きつった笑顔を浮かべる。
「楽しいよ」
「それならよかった」
僕から見てもノエルはクラスに十分馴染めている。
「話は変わるんだけどさ、大成は何で喧嘩が強いの?」
「武道を十年ぐらいやってるからかな」
僕がそう答えるとムッとした顔を向けられる。
「それだけじゃ、弾丸は避けられないですわ」
「拳銃と違って予備動作が分かりやすかったからさ」
「それでも拳銃を持った敵に立ち向かえる人は普通ではないですわ」
ノエルは僕を試すような目を向けてそう言う。
「……僕は元々いじめられっ子でいじめられっ子だったんだ」
「どういうことですの?」
明らかに対極の位置にある二つにノエルは理解出来ない声を出す。
「いじめられっ子から脱却する唯一の手段はさらに下の人間を作り出すことだ。だから僕はいじめっ子に反抗して下を作っていじめっ子になったんだ」
「そ、それは大変だと思うけど強さに直結しなくてよ?」
「僕が反抗をしようと思った理由でもあるんだけど、ある日世界が灰色になって自分以外の時間が止まったような感覚になったんだ」
僕がそう言うとノエルは納得した様子を見せる。
「ということは大成は一般的とは言い難い訓練をしていたのね」
「ぶっ倒れるぐらいには」
僕がそう言うとノエルは下を向いて立ち止まる。
何か引っかかるような事を言っただろうか?
「ど、どうしたの?」
「い、いえ!何でもありませんわ!」
ノエルは顔を上げてそう言うと再び僕の隣に並ぶ。
「ごめんね耳に毒な話をして」
「そんなことはないわ、知れて嬉しいですわ」
ノエルは真剣な声でそう言うと口を勢いよく押える。
「そっちが素なの?」
僕がそう聞くとノエルは視線を逸らす。
「う、生まれた環境の都合でこう話すように言われてたんだけど、親しみにくいでしょ?」
「そんなことはない。とだけ言っておくよ」
素のままでいいと思うが別に誰かに強制されるようなものでもない。
「じゃ、じゃあさ」
ノエルはそう言いいながら距離を詰める。
「大成にはこっちで話しますわ」
ノエルは恥ずかしいような嬉しいような顔でそう言う。
「そ、そっか……」
どう返事したらいいか分からず気の抜けた声をだす。
そして気恥ずかしくなって不意に遠くを見ると見覚えのある黒いマントを羽織った小さい人を捉える。
「おっと……」
僕が思わずそう呟くとノエルも同じ方向を見る。
「何ですのあれ?」
本当に知らない様子のノエルに何を言うか迷っているとノエルは〈メデゥーサ〉に向かって歩き出す。
その動きはかなり早くノエルに追いついた時には〈メデゥーサ〉もこちらに気づいた様子だ。
「げぇっ」
〈メデゥーサ〉の少女はサングラス越しでも分かるぐらい嫌な顔をすると僕に向かって勢いよく距離を詰めてくる。
「な、何で一人じゃないの!しかも水色の髪じゃない女の子だし!」
「水色の髪?雫のこと?」
ノエルはそう呟くと間に割って入る。
「あなた何者なの?」
ノエルは〈メデゥーサ〉について知らないのか警戒した様子でそう言う。
「この人誰?」
「えっと……」
答えていいか分からず僕はノエルを見る。
「私はノエル・ヴィクティーナ、大成の友達よ。あなたは?」
「私は結月、えっと……」
結月はそう言ってサングラスと額に眼帯を付けた顔を向ける。
「結月は今日は何の用なの?」
僕がそう聞くと嬉しそうに持っていたプラスチックのバッグを差し出す。
「遊んでほしいの大成」
「はい?」
予想してなかった言葉に僕は間抜けな声を出した。




