71.英雄は酒癖が悪い
「ただいまー」
家に着いた僕はそう言ってリビングに入るとタバコのような匂いを感じる。
「…………え?父さんも?」
リビングではワインを嗜む顔の赤い父さんがいた。
それに存在を知らなかった灰皿に二本のタバコが置いてある。
生まれてこの方母さんがお酒を飲むことしか知らなかった。
父さんがお酒を飲む姿を見たことすらなくタバコなんてもってのほかだ。
「……何か嫌なことでもあった?」
「違うよ大成、今日は命日なんだ」
「命日?誰の?」
僕が知る限りで思いつく人は存在しない。
「そうだなー」
父さんはそう言って神妙な顔でグラスを回す。
「私達の師匠だった人よ」
母さんはそう言うと椅子に座ってワインを注ぐ。
「そして最強であり、英雄だった女性だ」
何だか聞いてはいけないことを聞いたのかもしれない。
二人の目には憎悪が宿っている。
そして逃げられない雰囲気と聞いておくべき話だとも理解する。
「名前は小鳥遊伽耶と言う。そして能力は〈魔法使い〉と言って魔法を使える能力だ」
僕には小鳥遊伽耶という名前に聞き覚えがあった。
でもどこで聞いたか覚えていない。
「私達が警察に入って下についたのが小鳥遊先輩なの、五年位は一緒に働いていたわ」
「先輩は少し変わった人だったが実力は本物で回復から攻撃、索敵までオールラウンダーって言葉が当てはまる人だった」
「先代のトップが〈神風〉ではなかったら間違いなくトップだったわ」
先代のトップである〈神風〉の能力者である如月尊は表では暗殺されたことになっているが、柊硬の話では〈光の勇者〉との戦闘で殉職したらしい。
僕が生きていない時代の英雄で〈神風〉は風を巻き起こすのと味方を強化する能力だったらしい。
「死んでいい人じゃなかった。多くの人に惜しまれて死ぬべき人だ」
父さんはそう言うとグラスに入ったワインを飲み干す。
「いいか大成、英雄なんてクソだ。常に完璧を求められるんだ、お前達は失敗したことはないのか?たった一回の失敗で税金泥棒だなんだほざくが貰っているのは大した額じゃない。お前らは金貰ったら頭が狂っている犯罪者と戦うのか?」
「と、父さん?」
「毎年何人が死んでいると思っている?強い人は弱い人を守るのが当然か?強かろうが誰も殺し合いなんてしたくねえよ」
母さんは酔うとめんどくさいが父さんは人が変わるらしい。
「いいか大成、人間に期待するのは止めるんだ。あいつらは守られているのが当たり前だと思っているクソどもだ。だからこの世界に稀に存在する女神を愛するんだ」
「母さんみたいな人ってこと?」
試しに聞いてみると父さんは腕を組んで難しいを体現した顔をする。
「センスはあるが覚悟を持った方がいい」
「それはどうして?」
「気が強いのとシンプルに戦ったら負けるからな。家族っていうのは平穏が一番だ。だから面倒ごとに首を突っ込む母さんはやめたほうがいい」
「あら、面倒ごとに突っ込むのはどっちかしら?」
「こんな風に突っ込んでくる優しくない女性はやめた方がいい」
「なるほど……」
僕がそう呟くと身体が勝手に動いていく。
「どうした大成?」
「いや、身体が勝手に――」
「バチン!」
まさか実の父親に向かって全力のビンタをかますことになるとは思わなかった。
「な?優しさって大事だろ?」
「次は左ね」
「すみませんでした。もう言いません」
父さんはそう言って背筋を伸ばして座る。
正直言ってこんな父さん見たくなかった。
「お酒飲み過ぎないようにね」
僕はそう言って席を立つと自分の部屋に向かう。
「大成、もしさっきの二人とまた会ったら絶対に関わらないこと。そしてすぐに連絡して」
「う、うん。分かった」
不意に真面目な声で言われた僕は少し動揺して返事をすると部屋に入る。
「まさか父さんの酒癖が悪いとは思わなかったな」
僕はそう呟くと小鳥遊伽耶さんについて調べていく。
名前を入れるとすぐに当時の記事が見つかる。
「……これは、何だ?」
記事を見ていく中で明らかに印象操作されていることを理解する。
「確かに一万人殺したけど……これは違う」
僕は父さんと母さんが何に対して憎悪していたのか理解する。
僕も小鳥遊さんはこんな風に死んでいい人間ではないと思う。
「……だんだんとこの世界が嫌いになってくるな」
小鳥遊さんはどんな気持ちで死んだのだろうか?
人間を心の底から憎悪して死んだことなんて想像に難くない。
あまりにも惨い話だ。
「出雲大成が一人だけと聞いたんだがな」
「ご、ごめんなさい」
失敗をしてしまった私は慌てて謝罪する。
「どうやったらあのシチュエーションになるんだ?」
そう聞かれた私は返答に迷う。
「石化を破るには絶対に能力が必須だ、つまりそういうことか?」
私は首を横に振る。
「そうじゃないなら何が起こったんだ?」
「わ、分からない。石化しなかったの」
「どういうことだ?〈メデゥーサ〉は目が合えば石化するんだろう」
「わ、私にも分からないの!」
本当は分かっているがそう答える。
いや、それを認めるわけにはいかないのだ。
「能力を無効化する能力か?でもそんな能力が野良にいるとも思えないし報告もない」
「記憶の捏造?と〈機能の固定〉以外に奪った能力はないの?」
「今のところ報告はないな」
その二つでは石化すること自体を防げるとは到底思えない。
「それにしても〈操作の勇者〉がいるなら言ってくれ」
「ご、ごめんなさい。いつの間にか連絡されてて」
「まあ、そのまま顔を晒して出ていった俺も悪いか」
私がしょんぼりするとフォローを入れてくれる。
「元々知り合いというわけではないが顔は知られているからな」
「そうなの?」
あまり接点を思いつかないが一つ心当たりがあるとしたら警察との戦争ぐらいだ。
「戦ったの?」
「……さあな」
「ご、ごめんなさい、変なこと聞いて」
私は空気が変わったのを察して謝る。
「少なくともあの二人とやり合ってたら今ここにはいないな」
「そんなに強いの?」
私が知っている限りではこの男はトップクラスに強いはずだ。
「だから俺とお前が組まされたんだ」
「そ、そうだね」
私の護衛の任務をこの人は受けているのだ。
「それと教祖様から報告を受けたのだが〈カメレオン〉という能力者が昨夜から行方不明だそうだ」
「それがどうしたの?」
「〈カメレオン〉は独断で出雲大成を監視していたらしい」
鈍い私でも何が言いたいか理解する。
それは出雲大成が〈カメレオン〉を消したのではないかという話だ。
「多分違うと思う」
昨日人を殺していたらあんなテンションでいられるだろうか?
それこそ横にいる男でもない限りないと思う。
「……そうか、だとしたら面倒だな」
「信じるの?」
「人を見る目は子供の方があるからな」
男はそう言うと伸びをする。
「ノエルとやり合うとなったら俺だけじゃキツイな」
「ノエルって強いの?」
「子供が気にすることではない」
「そ、そっか」
これ以降会話はなかった。




