64.始まり
「おはようございます大成君」
「おはよう雫」
雫のお父さんを殺してから三週間が経過したところで朝早くに図書室に呼び出された。
「それで話って?」
僕がそう聞くと雫は少し困った表情をする。
「……まだセーブはしてませんか?」
「まだしてないけど何か問題が?」
僕は食い気味にそう尋ねる。
「いえ、問題は全くありません。むしろセーブしてはいけません」
セーブするタイミングは考えどころだ。もし水面下で動いていたら困る。
「先に言っておくとお母さんはかなり元気になりました」
「それはよかった」
家の中でも雫は一人ではないらしい。
「……後出し、してもいいですか?」
「もちろん」
僕がそう言うと雫は話し始める。
「私がまず話さないといけないのは全知全能プロジェクトの全容についてです」
「全容?」
〈記憶の勇者〉を道具にすることだけではないのだろうか?
「先代の〈記憶の勇者〉に行われた行為は言ってしまえば〝全知"プロジェクトと言えます」
雫はそう言って真剣な表情で僕の目を見る。
「そして〝全能"プロジェクトは〈強奪の勇者〉に莫大な能力を与えることです。犯罪者から警察、有用な能力を与えることにあります」
何だか嫌な汗が流れていく。
「〈記憶の勇者〉に能力の情報を蓄積させて、莫大な能力を得た〈強奪の勇者〉が〈記憶の勇者〉を殺して〈記憶の勇者〉を奪って記憶を読んで使い方を学ぶ。これによって最強の〈強奪の勇者〉を誕生させることが全知全能プロジェクトです」
「なるほど……」
これが実現した場合勝てる能力者はいるのだろうか?
「次に話さないといけないのは目的です」
確かに全知全能プロジェクトをしたとして何になるのだろうか?
ただ危険人物が生まれるだけな気もする。
「目的を話す上で必要なパーツは警察と神光宗です」
雫は世間的には真反対の正義の味方とテロ組織を挙げると左右の人差し指を合わせる。
「まず初めにこの二つは繋がっていると思われます。これはお父さんの記憶を加味した上での結論なので正しいとは言い切れませんが」
確かに捕まっていた時に話していたことから考えればそう考えられる。
「そして神光宗の思想は〝能力の存在しない世界を作ろう"です」
雫はそう言って一呼吸置く。
「これは何千年も前の話になります。その時存在した始祖の〈強奪の勇者〉と呼ばれている方のお話です」
〈強奪の勇者〉の能力は勇者の能力であるからどの時間にも存在していてもおかしくない。
「最近こそ戦争も少なく平和な世の中になりました。しかし昔はそうはいきません。戦争ばかりの日々の中で始祖の〈強奪の勇者〉の最愛の人は亡くなってしまいました」
僕に当てはめれば雫が戦争で死んでしまうようなものだ。
「当時の〈強奪の勇者〉は戦争中ということも相まって複数の能力を所持していました。そしてその中に〈代償の勇者〉という能力がありました」
聞いたことがない能力だが言葉に出来ない禍々しさを感じる。
「〈代償の勇者〉は寿命や五感などを代償に願いを叶えることが出来る能力です。しかし能力の破棄は出来ないと思われていました。可能なのは今後一生能力の使用が出来ないという代償を支払うことでした」
つまり能力は所持しているが使えない状態。無能ではない点が肝心だ。
「けれど〈代償の勇者〉は始祖の〈強奪の勇者〉に囁きました。この世界に存在する全ての勇者の能力を全て奪った上で〈強奪の勇者〉や〈代償の勇者〉を含んだ所持している全ての能力を破棄して無能力者になることで最愛の人を生き返らせると」
この世界で絶対とも言える力を手にした上でそれを破棄する。
これは代償の極みとも言えると行為だ。
「始祖の〈強奪の勇者〉が生き返らせたのは戦争によって誰かに殺された人です」
「それって、つまり……」
「もし〈強奪の勇者〉によって能力を奪われた人を生き返らせた場合、生き返った人物は能力を持っているのでしょうか?」
「……持っていない可能性が限りなく高い」
この場合〈強奪の勇者〉と生き返った人を含めて無能力者が二人誕生する。
二人の無能力者が子供を作った場合その子に能力は宿らない。
「神光宗の目的は無能力者をこの世界に二人誕生させることです」
雫はそう言うと申し訳なさそうな顔をする。
「〈光の勇者〉を中心にした犯罪組織が大成君を狙うことになると思います」
いや、それはどうだろうか。
僕を狙ったところで思い通りになるとは限らない。
それなら雫を人質、もしくは殺して〈代償の勇者〉の話をした方がいい気がする。
「とりあえず様子を見ようか。それにしても随分と詳しいね?」
僕は話を変える為に気になっていたことを聞いてみる。
明らかに雫のお父さんの記憶以上の情報を持っている。
「剛力君の妹さんは神光宗に拉致されたのは知っていますか?」
「あぁ、うん。確か〈薬の勇者〉だっけ?」
改めて思い出してみると理解する。
「なるほど……もしかして潜入でもした?」
「はい。写真を入手する為に潜入しました」
「とんでもないことしてるね」
僕は思わずそう口にする。
「それにしても……よく写真を撮れたね」
「神光宗の拠点は日本に存在しています。それにちょうど結さんがお兄ちゃんを見に来るタイミングがあったんです」
雫はそう言うと何かを言いたげな顔をする。
「あ、あの……」
雫は口をもごもごさせる。
「ごめんなさい、殺した後に言うのは卑怯――」
僕は言い終わる前に雫の口に人差し指を重ねる。
「僕は無能力者で雫の能力は〈速読〉だろう?」
僕がそう言うと雫は安心したように一度目を閉じる。
「そうですね、私達には関係ないことでした」
雫はそう言ってとびきりの笑顔を向けた。
それ以降の日々はただただ穏やかな日々だった。
図書室の話し合いから時間は経って夏休みに突入した。
夏休みの日々は図書室に行って雫と本を読むか感覚を取り戻す為に父さんとスパーをする日々だった。
父さんが言うには中学時代よりも拳が重くなっているそうだ。
そして夏休みが終わるタイミングでセーブすることにした。
今まで特に音沙汰は無く、捜査も打ち切りに近い状態らしい。
少し危険な気もしたがやり直せる状態にしておくのは卑怯だという結論に達した。
「おはようございます大成君」
「おはよう雫」
夏休みが終わっても相変わらずに図書室に行くルーティンは消えておらず雫と一緒に登校する。
前日に読んだ本について話しているとあっという間に学校に着いて図書室に行く。
そして特に変わったところのない一日が始まるはずだった。
「そろそろ時間だね」
「そうですね」
久しぶりの平常授業で少し時間が押してしまった。
その為足早に教室に向かう。
一年生の教室は四階にあるので階段を登っていると見覚えのない鮮やかな金色のベージュの髪をした女子生徒を見かける。
「……あれ?」
雫はそう呟いて階段を駆け上がると息を切らしたふりをしてその少女の顔を見る。
「どうかした?」
「……あんな人知りません」
「それって……」
一度見たものを忘れることのない雫がそう言うならば本来ならばこの学校にいない人物だ。
「気を付けてください大成君」
「了解」
僕はそう言って雫と別れると足早に教室に向かう。
僕より先に教室に着いて室内に入らず教室の前で待機している金色のベージュの髪の少女の顔を捉えてから教室に入る。
教室に入ると妙にソワソワしているのが分かる。
窓から転校生を見ようとしている人もいる。
そして一人だった僕の席の隣にもう一つの席が置かれている。
「キーンコーンカーンコーン」
チャイムが鳴ると同時に先生が入ってくる。
「まず初めに転校生を紹介する」
先生がそう言うと金色のベージュの髪をなびかせた綺麗なピンクの瞳と彫が深くて端正な顔つきをした少女が入ってくると同時にクラスがざわめく。
「今日からお世話になるノエル・ヴィクティーナです。気軽にノエルって呼んでくれる嬉しいです。能力は〈鎖の操作〉です。よろしくお願いします」
ノエルは鎖を出しながら僕達と比べても違和感のない日本語でそう挨拶する。
一つ一つの所作に品があってお嬢様の印象を受ける。
「皆仲良くしてやってくれ」
先生がそう言うとノエルは指定された僕の隣の席に座る。
「これからよろしくね。えっと……」
「出雲大成って言います。こちらこそよろしくノエル」
「うん、よろしくね大成」
僕は出来るだけ笑顔でそう挨拶をする。
スルーしてしまうのも手だと思うが不用意に敵を作る必要はない。
目の前で眩しい笑顔を向ける少女は監視役である可能性が高いだろう。
僕が笑って挨拶することに不信感を抱かれるかもしれないがその時はその時だ。
雫を守るには僕自身が健康でないといけない。
僕はいじめられっ子じゃダメなんだ。
僕は雫が頼るに値する人物でないといけないのだから。




