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狂愛の魔王  作者: ラー油
3章:もう一人の勇者

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49.愛の結晶

 「さてと、お姉ちゃんと同じ所に行こうか雫」

 何も感じない機械的な笑顔を悪魔は実の娘に向ける。

 「お姉ちゃん?慶にぃに?」

 状況を理解出来ていない雫は目の前に広がるおびただしい血と光のない二人の瞳に意識が奪われている。

 今の状況を理解出来ずに何かをブツブツ呟いている。

 「仲良く、家族は仲良くしないと」

 これは私が口癖のように言っていたことだった

 「ダメ、仲良くしないのはダメ」

 「雫!逃げて!あなただけでも!」

 お母さんがそう叫ぶが雫は悪魔に首を掴まれる。

 「やめて!やめて!」

 私は縋るようにそう叫ぶが雫の表情は苦悶なものになっていく。

 「な、かよく、しないとダメー!」 

 雫が苦しそうにそう叫ぶと悪魔は雫から手を離して後ろに倒れる。

 「……え?」

 「ゴホッゴホッ、仲良くしないと、みんな仲良くしないと」

 呆然とする私をよそに雫は虚ろな目で悪魔の頭に触れる。

 「お姉ちゃん、慶にぃに、お父さん、お母さん、仲良くしないとダメ」

 「し、雫?」

 私は動かなくなった夏美と慶君に向かう雫に困惑した声を出す。

 「嫌なことは忘れたらいいの。辛い時は幸せなことを思い出せばいいの」

 雫はブツブツそう言って動かなくなった二人の頭に触れて記憶を消し去る。

 「これで明日からまたみんな笑顔」

 「雫!」

 動けるようになったことに気づいた私は勢いよく娘を抱きしめる。

 「お母さんも忘れないとだね」

 狂気をその目に宿して手を伸ばす雫の手を押さえて肩を掴む。

 「雫の能力は何!?」

 私は緊張しながらそう聞く。

 「え、えっと……〈記憶の勇者〉って聞こえたよ」

 私の勢いに気圧されて雫がそう答えると眩暈がする。

 「それだけは発現しないで欲しかった」

 私達は元警察で全知全能プロジェクトに関わっていた経歴がある。

 何を隠そうと先代の〈記憶の勇者〉を拉致したのは私だ。

 上からの命令だった。守らなかったら家族が消された。

 だから全知全能プロジェクトの恐ろしさを私は知っている。

 もしこのことが知られれば雫は同じ目に遭う。

 倫理観を持ち合わせていないクソ共の道具になってしまう。

 「三人の記憶を消したの雫?」

 「うん!嫌なことを忘れたらみんな幸せ。頭の中に私の能力なら記憶を消せるって――」

 「聞いて雫!」

 私はさらに力強く肩を掴む。

 「今後絶対に〈記憶の勇者〉を誰にも言っちゃダメ!」

 私はこの言葉を発した時点で腹を括った。

 唯一の娘を、最後の家族を守るためには〈記憶の勇者〉の他言は許されない。

 そしてお父さんを犯人にすることは不可能になった。記憶が消えている事実を説明出来ないからだ。

 お父さんを殺す選択肢はリスキーかつ雫が耐えられるか分からない。

 もうこの時点で私が狂うことは確定した。

 夏美を失って私が耐えきれないことは悪魔は誰よりも知っている。 

 命令に背いて両親を殺された時を知られている。

 それにこの偽装に穴が無いとはとても言えない。

 だから狂って私の発言に信憑性を持たせる必要がある。

 「雫!あなたの能力は〈速読〉!お姉ちゃんと同じ能力よ!今後その能力を誰かに話しちゃだめよ!」

 私は全力でそう言って雫に聞かせる。これだけは絶対に守らせる。

 「う、うん」

 「約束して雫!あなたの能力は〈速読〉だって!」

 「わ、分かった」

 あまりの剣幕に驚いた顔の雫は首を縦に振る。

 「よく聞いて雫。これは雫に強力してもらわないと出来ないの」

 〈記憶の勇者〉は最強の記憶系の能力だ。

 記憶の捏造は不可能だが実際に起こった記憶を切り取ってそれっぽく見せることは可能だ。

 だから私の記憶を読んだ場合慶君が夏美を刺したり傷を入れ替えたシーンで埋める。

 後は雫の記憶を消し去る。

 「雫だけは守る」

 私はそう言って準備した後深夜にも関わらず家の外に出て廃ビルの上に立つ。

 「召喚(アポート)

 私は地面にしばらく手を着いた後そう言って慶君を召喚する。

 「本当にごめんなさい」

 私は目を力強く閉じてそう呟いてから慶君を地面に落とす。

 殺人の後心中したように見せるためだ。

 私は頭の損傷を確認して家に戻る。

 「雫だけは!雫だけは守る!」

 〈機能の固定〉のせいで既に思考があやふやになって夏美の悲鳴と悲痛な顔で染められていく。

 「まだ、まだ狂うな」

 これから悪魔は先に夏美が殺されたと誤認する。

 そうしたら恐らく矛先を雫に変える。

 「お母さんが守るから!どんなに狂っても!雫の幸せな顔は見逃さない!」

 私は自分を奮い立たせるためにそう叫んで手紙書き残す。

 それを適当な缶にしまうと家宅捜索で見つからない位置に隠す。

 「聞いて雫」

 私は記憶を消したショックで寝ている雫に言葉を向ける。

 「将来あなたが幸せになったらこの手紙を見せるわ。ショックなことかもしれないけど頑張って乗り越えてね」

 私はそう言って雫の頭を撫でる。

 何年後になるか分からない。それでも時が来たなら絶対にこの手紙を見せる。

 そして手紙を見た雫は私にかかる〈機能の固定〉を解除するだろう。

 「そしたら私が悪魔を殺すから。雫に絶対に手を出させないから」

 その後は狂った私が夫を殺す強行に走った挙句に無理心中したことにする。

 「愛してる雫」

 私はそう言ってから救急車を呼ぶ。

 そして動かなくなった夏美を抱き寄せて救急車が来るのを待つ。

 救急車が来るまでの間に応急処置はしておいたからお父さんは死ぬことはなかった。

 「殺された。慶君に殺された」

 私はやって来た救急隊員と警察の取り調べで心を殺してそう答える。

 既に私の気はあの惨状を繰り返し思い出すことで狂いかけている。

 結果的にお父さんに入れ替えたと思われる傷があったことと私の供述によって判決は気の狂った慶君による殺人ということになった。

 そしてお母さんの予想通りにお父さんは先に夏美を殺された喪失感からそれを雫に向けていい父親を演じた。

 その代わり満たされなかった穴を埋める為に幸せな家族を襲う傀儡殺人鬼になってしまった。

 これが遺書に書かれていたあの日の真実だ。

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