48.遺書の内容
「おはよう雫」
「……おはようございます雪野さん」
リセットされた次の日私は指定された木々の生い茂る場所で滝を眼前に持つ広場に来ていた。
「会ってすぐで申し訳ないけど寝ようか?」
お父さんと同じ笑顔を向けた雪野愛華は後ろ手に持っていたスタンガンを私に使う。
「ッ!?」
完全に油断していた私は横腹に強力な電気を浴びて意識を失う。
「ピコン」
雪野愛華は倒れる私を支えながら最悪な機械音を頭に鳴らす。
そして再び意識を取り戻すと私は木製の椅子に固定されていた。
「な、何をするつもりですか?」
私は雪野愛華が持っている掴む部分が広いペンチを見て私は怯えた声で尋ねる。
「叫んでも大丈夫だよ滝が隠してくれるから」
雪野愛華は笑顔でそう言うと爪にペンチを引っ掛ける。
「大丈夫だよすぐに慣れるから」
怖い笑顔でそう言われるとペンチが勢いよく上に引かれて指先に激痛が走る。
「あああああッああああ!」
今まで感じたことのない激痛に喉が痛くなるほど叫ぶ。
「傷口は消毒しないとね」
雪野愛華は楽しそうにそう言うとアルコール度数96パーセントのお酒をガーゼに付けて爪が剝がれて出血した部分に塗る。
「う、ああっあ」
しみる痛みに自然と足が震える。
これを手と足を含む二十回繰り返す。
そして次は手と足の指を折り畳み式のナイフで切り落とす。
折り畳み式のナイフはお世辞にも切れ味がいい物じゃない。
リーチも長くなくて指に押し当ててノコギリみたいにギコギコ引く。
激痛と共に血が抜けていく不快な感覚に襲われる。
二十回を終えると私の意識は途切れ途切れになる。
「雫は死因の中でどれが一番痛いと思う?」
「し、知らない!」
私は子供のように首を振りながらそう叫ぶ。
「これが一番苦しそうにみんな死んだよ」
悪魔はそう言うとプラスチックの容器に入った薬品?を取り出す。
「本当ならシアン化ナトリウムを用意したかったけどフッ化水素で妥協かな」
「……何を言ってるの?」
フッ化水素の毒性は皮膚を溶かすものだ。
そんなもの人に向けて使っていいわけがない。
「とりあえず目に付けようか」
「嫌!やだやだやだ」
私は指の痛みを忘れる程全力で暴れる。
腕と足を拘束する金属が深く食い込んで跡が出来る程ジタバタ暴れる。
「しょうがないなー今回は特別だよ?」
悪魔はヘラヘラしながらそう言うとさっき使ったお酒を全て私にかける。
「キィーン、ボッ!」
胸ポケットから銀色のジッポライターを取り出して火をつける。
「いや!や、やめてください!」
私にかかっている液体はアルコールそのものだ。火は絶対にダメだ。
「個人的に二番目に痛い死因は焼死だと思うんだ」
焼死は中途半端に助かる方が辛いと言われるほど苦しい死因だ。
その名にふさわしい表情をした悪魔はそう言って火のついたジッポライターを私に向かって投げると一瞬の内に全身に炎がまわって聞くに絶えない絶叫が響き渡る。
「ここは酸素が十分にあるから窒息死はないよ」
室内の場合は酸素が急激に失われることで窒息死することが多い。
それで死ねるなら楽だから絶対に許さない。だから魔女狩りも屋外で行われたのだ。
人が焼け死ぬまでに最長で1分かかる。痛みに耐えられなくなってショック死するまでの時間は個人差があるからだ。
「……結構耐えたね雫」
手元に用意したストップウォッチは16.3秒を示している。
これまで試した中では結構もった方だ。
「さてと、死んでも記憶は残っててよ?」
私はそう言いながら滝の下に向かって飛び降りた。
「あああ!」
私は全身に残る神経が焼ける痛みに叫びながら目を覚ます。
「よかった~、死んでもちゃんと記憶は残るんだね」
「……いや!」
自分が再び拘束されていること、目の前に悪魔がいること、この二つの状態がセーブ地点だということを理解して震えが止まらなくなる。
「より大きい衝撃は小さい衝撃を軽減するように出来ているらしいよ」
悪魔は笑顔でそう言うともう一度ペンチを爪に引っ掛ける。
そして悪魔は何度も何度も何度も死ぬ痛みを私に与え続けた。
この世にある全ての痛みを経験したのではないだろうか?
電気も水も火も毒も経験した。
最初は苦しくて声もあげた、絶叫した。
嫌だと、止めてと何度も懇願したが認められないことを悟ると次第に声は出なくなって壊れていった。
「ハハハ!あはははああハハハ!」
狂っている間は楽だった。何も頭には無くて考える機能が欠落したからだ。
でもどうしてだろうか?現在の状況がどうでもよくなると昔を思い出す。
大成君を思い出してしまう。
あの暖かい日常を、一緒に本について話す日々を改めて幸福だと自覚する。
あの日々に戻りたいと本気で思った。
もう既に焼け死ぬ時間は約一分になって死因はショック死ではなく文字通りの焼死になった。
フッ化水素の痛みもほとんど感じなくなって目のような粘膜にかけられても何も感じなくなってしまった。
「たい、せい君……会いたいよ」
「……へぇ、そんなこと言える余裕が出来たんだ」
悪魔は私の声に反応するように驚いた様子を見える。
「しょうがないなー、特別に王子様に会わせてあげるよ」
「どうやって?」
今の時期は大成君は遠い場所にいるはずだ。
「少し待っててよ」
悪魔はそう言って私を放置してどこかに行く。
私はこの時に察するべきだった、もしかしたらなんて愚かな考えなんて悪魔が叶えるはずない。
だってやって来たのは知らない不清潔な男だからだ。
「……いや、いや!」
これから何が起こるか理解した私は今までの中で一番で暴れる。
「おぉ、本当に小学生サイズ……」
「好きにしていいよ」
「じゃ、じゃあ!追いかけっこがしたい」
気持ち悪い男はもじもじしながらそう言うと悪魔は頷いて私の方に向かってくる。
「あいつの能力は〈減速〉で視界に映った人の動きをゆっくりにするの」
事務的にそう説明されると久しぶりに手足の拘束が解かれる。
「あいつに犯されたらセーブするから本気で逃げた方がいいよ」
事実上の死刑宣告を受けると同時に私は全力で逃げ出す。
「もう始まったみたいだねぇ」
そんな不愉快な声が聞こえると全力で走っているのにも関わらず歩いているスピードより遅くなる。
「待て待てー」
「こ、来ないで!」
私は小走りで近づいてくる不審者に全力でそう叫ぶがそれは興奮剤にしかならないらしい。
「嫌!離して!」
あっけなく捕まった私は両手を押さえつけられて馬乗りにされる。
「はぁはぁ可愛いいね雫ちゃん。小っちゃい頃の愛華と同じだぁ」
「やだやだ!離して!」
私は顔を撫でるように触られて首を大きく振りながら暴れるが対格差が大きすぎてびくともしない。
そんな私の抵抗を嘲笑うように服は破かれ抵抗の動きを遅くさせられる。
「いや!いやあああああああああああああ!」
私は椅子に拘束された時の拷問以上の悲鳴をあげる。
大成君以外に触れられるのは嫌だ。
どうして私はこんな目に遭っているんだろう?
私は何か悪い事をしたんだろうか?
どんな理由があれば何度も何度も何度も何度もリセットされて忘れられて、拷問を受けないといけないのだろうか?
私の能力じゃこの理不尽に対抗できない。だから縋る。
「いやだ、誰か助け――」
本当に?本当に対抗出来ないのだろうか?
改めて考えれば私の能力だけが〈セーブ&ロード〉に対抗出来るのではないか?
そうだ、私の能力はある意味では最強だ。
お母さんが教えてくれたじゃないか。
「ハハハハハ」
私は狂ったように笑うと自分の肉体を魂を命を燃やして赤い煙を発して右手に紋章を刻む。
「私は〈記憶の勇者〉だ」
そして敵に向かってただ全力で能力を行使する。
「バタッ」
「え?」
連れて来た男が急に後ろに倒れた状況を理解出来ないらしい悪魔に向かって私は獲物を狩るように全力で駆け出す。
「ッ!」
驚いて後ろに後退する悪魔の腰元を触れて動きを止める。
「な、何で?」
今起きた状況を理解出来ないのか怯える目を向けられる。
「人間の脳のCPUには限界があるのでそれを超えただけですよ」
人間の神経は全て脳に繋がっている。今の私ならどこに触れても十分な力が発揮できる。
「少しお話を聞いてもらいます」
私は地面に震えて座り込む悪魔の頭に手を置きながらそう言う。
「かつて日本の警察は秘密裏に全知全能プロジェクトと言われる非人道的な実験を行っていたらしいのです」
私は全身に力がみなぎる感覚に酔っていたせいか声を張り上げる。
「私にとって先代にあたる〈記憶の勇者〉を対象に行われた実験で文字通り全てに精通した人間を作り出すことを理念にしたものです」
私はお母さんが書き残してくれた手紙の内容を思い出す。
「まず対象となった当時5歳の〈記憶の勇者〉を拉致した後記憶に不要な部位を切り落として10人の洗脳系の能力者に洗脳をかけさせて大きな器械に接続させました」
「な、何を言って――」
私は悪魔の震える声を無視して言葉を続ける。
「手始めに警察内のデータベースにある全ての能力の詳細とどのように使われたかを覚えさせて能力に精通させました」
その後は化学や数学、物理といった知識を入れていく。
〈記憶の勇者〉の意志なんかそこには存在しない。
「ここからが本題ですが一般の記憶の能力者が最長で一ケ月しか記憶を見れないのに対して〈記憶の勇者〉はノーリスクで1年、少しの無茶で15年は見れます」
それだけ勇者の能力は格が違う。だから普通の能力の〈セーブ&ロード〉に抵抗出来ている。
そもそもの出力が違うからだ。
「そして機械に警察の能力者を接続して経験を抽出します」
警察になれる程の能力の使い手の能力の使い方だけを抽出して短くする。
「そして似たような能力者にその記憶を与える実験を行いました。その結果として膨大な情報を処理するには時間を要しましたが目覚めた後は優秀な人材になったらしいのです」
このプロジェクトの真の目的はこれではないのだがこの時の私は知らない。
「問題は情報を流し込むと普通の人には情報を処理する為に意識を失う点です」
私はそう言って頭に置いた手に力を込める。
「あなたもリセット後の記憶が残っていますよね?では、莫大な情報を流して脳をショートさせた状態であなたを殺したらどうなるんですかね?」
「や、やめ――」
「今度は私の番」
私は自分でも醜いと思う声でそう言うと膨大な数の情報を流し込んだその瞬間意識が抜ける感覚に襲われて再び意識が戻ると椅子に固定されていた。
「ダメ、ですか」
いわゆる脳死の状態になると〈セーブ&ロード〉は記憶を引き継がずにリセットするらしい。
その証拠として再び爪を剝がされた。
でも心底安心している自分がいた。あれはなかったことになった。
「もう余裕って感じだね雫」
「あなたにも同情する点がありますからね」
「……どういうこと?」
「少女愛者が使用人にいたら地獄ですよね」
「っ!どういうこと!?」
あの男の記憶しか見ていないから絶対とは言い切れないが幼い頃に襲われた経験があるだろう。
「私はあなたの玩具でもあり天敵でもあるんですよ」
私がそう言うと露骨に怒りを向けられる。
「それを知っているってことは出雲以外の男は地雷ってことね」
悪魔は呆れたようにそう言うとフッ化水素の容器を手に取る。
「いったんリセットしよう。予定とは違うけど次のフェーズにいこうか」
私はフッ化水素をかけられるがもう声は出ない。
終わるまで別のことを考えて過ごす。
お父さんが無罪になってしまった原因を改めて思い出す。




