27.下準備
「問題は首のチョーカーだな」
あのチョーカーは凛さんを気絶させると本当に起動する。
つまり何が何でもチョーカーを外す必要がある。
「……必要な物は片栗粉と赤色の食紅だな」
僕は調べものを終えて近くにあるスーパーで買い物を終えて再び凛さんの家に向かう。
「こ、こんにちは!氷梅さん少々時間よろしいでしょうか」
今回は出来るだけ子供っぽくしていくつもりだ。
そうして前よりも表情が柔らかい凛さんにまたカメラを差し出す。
「一応確認しておこうかしら」
「止めておきません?」
「……そうね、知らぬが仏って言葉もあるぐらい――」
「パキン!パキン!パキン!パキン!パキン!」
「……近づいて来てるわね」
「凛さんはここにいてください!」
「ちょっと!出雲君!?」
廊下に飛び出した僕はすぐにカメラを地面に置いて足早にキッチンへと向かう。
そして同じ手順で〈透明化〉を処理する。
「ここからだな」
時間に余裕が全くないので急いでお手製の血糊を取り出して包丁と腹部、そして首元に付ける。
「出雲君!大丈夫!?」
そして最後に腹部を力強く抑えて全力で苦悶の表情をする。
「……ちょ、ちょっと!?」
キッチンに姿を見せた凛さんは一瞬の内に取り乱していく。
「な、何で一人で先走るのよ!」
急いでこっちに駆け寄ってきた凛さんはヘルメットを外してアワアワとする。
「と、とりあえず!きゅ、救急車――」
携帯を取り出す凛さんの手を掴んで制止する。
「く、苦しい」
僕は首に付いているチョーカーに触れながらそう漏らす。
「そ、そう。これは邪魔よね」
凛さんは優しい声でそう言うとチョーカーは粉々に砕け散る。
「もう少しの辛抱よ出雲君!気をしっか――」
凛さんが救急車を呼ぼうと携帯に注意が向かったタイミングで勢いよく首に手を伸ばす。
「なっ!う、そ……えん、ぎぃだ……た……の」
「ごめんなさい凛さん」
僕はそう呟いて気を失った凛さんをソファーまで運ぶ。
「……あんまり人の家を漁りたくはないんだけどな」
僕は申し訳ない気持ちで尋問に使う物を探し始めた。
「パチパチ……バチン!」
「っは!」
頬に突き刺すような痛みに目を覚ますと腕と足が紙ロープで縛られて身動きが取れない。
そして視界の先には恐ろしい目をした略奪者がいる。
「あんた名前は?」
「お前こそ!何者だ!」
「名前を聞いているのはこっちだ、ピーピー吠えるな」
凛を奪おうとしているこのブサイクは再び俺の顔を叩く。
「痛ぇなー!この!」
「あんた名前は?」
「殺す!俺の凛に手をだすなら殺して――」
「バチン!」
「あんた名前は?」
「この!ガキ――」
「ボコン!」
俺が言い終わるよりも早く今度は頬に拳が飛んでくる。
「あんた名前は?」
このクソガキは何度同じことを繰り返すんだ?
「俺は年上だぞ!最近のガキは――」
「吠えるなって言ってんだけど」
クソガキはそう言うと顔面に向かって拳を振り抜く。
「あんた名前は?」
な、なんだこのガキは?俺は28だぞ年上なんだ!
「殺す!よくも俺をこんな目に――」
「ぐしゃ!」
「っつ!痛い痛い!」
鼻が凹む気持ち感覚に悶絶する。
「……これのどこが楽しいんだ?」
クソガキは何かを呟くと再び同じことを聞く。
「忠告する。これが最後のチャンスだ」
「……年下のくせしやがって」
「はぁ、僕は名前を聞いているんだけどな」
クソガキはそう言うとペンチをポケットから取り出す。
「な、何をするつもりだ!?」
「言う事を聞かないやつにはお仕置きしないとだろ?」
「や、やめろ!近づくな!」
「あんた名前は?」
「……クソガキがぁ」
俺がそう言うとクソガキの瞳におびただしい闇が侵食していく。
「痛めつけること、見せつけることが目的じゃないんだからさっさと吐けばいいのにな」
俺の凛を奪うクソガキはそう言って俺の爪にペンチをかける。
「おい、待て!やめろ!」
「ブチッ!」
そんな音が聞えた瞬間爪が無くなった場所から凄まじい激痛が走る。
深爪の比ではなく、剝き出しの神経を擦られているような痛みが継続的に走る。
「次」
あ、悪魔は俺の悲鳴を無視してそう言うと別の爪にペンチをかける。
「分かった!分かった!言う!言うから!」
「……あんた名前は?」
悪魔はペンチを爪から離すとまた同じことを口にする。
「……名前は佐藤 透斗だ」
「年齢は?」
「……28」
「いつからこの家にいるんだ?」
「……っち、いつからでもいいだろ」
「はぁ、まだ分からないのか」
悪魔は心底めんどくさそうにそう呟くと再びペンチを爪にかける。
「わ、分かった!1年前!凛が高校生になった頃からだ!」
「……そうか」
「ブチッ!」
「うああああ!」
「一回は一回だ」
悪魔は無表情でそう言うとペンチを置く。
「お前と凛さんの関係はなんだ?」
「お、俺と凛は愛し合っているんだ!お、お前さえいなければ!」
俺は溢れ出る想いを涙と同時に放出する。
「お前が凛さんを知ったのはいつだ?」
「生まれた瞬間からに決まっているだろ!俺と凛は運命の赤い糸で結ばれているんだ!」
そうだ俺と凛は赤い糸で結ばれているんだ!せっかく同棲しているのに!こいつさえ!こいつさえいなければ!
「凛さんのどこが好きなんだ?」
「……は?お前そんなことも分からないで凛に近づいたのか?」
こいつも凛の魅力が分からないクズだ!
こんなガキに絶対に凛は渡さない!俺が一番凛を理解しているんだ。
「答えろ佐藤透斗」
「ガキが……殺してやる。俺と凛の愛の邪魔をするゴミ虫は殺す!」
「……はぁ……もういいか」
ゴミ虫はそう言うと包丁を手に取る。
「待て!何をするつもりだ!」
「お前の価値を奪う」
悪魔はそう言ってゆっくりと近づいてくる。
「1年間も見つからずにこの家に潜めたのは〈透明化〉のおかげだろう?実に素晴らしい能力だな」
「く、来るな!」
嫌だ!嫌だ!死にたくない!まだ凛と愛を育めていない!
凛にこいつの洗脳を解いてあげないとなのに!
「わ、分かった!凛の魅力をお前にも教えてやる!」
俺は仕方なくこの侵略者に凛の魅力を語った。
「……なるほど」
このストーカーの饒舌な話をまとめると佐藤透斗が凛さんを知ったのは凛さんが小学6年の頃で、人気の無い広場で一人で泣きながら能力の特訓をしているのを目撃したことから〈透明化〉を使って凛さんをストーカーする日々が始まったと言う。
こいつが言うには凛さんの泣いている姿は妖精だったらしい。
凛さんには姉と兄を含めた三人兄弟で二人共能育に入学するエリートで凛さんは大きなコンプレックスを抱えている。
凛さんの〈氷の造形家〉は精密さに特化した能力で戦闘向きではない。両親はエリート思考が強いらしくあまり良好な関係とは言えない。
エリートな兄弟と自分の能力が好きになれずにプライドが邪魔をして孤立気味である。
有用な情報はこれぐらいだろう。その他はプライバシーを大きく侵害した内容であった。
「凛はなぁ、最近氷祭りに向けて薔薇を作ってるんだぁ、お前のせいか!?」
目を狂気にそめて不気味な笑みのストーカーはただひたすらに凛さんについて語る。
「……もう十分だな」
もう十分こいつのことは知れた。あとは仕上げだ。
「佐藤透斗、お前の想いだけは称賛に値する」
ここで僕は僕自身が最も恐れるあの感情を感じない笑顔を作る。
「だがな凛さんが愛しているのは僕なんだ」
「な、なにふざけたことを!」
「邪魔者は消さないとだよな」
僕は笑顔を崩さず包丁を手に取る。
「お、おい!く、来るな!やめろ!」
僕は怯える〈透明化〉にゆっくりと近づく。
「よ、よくも俺の凛を奪ったな!殺してや――」
「それを聞けて安心した」
僕はそう言ってもう一度ストーカーを気絶させる。
「……これのどこが楽しいんだ?」
このストーカーに対して拷問するだけでもこんなに不愉快なのに何で僕に対して出来るのか理解不能だ。
「これで下準備は終了だな」
僕はそう呟いて包丁を手に取って自分に突き刺す。
「……やっと次の段階に進める」
4回目にして必要な情報が揃うのはいい方ではないだろうか?
そして一番の収穫は僕の想定を遥かに越えた盲目だったことだ。
視野の狭まった人間の思考がどんなに極端かは一番知っているつもりだからな。
「今回は最悪死体が見つかっても構わない」
記憶さえ読ませなければ僕に捜査の目が向くことはないだろう。
「まずは人気の無い場所を探しに行くか」
僕は身支度を終えて二駅先の凛さん家の周辺を歩き回る。
そしてある種のトラウマに似た場所に酷似した場所を見つける。
「……ここだな」
現在のところ人を殺す上で僕のスペックは無能だ。
だからこそできる限り〈透明化〉から自発的に行動させないといけない。
そして恐らく〈透明化〉は社会的に死んでいる人間。
「さてと、寄せていこうか」
僕はそう言って一度リセットした。




