第2話 それがどうした?
オランドは俺を見ながらサニーの身体を肘で小突く。
盾にしていた子供達をシルビアに連れて行かれたので困っているのだろう。
そんな事はいいから早くしてくれ。
「いくらだ?」
しょうがないので此方から聞く。
もっとも聞くだけだ。
「すまんオニール、8000万ゴールドだ」
「8000万ゴールド?」
こりゃまた凄い金額だな。
300万もあれば親子4人贅沢しなければ1年は暮らせるのに。
「オランド!
借金は5000万ゴールドでしょ!?」
「なんだと?」
驚いたサニーが叫ぶ。
コイツは何を考えているんだ?
「馬鹿、余計な事を!」
「お前な...」
何が余計なんだ?
借金の金額より多く借りようとするとは、腐った根性は治らんな。
それ以前に、
「そんな金あるか」
「まさか、お前は魔王討伐した勇者だろ?
国から数億の報奨金を賜ったと聞いてるぞ」
唾を飛ばしながら叫ぶオランド。
汚ねえな、誰がテーブルを拭くと思ってるんだ?
「報奨金は全て国に預けてある。
正当な理由無しにそんな大金下ろせる訳無いだろ」
下ろす気は無いがな。
「正当だろ!
故郷の幼馴染みが、婚約者が困ってるんだ!」
「寝取った男と寝取られた婚約者が抜けてるぞ。
それにサニーは元婚約者だ、お前のせいでな」
「...畜生」
真っ赤な顔で呻くオランドの囁き。
聞こえないと思ったのか?
「今の言葉は聞かなかった事にしといてやる、子供達に感謝しろ」
「...ごめんなさい」
サニーが頭を下げたテーブルが濡れている。
また掃除が増えた、使用人の手当てを足さないとな。
「そ、それじゃ俺達家族を匿ってくれ!」
「は?」
今度は何を言うのかと思えば。
「なあ頼む、このままじゃ俺は奴隷落ちなんだ」
「借金して返さなきゃ当然だろ?」
「あんな暴利!」
「分かって借りたんだろ、不満があるなら国に訴えたら良いんだ」
「オニール!」
また睨むか。
金を貸した奴等だって馬鹿じゃない。
訴え出た所で不法は認められない自信が有るから俺の所に来る事を許した筈だ。
俺が代わりに国に訴える事は出来無い。
勇者が真っ当な金貸しを貶めた、格好の醜聞になっちまう。
最初からそんな気は当然無いけど。
「それじゃ俺をここで雇ってくれ!
身元保証してくれたら奴等は待ってくれる筈だ、給料は借金から天引きしてくれて構わない。
お前の部下だ!」
俺は今何を聞いた?
馬鹿も突き抜けたらこうなるのか?
「誰が間男を雇うんだ?
それにお前に何が出来る?
剣なんか握った事無いだろ?
商売だってそうだ、どうせサニーに任せっきりで銭勘定一つした事...まあ最初からお前のオツムじゃ出来ねえか」
「ふざけるなオニール!
勇者に選ばれたくらいで調子に乗りやがって!!」
「ほう」
遂にキレたか、よく堪えたと誉めてやろう。
「魔王討伐だって聖女や仲間が居たから出来たんだろうが!
無能なオニールが畜生!あんな綺麗な女を!!」
錯乱してるな。
まあシルビアを綺麗と言ったのに免じて命だけは助けてやるか。
「よっと」
「は、離せ!」
右手でオランドの頭を掴む。
そんなに暴れるな、髪が抜けるぞ。
「あらよ」
左手で窓を開け、オランドを庭に投げ捨てる。
こんな奴の血でこれ以上部屋を汚したく無かった。
「おい誰か」
「はい」
扉に向かい呼び掛ける。
執事が呆れた顔で...いや笑ってるな?
「あの馬糞を頼む、死んで無いとは思う」
「畏まりました、後はどのように?」
「屋敷の外に借金取りが待ってる筈だ、引き渡しとけ」
「はい」
静かに頭を下げる執事。
あの野郎、やっぱり笑ってやがる。
討伐隊の仲間だったからな、俺とオランドの因縁を知ってるから仕方無いが。
「さてと」
ソファーに座り直す。
視線の先には呆然とするサニー。
少しやり過ぎ...は無いな。
「田舎に帰れ」
「...オニール」
「田舎で出直せ、借金は掛け合って減額の交渉位はしてやる。
奴等だって元は充分取ってるだろ?」
「......」
我ながら甘いと思う。
サニーに対する怒りは当然今も燻っている。
しかし俺は今幸せなんだ。
この幸せはサニーの裏切りによってもたらされた物。
国や討伐隊の仲間も祝福してくれた俺達の結婚。
今さらサニー達に踏み荒らされたく無かった。
「それとも子供達を奴隷に売り飛ばしたいのか?
綺麗な子供は高く売れるらしいからな」
黙っているサニーに投げ掛ける。
鬼畜な言葉と自覚してるさ。
シルビアが聞いたら俺は半殺しの目に遇うだろう。
「そんな訳ないじゃない!」
サニーは怒りを滲ませた。
「なら早く帰れ」
「帰れるなら帰りたいよ!
でも帰れないの!」
「何故?」
「オランドが借金をしたからよ!
もう縁切りされたわ!」
「なるほどな」
考えてみりゃ当然、俺の所に来るぐらいだし。
って事は、
「オランドの実家も?」
「ええ、二度と来るなって」
「...そっか」
アイツ等らしいと言えばそうだが。
やっぱり滅ぼしたら良かったかな?
でもシルビアが止めたんだ。
『町の子供達には罪は無い』って。
「...聞いてくれないのね」
「ん?」
サニーが呟いた。
何を聞いたら良いんだ?
「私がどうして貴方を裏切ってしまったかをよ」
「ああ...」
そういや聞いて無かったな。
結果が全てだったし。
「やっぱりそうだったの?」
「何が?」
「8年前からオニールはシルビア様と愛し合っていたって噂よ!
先に裏切ったのは貴方でしょ!」
「...何」
頭が真っ白になる。
コイツは今何を言った?
俺がサニーを?
シルビアと俺が先に?
「冗談じゃない!
俺がどれだけサニーに会いたかったか!」
「口じゃ何とでも言えるわ、でも討伐の途中でシルビア様とオニールが度々二人で姿を消してたって」
「二人きりじゃない!
ちゃんと討伐隊と一緒だった!
それにはシルビアの事情があってだな!」
そんな下らない噂を信じたのか?
誰が焚き付けた?
オランドか?
町長?
サニーの家族か?
怒り。
シルビアを貶められた怒りが俺を支配した。
「ふざけないで!!」
突然応接間の扉が弾け跳ぶ。
凄まじい魔力と限界まで抑えた殺気が渦巻く。
「...ああぁ」
失禁するサニー。
無理も無い、俺もチビりそうだ。
「お前に何が分かるの!!」
シルビアの怒号。
俺はその声に何故か冷静さを取り戻していた。