第1話 招かれざる客
「ただいま」
城で1日の仕事が終わり、足取り軽く屋敷に着く。
中に居た使用人に荷物を預け、最愛の妻が待つ部屋へと急ぐ。
早く会いたいよシルビア...
「旦那様、お客様がお待ちです」
「客?」
途中で執事長が呼び止めた。
ここは貴族の屋敷だぞ?
家長の俺に何の取り次ぎも無く、屋敷に入れたって事か?
「シルビア様がお入れなさいと」
「そうか」
執事は俺の心中を察知し、シルビアが許可した事を告げる。
という事はシルビアも知ってる人物って事だ。
一体誰だろ?
勇者時代の知り合いなら、ちゃんと事前の手続きを踏んで来る筈だし。
「おかえりなさい、オニール様」
部屋の扉を開けるとシルビアが俺を迎えた。
少し膨らんだお腹には俺達の子供が居る。
結婚して3年、待望の子供が。
「休んでなよシルビア」
「分かっております」
微笑むシルビア。
美しい容貌はもうすぐ母となる喜びからか、益々の輝きを放っている様に見える。
それは俺の自惚れかもしれない...
あれ?でも少し元気が無いな。
「誰が来たんだ?」
原因は来客者だろう。
シルビアが客の応対をせず部屋に居たという事は余り歓迎される人間では無いのか。
「...あのサニーさんが」
「サニーが?」
サニーは俺の婚約者だった女。
5年前、魔王を倒し故郷に凱旋した時、サニーは妊娠していた。
故郷に残したサニーと3年振りの再会。
覚えの無い妊娠、俺は婚約者を寝取られた。
アイツによって...
「オランドさんもお子様達と一緒に」
「へ?」
忌まわしき名前だ。
オランドは町長の息子、そしてサニーを俺から奪った男。
表向きの人当たりは良く、裏では嘘ばかり吐く嫌な奴だった。
町を出る前、サニーに言ったんだ。
『オランドは危ない、騙されるなよ』って。
結局は無駄だったがな。
「どうなさいますか?」
「どうって、今さら何の用だろ?」
「それがサニーさんは何も仰有らないんです、オランドさんは何かベラベラ喋ってたんですが...」
シルビアはサニーと面識が有る。
有る所では無い。
5年前、故郷に凱旋した時一緒に居たんだから。
サニーのお腹を見て崩れ落ちる俺をシルビアは...
「とりあえず会ってみる、シルビアはこのまま部屋に居て」
「分かりました、何かあったら呼んで下さい」
苦い記憶が甦る。
オランドは町長を継がず、弟が継いだ。
噂では奴の父親が手切れ金を渡し、二人は町を出て、後は知らない。
「お待たせしたかな?」
応接間の扉を開ける。
ソファーにはサニーとオランド、そして3人の子供達が座っていた。
一番大きい子が5年前サニーのお腹に居た子供だろう。
全て可愛い女の子、みんなサニーの昔にどことなく似ていた。
「...オニール」
「お久し振りだな、元気そう...には見えないか」
窶れ果てたサニー。
青白い顔、服はボロボロ。
指先は荒れ、身体の所々には真新しい痣の痕があった。
「ええ」
俺の視線にサニーは俯き、指を折曲げ荒れた指先を隠した。
美しかったブロンドの髪は伸び放題。
艶も無い、長さもまばらで、よく見ると所々に地肌が見えて...無理矢理引き抜かれたな?
「よ、ようオニール...」
サニーの隣に座るオランドを睨み付ける。
コイツがやったに違いない。
女房にまで手を上げる様になったのか。
「一体何の用だ、わざわざ俺の顔を見に来た訳じゃないだろ?」
オランドを睨む。
殺気は込めない、腰でも抜かされたら迷惑だ。
それに子供達を怯えさせるのが嫌だった。
「いや、あの...実はな...その」
要領を得ないオランド。
コイツの面なんか見たく無い、もちろんサニーと子供達にもだ。
一刻も早く追い出そうと立ち上がった。
「おい誰か...」
「ごめんなさい!」
使用人を呼ぼうとする俺にサニーが立ち上がる。
すがりつくサニー、目から涙が流れていた。
「貴方に今さら会わす顔が無いのは分かってます!
でも私達他に頼る所が...」
「説明してくれ」
そっとサニーの手を離す。
必死で掴まれた服の袖にサニーの血が滲んでいた。
何より子供達の視線が痛い。
こんな場所に連れて来るなんて卑怯極まりない。
「お義父様からお金を貰って町を出たんです」
「いつ頃だ?」
「この子が一歳だったから4年前です」
隣に座る一番大きな子を見ながら呟く様な小さい声のサニー。
普通なら聞き取れないかもしれない。
しかし戦場で鍛えた俺の耳には充分だ。
「どうして町を出たんだ?次の町長はお前の亭主だった筈だろ」
「なんだと?」
オランドは目を剥いて俺を睨む。
バカらしい。
そんな目を貴族に向けようものなら、即座に切り殺されても文句は言えんぞ。
「お前に聞いてない」
オランドを一瞥する。
途端に脂汗を顔一杯に滲ませソファーにへたりこむ。
なんと情けない奴だ。
新兵でも耐えられる程度の威圧しかしてないのに。
「オランドが言ったんです、俺はこんな寂れた町で終わる男じゃないと」
サニーはポツリポツリと話し始めた。
「それで?」
「近くの街で食料品を扱う商店を始めました。
最初は順調だったんです、徐々にですが商人からも信用されて...」
サニーの実家も商店をしていた。
看板娘だったサニーは町一番の働き者だった。
きっと身を粉にして働いたんだろう。
それがこの体たらく、嫌な予感がした。
「騙されたんだな」
「はい...オランドが小麦の先物に手を出し、私が気付いた時は借金まみれでした。
怪しい所からも金を借りていて、店は取られました。
私達は奴隷に、そして娘達まで担保に...」
それで逃げて来たのか。
「よくここまで来られたな」
「オランドがオニール様の名前を出したのです。
勇者オニールには貸しがある。
頼めば借金は肩代わりしてくれるから
待ってくれと」
「貸し?」
貸しでは無くて、借りだろ?
呆れて言葉が出ない。
「余計な事を言うな!
お前がもっと金を出してれば取り引きは上手く行ったんだ!」
激昂したオランドがサニーを突き飛ばす。
部屋に響く子供達の悲鳴、毎日がこんな感じだったのか。
「止めてお父さん!」
「何だとガキの分際で!!」
娘に腕を掴まれたオランドは手を上げる。
最低な奴だ、これは止めるしかないな。
「お止めなさい、子供達の前で!」
突然応接間の扉が開いた。
そこには怒りを滲ませたシルビア、目が燃えている。
これは不味い。
シルビアは無類の子供好きだ。
オランドを殺しかねないぞ。
「シルビア子供達を」
「...分かりました、みんなこっちにいらっしゃい」
俺の言葉にシルビアは頷く。
いつもの優しい目に戻ったシルビアはサニーの子供達に声を掛ける。
数々の戦場で大勢の子供達を癒した瞳。
3人の子供達は頷き合ってシルビアの後に続いて部屋を出る。
さあ、仕切り直しだ。
「それで俺にどうしろと?」




