第73話 無事に死亡しました
コミケ会場......そこは欲望と陰謀が混じり合う戦場である。
そこ集まる武士達は自分が求める物が無事に手に入るように予算の確認、行動ルート、体力管理、周りに迷惑をかけない行動etc......など求める欲望のためにたくさんの思考を要する。
対して、売り手側にとってはそこまで考えることはない。
もちろん、たくさん買ってもらえればそれに越したことはないが、ともかく自分という書き手を知ってもらうということが大きいと思う。
ま、互いを知るには挨拶からみたいなもので言うほど殺伐した空気というか、少なくとも居たたまれない空気にはならないと思う(俺個人の感想)。
だが、今回ばかりは違った。激しく居たたまれないし、居心地悪いし、なんか胃がキリキリする。
なんでかって? そんなの俺が聞きたいぐらいだよ。
ともあれ、その原因は明らかに俺の隣にいる奴なんだが。
顔の向きは変えずに目線だけ横に向ける。
そこには売り手として光輝のいとこのお姉さんと一緒に座る沙由良の姿があった。
そんな沙由良の目の前に置かれているのはRの入る同人誌。それも妹もの。
内容はヒロインの妹ちゃんが兄の友人とイチャラブするというものだ。
どうして内容を知ってるかって?
同じものが一冊俺の目の前に置いてあるからだよ!
――――時は十数分前に遡る。
俺はとある同人誌を求めていた。
叔父と光輝のいとこのお姉さんがどうやら旧知の仲であるみたいだから、その人から譲り受けた本がそれだった。
その妹もののキャラが俺の嫁の時雨ちゃんであったために、一応未成年ということで叔父に代わりに買ってもらい、その値段を叔父に払うことで無事に俺の手元へ。
時雨ちゃんのイチャラブもの。正直、設定としてはマジ神と思ったよ。そして、軽く読んだりもしたよ。
もちろん、サラッとね? 会場で興奮するわけも行かないから、流し読みしつつもその時点で最高だと思った。
だが、そこで一つの違いを感じる場面があった。
それは随分とキャラデザが違うこと。
実のところ、俺は光輝のいとこのお姉さんのファンであるために、その人の時雨ちゃん同人誌シリーズは全て手にしているのだ。
しかし、今回はそのお姉さんは別の作品を出してる。
ということは、ネタだけ提供して誰かがそれを清書したみたいな感じだったのかもしれない。知らんけど。
ま、キャラデザも普通に好きだったし、何より設定内容が実に俺の好みに刺さるものだったので深く考えてなかった――――最後のページを見るまでは。
同人誌にはよく最後にサークル名とか作者のあとがきとかがあったりするが、そこの作者名に書かれていたのが「相良ヒユミ」。
一見、どっかのアシスタントの名前であろうとも思ってしまうが、その瞬間唐突に一つの会話を思い出したのだ。
それが前にアニ〇イトで偶然出会い、そこで沙由良がいとこのお姉さんの同人誌を手伝ってるという会話。
何を思ったのかわからないが、俺は妙な恐怖に襲われるままにそのペンネームを全てひらがなにしてみた。
相良ヒユミ→さがらひゆみ。並び変えると、さがらひゆみ→ひがみさゆら→陽神沙由良。
まるで今まで足りなかったピースがハマって、全身に雷が撃たれるような衝撃のままに固まった。
まさか自分の好みの同人誌を書いてるのが、俺の妹の友達であり、俺の親友の妹であり、俺が第4ヒロインにしようとしている人物。
その本はいとこのお姉さんが代わりに売るという感じでその場では収まっているらしいが、その本の真実を知ってしまった俺からすればもうその本を普通では見れない。
それをあの特殊個体ヒロインである沙由良が描いたなんて......しかも、その本を俺は意気揚々と購入したなんて知られたら普通に死ねる――――
『あ、学兄さん』
『っ!』
その瞬間、当の本人に声をかけられて手に持つ現時点で一番危ない物を落としてしまった。
しかも、開いたページが完全にクライマックス。
当然、沙由良は落とした本に目を移し、その本の内容を見て自分の本だと気づくだろう。
直後に俺が思うことは一つ。うん、死んだ。
――――というのがさっきまでの話で、今の俺は残機×3のうちの1つを消費してなんとかこのコミケ会場をやり過ごそうとしている。まだ始まってすらいないのに!
俺はもう一度視線を横に向けて沙由良の様子を見てみる。
沙由良は恐らく今まで一番分かりやすく顔を赤くして、スカートの裾を握りしめながらずっとプルプルしてる。
うん、わかるよ。買った俺が言うまででもないけど、その居たたまれない気持ちはすっごくわかる。
今抱いてる感情ってアレだよな。授業中とかでノートの端にこっそり書いていた漫画を知人に知られて、何か言いたいんだけど内容が内容だけにすごく言いづらいんだよな。
......アレ? なんかこの経験あるぞ? あ、雪の時だ。まさかの予習済み!
とはいえ、それが二度目だからといって乗り切れる感じでもなさそうだな。
「なんだ緊張してるのか? 今更そんなガラでもないだろう?」
叔父さんが話しかけてきた。
おぉ、メシア! この居たたまれない空気を脱出する活路をくれるなんて!
「なんというか......まさか隣に知り合いがいるとは思わなくて。あの子、俺の友達の妹なんすよ」
「あぁ知ってるよ。サッチーさんからも光輝君からの話として学のことを聞くらしいから。
その繋がりで僕達も仲良くなって、妹の沙由良ちゃんのことも知ってるんだ」
サッチーさん......いとこのお姉さんのペンネームか。
にしても、光輝が俺の話をしてくれてるなんて中々に泣ける話だぜ。
「で、聞いた話なんだけど、実はお前が集めている時雨同人誌シリーズ。
作画が違うのは内容を作った人が絵を描いたらしいんだよ」
え、何その流れ......待って、嫌な予感が――――
「それで、実は今までのそのシリーズって作画をサッチーさんが担当してたみたいで、内容は相良ヒユミさんって人がしていたらしい。
でも、恥ずかしがり屋なみたいだから今まで一人で内容まで作ってたみたいにしてたらしいけど」
「グフッ」
す、スマアアアアァァァァシュッッッ!!!
死んだああああぁぁぁぁ! お、俺の残機がああああぁぁぁ!
思い出させんじゃねぇよおおおおお!
「おぉ、まさか学から尊さの語彙力死の擬音が出るなんて」
語彙力死、違う!
「ま、安心しろ。その喜びはすでにサッチーさん伝手で相良ヒユミさんって人に伝えてくれるよう言ってあるから。
『あなたの同人誌全て集めてるファンがいるんです』って」
「ガハッ」
だあああああぁぁぁぁぁ!
まさかのツーキルウウウウゥゥゥゥ!
俺の残機がまた減ったああああぁぁぁぁ! もう残機残ってねぇよ!
っていうか、俺が同人誌集めてんの勝手にバラしてんじゃねぇよおおおおおおお!
「わかるよ、その気持ち。喜びが口から漏れ出てるんだな」
なに気持ちわかってるみたいな顔してんだこの叔父ィ!
お前を殺して俺も死んでやるからな!
つーか、それよりもマジか......俺が同人誌集めてること沙由良に知られたのか。
そりゃ居たたまれないよな! さっき気持ちわかるとか言ってごめん!
たぶん俺が思っているよりも数十倍酷いわ!
しかし、まさかこんな形で俺が同人誌集めてる......しかもファンであるという羞恥心の爆弾が連鎖爆発するなんて。
流石の俺でもこんな羞恥心は耐えれない。
家で掛布団にくるまって気が済むまで悶えたい。
くっ、なんでだ! まだコミケ始まってないのに!
沙由良は、沙由良は一体どんな顔してんだ?
正直、見るのは怖いけど......様子を見るぐらいは.....。
「あ」
目が合った。合ってしまったというべきか。
その瞬間から、虫の知らせというべき胸のざわめきが鳴り響いて止まらない。やばい、これは――――
「......エッチ」
「ダバァ」
俺、無事死亡。死因、羞恥死。
もうコンティニューは出来ません。
少し前からリトライしますか?
はい
→いいえ
ゲームオーバー――――じゃねええええぇぇぇ......けど......うぅ、死にたい。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')