旅立ち
「だいぶ上手くなったわね」
「おかげさまでな」
トマトを茎からもぎり籠に入れる。
俺が目覚めてからかれこれ6日間、はじめは戸惑っていた新生活にもだいぶ慣れてきた。
これまで農具にすら触れたことがなかったのだが、アリスに教わり今ではなんとか仕事をこなせるようになってきた。
まったくアリスさまさまだな。
加えて彼女にはここ50年間で起こった主な出来事、周辺地理、などなどを教わった。
戦争が終わると人間たちの対魔族同盟とやらは解散し近年では人間の国どうしの小競り合いが絶えないらしい。
魔族はというと俺の消滅後、ドラコが軍を率いていたらしいのだが2ヶ月後の人間側の大規模な作戦により壊滅。生き残った魔族たちは森や洞窟、海などに姿を隠したということだ。
ここはメロ村、クロム王国の最南端に位置する人口30人ちょっとの小さな村らしい。メロ村より南には俺が発見された生命の森が広がっておりそのまた南にはガルリア帝国が広がっているのだそうだ。しかし、生命の森はとても巨大でたくさんの魔族や魔獣が住みついているらしく何か物を買いに行くには王国内のヨルズの街まで馬車で一時間ほどかけて行く必要があるらしい。一応、転移装置はメロ村にもあるのだが非生物は重量3キロが限界。買い出しともなれば馬車が必須となる。
とは言ったもののこのメロ村は自給自足が完結しているため滅多にヨルズの街には行かないのだと。
生命の森には山菜や果物もなっており低級の魔獣相手に狩りもできる。近くには川も流れており非常に恵まれているな。
村人たちとは名前を呼び捨てにできるぐらいの仲になり俺も村の一員になれたと言っていいだろう。
そう、俺はこの穏やかな日々を気に入っているのだ。
「そろそろお昼にしようかしら」
「待ってました」
どっこらしょと木の陰に腰を下ろす。
天気はこれから夏本番といった感じでガンガンと日差しが照りつけてくる。
かろうじて帽子のつばで直射日光は避けているがさすがにつらい。
「今日は君の大好きなサンドイッチよ」
アリスがバスケットを開けると中からはスパイスの香りが辺り一面に広がる。
「あなたはこっちね」
そう言うと野菜の切れ端が入ったを包みを取り出す。
すると魔兎のココアが俺の頭を飛び降り野菜に一直線に飛びつく。
口をモグモグさせながら食べている姿は、なんというか実に愛らしい。
「いただきます」
「めしあがれ」
ココアにならい勢いよくサンドイッチにかぶりつく。
みずみずしいレタスとトマト、油のしたたるベーコンをパンが挟み込み味に一体感を出している。
「う、うまい」
続けて二口、三口とかぶりつく。
「そ、それはよかったわ」
「と、ところで明日のことなんだけど……」
アリスはもじもじとしながら顔を赤らめる。
「えっーと、明日私のお父さんが帰ってくるわけじゃない?」
「ああ」
サンドイッチを飲み込みながら相づちをうつ。
クロム王国には徴兵制がある。村や街単位で一定の人数が決められていて四年間その人数を王国の兵役につかせるという義務らしい。
メロ村には大人の男が数えるほどしかいない。それに加え、アリスの父親の弟、ビルは狩の途中で魔狼に右足を食いちぎられてしまい義足をつけている。日常生活に支障はないらしいのだが、兵役となるとさすがに厳しいらしい。そこでアリスの父親が子育てを弟家族に任せて国境の警備についたと聞いている。
何とも酷な話だ。
「その話なんだけどね。ねえドラクル、君っていったい私の何なのかしら?」
数秒間の沈黙。
「そりゃいったいどういう意味だ」
質問の意図が捉えられない。
「えーっと、そのー、私はお父さんに君を紹介するわけじゃない? その時になんて言えばいいのかなーって」
なるほどな。
今現在、村のみんなには俺がアリスの父親の関係者ということで説明してある。
つまりアリスの父親と生活するためには彼にすべてを話してしまう他ない。
だが、俺の正体を知るということは俺と共に危険を背負うということ。できればアリスにも正体を知られたくなかった。
さすがにこの生活もそろそろ限界か。
「やっぱり俺は明日にでもこの村を出て行くよ」
「え」
アリスはあっけにとられたように口を開ける。
「べべつに私はそんなつもりで言ったんじゃ……」
「大丈夫、分かってるよ」
「それならどうして……」
「心配しなくても俺はもう二度と死のうなんざ思わないさ。そうだな、ここを出たら人里離れた辺境の地で魔族の子供たちを集めて孤児院でも開こうかな」
「だったらここで開けばいいじゃない。お父さんだって事情を説明すればきっと……」
「俺は恩人をこれ以上危険に巻き込みたくないんだよ」
「ダメよ、そんなの。私のことは気にしないで」
「そう言ってくれるな。ようやく自分の罪と向き合う覚悟ができたんだ」
微笑みかける。
「アリス、君は言ったな」
「え」
「泣かせた人の一億倍を笑わせろって。そんなこと出来るか分かんないけれど、俺、頑張ってみるからさ」
大きく息を吸い感謝の気持ちを伝える。
「俺は君に救われた。君がいたからこそ俺は一歩前へ進める」
「そんな……」
「君が助けを求めたときは一番に必ず駆けつける、必ずだ」
「だからさ、そんな顔するなって」
「誰がこんな顔にさせたのよ、ばかあ」
涙ながらに吹き出すアリスにつられて笑い出す。
これでよかったのだ、そうこれで。




