第33曲 狂想の道化師
ぐだぐだしてたら遅れました。
真っ暗な穴の中、重力に従い落下している。現在、パンドラは穴の中を真っ逆さまに落ちていた。何故こうなったのか、パンドラ自身いまいち理解できていない。確か、先程迄メイビスの横で窮鼠の話を聞いていた筈が、急に床が無くなり、穴が開いた。そして現在に至る。
窮鼠は試験をすると言っていたのでこれも恐らく試験の一環なのだろうと判断し、取り敢えずこの身にかかる重力に全てを任せる。シルクハットが飛びそうになるが、手で押さえておく。そんな時間も長くは続かず、一分もしない内に視界に小さな地面が映った。段々と大きくなっていく地面に合わせて、空中で体勢を立て直し、身体にできるだけ衝撃が来ないよう軽やかに着地する。道化師としてはこの程度のことは朝飯前だ。
「パンドラさん優雅に華麗に大着地~。さてさて、ここは何処かな?」
真っ暗な穴の先にあったのは真っ白な円状の空間。その真ん中にパンドラは立っている。上を見上げればパンドラが落ちて来た穴が塞がっており、唯の白い天井と化している。壁は殆どが白いタイルだが、一面だけ硝子張りの所があり、その硝子の先には本と研究道具らしき機材が確認できる。
どうしたものか、とパンドラが考え込んでいると、突如凄まじい恐怖が上から降り掛かって来た。だが、パンドラにとっては感じ慣れた感覚で、直ぐにそれがメイビスのものだと理解した。
「アハハ、メイビス様怒ってるなー。窮鼠くんも可哀想に。流石に悪巫山戯が過ぎたね」
パンドラはこれが自身を文字通り陥れた窮鼠に対する怒りであることを感覚から感じ取り、我が身を案じてくれている主人に自然と気分が高揚し、嬉しくてどうしようも無くなる。ついでに特大の恐怖を間近で向けられている窮鼠に同情を覚える。これを生物が受けるというのは、死が目の前で佇んでいるのと同義である。
「ま、自業自得ってことで。運が良ければ生きてるでしょ」
パンドラはこの時点で窮鼠の生存を諦めた。お付のタナカはどうか分からないが、穴に落とした張本人である窮鼠は確実にメイビスの怒りを買っている。ならば最早死んだと同義、生きていればそれは奇跡か神の気まぐれのどちらかというレベルの事態である。
いつの間にか上から伸し掛る恐怖も無くなり、パンドラの身も軽くなる。恐らく窮鼠を殺したか、特別に許したかのどちらかの形で決着がついたのだろう。後者の可能性は低いが。
ここでパンドラは思案する。このままここでメイビスが来るのを待つか、ここから出てメイビスのところに向かうか。はっきり言ってどちらでも変わらないのだが、ここから出れば待っているよりも早くメイビスに再会できるだろう。しかし、窮鼠が生きていた場合このまま試験が行われるだろう。
パンドラは考え、考え抜いた結果、
「メイビス様来るまで待ってよっと」
待つことを選択した。特にこれと言った理由がある訳でも無いのだが、強いて言うならパンドラ自身、試験というものに心踊らせていた。それが一番最もらしい理由だろう。
それから暫く、パンドラはシルクハットを弄びながらメイビスが到着するのを待っていた。暫く、とは言ったものの実際はそこまで待っていない。精々十分か十五分程だろう。そこまで待ってやって来たのはメイビスでは無く、副大将のタナカだ。
「やっほー、ちゃんと生きてるんだね」
「ふぉほほ、死にそうな思いはしましたが、このタナカ、こんなところで死ぬ程老いぼれてはおりませんぞ」
「アハハ、その様子だと窮鼠くんも無事かな。メイビス様が寛容で良かったね。でなきゃ、今頃この地下ごと君達は潰されてたぜ?」
「おやおや、本当にできてしまいそうだから怖いですなぁ。うん、怖い。久々に感じましたぞ、死に瀕する恐怖など。最早味わう事など無いと思っておりましたが、幸か不幸か……まったく、人生とは分からんものですなぁ」
「で、何しにきたんだい?もしかして君が試験の相手かな?ふふん、これなら一発KOで勝てちゃうぜ」
「ふぉほほ、残念ながら私めではありませんぞ。私めは唯の司会進行役。さしあたってパンドラ様に試験の説明に参りました」
そう言うとタナカは試験内容とその要点をパンドラに伝えた。試験内容を噛み砕いて簡潔に纏めると、『何でも有りの一対一の殺し合い』と言ったところだろうか。相手は来てからのお楽しみらしい。普通なら是が非でも相手の情報が欲しいものだが、パンドラにそれは当てはまらず、むしろ見せ方を分かっているな、と上機嫌だった。
「では、私めはこれで。準備もありますのでな」
「うん、ありがとねー」
準備の為に去って行くタナカに手を振り送り出したその直ぐ後、目当ての人物が硝子張りの部屋に現れた。
「あ、メイビス様だ。おーい!」
パンドラはメイビスの姿を確認すると共に手を振って此方の存在を報せている。その姿は主人に尻尾を振る犬のようで硝子越しにいるメイビスも手を振り返す。
タナカが生きていた時点で判明していたことだが、隣に窮鼠も来ていた。メイビスからの殺意を浴びた直後だというのに意外にも平気そうだ。
すると、突然鉄格子のような扉が開いた。中から出て来たのは形の悪い大男。明らかに何らかの人体改造を施され、それが失敗なのだと予想が着いた。
これが試験相手なのだと理解した瞬間、パンドラは無邪気な笑みを浮かべ、目の前の人間を興味深く観察し始める。
「へー、人間をここまで改造にするなんて、窮鼠くんも容赦無いなー」
パンドラは暫く目の前の人間を見つめるが、喉が潰されており、会話ができそうに無いと知ると興味を無くしたように踵を返した。
「つまんなーい。声が出ないんじゃ会話もままならないじゃないか。チェンジとかできないのコレ?」
そうぼやくパンドラの後ろにもう片方の腕と釣り合っていない太い巨腕が迫っている。背を向けているパンドラに気付く方法は無く、そのまま巨腕が振り下ろされパンドラは勢い良く地面に叩き付けられる───
───ことは無かった。
「あ、そーだ。会話ができないならさ」
聞こえてくるのは頭の上から。パンドラは大男の頭の上に立ち、悪戯っ子のように不敵に笑っている。
先程までパンドラがいた場所には大穴が空いている。
「遊ぼーよ」
その言葉を皮切りに、パンドラは大男の体を蹴り飛ばした。大男はその巨体が嘘のように飛んで行き、壁に激突し瓦礫に埋もれた。
「おいおい、その巨体はお飾りかい?もっとどっしり構えてなきゃ駄目じゃないか」
「……ヴ………、ヴォオオオオオオオオオ!!」
パンドラの駄目出しが聞こえているかどうかも怪しい大男だが、それを言い終えた瞬間大男は瓦礫の中から飛び出し、声にもならぬ咆哮をあげパンドラに向かって来た。
「鬼さん此方、手の鳴るほーうへ」
当のパンドラは煽りながら大男が突撃してくるのを手を叩きながら楽しそうに眺めている。
そして、大男がパンドラ目掛けて拳を振るった。パンドラは一歩も動かず、拳が眼前に迫るのを俯瞰している。今度こそ当たる、誰もがそう思うような一撃が決まった。
が、その一撃は何かにぶつかり停止した。
《空箱》
そこにあるのは箱だ。何の変哲もないただの透明な箱。だと言うのに、その何倍もある巨腕からの攻撃を防いでいる。
「ヴォ?」
「かーごめかごめ籠の中のとーりーはーいーつーいーつーでーやーる、っと」
《小鳥箱》
「ヴォオオ!?」
小さな白い箱が複数現れ、一斉に大男に向かって飛んで行く。箱は大男にめり込み、その勢いに大男はまた吹き飛ばされる。
「アハハ!良く弾むねェ!」
大男はまた壁にめり込み、小鳥箱は霧散する。余りにも圧倒的な攻防に観戦している窮鼠も息を呑む。
パンドラは遊びを楽しんでおり、大男がめり込んだ壁から出てくるのを今か今かと待ち侘びている。
すると、壁にめり込んでいた大男の体が壁から外れ、再度立ち上がり、今までとは比べ物にならない咆哮をあげた。
「ヴォオオオオオオオオオン!!!」
「おー、怒ってるねー」
大男はその場にあった瓦礫を握るとパンドラに向けて投げ付けた。
「コラコラ、ポイ捨ては駄目だぜ」
《九頭篭》
それに対抗しパンドラも自身の前に箱を一つ展開し、その箱から九つの龍の頭び出し、瓦礫を噛み砕く。そしてそのまま大男に向かって直進し、その体に喰らいついた。
また叫びを上げるのかと思えば、大男は喰らいついた龍の首を掴んで人間とは思えぬ膂力で引きちぎり、パンドラ向けて一直線に走り抜ける。
先程のように殴るのかと警戒するパンドラだが、大男は殴っても防がれることを理解し、その大きな両腕を広げ、パンドラに抱き着いた。
呆気に取られるパンドラを他所に大男はパンドラを思い切り締め上げる。打撃が効かないのならこのまま抱き締めて骨を折れば良いと考えた大男はその両腕に更に力を入れる。
「ぐわああああああ!!」
パンドラの悲鳴が円柱状の室内に響き渡る。攻撃が効いていると確認できた大男は力を一切緩めることなく寧ろ先程までより更に力を込め締め上げを続行する。
「うわああああ。モウダメダー。シンジャウー」
だがしかし、声が大男の腕の中からではなく、その横から聞こえて来た時点で異変に気付いた。大男の横には手を口元に添え、何やらわざとらしく苦悶の声を表現しているパンドラが佇んでいる。
ならばこの腕の中にいる男は一体何なのか。そこまで考えたところで腕の中のパンドラの姿をしたものが元の姿に戻った。
《騙し箱》
それはパンドラの形をした箱だ。身代わり。大男がそう気付いたが、時すでに遅し。大男はそのがら空きの顎を蹴り上げられ仰向けに転がった。
パンドラは蹴り上げの体勢から既に体勢を直し、倒れた大男の真ん前に立っている。
「もうおしまい?僕としては全然遊び足りないんだけど」
パンドラが話し掛けてもピクリとも動かない。顎は人体の急所の一つ。今は脳が揺れて脳震盪でも起こしているのだろう。
しかし、そんなことをパンドラが知る由もなく、大男はもう動かないと判断した。
「んー、なら仕方ないね。残念だけど、殺しちゃおう」
すると突然、大男が目を見開き、飛び上がった。そして、起き上がると同時に油断しているパンドラの体にその巨腕を叩き付けた。
吹き飛ばされ、壁に激突しそうになるパンドラだったが、途中で体勢を立て直し着地する。
大男の急な復活に驚くパンドラだが、先程までよりも気迫が違っていた。彼は今追い詰められているのだ。自身を殺害するという発言を聞いて、殺されることを恐れ、火事場の馬鹿力を引き出した。今の大男は息が荒く、目が充血し、パンドラを睨んでいる。
そんな状態の大男に睨まれているパンドラだが、此方は三日月のような笑みを浮かべ、この状況を楽しんでいる。
「アハ、もうちょっと遊べそうだ」
《小鳥箱》
もう一度小鳥箱を展開し、大男に向けて放つが、大男は雄叫びを上げながら小鳥箱を殴り壊していく。そしてそのまま進撃し、パンドラの目の前までやって来る。そして、膨れ上がった右腕に全ての力を込め殴り付ける。
《空箱》
また空箱で防御をするパンドラだが、暫く拮抗すると、ピシピシという音を立て、箱が壊れた。驚愕するパンドラをそのまま勢い良く拳が殴り飛ばす。しかし、実力の違いからパンドラにはそこまでダメージは入っていない。それでも勢いは殺せず、そのまま吹き飛ばされる。
中空で身を捩り着地したパンドラは、その顔を輝かせ、心底嬉しそうに笑った。
「アハハハ!威力を最低限に抑えているとはいえ、小鳥箱と空箱を壊すなんて凄いね君!なんて豪快な人間だ!」
パンドラは笑う。狂ったように笑い続け、不気味な笑顔で相手を見つめる。
「でもごめんね。君もう飽きちゃった」
そう言うとパンドラは今までとは違った箱を展開した。その箱は赤いリボンでラッピングされており、まるでプレゼントのような装いだ。
大男は無策にも隙だらけのパンドラに突進して、そのまままた吹き飛ばすつもりでいる。だが、それはこの状況では余りに悪手だった。
「さぁ、悪魔からの贈り物だよ」
《悪魔の悪戯箱》
リボンが解かれ、箱から解き放たれた幾本もの魑魅魍魎の腕が大男の体の至る所を貫いた。大男の体から無数の腕が生え、大男の臓腑を掴み、強奪して行く。
腕をもぎ取られ、足を引きちぎられ、目玉をくり抜かれ、舌を抜かれ、心臓を持って行かれた。それはまるで悪魔が人間の体を奪って行くような光景だった。
そして、全ての腕が箱に帰り、大男はその場に沈んだ。最早息はなく、完全に絶命した状態だ。
大男が倒れると同時に試験終了の合図が会場に響いた。
「贈り物は気に入ってくれたかな?」
会場にはただ一人、狂った道化師が佇んでいた。
《空箱》
パンドラの固有スキル。防御用の透明な箱を展開する。強度は調整可能。
《小鳥箱》
パンドラの固有スキル。小鳥のような水色の小さな箱を無数に展開し、飛ばして攻撃する。威力は調整可能。
《九頭篭》
パンドラの固有スキル。緑色の九つの子龍を箱から飛び出させ、噛み付いたりして攻撃する。威力は弱い。
《騙し箱》
パンドラの固有スキル。箱に触れた生物の姿形をコピーし、箱の形に反映させ、人形と化す。囮や身代わりに使える。
《悪魔の悪戯箱》
パンドラの固有スキル。白い箱に赤いリボンでラッピングされている箱から大量の悪魔や魑魅魍魎の腕が飛び出し、対象の体を奪って行く。威力は高い。




