第31曲 陰の鼠は死神を知る
「いやー結構時間かかったな。今日何日だ?」
『3月24日 10日以上オーバー』
「( ゜д゜)」
遅れてごめんなさい。
「お疲れ様でーす」
何とも軽い調子で労う窮鼠にメイビスは若干の殺意を覚えたが、とりあえず心の奥底へ封じ込めた。後ろに控えているタナカは申し訳なさそうに頭を下げており、謝罪の気持ちが見える分、窮鼠よりも礼儀正しい対応だった。
「単刀直入に聞くが、あれは貴様の指図だろう」
「はてさて?何のことやら……」
「そうか、残念だ。この世からまた一つ尊き命が失われることになろうとは……」
「はいはい、僕のせいですよ僕がけしかけましたよ。色々と謝礼はしますから。だから頭を鷲掴みにして持ち上げるのを止めましょう。これ絶妙に痛いです」
メイビスは渋々といった様子で掴んでいた手を離し、窮鼠を解放した。謝礼をするというから許したものの、もし無償でと言われていれば今頃ここは殺鼠剤で満ちていたことだろう。
「やれやれ、面接で見せたあの生真面目な態度は何処へやら……」
「演技に決まっているだろう。騙された貴様が悪い。猛省するが良い愚か者」
「ワァ、手が捻れるほどの手のひら返し」
暫くじゃれ合っていた二人だが、悪巫山戯はこのくらいにしておこうとメイビスは気になる昇級試験の結果を尋ねた。
「それで、結果はどうだ?」
「それはもう文句無しの百点満点合格ですよ」
「そうか、殺さずに手加減した甲斐があったな。それで、私を試験官として利用した結果はどうだ?」
「ありゃりゃ、バレてましたか」
「当然だ」
メイビスの軽い糾弾に窮鼠は驚く様子も無く、バツが悪そうに苦笑いを浮かべた。そこでメイビスは追い打ちをするように、先程《読心》のスキルを使って盗み見た窮鼠の思惑を突き付けた。
「私が研修生全員を殺してしまえば各地でスカウトしてまで連れて来た奴らが無駄になる。故に貴様は魔法を禁止し殺傷能力の低い武器で戦うように指示したのだろう。そして、私の実力を見ると共に戦力になりそうな者や才能ある者を探した。つまり、私を試験官として利用し、研修生の力を測った。どうだ、何か間違いはあるか?」
そう、考えてみれば可笑しな点は幾つもあった。研修生同士で殺し合いをさせているにも関わらず、標的には彼らが死なないように配慮した条件を提示し、逆に研修生側には標的を殺すように差し向けていた。
これにより、使えそうな研修生を測り、さらには標的の実力も測れる。まさに一石二鳥という訳だ。
メイビスのぐぅのねも出ないほど適格な説明に、窮鼠は特に堪える様子も無く、いつも通りの笑顔を浮かべながら佇んでいた。
「いえいえ、まったくもってその通りです。結果としては成功で何人かめぼしい人材を発見できましたよ。それにメイビスさんも魔法抜きで五百人を相手にたった十分間であの戦いぶりとは恐れ入りました。いやはや、流石は期待の新人といったとこでしょうか。僕も嬉しい限りですよ」
「世辞はよせ。この程度できて当然なのだ。そう驚くことでもあるまい」
と、口では悪態をつきながらもメイビスは窮鼠の言葉に機嫌を良くし、もっと褒め称えて欲しい衝動に駆られている。この男、ラスボス系悪役なメイビス・クライハートとして振る舞っているつもりだが、あくまで中身はただの中年男性なのだ。ちょっとしたことで喜ぶし、凹みもする。
「まあまあ、折角試験も合格したんですし喜びましょうよ。もっと子供のように狂喜乱舞しても良いんですよ?」
「子供は貴様だろう。それに身長百九十越えの男が狂喜乱舞するのを見たいか?」
「気持ち悪いから嫌です」
「こやつぅ」
二人の会話が途切れ、何処と無く気まずさを感じ、何か話題を模索していると、聞き慣れた声が聞こえて来た。
「ヒャッハー!メイビス様ァァァ!」
パンドラが両手を広げ発射されたミサイルの如き勢いで飛びついて来た。常人ならば吹き飛ばされ壁にめり込むどころか確実に二つほど突き破りそうな威力だが、そこはメイビス、足に力を入れることで蹌踉ける程度に抑えた。
「お疲れ様だぜヒャッハー!流石メイビス様超カッコ良かったぜヒャッハァァァァァ!!」
「フハハハハ、ありがとうパンドラ。その口癖は蛮族の悪習だから忘れるように」
観戦していたパンドラにも聞こえていたであろうモヒカンの口癖が確実に移っていた。
これは早急な軌道修正が必要なようだ。可愛いうちの子をあんな世紀末スタイルに染めさせはしない。モヒカンダメゼッタイ。ちなみに、ヒャッハーを連呼するパンドラの背後に梨の妖精が見えたので梨汁を噴射する前に千葉県船橋市にお帰り願った。
「……」
パンドラと戯れている最中、窮鼠は静かにパンドラを視線で追っていた。それは極自然に、まるで気配を消したかのようなほど違和感無く発せられていたが、それに気付かないメイビスではない。しかし、彼は何もしなかった。窮鼠がパンドラを視ていることを分かった上で、放置していたのだ。メイビスは製作者として眷属達のことは一から十まで理解しているつもりだ。故に、パンドラが窮鼠に対して何かしらの行動を起こしていても不思議ではないと考え、それが窮鼠に警戒心を抱かせるには十分なことをしたのだろうと把握したのだ。
窮鼠の態度に何を言うでも無く、メイビスは次に行うであろうことを彼に尋ねた。
「さて、これで私の昇級が決まった訳だが、そもそもこの組織の階級が分からないのだが」
メイビスの疑問に対し、窮鼠は思い出したかのような表情を浮かべ、手をぽんと叩いた。
「そういえば教えてませんでした」
「まったく、報告連絡相談は組織に務める者としての常識だ。組織の長がそれでは先が思いやられる」
「あはは、すいません」
窮鼠は笑いながら頭を掻き、自らの失態を認めた。次からはそうします。という言葉を付け加え、【溝鼠】の階級制度について説明を始めた。
「階級説明の前に、この組織は四つの部署を元に成り立っています。『開発組』『物流組』『営業組』『総務組』の四つです」
「ふむ」
「『開発組』は主に武器、魔道具、薬品などの開発及び製造です。ここではありとあらゆるものを研究、開発、製造しています。魔獣の飼育もその一環ですね。
『物流組』の仕事は開発した品々の取引、運送から組織の資源調達など交易関係のことは手広くやっています。
『営業組』の仕事は最重要と言っても良いでしょう。先程言った暗殺だけでなく、用心棒や運送物の護衛などの力仕事が主な仕事内容です。
『総務組』は僕とタナカ、総大将と副大将のみの部署です。組織の人事や経理、情報の管理などの仕事が殆どですが、本来の役割は、他の人間では決められない重要案件を決めるのが僕達です」
「となると私は営業組か」
「はい、そうなります」
「ここで漸く本題に移りますが、営業組は他の部署よりも階級が重要な役割を果たしています。
一番下の階級が『雑兵』。これは入りたての新人がそうですね。この位ではまだ任務には行かせられず、雑用が主な仕事ですね。
その一つ上が『足軽』。この位になって漸く最低難易度の依頼がこなせます。しかし、実力的にはまだまだなので運送の護衛などの安全な任務ばかりです。
その上が『足軽大将』。この位になると中難易度の依頼がこなせます。用心棒や運送の護衛をすることが可能です。
その更に上が『侍大将』。ここで漸く暗殺が可能になります。大体の任務はこなせますが暗殺と用心棒が主な仕事で、選ばれた人間にしか出来ません。とは言っても組織で最も多い仕事なのですからそれなりに人数はいます。
そして、営業部においての最高権力であり、最高戦力が『大将』です。受け持つのは暗殺、それも王国貴族や王族といった権力者達の暗殺です。もちろん、用心棒や運送の護衛といった任務も出来ますが、余程重要な時でなければ動かしません。そう易々と幹部が動くのも良くありませんしね」
メイビスは窮鼠の説明を聞き、この組織の運営形式を理解し、階級による任務の難易度の差についても把握した。それは良いのだが、肝心の自身の階級が分かっていない。故にメイビスはその答えを直接窮鼠に尋ねた。
「なるほど、理解した。それで結局私の階級はどれだ」
「メイビスさんの階級は今回の昇級試験で『侍大将』まで上がりましたね」
「まぁ、その辺りが妥当であろう」
窮鼠の評価に不満も無く、寧ろ正確な評価に納得していた。メイビスの中で五百人抜きは『侍大将』以上、『大将』以下の成果であり、過大評価でも過小評価でもない的を得た評価にメイビスも満足しており、改めて窮鼠の人を見る目の正確さに感心した。
これでメイビスは昇級試験の全行程を終え、見事『侍大将』の役職まで出世した。
メイビスの試験が一段落つくと、窮鼠は仕切り直すように両手を叩き合わせ、乾いた音を会場に響かせた。
「さて、メイビスさんの試験はこれでお終いですが、受けるべき方がもう一人残っていますね」
メイビスはその言葉だけで何が言いたいのか理解し、無意識の内に眉間に皺を寄せ、険しい表情になる。窮鼠はそんなメイビスに目もくれず、パンドラの方に向き直った。
「お次は貴方の番ですよ。パンドラさん」
「ん、りょーかい。で、僕は何をすれば良いのかな?ザッコいモブの皆様は我らがメイビス様無双に呆気なくやられちゃったから同じ内容のは出来ないよね?」
パンドラの疑問も最もなもので、先程の昇級試験に参加した者達はメイビスを除き全員が戦意喪失、戦闘不能の最中だ。これだけの人数はそういないだろうし、同じ内容の試験は不可能だ。
「ええ。パンドラさんが受けていただくのは別の内容のものです」
そう言うと窮鼠はタナカに指示を出し、会場の端にある壁の一箇所を押させた。すると、ガシャンという機械的な音が響き、パンドラの足場のみが消えた。
「アッラー!?」
間抜けな悲鳴と共にパンドラは四角い穴に吸い込まれるように落ちていった。メイビスは突然落ちていったパンドラに驚愕するも、冷静に状況を判断し、何が起きたのかを即座に理解した。
「さて、パンドラさんですが」
先程までの緩い空気のまま、窮鼠は変わらず口を開いた。しかし、そこまで言って窮鼠の首にそっと人差し指が添えられた。とうの窮鼠は何ともなしにメイビスに視線を向け、後悔した。それが視線を向けたことへの後悔なのか、先程の行動への後悔なのかは今となっては分からない。窮鼠が視線を向けたその先には、不穏な空気を纏ったメイビスが瞬きすらせず、その濁った目でじっと窮鼠の目を凝視していたのだ。先程までの緩い空気とは一転、張り詰めた空気がこの場を支配していた。
「窮鼠よ、私は今この指をほんの少しだけ動かすだけで貴様の命を奪える。その上で答えろ。パンドラは無事なのだろうな?」
メイビスの態度は冷静で、表情も差程変化していないが、そのオーラはそうではない。
それは鬼気迫るものでも無ければ、悲嘆に暮れるものでも無い。
死。
ただ一つの避けられない圧倒的な死が窮鼠に向けられていた。身動き一つさえ許されない。パンドラのオーラも恐ろしいものだったが、これは格が違う。もし今この場で彼が望むこと以外を行えば自分は死ぬのだと窮鼠は何をするでもなく理解した。もし常人がこれに晒されれば、失禁では済まず、あまりの重圧に心肺が停止してしまうことだろう。
だが、少し違和感を覚えた。それが何なのかは分からない。恐らく直感的に感じた何か。そうであることは理解出来たがその違和感の正体は終ぞ窮鼠には分からなかった。だからといってこの死の気配が変わる訳でも無く、未だに身体は死を覚悟していた。しかし、窮鼠もただの常人ではない。この齢で組織の長を務めるだけの実力も気力もある。故に耐えた。耐えてみせた。
「………………はい」
尋常ではない震えと冷や汗をかきながら、何とか言葉を絞り出した。これが窮鼠に発せる言葉の限界だった。これ以上は口が動かず、身体も動かない。ただ相手の目を見るので限界だった。だが、これだけでも奇跡とも呼べる程の偉業だ。死神の放つオーラに耐え、発言する。これを生物が成し遂げたという時点で有り得ないことだということを窮鼠は知らない。
窮鼠の言葉にメイビスはオーラを消し、指を離した。
「そうか、ならば良い」
その言葉を聞くと、全身から力が抜け、窮鼠は膝から崩れ落ちた。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ」
止まっていた呼吸が再開し、肺が猛烈に空気を求めている。今更になって息をしていなかったことに気付いた。額から垂れた汗が床を濡らし、心臓が激しく動悸する。身体が生きていることに歓喜している。そう思える程の出来事だった。
暫く息を整えていると、気持ちも落ち着き、周りの状況が確認出来るまでに回復した。メイビスは目の前に立っているままだが、離れていたはずのタナカまで壁に手をつきへたり込んでいた。
額に浮かぶ汗も引かぬまま、覚束無い足取りで窮鼠は立ち上がった。
「ふっ…ふふ……強者とは分かっていましたが、これはちょっと予想外です。貴方、どれだけの経験をすればこんなもの背負えるんですか?」
「さぁな、私はそう在るべくしてそう有るのみだ」
メイビスはぶっきらぼうに返すと、踵を返し、タナカの方向へ歩いて行った。タナカも既にある程度回復しており、立ち上がり向かって来るメイビスを見つめていた。メイビスはタナカの目の前まで来ると立ち止まり、彼を問い質した。
「パンドラの元へ向かう。行き方を教えろ」
「……はい」
了承すると共に、タナカは先程押した場所のすぐ隣の位置を押すと、また機械的な音が響き、更に地下へ行く為の階段が現れた。それを確認するとメイビスは階段の前に立ち、窮鼠の方を向いた。
「おい、早くしろ。置いて行くぞ」
メイビスの言葉にはっとした窮鼠は急ぎ足でメイビスの元まで向かった。三人揃ったことを確認するとメイビスは「案内しろ」と二人を先に行かせ、その後ろを付いていった。窮鼠はタナカと共にメイビスをパンドラの元まで案内して行った。結局、自身が覚えた違和感の正体も分からずに。
《階級制度》
【溝鼠】の階級制度。上下関係は結構厳しい。内容は本文にて。
《死にかけた鼠》
パンドラを試験会場までダイレクトに送ったら怒られた窮鼠くん。パンドラにトラウマを植え付けられた直後、それ以上のトラウマを植え付けられた。
次回、パンドラが無双(予定)




