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ずっと共に

維心は、とても王としての責務をこなすことは出来なかった。

霧の大量発生による世の乱れを正して、指示を出していたのは、将維であった。将維も母を亡くし、つらく悲しい気持ちではあったが、責務に追われている方が気が紛れて良いと思っていた。

しかし、父は違った。

その悲しみはとても深く、維心の居間には黄泉への門がずっと開き、そこへ向かって、昔炎嘉を呼んだ時のように、ずっと呼び続けていた。

それでも答えのない門の前に、維心は夜も昼も無く座り続けた。

共に逝くと、約した。きっと、迎えに来てくれるはずなのだ。自分だけを、置いて逝って平気なはずはないー。

維心は、そう言って、ずっと門を開いたまま、その前に座り続けていた。

将維も、そんな父を止めることはしなかった。あれほどに愛していた妃を亡くし、正気で居ろと言う方がおかしいと思っていたからだ。なので、政務は一手に引き受け、父の好きなようにさせていた。


その日も、父はじっと門の前に座っていた。

あの消滅から、もう一か月が経とうとしていた。維月の葬儀はとうに済んでいたが、維心が出席することはなかった。将維は、いつものように、休む前の挨拶に父を見舞った。

「父上。」父からの返事はない。「我はもう、休みまする。」

父は、ゆっくりとこちらを向いた。ここのところ、呼びかけても反応があった試しはなかったのに。将維は、いくらが気持ちが落ち着いて来たのかとホッとした。

父は、言った。

「…将維。」じっと将維を見ている。「責務は重いかも知れぬが、やって出来ぬことなど何もない。主は我の子。維月の力も少し継いでおる…蒼と合わせれば、月が居らぬとも地を平和に保てよう。主は独りではないのだ。精進するのだぞ。」

将維は驚いた。最近の父から、このような事が聞けた試しはなかったのに。将維は頭を下げた。

「はい。さらに精進して、父上のように地を平穏に保てるように致しまする。」

維心は微かに微笑んで頷くと、また門の方を見た。将維は、維心が常の頃のように戻って来たことを喜び、部屋へと下がって行った。


月の光が居間に差し込む。

灯りは、付けていなかった。それでも、門から溢れる光と、月の光で居間は充分に明るかった。

維心は、月を見上げた。この1800年、何度あれを見上げただろう。そしてこの80年、あれとどれほど深く関わって来ただろう…。

維心は、ついうとうととした。ここ最近眠るということがなかった…。

《維心様。》

維心は、自分を呼ぶ声に目を覚ました。誰か来たのか。

《維心様…》

維心は、門を振り返った。そこには、十六夜と維月が、並んで立っていた。

「維月!…十六夜。」

十六夜はフンと鼻を鳴らした。

《お前が呼びまくるから、こっちじゃ大変だったんでぇ。いくらオレでも、こっち来ていきなりここへ来る方法を知ってるはずはなかろうが。お前の親父に聞いて、出来るようになるまで一月掛かった。維月ははなっから無理だとオレ任せで、横で有と茶飲んでるだけだしよ。》

維月は頬を膨らませた。

《気の量が全然違うから、無理だって張維様に言われたからでしょう?》と維心を見た。《でも…お待たせしてしまいましたわ。》

維心は、涙を流して頷いた。そうか、我は、やっと逝けるのか。

「待っておったぞ。会いたかった…やっと主と共に。」

維心は立ち上がって、門へと手を伸ばした。手の先が門を通る。これまでは、いくらやっても自分は指先すら門の中へ入れることはなかったのに。

ふと、維心は維月の左手を見た。そこには、結婚指輪が光っている。維心は微笑んだ。

「…おおそうよ。我も、これは持って行こうぞ。」と、自分の左手に触れた。「維月…。」

維心は、門の中へ踏み込んだ。そこは、ほんのりと暖かく、そして包み込むような優しい気が満ちた場所だった。

《維月…!》

維心は、力を込めて維月を抱き締めた。維月も維心を抱き締め、頬に頬を摺り寄せた。

《もう、離れることはありませぬわ。共に参りましょう…あちらはとても居心地がよろしいのです。維明様も…きっと来られると思いまするし。》

維心は頷いて、十六夜を見た。

《ほんに主とも縁が切れぬのう。ま、仕方がないがな。驚いたことに、主に会えて嬉しいと思うておるわ…我も変わったものよ。》

十六夜は笑った。

《ははは、オレにまで惚れたのか?まあいい。向こうでは、半分こだからな、維心。屋敷もある。お前は話したいヤツがいっぱい居るんじゃねぇか?義明も待ってたぞ。》

維心はハッとしたような顔をした。自分を育て、守って支えてくれた、あの当時の筆頭軍神…。

《そうか。》維心は頷いた。《維月を紹介せねばならぬ。我は、幸福になったのだとな。》

十六夜は呆れたように横を向いた。

《やってらんねぇな、全くよ。》

三人は笑い合いながら、門の奥へと消えて行った。

そして、その門は消失した。


侍女の、悲鳴のような声が響き渡った。

「将維様!!王が!王が…!!」

臣下達や軍神達も維心の居間へと走った。洪が、先に到着して父の前で膝を付いている。将維に気付くと、涙の中から途切れ途切れに、洪は言った。

「将維様…王は、最早こちらには居られませぬ…。」

将維は驚いて、椅子に深く腰掛け、背もたれにもたれ掛って、穏やかに眠る様に動かない父に駆け寄った。

「父上!父上…」

ふと、将維は、左手の指輪がないことに気が付いた。逝かれたのか。あの指輪を手に、母上の所へ…。

「父上…母上に、お会いなされたのか。」

洪は、ただ泣いていた。そして軍神達も涙を流す中、義心が、将維に膝を付いて言った。

「王。」将維はびくっとして振り返った。「…ご指示を。」

臣下達も次々と頭を下げる。将維は、姿勢を正した。

「葬儀の準備を。近隣に知らせを。それから、西の屋敷の大叔父上も恐らくは逝ってしまわれたであろうから、そちらも訪ねよ。」

「は!」

将維は、父の顔を見つめた。これからは、我が龍族と地の平和を守って行かねばならぬ。父上が己を捨てて作り上げたこの太平の世を、母と十六夜が命を捨てて守った世を。

「父上…我は約したことは違えませぬ。」

将維は、父に誓った。父にそっくりな、その姿で。


それから20年の歳月は流れ、月の宮では元気な産声が響き渡った。

「おお…やはりの。この姿であるのだな。」

碧黎は微笑んだ。陽蘭は言った。

「今度こそ、我は母になるのだ。碧黎、育てても良いであろう?」

碧黎は頷いた。

「もちろんよ。ここで育てさせてもらうと良い。我も、此度は真にこれらと親子の絆というものを形作って行きたい…もちろん、一度月にはせねば、月が無人ではいかんと成した子らであるのだからな。」

陽蘭は、双子の赤子を抱いて微笑んだ。

「それはわかっている。」と二人に頬を摺り寄せた。「何と愛らしい。」

蒼は、そっと覗きに来て、その赤子を見た。そして、息を飲んだ…これは…。

「碧黎様、もしかして…。」

碧黎は微笑んでいる。蒼はその赤子を抱いた。一人は青銀の髪、一人は黒髪の、男女の赤子だった。

「我らの子は、これらしか考えられぬからの。しかし、まっさらぞ。これから何もかも教えて行かねばならぬわ。」

青銀の髪の子があくびをして目を開けた。その目は、金茶の瞳で、じっと蒼を見つめている。蒼は、思わず涙を流した。

「十六夜…。」

碧黎と陽蘭は目を合わせた。そして、碧黎が言った。

「おお、そうよの。名は、こっちが十六夜、こっちが維月としよう。よろしく頼むぞ、蒼よ。」

蒼は泣きながら頷き、二人を抱き締めた。

その頃龍の宮でも、産声が上がっているとは、その時には知らなかった。



長い間、お付き合いありがとうございました。次からは、将維が王になり、蒼がもっと立派に王らしくなってからの「続・迷ったら月に聞け」になります。いきなり数百年すっ飛ばして始まる、続・迷ったら月に聞け1~転生http://ncode.syosetu.com/n7824bo/を、明日からよろしくお願い致します。3/29

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