別れの時
「見よ。」深は言った。「あれが神世最大の宮だ。今のオレには、何でもないものであるが。」
維月は赤い目のまま、ただ黙って浮いていた。月の気配を感じる…維月の記憶から、ここは龍王維心の統べる宮だと知った。そして、その友人であるのが、陽の月と呼ばれる、十六夜であるのだと。
今、あの中には数多くの力を感じる…強い力が、一同に集まって、オレを滅しようとしているのか。
深は維月を見た。もう引き返せぬ。この力は強くはなるが、弱めることは出来ない。ここまで解放してしまった力を押さえることは、もう自分自身でも無理であった。
「維月…」深は維月に寄り沿った。「共に行こう。お前が居れば、オレはそれでいいのだ。我らを拒む者が居ない場所を作ろうぞ。」
深は力を込めた。深から流れ出た力が、維月を通して激しく放出される。力は回りを巻き込み、木々をなぎ倒し、辺り一帯の黒い霧を巻き上げて龍の宮を巻き込むように激しく攻撃した。
維心の居間では、衝撃を感じて、皆身を強張らせた。先程到着した碧黎と陽蘭が、窓辺に寄って空を見上げる。
「ああ!」陽蘭が声を上げた。「我が子達が戦うなど…!」
碧黎が陽蘭の肩を抱いた。
「…あれは、我の力の及ばぬ所。浄化のためにあれらを作ったのだ…あれらに任せるよりない。闇は我の立ち入る領域ではない。月にしか、解決できぬことなのだ。」
蒼が庭で必死の表情で力を集中させていた。地上を、闇の攻撃から守らねばならぬ。蒼の力は思った通り十六夜にも匹敵し、闇からの最初の攻撃は受け止めた。それでも、宮への攻撃の衝撃からは完全には守り切ることが出来なかった…間違いなく、闇の力は維月を取り込み、強大なものとなっている。
十六夜が上空に見える。十六夜は闇と睨み合い、そこに浮いていた。
十六夜は言った。
「…引き返せねぇんだな、深。」
深は驚いた顔をした。
「なぜに、オレの名を知っている?」
十六夜は口元を歪めた。
「維月とオレは、繋がってるんだ。オレはこいつを通してものを見る事が出来る。お前の事は知ってるぞ。」と、手を構えた。「維月を返してもらう。そしてお前は、別のものに生まれ変われ!」
月が動いたように見えた。
十六夜は激しく力を放出して、至近距離で深を狙って光をぶつけた。深はふいをつかれて後ろへよろめく。下から見ていて、蒼にはそれがまともに闇に当たった気がしたが、光が収まると、闇はまだそこに無傷で浮いていた。
「…維月…。」
闇と十六夜の間には、維月が手を前に出して無表情に浮いていた。その手からは、まだ力の残照が青白くくすぶっている。やはり、どんなに大きな力も、陰の月の力は打ち消してしまう。
「お返しぞ!」
深は黒い力を十六夜に向けて放出した。その力は維月を抜けて十六夜にまともに当たり、十六夜は蒼の張る力の膜の上に落下した。
「十六夜!」
十六夜は首を振った。駄目だ…維月もろとも殺す気で掛からないと、やはり勝てない…。
第二波がやって来る。十六夜は飛び退いて宙へ浮いた。十六夜の居た場所には、大きな衝撃音と共に強い気弾が当たり、その衝撃は宮にまで伝わった。容赦ない攻撃…。消すつもりなのは、明白だった。
維月の意識が、先程から読めない。十六夜は、維月の意識とリンクさせようと何度も試みていた。だが、全く読み取れない。気の欠片すら感じ取れなかった。
十六夜は先程より大きな力で闇を狙った。しかし、維月が前に出てどうしてもそれを当てる事が出来ない。十六夜は、維月を避けようとするあまり、広域に向けた浄化の光を放出出来ないでいた。
十六夜は、再び気弾を受けて蒼の膜の上に落ちた。それを追って、深と維月が間近に降り、間髪いれずに第二波を降らせた。
十六夜は、咄嗟に力を放出した…その力が、維月を捉えて維月は吹き飛ばされた。深も、体を押さえて身を退いた。
「ぐ…!」
維月はまた何でもないようにそこに浮いていたが、闇は少し姿を揺らめかせた。浄化の光は有効だ…ただし、維月を通さなければならない。維月と深は、一つになっている。それは、十六夜が思っていたより強い繋がりだった。
十六夜が戸惑っていると、闇は再び気を放出した。
「お前など…敵ではないわ!」
維月を抜け、陰の月の力となって降り注いで来るその力は、蒼の張る守りの結界すら消耗させ、突き抜けた。十六夜は盾を力で作って防御し、まともに当たるのは防いだが、蒼の膜を突き破って庭へ落下した。
「十六夜!」
蒼は駆け寄った。十六夜の姿が揺らめいて戻る。この体はエネルギー体…見た目のダメージは無くても、気の消耗は激しい。蒼は一瞬にして膜を修復し、十六夜を保護した。
「オレも膜は一端捨てて一緒に攻撃しようか?」
駆け寄って来た維心が頷く。
「効果があるか分からぬが、我の力で結界を作ろうぞ。」
十六夜は首を振った。
「無理だ。どうやったって勝てねぇ…あいつは完全に維月を取り込んでやがる。維月を攻撃しなければ、あいつには毛ほども傷はつけられねぇだろうよ。さっきは咄嗟に力を放出したから、維月にも当たっちまった。そしたら闇が苦しんだ。闇の本体は維月だ…オレにはどうしようもない。」
そうしている間にも、蒼の膜には激しい気弾が降り注いでいた。蒼は限界を感じた…これ以上、持ちこたえられない!
「うおおお!」蒼は力を振り絞った。「膜がもうもたない!ここから離れろ!」
維心は十六夜を抱えて飛ぼうとした。十六夜は手を振り離した。
「…お前は中に入ってろ!」
十六夜は膜が破れる寸前に上へ飛び出した。闇は面食らって十六夜を目で追う。十六夜は維月に飛び付いた。
「維月!」
真っ赤な目の維月は、十六夜を振り払おうと手を上げた。十六夜は維月を抱き締め、向かって来るだろう陰の月の力に備え、自らも力を維月に向けた。
二人は、上空で激しく光輝いた。
「十六夜!母さん!」
蒼は叫んで目を凝らす。二人は至近距離で力を放出し合っていた。闇は必死に維月に向かって力を送っている。十六夜は力を緩めず、言った。
「…わかったよ、維月。」無表情に涙を流している維月を見て、十六夜は言った。「一緒に逝こう。」
十六夜は維月に口付けた。身の内に流れ込む陽の月の力に、維月は光を増し、姿が揺らいだ。十六夜も、同じように形を無くして行く。闇が身をよじって叫んだ。
「やめろ!」闇も姿が揺らいで形を無くして行く。「やめてくれ!オレは…オレと維月は…!」
維心がそれを見上げて、起こっている事態を悟って叫んだ。
「十六夜!」必死の形相だ。「やめよ!維月を連れて行かないでくれ!」
蒼は涙を流した。十六夜は、お互いの力でお互いを消そうとしている。しかし、それしか、方法は、無い。
「維心様…もうこれしかないのです。」蒼は言った。「十六夜も、だからそれを選んだのです。」
維心は愕然と、今や光の塊でしかない二人を見つめた。我を置いて逝くのか。
「我だけを置いて逝くのか!十六夜!維月!」
闇の絶叫が聞こえる。
十六夜は、遠くなる意識の中に、沈んだ。
広い、何もない白い空間に、十六夜は居た。
《十六夜》
聞きなれた声がする。振り返ると、そこには維月が微笑んで立っていた。
《維月…!》
十六夜は維月を抱き寄せた。維月は十六夜を抱き締めた。
《ありがとう。ずっと、早く消してと思っていたのよ…でも、一緒に来てくれるの?》
十六夜は頷いた。
《オレ達はずっと一緒だ。一緒に逝くよ。維心が…心配だがな。》
維月は悲しげに微笑んだ。
《大丈夫よ。十六夜…紹介したい相手がいるの。》と、維月は後ろを振り返った。《深よ。》
深は、戸惑った顔をしてる。十六夜は眉をしかめた。
《ああ。ほんとに引っ掻き回してくれてよ。だが、死んだら皆一緒でぇ。ま、一歩間違えりゃオレがそっちに生まれてたかもしれねぇしな。もう、いい。》
維月は笑った。
《そうね。私もそう思った…深は、誰も傷つけたくなかったのよ。でも、最後には結局ああなってしまった。寂しかったのよね…?私も、きっと同じように思ったと思う。》
深はまだ、戸惑いがちに言った。
《オレは、前の闇のように消滅するのではないのか?オレは…転生できるのか?》
維月は困ったように笑った。
《出来ると思うわよ?こうして、私達と一緒に来ることになったんだもの。あなたと繋がっていた時記憶を見たけど、あなたは誰も傷つけようと思っていなかったわ…持って生まれた力を、必死に抑えて制御しようとしていた。だから、前の闇とは違うんじゃないかしら。でも、前の闇だって、もしかしたらもう転生しているのかもしれない。命のことは、よくわからないけど…。》
向こうの方に、見慣れた門が開いたのが見える。十六夜がため息を付いた。
《なんでぇ、三人共同じ所へ行けってか。手間省きやがって。》
維月は微笑んだ。
《そんなこと言わないの。いい所みたいじゃない?》
十六夜は、維月の手を取った。
《さ、行くか。行ってからもいろいろやらなきゃならねぇことがあるだろう?忙しいぞ。だが、まず、有に会って来ようぜ。》
維月は笑って歩き出した。
《そうね。さ、深も行きましょう。》
三人は、思ってもいなかった明るい空間を歩き、門にたどり着くと、少し振り返り、そして、一緒に門へと入って行った。
…光の塊は、一層光が激しく光り、一つになったかと思うと、フッと何事もなかったかのように消滅した。それと共に、横に浮いていた霧のような闇も霧散し、そして、辺りは静寂が訪れた。
碧黎が、居間から出て来て月を見上げた。
「…逝ったか。二人とも。」
陽蘭が横で泣き崩れた。碧黎はそれを抱き寄せて、蒼を見た。
「今、月は主だけぞ。月の宮の結界は消滅しておる…急ぎ戻るが良い。残りの霧は、簡単に消せようぞ。頼んだぞ。」
蒼は、涙を流しながら頷いた。母さんも、十六夜も逝ったのか。闇を消滅させて、二人ともに…。蒼はサッと体勢を整え、夜空へ飛び立った。オレは王、今、唯一の月。やらねばならない。自分しか、居ないのだから…。
維心は、庭に座り込んだまま、何の気配も無くなった月を見上げた。維月は、逝った。十六夜と共に。我一人だけを残して…。
「…父上。」
将維が、涙を流しながら維心に呼びかけた。維心は将維を見た。
「母上は、我々に未来をと言っておられました。これで地上は存続する。十六夜と、母上のおかげです。」と、中へと維心を促した。「さあ、中へ。」
維心は襲って来る喪失感に我を忘れて泣き崩れた…我の生も終わった。あの二人が逝ってしまったのだ。共に逝くと約束した、自分だけを置いて…。




