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霧に包まれ

十六夜と蒼は、宮を閉鎖し、結界内には黒い霧の発生は全く見られなかった。

やはり、月の浄化の力は、闇にとって脅威であるようだ。それは、蒼もホッとしていた。

しかし、外は違った。

必死に消し続けているにも関わらず、黒い霧はおさまる気配がなく、それどころか増えているように思えた。やはり、闇がその力でもって、どこかで操作しているのは明らかだった。

蒼は居間で念じて浄化の光を降らせ続けていたが、目を開いた。

「…駄目だ。十六夜、きりがない。80年前のように闇自体を叩かないと、もっと増えて、もっと闇は力を持つようになってしまう…。」

月に居る、十六夜は言った。

《わかってる。だが、オレに闇の行方は追えてねぇのが現状だ。もう少し待ってくれ。》

蒼は苛々しながら、再び目を閉じた。涼が横で蒼に言う。

「イライラしても仕方ないでしょ?これ見よがしに闇だって感じで居てくれたら分かりやすいけど、今度のは気配を消した上に人型なんでしょう?私だってこうやって手伝ってるんだから、もう少し頑張りましょう。」

蒼はため息を付いた。

「わかってる。だが、こうしている間にも、闇のヤツが何か企んで動いてやがるかもと思ったら、気が気じゃなくてな。」

涼は、渋々同意した。

「それは私も同じよ。でも、今やれることをするしかないじゃない。さ、やりましょ。」

蒼は、また広域に念じて光りを降らせ、浄化を続けた。こんなことをしてて、大丈夫なのか…。


今日何度目かの、月の力の光が降り注ぐ。

これは蒼が降らせていると、維月は感じた。十六夜よりも、若い感じがするからだ。しかし、維心にはそこのところは見分けがつかないようだった。

「すっかり、この光に依存するようになってしもうたようだ。」維心は言った。「霧を軍神達が封じて回っていたものを、月の光が降りた時に一緒に浄化してもらう。皆が封じたものを外へ置いておくのは、そのためよ。」

維月はこんな時なのに少しおかしくなった。まるで人の世のゴミ出しのようだからだ。軍神達が集めて外へ出したゴミを、蒼が消す…。蒼はゴミ処理係のようだ。

「本当に…元から絶たねばならぬことは、皆わかっているというのに。闇は…。」

維月はふっとよぎった闇の気配に動きを止めた。近くに居る?いや…まさか…。

そう思っていると、その気配は現れた時と同じようにすぐに消えた。代わりに、十六夜の気配が背後にした。

「維月。」

維月は振り返った。十六夜が、手を差し伸べている。

「どうしたの?何か話?」

維月は言いながら、十六夜の手を取った。十六夜は頷いた。

「話さなきゃならねぇ。」と維心を見た。「維心、いいか?一時間ほどで戻る。」

維心は、こんな時に維月を傍から離したくはなかったが、自分と居るよりこの状況下では十六夜と居るほうがよっぽど安全なのに思い当たり、頷いた。

「頼む。無事に帰してくれよ。」

十六夜は頷いた。

「誰に言ってる?大丈夫だ。」

十六夜は維月を抱き上げて、龍の宮を飛び立った。


上空から見る地上は、まだらな黒い霧に覆われ、鬱蒼としていた。そして、そこへ蒼と涼が光を降らせるたびに、霧は霧散してなくなり、そしてまた、どこからともなく湧きあがって来るという感じだった。

「酷いこと…まるでカビが生えているようね。」

十六夜は苦笑した。

「表現がアレだが、まあその通りだな。」と維月を見た。「お前、闇の位置が読めるか?」

維月はびっくりした。

「何?いきなり。」

十六夜は真剣な顔つきで言った。

「一刻も早く探さなきゃならねぇのは、お前だって分かってるだろう。読めるんだな。」

維月は頷いた。

「途切れ途切れに伝わって来る、闇の波動が私には読める。でも、消えるの。向こうは私が気取っているのを知っているのよ…わざと、気取らせようとしているんだわ。」と、十六夜を見た。「十六夜、聞いて。闇はね…私に会いに来たのよ。」

十六夜は驚いて維月から身を離した。維月は自分で浮きながら、言った。

「数日前のことよ…。だから、私はあなたに話しておかなきゃ。今度の闇は、あんなに単純なものではないわ。十六夜…聞いて。」

十六夜は、固唾を飲んだ。そして、その内容に絶句した。


維月は、月を眺めていた。維心は軍神達から今日の報告を受けに出ていて居なかった。十六夜は、昼も夜も浄化を続けているのに。私は、何も出来ない…。

維月がそのまま佇んでいると、何かの気配がした。

「誰?」

振り返ると、黒髪に赤い瞳の、男が一人、立っていた。

あまりに驚いたので、月に帰ろうと維月が窓に手を掛けると、相手は言った。

「…何もしない。お前と話したくて来たのだ。オレは、お前達の言うところの、闇だ。」

闇の気配は、思ってもいないほど穏やかだった。しかし、どこか寂しげな、そんな気がする。それでもその気には、間違いなく闇を感じた。

「…何の話?私は月よ。消されたのを忘れたの?」

維月は、いつでも月へ戻れるように窓を開けて振り返った。闇は苦笑した。

「覚えている。」闇は言った。「しかし、あれは滅しただろう。オレは、その記憶を知っている別の闇だ。どうしたことか、目が覚めると、オレは地上に居た。どこから来たのかわからない。だが、その記憶を見て、オレがそれと同じものであるのを知った。そして…月に気取られたら、消されることも。」

維月は用心深く闇を見た。

「どういうこと?あなた、地を闇に染めようとしているのではないの?」

闇は答えた。

「わからない。生まれた意味すら分からぬのに、地を染めるとはなんだ?オレは…ただ生きていたいと思うだけだ。だが、こうしていると、なぜかどこからともなく黒い霧が寄って来る。そして、オレを通り抜けて、さらに黒くなってどこかへ行く。するとまた、それが霧を生むようで、どんどんと増えては、同じ事の繰り返しだ。オレは、いったい何なのだ?闇、とは、なぜに生まれ、何を成すための存在なのだ。」

維月は呆然とした。そんなこと…私にはわからない…。

「私…わからないわ。ただその霧は、人や神の負の念が具現化したもの。それが凝り固まって闇が生まれ、そして力を増して増えると、また人や神にとり憑いて、悪い方向へと向かわせ、破滅に向かって行く…だから、私達月はそれを浄化して、それを避けようとしているの。」

闇は眉を寄せた。

「…では、オレは生み出した者を不幸にするために存在すると言うのか。そして、生み出したにもかかわらず、消して欲しいと、人や神は望むのか。」

維月は答えに困った。

「それは…確かにそうなのかもしれない。でも、どうして私に聞こうと思ったの?」

闇は維月をじっと見た。

「お前から、オレと同じ波動を感じたからだ。月であるのに、お前にはオレを消す力は無い。そしてもう一人の月とは、対照的だ…お前の力は、あの力を打ち消す。」

維月は驚いて闇を見た。そんなことも分かるの?

「…どうして、そんなことが…。」

闇は、悲しげに微笑んだ。

「お前は覚えていないだろうな。たった一人で森の外れに住んでいた頃があったであろう…小さく結界を張って。オレは、その隠の力に引き付けられた。何度か中を覗いた…月の波動を感じて、危ないと思ったが、でも結界に触れてもオレは何ともなかった。」

維月はハッと気付いた…それは、十六夜と維心様と離れて、一人身を隠していた時。二人が別の人を選んだと思っていた、あの時…。

「あ!」維月は言った。「毎日、木苺を届けてくれた…?でも、目は赤かったけど、髪は…それに、気も…。」

闇は苦笑した。

「そのままの姿でおるわけはないだろう。気配は消せる。」と、視線を落とした。「だが…オレはあれからどんどんと増えて来た霧にまとわりつかれて、行けなくなった。やっと落ち着かせて行った時には、もうお前は居なかった…気を探ると、龍の住む場所に居るようだったが、あの結界には入れなかった…。」闇は、維月を見た。「しかし、今は違う。霧が増えるにつれ、結界など気にならなくなった。なので、お前を訪ねてここへ来た。」

維月は、闇を呆然と見つめた。

「そんな…。」

「実は、今日は二度目なのだ。」闇は言った。「一度はお前は居らず、あの龍が一人だった。」

維月は絞り出すように言った。

「…それで…維心様に霧をとり憑かせたの?」

闇は驚いたように維月を見た。

「霧を?オレはあの龍を見ただけだ。あの龍には用はないので、そこを出た。それだけだ。霧に憑かれたのか?」

維月は下を向いた。確かに、維心様をどうにかしようと思っていたら、出来たはず。維心様の力は、闇に対しては無力だ…。

「…ええ。浄化したけれど…。」

闇は眉をひそめる。

「では、あの龍の心に負の念があったと言うことだな。オレは自分から霧をとり憑かせたことはない。勝手に持って行くのだ…負の念で吸い寄せるようにな。」闇は、何かに気付いた顔をした。「…オレはもう行かなくては。また、あの龍が霧に憑かれたら、お前は困るだろう?」

維心様が戻って来るのだ。維月は悟った。

「でも、闇…、」

「オレは、(しん)だ。たまたま話した人が付けてくれた。お前、名は?」

維月は思わず答えた。

「維月…。」

深は微笑んだ。

「維月…」と、空を見上げた。「月か。また、会いたい。」

維月は何か話そうとしたが、深はかき消すように消えた。外かと慌てて窓の外を振り返ったが、深の気配はなかった。

「…維月?」

聞き慣れた声に目をやると、維心が戻って来ていた…。

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