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占い師後輩「私は先輩の彼女です。よろしくお願いします」



 僕の目の前にある船着き場はたくさんの人で溢れていて、今も小さな船に次々に人が乗り込んでいた。目の前を流れる川はとても大きいようで、仄かに明かりが見える対岸はとても遠くに見えた。

 周囲に明かりなんて殆どなくて、夜空に輝く満月や星々が頼りだった。ここはどこだろうと僕は周囲をキョロキョロと見回していたが、係員らしき人に促されて僕も船へと進む。

 しかし、突然後ろから腕を掴まれた。


 「おうおう兄ちゃん、ちゃんと駄賃は持っとるんけ?」


 なんか怖い人に絡まれたと僕は怖くなって後ろを見ると、そこには意外にも好青年っぽい人が笑顔で佇んでいた。僕より少し年上ぐらいの年代だろうか。

 そして、僕はその人の顔に見覚えがあった。


 「もしかして、恋鐘ちゃんのお兄さん……!?」


 六年前。あのバス事故の時に、瀕死の状態でも僕をずっと励まし続けてくれていた、いわば命の恩人だ。この人がいるってことは、つまりここは──。


 「そういうことだよ、クロ」


 後ろから声がして慌てて振り返ると、そこには懐かしい人達がいた。

 六年前の事故で死んだ、僕の両親だ。


 「お父さん、お母さん……!?」

 

 僕の両親、そして恋鐘ちゃんのお兄さんがいるということは、ここは死後の世界ということか。じゃあ目の前に見える川、もしかしてこれが三途の川ってやつ……? 出来ればもっと綺麗なお花畑みたいなところに迎えられたかった。


 「大きくなったなぁ、クロ」

 「そうだねぇ、本当に立派になって……」

 「う、うん……!」


 死後の世界とはいえ久しぶりに両親と命の恩人に再会することが出来て僕は喜んでいたが──突然お父さんとお母さんは一変して鬼の形相で叫んだ。


 「でもなんでお前がこんなところにいるんだあ!? お前は親を泣かせる気か!?」

 「えぇっ!?」

 「お母さん悲しいわぁ……」

 「ちょ、ちょっとなんで!?」


 僕は助けを求めるため恋鐘ちゃんのお兄さんの方を向く。するとお兄さんもどういうわけか怒り狂っていた。


 「お前、俺がせっかく助けてやったのになんで死にやがってるんだ!? 俺の大事な大事な妹を泣かせるとはどういう了見だおおん!?」

 「こんなに怖い人だったのぉ!?」

 「ほら、うだうだ言ってないでとっとと帰るんだよ、おらぁっ!」


 僕は皆に体を押され、何もない空間へと放り込まれた。


 「ちょっと!? こういう時はもっとしんみりした空気で優しく接してくれるもんじゃないの!?」

 「こんな早く来るんじゃないよこの親不孝者が!」

 「けえれけえれ! 二度と来んな!」


 僕の記憶だとお父さんもお母さんはもっと優しかったはずなんだけど!?

 しかしそんなことを嘆いている暇もなく、僕はなにもない真っ暗な空間を落下し続け、お父さんとお母さんの姿は段々と見えなくなっていた。最後に見えたのは、僕に笑いかける恋鐘ちゃんのお兄さんの姿だった。


 「俺の大事な妹を幸せにしてやってくれよ、少年──」



 ---

 --

 -



 「──クロ、先輩?」


 目が覚めると、恋鐘ちゃんの声が聞こえてきた。僕の視界に、すっかり泣き腫らして目元が真っ赤になっている恋鐘ちゃんが見える。どうやら僕は寝かされているようだが、学校の保健室じゃなくてどこかの病院みたいだ。


 「恋鐘ちゃん? どうしたの、そんなに慌てて」


 目覚めた直後の僕は、まだ頭の整理が出来ていなかった。何があったっけと考えている内にようやく全てを思い出す。


 「あぁ……僕、助かったんだね」

 「そうですよ! 私なんかを庇って、先輩は三日間も意識を失ってたんですよ!?」


 うわぁ、それは大事だったなぁと僕は他人事のように笑っていた。頭を擦ってみると幸い骨折とかはないようで、当たりどころが悪くて脳に衝撃が入ったという感じだったのか。


 「本当に、本当に……先輩が起きてくれてよかったぁ……!」


 そう言ってベッドに寝ている僕の側で布団に顔を埋めて泣いている恋鐘ちゃんの頭を僕は優しく撫でる。


 「良かったね、恋鐘ちゃん。占いが外れて」


 まさか本当に教室を出ただけでまたボールが飛んでくるなんてね。そこまでは合ってたんだから恐ろしい。


 「僕ね、少しだけ死後の世界を彷徨ってたんだけど、そこで恋鐘ちゃんのお兄さんとまた会ったんだ」

 「へ……?」


 恋鐘ちゃんは僕の話を聞いて顔を上げた。そんな恋鐘ちゃんの頬に僕は手を添える。


 「お父さんとお母さんもいたんだけど、随分と手荒い歓迎でさ……結局追い出されちゃったよ。なんだかもう門前払いって感じだった。

  でもね、去り際に恋鐘ちゃんのお兄さんは言ってたよ。俺の大事な妹を幸せにしてやってくれよ、って……」


 あの出来事が夢だったのかはわからない。でも僕が生還出来たのは、きっとあの人達と、そしてこんな僕を助けようとしてくれた恋鐘ちゃんのおかげだろう。


 「ねぇ、恋鐘ちゃん。恋鐘ちゃんがもし迷惑でなければ……僕は恋鐘ちゃんと今の関係を、まだ続けていたいんだ」


 僕が言いたいことをわかってくれたのか、ずっと泣いていた恋鐘ちゃんの表情が途端に明るくなった。


 「私も、です」


 こんなに嬉しくなることもあるんだと、僕は恋鐘ちゃんの笑顔を見て初めて思った。


 「ありがとう、恋鐘ちゃん。大好きだよ」


 偽りに過ぎなかった関係が、とうとう本物になる時が来たのだ。


 「はい、クロ先輩。私も──クロ先輩のことが、大好きです!」

 

 ミスターアンラッキーという異名を持つほど不運な僕が、こんなにも誰かのために生きていたいと思うのは初めてのことだった。死の淵を彷徨うのは不運だったかもしれないけど、そんな今までの出来事を吹き飛ばせるぐらいの幸運、いや幸せに僕は巡り会えたのだ。

 自称凄腕占い師の、恋鐘ちゃんのおかげで。



 ---

 --

 -


 

 あれから一ヶ月が経った。


 「クロ先輩。この先右に曲がるとですね──」


 恋鐘ちゃんと一緒に学校の廊下を歩いていると、僕は生徒玄関へ向かうため右に曲がった。すると僕の目の前に──立派な体躯の大柄な生徒が突然現れた!


 「ぐぼあー!?」

 「せ、せんぱーい!?」


 線の細い僕は、大柄な生徒に軽くぶつかっただけで勢いよく吹き飛ばされてしまう。


 「だ、大丈夫か月無!?」


 大柄な生徒は心配そうに僕の元へやって来て体を起こしてくれた。


 「ご、ごめん。前を見てなくてさ。怪我もないから大丈夫だよ」

 「こっちこそ申し訳ない。あ、月無も体を鍛えると良いぞ!」


 と、大柄な生徒は笑顔で去っていった。まぁ派手に吹き飛ばされた気はするけど僕って結構体は丈夫だからなんともない。しかし側に立っていた恋鐘ちゃんは不機嫌そうな表情をしていた。


 「どうしてクロ先輩は、私の忠告を聞く前に動いてしまうんですか?」

 「い、いやぁ……なんだか体が勝手に動いちゃうんだよねぇ」

 「私の占いを持ってしても、クロ先輩の動きは止められないですか……」


 僕は今も恋鐘ちゃんと付き合っている。恋鐘ちゃんの占いの腕前は今も全然落ちてないけれど、それでも不運さで勝る僕は何かと不運な出来事に巻き込まれがちだ。

 それでも僕は、とびきり楽しい毎日を送っている。


 「あ、月無君。やっほー」


 と、通りがかった僕に笑顔で声をかけてくれたのは、ミスターアンラッキーと呼ばれている僕とは対照的に、かなりの豪運を持つと噂の長い赤髪の華奢な女の子、同級生の福来さんだった。


 「福来さんは今帰り?」

 「ううん、これから図書室に行こうかと思って。隣の女の子は……一年生?」


 あぁそうか、福来さんはまだ恋鐘ちゃんのことを知らないのか。僕は福来さんに恋鐘ちゃんを紹介しようと思ったのだが、先に恋鐘ちゃんがズイッと前に出て口を開いた。


 「私はクロ先輩の()()の仙北恋鐘です。初めまして、福来先輩」

 「え……えぇっー!?」


 僕が恋鐘ちゃんと付き合い始めてかれこれ一ヶ月が経とうとしているけれど、僕が頭の検査のために殆ど入院していたからか、まだ僕と恋鐘ちゃんが付き合っていると知っている人は少ない。

 ミスターアンラッキーと呼ばれている僕に彼女が出来たなんて知ったら、福来さんみたいに目を丸くして驚愕するだろう。


 「ちょちょ、ちょっと月無君、ちょっと良い?」


 驚きのあまりちょっとが多くなった福来さんに耳を向けるよう促され僕が耳を向けると、彼女は僕の耳元で囁いた。


 「ほ、ホントのホントに月無君の彼女さん? 月無君、何か弱みを握られてたりしない? 何か脅迫されてるなら何でも私に相談してね?」


 ……成程。ミスターアンラッキーと呼ばれている僕を好きになるような奴はろくでもない、と福来さんは心配してくれているのだ。僕も最初はそういう風に思っていたけど、思った程恋鐘ちゃんは怖くないし、むしろ可愛いぐらいだ。


 「大丈夫だよ福来さん。恋鐘ちゃんはとっても良い子だから」

 「そ、そうなの……?」


 僕は笑顔で答えたつもりだったが、福来さんはそれでも不安そうな面持ちのまま去っていった。


 「何を話されていたんですか?」

 「僕に彼女が出来たことが意外だって」

 「成程……ちなみに福来先輩はクロ先輩とどういったご関係で?」

 「クラスの友達だよ。前から僕に親切にしてくれる良い人なんだ」

 「そうですか……」


 すると恋鐘ちゃんはいつものように鞄の中から水晶玉を取り出した。そしてムムムと唱えて水晶玉を唱えると、目をカッと見開いてから言う。


 「クロ先輩はとても浮気症な気がします。これから将来、先輩が多くの女性にたぶらかされるとの未来が見えました」

 「いや、絶対しないから!」

 「まぁクロ先輩は何かと不運な出来事に巻き込まれがちなので、不慮の事故なら許しましょう。しかし本当に浮気したら流石の私も許さないので覚悟してください」

 「う、うん……」


 いきなりどうして、恋鐘ちゃんは急に水晶玉を取り出してお得意の占いを始めたのだろう。

 もしかして僕と福来さんが話していたのを見て嫉妬していたのだろうか。だとすれば可愛らしいものだ。


 「ちなみに浮気を回避するためのアドバイスですが、朝昼晩の一日三回、私に愛してると言ってください」

 「それ本当の本当に僕が浮気しないためのアドバイスなの?」

 「はい、私の占いに間違いなんてありません。まだ今日は朝と昼の分が残っていますので、さぁどうぞ!」

 「今言うの!?」


 恋鐘ちゃんは今すぐどうぞと言わんばかりに僕の目の前に立ちはだかって、ニコニコと微笑んで僕の愛の告白を待っている。

 アドバイスというのは口実で、僕にただそう言ってもらいたいのではないかとも思うけれど、僕は出来る限り恋鐘ちゃんの願いに応えたかった。


 「あ、愛してるよ、恋鐘ちゃん」

 「もう一回」

 「愛してるよ、恋鐘ちゃん」

 「じょ、上出来です」


 なんだか今も恋鐘ちゃんの手のひらの上で踊らされている気がするけれど、恋鐘ちゃんは照れているのか僕から顔を逸らしてモジモジとしていた。何かと力押しが凄いところはあるけれど、占いを頼るぐらいには恋鐘ちゃんも素直じゃない。



 「クロ先輩。今日は先輩の大好きなハンバーグが待っています」

 「あの、毎日ご飯をお世話になるのも気が引けるんだけど……」

 「クロ先輩が私達の家にさっさと住めばいいだけの話です」


 恋鐘ちゃんのご家族は今も手厚く僕を歓迎してくれる。当たり前のように泊まっていくようねだられては僕も一応断るのだけれど、涙目になった恋鐘ちゃんにせがまれては帰れなくなってしまう。


 しかし、そんな日常も悪くないと僕は思っていたのだけれど──こうして幸せを享受している時に、それは突然やって来るのだ。


 「──ねぇ、ちょっと良い?」


 生徒玄関へ向かおうとした時、僕は突然声をかけられた。するとそこには、黒髪のツーサイドアップを朱色のリボンで留めた、なんとも麗しい三年の先輩が凛々しく佇んでいた。

 僕の知り合いにこんな綺麗な先輩はいない。僕の隣に立つ恋鐘ちゃんも誰だろうという様子だ。だけどこんな人に声をかけてもらえるなんてなんて運が良いんだろう──そう僕は呑気に思っていた。


 「君が、二年の月無クロ君ね?」


 ──出会いというものはまたしても突然のことで。


 「はい、そうですけど」


 不運な出来事が多いのは相変わらずだけど、恋鐘ちゃんと一緒の日々に幸せを感じ始めていたある日のこと。


 「明日、君は悪霊に首を絞められて死ぬよ」

 「……えっ?」


 ──僕は、またしても一日しか猶予のない余命宣告を受けたのであった。



 これにて完結です。ここまで呼んでくださりありがとうございました!

 続編は気が向いたら書きます。続編は巫女の先輩にお祓いを口実にメチャクチャされるお話になると思います。

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