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三十五話:どこまでいっても規格外

 こちらにどうぞ、と王宮の侍女から案内された先。

 王族のみが入ることを許されている特別な場所じゃなかったっけ?と思いながら双子は進んでいく。入ることを許されているなら、罰せられることはないだろうが一抹の不安が過ぎる。


「ちょっと待ってください」

「はい」


 案内係の侍女に止まるよう言ってから双子は足を止める。

 侍女は意味を理解しているのか、薄ら微笑みを浮かべたままルピアの言葉を待っているようだった。


「わたくし達は、ここから先に入っても問題ないのですね?」

「勿論でございます。お二方を呼んでくるよう申しつかっておりますし、その主の許可も得ております。こちらを着用してください」


 侍女が双子に歩み寄り、呼び主から預かっている、と双子に手渡してきたものを見て納得した。


「あぁ、うん」

「これなら、そうね」


 意図が分かり、それまで緊張していた二人の空気がようやく緩んだ。


 手渡されたものは、クア王国の王女であり二人の従姉妹であるティルミナのお気に入りのイヤリング。

 常に身に着けているから、誰しもがティルミナの持ち物だと理解している。これを着用していれば問題ないな、と思いルピアは着けていたイヤリングを片方外して代わりに装着した。ルパートも姉にならい、もう片方のそれを己の耳へと装着する。

 片方ずつ、ルピアは左に。ルパートは右に装着したことを確認し、侍女は一度二人に改めて頭を下げてから歩き始めた。


「ティル、何の用なんだろうね」

「さぁ。今日来る、って聞いたから単純に会いたかった…とかいうわけではないわよね」

「王女殿下だし、会うにしてももう決まってる予定の調整とか色々あるでしょ?」

「おじさまのことだから前もって知らせておいて、予定を調整するくらいはやるかもしれないわ」

「ありえる」


 色々な可能性が考えられ、小声で話しながら歩くこと、少し。


「こちらでございます」


 侍女が示した先、一人の女性がこちらに手を振っているのが見える。

 ルピアとルパートの従姉妹でもあり、この国の王女。

 ティルミナ=リ=クア。

 三人は歳も変わらないため、幼い頃からよく遊んでいた。年齢を重ねてもそれは変わらない。

 稀に彼女の弟も交ざることはあったが、遊ぶとなれば大体この三人だった。


「ようこそお越しくださいました、ルピア、ルパート」


 柔らかな心地よい声と、見本のような微笑み。それならば、とルピアもルパートも王家に対しての礼を執る。


「ご無沙汰しております、ティルミナ王女殿下」

「こうしてお会い出来ましたこと、我ら、光栄でございます」

「ありがとう。…皆、適度な距離に下がりなさい。わたくしは彼らとお話がしたいの」


 ひらりとティルミナが手を振れば、深くお辞儀をして侍女が離れていくが、恐らく侍女長である女性はティルミナから離れることも、不信を隠すことなくそこに留まっていた。


「あらあなた、聞こえなかった?」

「王女殿下!…私は反対です…。このような者らと共にお茶など!」

「ルピアとルパートはわたくしの親戚で、今はこの国の客人でもあり、更に移住してくることも確定しているのだけれど」

「そ、っ…それは!」

「ついでに…今、この二人はわたくしの親戚としてここにいるのだけど…そう…」


 ヒヤリと、空気が冷えた気配がしたのは気のせいではないだろう。

 扇を広げて口元を隠したティルミナの纏う雰囲気は、例えるならば氷。ティルミナの目の前で親戚を侮辱するという行為に出られ、許せるはずもない。


「王族の親戚に対して、とてつもない無礼を働いているという自覚すらないのね、お前」


 区切って言われた言葉には、『許さない』という感情しか乗せられていない。


「わ、わたしは!王女殿下のためを思って!」

「ここにもいたのね。情報の精査すらできない役立たずが」

「…!?」

「お前、誰から何を聞いたの?」

「…ぁ…」

「大方、城で貴族たちが噂しているくだらない話を聞いたんでしょうけれど」


 ぐ、と言葉に詰まる侍女長。

 どうせ聞いていた内容としては『婚約者を奪われた可哀想な公爵令嬢』だの、『婚約者のひとりも繋ぎ止められない魅力のない女』、『傷物令嬢が次の嫁入り先を求めてクア王国に逃げた』とかいうものだろう。見事なほどにルピアを集中的にけなすものばかり。

 彼女もまた、噂に踊らされていたようだが、それの真偽を確かめることもなくこうしてティルミナに対して意見をしてきていたのだ。

 そんな人を王女の侍女としておいておくわけにはいかない。


「異物の排除でもしたかった?この国が恒久的に続いていくように。でもね、それを成すのはお前ではないの。わたくし、物心つかない幼子ではないけど…。ああつまり、わたくしのことも暗に馬鹿にしていたのね」


 気の毒なほどに侍女長の顔色は悪くなる。

 ルピアやルパートに対して縋るように視線で訴えかけてくるが、だからどうしたというのだろう。二人が顔を見合わせ、揃って首を傾げると侍女長の顔には絶望しかなくなった。


 だって、バカにされたのに助ける理由なんてないのだから。


「沙汰は後程。誰か!」


 埒が明かないと判断したティルミナは、手を打ち鳴らす。

 それに応えるように数人の騎士が駆け寄ってくる。こうなることを知っていた、あるいは予測していたとでも言わんばかりの顔で。


「陛下がおっしゃっていた通り。さ、こちらもお願いね」

「はっ」


 短く伝えて、そして連れていかれる侍女長。助けてください!と叫ぶ声はしていたが、もうすっかり聞こえなくなってからティルミナは微笑みかけてくる。


「ふふ、ごめんなさいね」

「良い性格してるよ、お前」

「誉め言葉としていただくわ、ルパート」

「おじさまにこうなるように見越されていた上で利用された感はまぁ、あるけれど」

「えへ」

「可愛く笑ってもダメだからなお前」

「えー?」


 王女の顔でなくなれば、ルピアやルパートと同い年の『親戚の女の子』になる。

 今回のカルモンド家の移住に際して、どうやら偏りすぎた思考回路の貴族や、思考放棄をすぐやらかした貴族の一掃をしたかったようだが、ルピアもルパートもこれについてはあまり気持ちのいいものではなかった。

 利用したけりゃどうぞ、と腹は括っていたもののここまでするか…と思いながらルパートは溜息を吐いた。


「本当にごめんなさい。でも、来てくれて嬉しいのはわたくしもお父様も同じなんだからね?」

「それは何となくわかるわ。思いっきりやりすぎよ」

「…う…」


 しょんぼりと肩を落としてしまったティルミナに苦笑いを浮かべ、ルピアは椅子に深く座り直した。


「ティルミナ、それはそうと改めて。こんなわたくしを…受け入れてくれて、ありがとう」

「ルピア、ちょっと、やだ!顔を上げてよ!」


 慌てだしたティルミナだが、無理はない。

 これまで公爵家令嬢として胸をはり、真っ直ぐ前を見据えて過ごしてきたルピアの姿を見ている。そんな彼女が婚約解消され、王家に振り回されるなどあってはならないことだ、とティルミナも憤慨した。

 もしも自分がそんなことをされたら、こんなにも落ち着いてはいられないから。


「だって、傷物には変わりないもの。公爵家令嬢としては本格的に駄目になりそうだったし」

「…ルピア…」

「いや、やらかしたのリアムじゃん」

「そうよ。ルピアは何も悪くないし、浮気をして乗り換えたのは殿下でしょう!? そんな奴と結婚したら、いくら貴族として、家のためとか言ってもどうせ外に女を作って側妃を増やして正妃の悩みの種を増やすだけにしかならないわ!」

「…まぁ、そうだけど。ここまでずばり言われるといっそ清々しさすら感じるわ。何というか…えぇ、ありがとう二人とも」


 間違ったことは言っていない!と言わんばかりに胸をはる二人。それが、今のルピアにはとても心地よかった。

 気を遣わなくてもいい。

 そして、悪評ばかりをバラまかれるわけでもない。


 かつていた国…といってもほんの少し前なのに、何年も経過したように思ってしまう。それほどまでに、これまで住んでいた国のことが、遠い昔のように思えてしまっているのだ。


「で、ルピア。これからどうやって過ごす?何でもできちゃうんだから引く手あまたよ」

「…そうかしら」

「そうよ!もっと胸をはって大きな顔をしていなさい!」


 お茶の準備をしてくれる、先ほどとは異なる侍女も何やら微笑ましそうにこちらを見ているではないか。

 何だろうこの、むず痒い感覚。そうルピアが思っているとワゴンに色とりどりのケーキが乗せられ、運ばれてきた。


「わ、すっごい繊細な細工だ」


 チョコレートや飴細工などで色々と細工が施されているケーキを見て、思わず感心したようにルパートが呟く。割と彼自身、甘いものが好きなこともあってか、どれを食べようかとそわそわした様子でケーキを眺めている。

 個数は全て三個ずつ。それが五種類。誰がどれを選んだとしても行き渡るよう配慮されていた。


「先に選んで良い?」

「どれ選んでも大丈夫よ。余分はしっかりあるから」


 言われて目を輝かせ、ルパートは遠慮なく好みのケーキを取り分けてもらう。

 ケーキを早速食べながら、ルパートもルピアもこれからを考え始める。


「これから…ねぇ」

「何ならうちで家庭教師でもやる?あ、でも折角なら恋愛をするのは?良い騎士、いるわよ!」

「あー…」

「えぇと…」


 言い淀む双子を訝しげに、それはもう遠慮なくジト目で睨んだティルミナの視線からはどうしても逃れられず、観念しましたと言わんばかりにルピアが口を開いた。


「さっき…ちょっとその…、この国の騎士の肩をね…脱臼させちゃって…」


 いやそれ、照れながら言う台詞じゃないよね?とティルミナは心の中で思い切りツッコミを入れる。


 だが、今はとりあえずいとこ同士の時間を楽しみたい。

 この国で、これから沢山の楽しいことや出会いを見つけてもらわないといけないのだから!と、拳を握りしめて天に突き上げんばかりの勢いのティルミナを、実は双子揃って冷静に見ていたことは本人たちしか知らないのであった。

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