三十四話:掃除
親戚として会う時、ロッドはとても朗らかな人だ。ルピアはそう記憶している。
だが、一国を統べる王としての顔はあまり見たことはない。
これほどまでに違うのか、と思いながらも当たり前のこと。一家全員、当たり前のこととして受け止め、促されるままに歩き、そして王の前で礼をする。
許可が下りるまでは頭をあげない。ただ、静かにその時を待っていたのだが。
(何ともまぁ図々しいことでしょう)
(ミリエール様も王女だった頃の権威を振りかざしてここまでくるだなんて…)
ひそひそと囁かれる心無い言葉たち。
ミリエールは確かに、移住先として兄に助けを求めた。話し合いに次ぐ話し合いを、元王女としてではなく家族を守るための母として、慎重に色々と進めてくれていた。
ルピア達は何も言わない。反論する素振りも、全く見せない。それを良いことに、ざわめきは止まることは無かった。
「…………喧しい」
決して、激昂したわけではないが、怒りに満ちた声。
ざわめいていた貴族たちはぎくりと体を強ばらせ、一気にその場が静まり返る。
「カルモンド家、一同顔を上げよ」
許しを得て、ルピア達はすっと顔を上げる。そして、真っ直ぐに視線を合わせた。
「恐れながら国王陛下!」
ロッドが口を開こうとしたその時、ばっと手を挙げて一歩踏み出た貴族の男性がいた。
何と無礼な、と別の誰かが呆然と言う。誰しもがそう思っていたがロッドの怒りの声を思い出して動けないままでいた。
「王の許しなく発言をしたこと、誠に申し訳なく思います。ですが!元王女がいくらねだるからとて、我が国に傷物を迎え入れるのはいかがなものかと!」
「傷物…?」
「そちらのご息女は、隣国の王太子殿下から婚約解消されたというではございませんか」
会場全体が、ルピアを見た。
当の本人は『だからどうした』としか思っていないが、ルピア達に難癖つけたい人からすれば、一番の醜聞で、一番指摘しやすい事柄なのだ。
「貴族令嬢が、しかも公爵家令嬢が!己の身分よりも下の令嬢に婚約者の座を奪われるなど以ての外ではありませぬか?」
まさかこんな公の場で難癖つけられると思ってはみなかったが、とりあえず反論はしない。
発言の許可をもらっていないから。それは、今嬉々としてルピアを責め立てている貴族もそうなのだが、彼は忠臣としての己に酔っているようだ。
「…で?」
「え?」
「我に言いたいことは、それだけか。我の許しもなく、好き放題ペラペラと…よく動く口だ」
「あ、あの」
「そなた、いつから我より偉くなった。宰相を差し置いて、このような場で、我にいつから好き放題意見が言えるようになった」
「………」
淡々と問いかけるロッドの目には、彼への興味など微塵も感じられない。
それを知ってか知らずか、更に言い募ろうとした貴族が、ひゅっ、と息を呑んだ。
「そなた、礼儀やマナーをどこに落としてきた。拾うまで王宮に来る必要などない。叩き出せ」
ひらりとロッドは手を振る。
甲冑を纏った騎士が二人、貴族の両脇をがっちりと固めて引きずるように連れていく。『やめろ!』『陛下のためを思っての礼儀知らずになったというのに!』と、色々なことをがなり散らしていたが誰にも相手にされず、そのまま引きずられて謁見の間から消えていった。
ざわつく貴族たちをぐるりと見渡し、冷めた目のまま問いかける。
「皆、同じか」
短い問いかけ。
異を唱える者がいないとわかり、ロッドはつまらなさそうに溜息をついた。
「結局、噂であれやこれや判断するものばかり、か」
とはいえ、目の前の一家のことをよく知るロッドだからこそ今の発言はできるが、そろっている貴族たちからすれば『ふざけてんじゃねぇぞ』と言いたくなるようなことだった。
これは更に荒れるぞ、と思っていると一人だけ、すっと挙手をしたのだ。
「よい、発言を許す」
「ありがとうございます」
柔らかな微笑みを浮かべ、一人の青年が前に出た。ゆっくりと歩を進め、一家よりも少し前へと出る。
「リュドガー伯爵か。申してみよ」
「恐れながら。…陛下は、カルモンド家の皆様方とご親戚。噂に流されないということは理解できますが、我らはカルモンド家の皆様について存じ上げないことが多すぎます。よって、噂に多少流されてもおかしくはないのでは?」
「調べることもせずに流されるか」
「そ、れは…ええと、そうです、が」
「何が信じられぬ」
「そうですね。…例えば、そちらのご令嬢」
リュドガー伯爵が、くるりと振り返った先にいたルピアを見た。
「幼い頃より、様々な教育を受けておられたと聞きましたが、そのような話、どこまで本当やら」
いや、本当なんだが。と、ロッドは心の中で呟いた。
確かにルピアの勉強内容や量は、あの年齢の子がやるにしては多すぎる。しかし、本人は時折歯を食いしばりながらもやりとげたのだ。
結果、そこのルピアのスペックは激高になってしまったわけで。
「では、どうすれば信じる」
「そうですねぇ…。こんな話も聞いておりますので、ご令嬢がちょっとやそっとでは我らに負けないということをお示しになっていただければと思いまして」
「具体的には」
「例えばですが…奇襲を避ける、というのはいかがですか?」
「言ってしまえば奇襲にならんぞ」
「ええ。わたしが襲い掛かるわけではありませんので」
いつ来るかわからない襲撃を、この場で常に警戒しろということなのだろうか。
それとも、今後も襲撃される可能性があることを考慮して生きていけということなのだろうか。
いくつかパターンが考えられるな、と思いながら。
ルピアはするりとルパートから手を放し、一歩横にずれ、飛んできた小さなナイフを扇でスパン、と払い落とした。
「ふむ」
「あらあら」
かちゃん、とナイフの落ちる音が静かな場所によく響いた。
娘の行動に慌てることもなく、驚くこともなく、アリステリオスとミリエールは冷静に言う。ルパートはつまらなさそうに欠伸をかみ殺していた。
「…え?」
「…発言の許可は得られておりませんが…国王陛下、御前にて無礼な振る舞い、お許しくださいませ」
落ち着いた口調でルピアが淡々と言って、上から降ってきたマントを纏った人物の攻撃をすい、とかわしたかと思えば、着地した瞬間に足を上げ、もう一方の足を軸にして、ヒールを履いているにも関わらず遠慮なく回し蹴りをお見舞いしたのだ。
「あぐ、っ…!」
「着地の瞬間こそ油断禁物ですわ」
よろけたマントの人物に追撃で背中に蹴りをお見舞いし、床にべちゃりと伏せて倒れたところで逃げられないようそのまま首を容赦なく踏みつけ、『よいしょ』と零しつつ手首を掴んで腕をひねり上げた。
「~~!!!」
ぎりぎりと容赦なくひねり上げるが、動こうにもうまく動けない。
この奇襲は他の貴族達はおそらく知っていたらしい。悲鳴を上げることなくただ、呆然と見ているのだから。
それにしても、なんと失礼なのだろうかとルピアは思う。
一国の王に知らせることなくこんなことをするだなんて、と。
「で?奇襲はもう終わりか」
ルピアがこうしてあっさり制圧することを知っていたかのように、ロッドは言った。
おかしい、とか、そんな、とか聞こえてくるが、舐めたほうが悪い。
このルピアも、そしてルパートも。
はてはミリエールも、これくらいは制圧できる。
ミリエールは魔法で。ルパートとルピアは時に応じて物理と魔法を使い分けて。アリステリオスは言わずもがな、物理一択で。
国を守ってきた一族だと知っているだろうに…と、呆れたようにロッドは視線をやると、リュドガー伯爵はまだ少し呆然としているようだ。
「伯爵、そしてここに集う者らに問う。彼女は、弱いか?我の目には十分な強さを持っているようにしか見えんが」
襲撃を知らされずに、この場だけで鮮やかに敵を打ちのめした彼女は、決して弱くない。ついでに、情けもかけるほど穏やかでもない。敵に対しては。
「……あ」
いやな手ごたえが、した。
そう思った瞬間、ルピアが踏みつけていた者から奇妙な悲鳴がくぐもった状態で聞こえてきた。
「お、…ご……ぁ、…っ、…あ、!」
「おいルピア」
「すみません、陛下。つい」
淡々と答え、ようやくそこでルピアは制圧していた男の首から足をどける。
「腕、脱臼させちゃったみたいですわ」
でも、と続ける。
「容赦したら、殺されかねないかな、って思いまして」
「だろうな」
うんうん、と頷いてロッドは手を挙げて治療師を呼んだ。
「治してやれ。早々にな」
「はい!」
慌てた様子はあったが、呼ばれた治療師は脱臼も治し、蹴られたところも丁寧に治した。
その様子をルピアは気を抜かず見ている。
治った瞬間また来たら、次はどうすべきか。もっと徹底的にやってもいいのか。じわりと観察していた。
「…普通のご令嬢では、こうはなりませんね」
リュドガー伯爵はようやく我に返ったのか、感心したように言ってルピアのもとにやってくる。
「失礼いたしました、ご令嬢。我らの認識が、誤っていたようです」
一体どんな認識をしてくれていたんだこいつ、と思い、そのまま言おうとするがルピアの横からミリエールが割り込んできた。
「これはこれは、元王女殿下」
「…わたくしたちを舐めるのは良いわ。けれど、陛下の御前でこのようなふるまいは無礼にあたらないのでしょうか、リュドガー伯爵」
「…ぐ、」
「聞いていないからな、我は」
追撃をかけるようにしれっと言い放つロッド。
ミリエールはロッドに向き直ると頭を下げる。
「陛下、続けて発言してもよろしいでしょうか」
「好きに発言せよ。ルピア、ルパート、そしてアリステリオスも、な」
「ありがたき幸せにて」
微笑んだのもつかの間、ミリエールはその場をぐるりと見渡してよく通る声で問いかける。
「いつ、あなた方は陛下の許しもなく、このようなことを密やかにお打ち合わせされたのでしょうか」
その問いに答えを返すものはいない。
「文句を言いたいのならばわたくし達に直接仰いなさい!よもや…何か良からぬことを企んでいらっしゃるのではないでしょうね!」
何を馬鹿なことを!と誰かが言う。
そうすると口々に騒ぎ始めるが、アリステリオスは両の掌に魔力を少し込めて、ぱん!と打ち鳴らす。
大きな音に、その場が水を打ったように再び静まり返った。
「陛下に対して、あまりに無礼ではないか?他国から来たものが疎ましいのは理解できる。だが…よく調べもしないというのはいかがなものかと、わたしはそう思いますがね。それと、我々は陛下に許しを得られたから移住してきたのだ。…まぁ、ここにいる方々との今後の付き合いは、遠慮したほうが互いのためにもなりましょう」
呆れたような声音に、揃って居心地悪そうにしている面々を見て、ロッドもアリステリオスも揃って大きなため息を吐くことしかできなかった。
「我が国民が、あまりに無礼なことをした。だが、何をどう聞いたか知らんが、下らん噂だけを信じるというバカがこれだけ居たのは恥でしかない。…全員、つまみ出せ。これが我が国の貴族のレベルだなどと、思われたくないのでな」
言い終わるが早いか、わらわらと騎士団員達が集まっていた貴族たちを追い出していく。
あまりに呆気ない出来事に、カルモンド家一同は何度目かわからないため息を吐いたが、残ったままのリュドガー伯爵には揃って敵意の籠る眼差しを向けた。
「す、すみませんでした…!」
「貴殿が何と言おうが、ルピアもルパートも、我が国の誇る騎士団員に匹敵する、否、ある意味それ以上の猛者だ。で、奇襲をかけたのは誰だ」
「…我が息子です…」
がっくりとうなだれるリュドガー伯爵を見て、ロッドが苦い顔をした。
「そなたの息子、騎士団の団員ではないか?」
「…面目ない…」
「どうしてこんな父の言葉に乗ったのだ…お前は…」
げんなりとした口調でロッドが問いかけると、ようやくフードを外してリュドガー伯爵の息子であるエミル=リュドガーは全員に頭を下げた。
「甘い汁を吸っている七光りの元・王女にわからせてやろうと…あの、言われて…」
「それで何も調査せずにルピアに襲い掛かった、と」
「…はい」
「親が親なら子も子だな」
「申し訳ございません…!」
「よい。…これから、掃除にかからねばならん対象が増えたというだけだ。この醜態については王家総出で対処する。アリステリオス、そなたらは用意してある屋敷にてしばし待て」
「承知いたしました」
「ルピア、ルパート、そなたらには会いたいと申している者がおる。案内させるので少し待て」
「…はい」
「かしこまりました」
誰だ?と双子は思うがその場では口にしない。
王宮の侍女が迎えに来てくれて、双子は彼女の後をついていった。そして、ロッドはリュドガー伯爵親子にも帰宅するよう促した。
「帰れ。沙汰があるまで謹慎とする」
すみません、と謝りながら帰る彼らの背を見送ってから、ようやく近寄ってきた宰相をちらりと見上げる。
「己の責務を全うすらできん輩をつぶせ。いらん」
「今回の件に乗っていた者ら全て、でしょうか」
「そうだ。途絶えさせたくないのであれば今後についての対処を纏め、報告させよ」
「久しぶりの大掃除ですねえ、陛下」
「これほどまでに思考放棄している馬鹿だらけと、誰が思うか」
「それもそうですね」
はぁ、とまたもや出てくるため息と、今後の対応の多さにロッドは頭を抱えた。
だが、噂だけ鵜吞みにして動けないものなど、貴族としてあってほしくはない。国の恥にしかなり得ないのだから。




