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Light Years  作者: 塚原春海
Autumn Festival
98/187

VOICE

 日曜日。ミチルの母校でもあり弟、ハルトが通う南中学校では、南中祭というストレートなタイトルの文化祭が行われていた。

 久々に足を踏み入れたミチルと、中学は異なるジュナは、校門に入るなりさっそく耳目を集める事になる。

「あの子たちTVで観たジャズバンドの子じゃない?」

 そんなヒソヒソ話や視線が2人にちらほらと向けられた。もうそろそろ慣れてきた感もあるが、落ち着かないのは確かだ。

「ジャズバンドだって」

「まあフュージョンはジャズの次男坊みたいなもんだから、あながち間違いでもないけどな」

 ジャズの次男坊。ジュナの言語センスもなかなかである。こんど、歌ものの歌詞を書かせてみよう、とミチルは思った。

「あんたがもうちょいフツーな恰好してれば、目立たなかったと思うけどね」

 ジーンズにグレーのトレーナー、薄手のハーフコートという精一杯の地味な装いのミチルは、ジロリと隣のジュナを睨んだ。ジュナは両腕を広げて反論する。

「フツーだろ!シャツにジャージ!」

「マイルス・デイヴィスの顔面のプリントシャツに、背中にシルバーの龍の刺しゅうが入った黒のテカテカのジャージの女子高校生が、シルバーのドクロのチョーカー下げてるのは、フツーじゃないの!世間一般的には!」

 見たままを指摘されても、ジュナはまだ不服そうである。兄貴のクローンが育成過程の事故で女の子になったに違いない、というマヤの学説は正しいのではなかろうか。ちなみに足元は、黒のストッキングに覆われた足に、パープルのラメ入りサンダルをつっかけている。ジュナは、だから何だという表情で話題を変えた。

「それで、ハルトの奴は何時の出番だって?」

「うん、午後1時半過ぎくらいになるだろうって」

 ミチルはスマホの時計を見る。10時13分。とりあえず、クラスの出し物の番をしているはずのハルトのもとへ行く事にした。各クラスでは派手な、あるいは地味な出し物が目白押しだ。定番のお化け屋敷。迷路。ベイブレード対決コーナーに、外部の挑戦者も受け付けるというミニ四駆コース。

「ベイとマシン持って来るんだった!」

 と悔しがるのはジュナである。ミチルは初耳だった。

「お前はベイブレードとミニ四駆やってたのか」

「最近ハマったんだよ!兄貴の務めてるペンキ屋でベイブレードとミニ四駆チームが結成されたってんで、その影響で始めてみたら面白いんだこれが」

 やはりこいつの中身は、半分くらい小学生男児らしい。というか、職場でベイブレードやミニ四駆をやってるのか、お前の兄貴の会社は。


 久々に入った母校は、懐かしさよりも独特の疎外感がある。もう自分の居場所はないんだな、という誰しもが感じるであろう感覚だ。それでも、ミチルは強い繋がりを否応なく感じる事になった。

「おっ、いたぞ!はぐれアルト純情派!」

 中低音にクセのある独特の男声が、ミチルを呼び止めた。スポーツ刈りにポロシャツにトレパン、どこから見ても体育教師だが、その実態は吹奏楽部顧問の棚瀬先生だ。

「テレビ観たぞ!まさか本当にここまでやるとは思ってなかったが、よくやったな!」

 棚瀬先生は、ミチルの頭をガシガシと撫でた。相変わらずである。

「おっ、ギタリストの子だな!」

「えっと、初めまして…折登谷です」

 ジュナは「誰だよ」という視線を向けてきたので、ミチルは説明した。すると手をポンと叩いて、

「ああ、お前が本田雅人のアドリブを真似て怒鳴られたっていう先生か!」

 と、思い出したくない記憶を重機で掘り返してくれたのだった。

「お久しぶりです」

「元気そうで何よりだ!ホントにあの頃のお前は、扱いづらかったからな!黙って吹いていれば百点なのに、指示どおりに吹かないんだからな!」

「もういいじゃないですか、3年も前の話!」

 顔を真っ赤にして抗議するミチルに、ジュナは口を押さえて笑っている。

「なるほど、はぐれアルトか」

「教え子が迷惑かけてると思うけど、なんとか付き合ってやってください」

 深々と頭を下げる先生に憮然としつつ、ミチルは「そちらも元気そうですね」と返しておいた。

「どうですか、吹奏楽部は」

「ん?ああ、頑張ってはいるがな。お前の時より、全体の平均レベルは高いと思うが、大原みたいな突出したプレイヤーがいない」

「…なるほど」

 褒められて悪い気はしないが、一人だけ突出しているというのも、先生としては難しかっただろうな、とミチルは思う。じゃあな、楽しんで行ってくれと言って棚瀬先生は立ち去った。

「ふーん、扱いづらいアルト担当か」

「えーえー、どうせはぐれアルトですよ」

 口をへの字に曲げて、ミチルは弟のいる2年4組の教室に入った。何をやっているのかと思ったら、女子2人がそれぞれタロット占いと手相占いのブースを構えていた。口元には黒いベールを被せて、それっぽい演出であるが、テーブルの両サイドに立てられた仏壇用のローソク型LEDが切ない。

「ミチル、占ってもらえば?」

「え?いいよ」

「ほら!」

 ジュナに強引にタロット占いのブースに押し込まれ、ジュナは手相占いの所に向かった。やむなく、椅子に座って「お願いします」とお辞儀をする。

「何を占いましょう」

「うーんと…そうだな」

 ミチルは色々頭の中で考えたが、とりあえず目の前の問題について考える事にした。

「一週間くらい後に、あるステージに立って演奏するんですけど、滞りなく終えられるでしょうか」

 それは、ひたちなか市で行われるジャズフェスの事だった。占い師のロングヘアの女の子は頷くと、22枚のタロットカードをシャッフルし、テーブルにいったん置くと、それを渦巻きのように両手で混ぜ合わせ始めた。

 やがて混ぜ終えるとひとつの山に整え、ミチルの手元に置くと、「カットしてください」と指示された。山の真ん中あたりでカットして脇に置くと、占い師は下にあった方を上に載せて、山の上から7枚目、その次の7枚目、さらに7枚目を、三角形の形に並べてみせた。

「これは聖三角法と呼ばれる、最もシンプルでストレートな解答を導く展開法です。あなたの側に向けて置いてあります」

 そう言って、伏せてあるカードをオープンする。ミチルの手前中央にあるカードは、「戦車」の正位置。左奥のカードは「運命の車輪」の逆位置。右奥のカードは「審判」の正位置だった。女子中生の占い師はわずかに眉を動かし、解説を始めた。

「あなたはここまで、とても活動的な状況にあったようですね。非常にダイナミックで、車で遠くまで遠征するような事もあったのではないですか。戦車のカードは勝利、成功を暗示します。一定以上の成果を収められたはずです」

 ミチルは、目の前の少女に恐れをなした。なぜ、そこまでわかるのか。適当にそれらしい事を言うだけなら誰でもできるが、カードと言っている事が具体的すぎる。

「ですが、運命の車輪の逆位置が出ています。ひょっとしたら、そのステージに向かう道中に、何らかの停滞する状況があるかも知れません」

「停滞?」

「具体的にはわかりませんが、例えば、ひどい交通渋滞に遭うとか、天候不順だとかです。もし遠くへ向かわれるなら、早目に出発された方が良いかも知れませんね」

 ミチルはさらに背筋が寒くなった。なぜ、遠出する事がわかるのか。今回は、60km以上離れた都市への移動である。その道中、何があるというのか。

「そっ、それで…ステージは上手く行くでしょうか」

 一番気になっている事を訊ねると、占い師は少し微笑んで答えた。

「何の心配も要りません。途中で何らかの停滞があっても、最終的に全て上手くいきます。このカード、天使がラッパを吹いていますね。これは福音、復活の暗示なのです」


 ミチルは唖然としながら、いかにも手作りの黒い布が張られたタロット占いコーナーを出た。すると、何やらジュナがケラケラと笑っている。

「おっ、ミチル、どうだった」

「うん、今度のジャズフェス、交通渋滞とかに遭うかも知れないけど、ステージは心配ない、だって」

「なんだそりゃ」

「あんたの手相はどうだったのよ」

 すると、ジュナは吹き出してミチルの肩をバンバンと叩いた。

「なかなか面白いぞ。今日ここまで一緒に来た奴と、わりと近い将来、一緒に暮らす事になるんだと!」

「はあ!?」

 なんだそれは。ジュナとルームシェアでもするのか。一日中ギターの音に悩まされそうである。

「まっ、掃除とかゴミ出しはやるから、炊事は任せたぞ、ミチル」

「何よそれ!あんたも料理覚えなさいよ、いい加減!」

 まあ、中学生の手相占いなんか大して当たりもしないだろう、とミチルも笑ったが、次のジュナの一言で、また背筋が寒くなった。

「あと、あなたは食生活を改めるべきです、だって。加工食品や糖分、人工甘味料、カフェインを控えないと、30過ぎた位にアレルギー体質とか、脂肪肝とか糖尿病とかになる、って」

 それはまさに、バンドメンバーがジュナに対して危惧している事である。普段からコーラに惣菜パン、カップ麺みたいなイメージがあるので、クレハなどは一度きちんと話をしなくては、とまで言っている。ミチルが若干青ざめたところで、知っている声がした。

「おっ、姉ちゃんやっと来たのか」

 廊下に立っていたのはツンツンヘアーのハルトに、そのバンドのソフトモヒカンのボーカル君、ベリーショートのドラムス君、そして刈り上げのベース君。中学生コピーバンド”雲丹SON’s”のメンバーだった。

「お久しぶりっす!」

「この間は指導ありがとうでした!」

 あとの3人が、やたら大袈裟に頭を下げる。

「なんだ、かしこまって」

 ジュナは困ったように微笑んだが、3人はガバッと顔を上げた。

「TV観たっす!」

「サブスク聴いてるっす!」

「すごいっす!」

 バンドマンならもう少しボキャブラリーというか表現力が欲しい所だが、少年たちはザ・ライトイヤーズの活躍をチェックしてくれているようだった。ハルトは毎日ミチルと顔を突き合わせているので、特にどうという事もないのだが、讃えられて嬉しくないわけはない。

「おう、ありがとな」

「応援よろしくね」

 ミチルはごく自然に返して、なるほど、ファンへの挨拶はこれでいいのかと自分で納得した。変に緊張する必要はなかったのだ。

「今日の主役はあたしらじゃなく、お前達だろ。練習の成果、聴かせろよ」

 ジュナの一言で、4人は突然緊張したようだった。ミチル達も知っているが、文化祭のステージというのは、ライブハウスなどよりむしろ緊張する。

「がっ、頑張ります」

 ハルトもつい、表情が強張ってしまう。初めてステージに立つ前の緊張を、ミチル達も懐かしく思い返していた。だがそこでミチルは、母校を訪れたもうひとつの目的を思い出した。

「そうだ、ハルト。私達に会いたいっていう子がいるんでしょ」

「うん。放送部にいる先輩で、いまは緊急連絡のために放送室で待機してる。昼が交替の時間だから、あと10分くらいかな」


 正午のチャイムが鳴って、放送室前で待っていたハルトとミチル、ジュナの前に現れたのは、ミチルと似たロングヘアに、細めのヘアバンドをはめて耳を出している細身の少女だった。

「ひっ!」

 ドアを開けて廊下に出た瞬間、目の前にいた人物の顔を見て、その少女は喉が引きつったような変な声を出して硬直した。

「先輩、連れてきました!姉と、お友達のジュナさんです」

 ハルトが少し頬を赤らめて、その少女にミチルとジュナを紹介すると、その少女も耳を真っ赤にしてミチルとジュナを交互に見た。

「初めまして。大原ミチルです」

「折登谷ジュナです」

 ジュナの丁寧語を聞いたのは何世紀ぶりだろう、とミチルは思った。少女は放送部員とは思えない緊張ぶりで2人にお辞儀をした。

「はっ、はじっ、初めまして、片霧アリスです」

 背丈はハルトより少し高いくらいだろうか。女子としては比較的長身の部類だ。ミチル達は、その声にハッとさせられた。

「ずいぶんいい声してるわね」

「ホントだ。声優みたい」

 ミチルとジュナにそう言われて、アリスと名乗った少女は目をキョロキョロさせて狼狽え始めた。

「とっ、とんでもない」

「廊下で立ち話もアレだし、お昼食べながら話そうよ。じゃね、ハルト」

 すると、ハルトは呆気に取られたようにミチルに抗議の目を向けた。もう、その様子でハルトの魂胆は見え見えである。


 勝手知ったる校庭の芝生に、ミチルたち3人は座って昼食を広げていた。模擬店で買い込んできたケバブ、ホットドッグ、焼きそば、フライドポテトなどなど。自分たちの文化祭ではこうして外で食べられなかったので、それをここで取り返した気分である。

「ハルトのやつ、紹介するのを口実にキレイな先輩とお近付きになりたかったんだな」

 ケタケタとジュナは笑いながら、ケバブに噛み付いた。

「アリスってのも、ストレートな名前だな」

「はっ、はい、変わってるねって言われます」

「もっと凄い名前あるだろ。むしろフツーだぞ、アリスなんて」

 ミチルのクラスメイトにも凄いのがいる。読めない、呼びづらい、似合ってない、の三拍子が揃った男子が。それに比べれば、アリスなんて普通すぎる。

「あのっ、みなさんのご活躍、夏のラジオ放送から聴いてました」

「ラジオから?そいつは筋金入りだな」

 校内の部員勧誘ライブを、地元のラジオ局が放送した時だ。もうミチル達も忘れかけていた。

「校内放送でも、お作品を放送しています。友達にも広めたり」

「ありがとう。ファンの鑑ね」

「受け取るだけでなく、広めたいと思うので。今度のジャズフェスの事も、校内放送で宣伝してます」

 顔立ちは可愛らしいが、なかなか主張は強めの女の子だ。何となく他人のような気がしない。

「行き過ぎると公私混同とか言われるから、校内放送は程々でいいよ」

 ミチルは笑いながら、缶のミルクティーを傾けた。母校の芝生の匂いを嗅ぎながらのランチは、3年前に戻ったような気分だ。

「ジャズフェス、頑張ってくださいね。スカパーで放送されるみたいなので、楽しみにしています」

「うん、ありがとう。ところで、ずいぶん話し方が明瞭だけど、何か勉強してるの?」

 ミチルは、アリスの張りのある声に感心した様子で訊ねた。すると、アリスはおずおずと話し始めた。

「私、声優を目指してるんです」

「声優か!なるほどね」

「はい。うちの中学は演劇部がないので、声の練習ができる所となると…」

「放送部しかなかった、ってわけか」

 ミチルとジュナは興味ありげに耳を傾けた。フュージョン部はボーカル主体ではないので、あまり声に関しては熱心ではない。

「なるほど。目指してる人とかいるの?」

「目指してるっていうか、凄いなって思うのは、早見沙織さんとか、日笠陽子さんとか…」

 言われてなんとなくミチルは納得した。マヤ、クレハから教わって声優というものも多少わかるようになってきたが、アリスの声は今挙げた両者に通じるものがある。中音域に独特の張りがある声質だ。

「うちのクレハがアニメオタクだからね、話合うと思うよ」

「そうなんですか!?」

 だいぶ驚いている。クレハは見た目だけだと単なる美少女だが、中身はゲームオタクのマヤがドン引きするようなアニメ・漫画オタクである。

「アニメのサントラ作るのが夢だ、って言ってるからね。将来、同じ作品に関わってるかも知れないよ、あと20年くらいしたら」

「頑張ります!」

 言葉を真に受けるタイプだ。ミチルは、こういうタイプが嫌いではない。夢を掴めるのは一握りだ、なんて最初から冷めた事を言われるよりずっと好きだ。

 色んな形で、なりたい自分を描いている人間がいる。それは、叶っても叶わなくても素敵な事だ、とミチルは思った。

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