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Light Years  作者: 塚原春海
Autumn Festival
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95/187

Glowin'

 パシフィックオーシャン・ジャズフェスティバル。ファンの間では、長いので"PJ"と略される。昨年はメルボルン、その前は台湾で開催された。日本で開催されるのは、7年ぶりとなる。

 特徴的なのはキャリアの浅い新人も多数出演する事で、このライブをきっかけにブレイクするアーティストも少くはない。ミチルは出演を決め、メンバーも異論はなかった。クレハには、すぐに出演希望の旨をレーベルに伝えてもらう事にした。今回は、きちんと主催者からギャラが出る。


 だが、出演に異は唱えなくとも、ミチルに提言があるメンバーはいた。"参謀長"マヤである。

「新曲?」

 ミチルは、マヤから受け取った譜面を見た。ここは駅の喫茶店である。今日は土曜日で、バンド練習できれば良かったのだが、この土日は予定が入っているメンバーが多く、リーダーと参謀長だけで打ち合わせをする事になったのだった。マヤはジャズフェスについて話す前に、自身で作曲した新曲がある事をミチルに伝えてきた。

「どんな曲調?」

「デモを弾いてみた。シンセだけど、メインはあなたのサックス」

 マヤがスマホに入っているデモ演奏音源を、ワイヤレスイヤホンで聴かせてくれた。簡単な打ち込みのドラムス、ベースも入っている。

 ミチルは、その緩やかでメロディアスな調べに小さく頷いた。自分にはまだ作れないタイプの、雄大なバラードだ。

「和泉宏隆だ」

「正解」

 マヤはあっさりと認めた。明らかに、元T-SQUAREで数々のバラードの名曲を生み出した、和泉宏隆の向こうを張った曲調だ。無難といえば無難だが、それなりにいい曲ではある。

「デモ演奏だけど、メロディーを主体にするから、バック演奏は何も難しくない。あえてシンプルにした」

 確かに、譜面を見ても難しい所は何もない。ちょっと練習すれば、今のバンドの実力ならすぐステージでやれるだろう。だがミチルは、サックスとピアノのソロだけは部分的に若干複雑な事に気付いた。

「私達は地味に忙しいね、ソロパート」

「そう。この曲は、サックスとピアノの演奏クオリティーにかかってくる。凡庸な演奏をすれば、デパートの閉店BGMになる」

 その喩えにミチルは吹き出しつつも、表情を強張らせた。デパートの閉店BGM。

「シンプルなものほど一番難しい、ってやつ?」

「そのとおり。ボーカルのアカペラ、あるいはヴァイオリンのソロ然り」

 マヤはアイスコーヒーを一口吸うと、ミチルの目を見て言った。

「ジャズフェス当日まで、覚えられる?」

「はあ!?」

 ミチルは思わず身を乗り出した。

「あと何日あると思ってるの!?来週の土曜日、つまり一週間もない!無理でしょ」

「もっと無理な事、私達学校のストリートライブでやってたわよね」

 マヤはミチルの唇に、人差し指を当てて言った。ミチルは黙らざるを得ない。実際そうだからだ。

「2日かそこらで何曲も覚えて演奏してたの、月日にすればつい4ヶ月足らず前の話よ。あれに比べれば、正味5日で1曲覚えるなんて、どうって事ないわ」

「理屈屋め」

「理系高校の生徒だもの」

 まったく反論できない。ミチルは細い目を向けつつ訊ね返した。

「今覚えてる楽曲じゃダメなの?」

「私たちはレパートリーがまだ少なすぎる。10曲に満たないのよ。フルアルバム1枚も作れやしない。つまり、今までの楽曲はもう、少なくともリリース面でのインパクトという意味で、賞味期限を過ぎているの」

 それは、バンドの現状をシビアに突いた分析だった。確かに楽曲は少ない。リアルに言うと6曲である。出来てはいるが、まだ正式にレコーディングしていないものが2曲。それと今マヤが持ち込んだ楽曲を加えても、まだ9曲だ。

「だから、ミチル。私たちはまず、レパートリーを増やさないといけない。無難なもの、あるいは失敗作が生まれるのも、承知の上で」

 マヤの指摘は、だいぶ大それたものではある。何がと言えば、そもそも自分達はまだ高校2年生である。にもかかわらず、もうすでにひとかどのアーティストの姿勢があった。プロ意識というものを一番強く持っているのは、間違いなくマヤだ。

 現実的な事を言えば、ミチルは嫌いな言葉だが、プロのアルバムにも”捨て曲”というものは存在する。もっとシビアな事を言えば、ヒットシングル以外に特筆すべきものはないアーティストさえいる。レビューではどんな曲でも名曲にできるが、実際はアーティスト自身が気持ちを込めていない、としか思えない楽曲も多い。

「念のため言っておくけど、手を抜けっていう事じゃないわよ。本気で作っても、失敗作は出来るってこと。それは仕方ない。失敗作なら、演奏しなきゃいいだけの話なんだから」

「…言いたい事はわかる」

 ミチルも頷くほかない。マヤは楽曲制作やバンドのあり方に関して、踏み込んだ話も遠慮なしに切り込んでくれる。耳に痛い事も言うのだが、そこはガマンしよう。

「わかった。新曲、当日まで演奏できるようにしておこう。そのうえで、ジャズフェスのセットリストはどうするの」

「いちおう考えておいた。これでどう」


 1.Detective Witch

 2.Friends

 3.Seaside Way

 4.Shiny Cloud

 5.Dream Code

 6.(新曲)


 メモアプリに打ち込んだセットリストに、ミチルは首をひねった。確かに、ライブといっても毎回同じ曲ばかりやっている。もう、新曲以外は練習の必要がないくらいだ。マヤの言っている事が、こうしてリストになるとリアルに理解できた。

「なるほど。毎回同じだわ」

「でしょ。初見の人はともかく、もし私たちの楽曲をきっちり聴いてくれてるファンがいたら、”またかよ”ってなる」

「うむむ」

 ミチルもさすがに焦りを覚える。もうすでに、楽曲を”作らなくてはならない”フェーズに入っている。

「まあ、今考えてもどうにもならない。それはそれとして、新曲のタイトルは決まってないのね」

「…正直に言う。私、タイトル考えるの苦手なんだ」

 マヤはテーブルに突っ伏すように白状した。

「"Friends"なんて、ひねりも何もないでしょ」

「うーん。そんなものじゃない?それ言ったら、フュージョンの名曲なんて普通のタイトル揃いだよ」

 ミチルは思い付くものを列挙した。"Big Idea"に"MIDNIGHT RENDEZVOUS"、などなど。だが、マヤは納得していないらしい。

「ミチル、この曲のタイトル考えてくれる?」

「丸投げか」

「たのむ。好きなように決めていいから」

「うーん」

 ミチルは腕組みして首をひねった。ほどなくして、指をぱちんと鳴らす。

「"Twilight In Platform"でどう」

「…参考までに、どういうふうに決めたの」

「なんか黄昏っぽい曲調だし。秋の黄昏時のプラットホームって、風情あるでしょ」

 ミチルの答えに、マヤは呆れているのか、心底感心しているのかわからない表情を向けた。

「なるほど」

 マヤは、神妙な顔でセットリストにミチルが考えたタイトルを打ち込んだ。どうやらこれでいいらしい。

「私たちの演奏が終わるのは、予定通りなら16時半くらい。秋なら、もうだいぶ陽が傾いている時刻ね。ふさわしいタイトルかも知れない」

「いいの?2分で決めたタイトルだけど」

「たぶん私が5時間考えたタイトルよりいい」

 そこまで卑下せんでも、とミチルは思うが、マヤはマヤで生真面目なポイントがある。あまりそこは突っ込まない事にして、ミチルは話を進めた。

「まあそういう事なら、私は私でサックスのパート練習しておくよ。アルトでいいんだよね?」

「アルトの音域に合わせて作った。私も練習しておく。他のメンバーにも、クラウドでデモ音源と譜面は渡しておいたから、確認はしてるはず」

 譜面。ミチルは、マヤが譜面を書ける事を素直に尊敬していた。

「…譜面、勉強するかな」

「おっ、ようやくその気になったか」

「うん、実はね」

 ミチルは、ユメ先輩から音楽理論を学ぶべきだ、と進言された事をマヤに話した。マヤは、我が意を得たりといった様子で頷く。

「そうだね。私も、そう思う」

「どう勉強すればいいのかな」

「まあ、ガチでやるなら音大に行く事になるだろうけど」

 マヤの表情からして、それは構想外の事のようだった。

「まず、ハッキリさせよう。私たちはもうすでに、気付いたら実質デビューしてるわけだ」

 デビュー。マヤは、あっさりとそう言った。事実その通りである。ただし、まだ活動の規模は小さい。学業との兼ね合いもあるし、仮にどこぞの天才少年棋士みたいに高校を中退したとしても、音楽だけでやっていけるような体制もできていない。とりあえず形としてはデビューしてます、というレベルだ。それでも、とマヤは言う。

「すでにこうして、ジャズフェスに招かれるような事態にもなっている。こういう状況だと、音大というのは活動の足枷にもなりかねない。どっちも中途半端になる」

「じゃあ、どうするの」

 ミチルは訊ねるが、さすがのマヤも即座に答えは出せない。そもそも、ミチル達が決めたからといって、そっちに進めるかどうかはわからないのだ。おとなしくこのまま理系の大学に進め、と言われるかも知れない。

「わからない」

 マヤはまたしてもあっさりと、プランが思い付かないことを認めた。どういう道が自分達にあるのか、一番いい形などすぐにはわからないだろう。

「ま、とにかく、先の事を考えておくのは良い事ね。今は目の前の2つのライブに集中するとしましょう」

「え?」

 ミチルは、マヤの言葉に違和感を覚えて訊ねた。

「2つのライブ?」

「あなた、忘れてるでしょ。小さな街角ライブ」

「…あっ!!」

 完全に忘れていた。11月4日の土曜日のジャズフェスの翌日、11月5日の日曜日は、市内の駅前通りにある広場で、バンドが多数出演する恒例の「小さな街角ライブ」があるのだ。市民音楽祭のような規模には程遠いが、秋の恒例イベントとして親しまれていた。

「フュージョン部は毎年出てるものね。まして今年は、話題のザ・ライトイヤーズが在籍しているとあっては、出演しない事になったら、さぞかしガッカリされる事でしょうね」

 ミチルに冷や汗が流れる。2日連チャンのライブ。しかも、茨城まで遠征して帰って来た翌日である。まともにやれるのだろうか。

「ま、たかだか数十分のライブなんて、連チャンとは言わないわよ。武道館でクリスマスに3時間半のライブを、2日続けてやるバンドもいるのよ。そんなのに比べたら」

「比べる対象が間違ってるでしょ」

 ミチルは眉間を指でつまんで考え込んだ。自分達だけ出るなら問題はない。だが今回は、3年生の佐々木ユメ先輩も一緒にステージに立つと約束したのだ。つまり。

「先輩との音合わせも同時進行か」

「なんだったら、新曲は無しって事にしてもいいわよ。無理だって言うなら」

「むっ」

 ミチルはカチンときてマヤを見た。マヤは意地悪な笑みを浮かべている。無理、とか言われると、がぜんやる気になるミチルの習性をよく理解しての誘導だった。ミチルもそれを承知の上で、あえて乗せられてやる。

「やってやるわよ、新曲も音合わせも!マヤ、あんたはこの土日なにもないんでしょ、まず私と新曲の音合わせに付き合ってもらうからね!」

「そうこなくっちゃ。持って来てもらって正解だったわね」

 マヤは、ミチルの傍らに立てかけられた、アルトサックスとEWIのケースを指差して微笑んだ。


 同じころ、フュージョン部1年生の演奏チーム5人は、驚きの表情でとある場所の前にいた。

「ここ…でいいんだよな」

 獅子王サトルは、目の前の表札を確認した。大理石にくっきりと”村治”と彫られている。その表札が掲げられている門は、年季の入った数寄屋造りの門だった。門の向こうには同じ数寄屋造りの大きな屋敷が見える。

「おっ、押すぞ」

「早く押しなさいよ」

 キリカに言われて、サトルは数寄屋門に若干似合わない、カメラ付きのドアホンのスイッチを押した。ほどなくして、若い女性の声が返ってくる。

『はい』

「あっ、あの、僕ら薫くんと同じ部活の…」

『ああ、伺っておりましたわ。いま開けますので、お待ちくださいね』

 女性の声のあと、檜の門は自動で音もなくスーッと開いていった。古風な門だが、中身は現代の設備である。

「ここが村治くんの自宅…」

 リアナは、門の奥に続く松の木や植え込みがある前庭と、その背後にある立派な屋敷を見た。これがかつて、幼少の頃にギター教室で師事した、クラシックギタリスト・村治幸之助の邸宅。薫くんからの話だと、彼の両親は仕事で海外におり、今はこの邸宅に住んでいないそうだ。薫くんは祖父母と、お手伝いさんの何人かとともに暮らしているという。

 リアナ達は、薫の自宅が見たいという単なる好奇心で行っていいか訊ねたところ、薫はいつもの調子で「別にいいよ」と快諾してくれたのだ。

 門で突っ立っていても仕方ないので、5人は屋敷の玄関に向かって歩いた。すると、玄関から見知った顔の少年が現れた。

「ようこそ」

 ゆったりした柔らかいパンツにダンガリーのシャツを着た、村治薫少年だ。眼鏡を外しているので、いつも以上に女の子っぽく見える。

「ここまで迷わなかった?」

「実はちょっと迷ったわ」

 リアナは正直に言った。マップアプリで確認しながら来たにもかかわらず、屋敷に通じる道路はうっそうとした木々で覆われており、衛星写真では道路が見えないのである。騒々しい市街地から外れた所にひっそり立つ屋敷は、なんとなく薫くんの性格そのものに思えた。

「上がって」

「おっ、お邪魔します」

 アンジェリーカ達は、高名なギタリストの邸宅ということで緊張しているらしかった。リアナは直に会った事があるので、久々に顔を見られると思っていたのだが、レコーディングで現在イタリアに行っているという。いまだ精力的に活動しているようだ。


 薫の招きで足を踏み入れたのは、広々としたシアタールームだった。邸宅とは渡り廊下で離れている。200インチはありそうなスクリーンの両脇に、長大な煙突のようなスピーカーが屹立していた。旧オーディオ同好会による自作スピーカーよりも、さらに背が高い。スクリーンのずっと手前に見るからに高級そうなオーディオ装置とチェアーが置かれ、その後ろに8人くらいが座れるテーブルがあった。

「座ってて。今、お茶を用意させるから」

 薫が出て行ったあと、5人はテーブルに座ったまま溜息をついた。

「どこか私たちと違うと思ってたけど、こんなお屋敷で育ったのね」

 アンジェリーカは、テーブルひとつ取っても見るからに上質な素材なのを見て嘆息した。薫は自分達と違って何となく育ちが違う、というのは感じていたが、市橋菜緒先輩や、千住クレハ先輩のようなタイプとは違う。

「すげえな、ここでレコーディングできたら、いい音で録れそうだ」

 サトルは天井に走る威厳のある梁を見上げた。確かに、広々として作りも頑丈だし、話し声の響き方もスッキリしていて気持ちがいい。ドラムスも、ギターも綺麗に響いてくれそうだ。そして数年後この空間が、あるグループによって本当にレコーディングに使われる事になるのだが、この時は誰もそうなるとは考えてもいなかった。

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