037
(だ、大丈夫。今はまだ、こっちのペース……)
自分自身に言い聞かせる。
静寂に包まれた森の中。
近付く足音が聞こえることもなければ、魔力を感知することもない。
今回、三凪達はまだ一度も襲撃を受けていなかった。
(周りに仕掛けられても……いない。やっぱりまだ、この近くに来てない……)
それこそが一番の狙いだった。
一度も攻撃を受けないなど不可能。
自分以外に戦闘を全て任せ、かつそのまま勝利するようなことがなければあり得ない。
「にしても、よかったのかよ? 天条のコト、一人で行かせて」
ただ、今のこの状況は、それに近いと言えなくもないようなものだった。
(天条くん……)
三凪には今、桐葉の状況を正確に把握する術などない。
桐葉本人の移動速度と、経過時間。
ふたつの要素を用いておおよその見当はつけられるが、それだけだ。
彼が今、何人を相手取っているのか――そもそも、戦闘に突入したのか。
別行動である以上は、知りようがなかった。
「あれらに後れを取るような桐葉ではありませんから」
「うお、珍し……」
「珍しくなどありませんよ。全く。現に前回も後れを取るようなことはなかったでしょう」
封魔石の魔法が三凪達の元に響くことはない。
同時に、脱落者が出たことを知らせる嫌な音色も響かない。
それは、今も桐葉が作戦に従い動いていることを意味していた。
衣璃亜が言った通りだろうとは、三凪も思っていた。
確かに2811には上級生も多いが、桐葉の経験値と手決して浅いものではない、と。
もっともそれは、桐葉の勝利を確約するものではなかったが。
「そりゃまあ、確かにそうだったけどよ、今はそうじゃないっつーか……な? あるだろ?」
「少なくとも私にはありませんね」
「容赦ねぇええ……一刀両断かよ…………」
「文句を言われる筋合いはありませんよ」
そんな状況にもかかわらず、衣璃亜に焦った様子はなかった。
三凪の目にはそう見えた。
あの衣璃亜に限って、無関心である筈がない。
桐葉に戦闘を押し付けかねないこのアイデアを、三凪は最初、衣璃亜に却下されると思っていた。
桐葉一人に負担が集中してしまうことは、立案した時点ではっきりしていた。
そのことだけが、不思議だった。
「桐葉に他の相手を任せている以上……他のことにうつつを抜かしている時間などありませんよ。少なくとも、私には」
衣璃亜のその言葉を聞くまで、理由に検討すらつかなかった。
その目に、三凪は自らが抱えるような不安を見出すことはできなかった。
あくまでも自らがやるべきことを成すだけだと、衣璃亜の目が告げていた。
(きっと……天条くんが勝つことを、信じてるから……)
負ける可能性は著しく低い。
一人になった後、全員を連れて離脱した実績もある。
しかし、三凪は『もしかしたら』という嫌な予感を、拭えなかった。
(……きっと、天条くんも……)
やはりどうしても、比べてしまう。
どうしてそう考えられるのかと、思わずにはいられない。
(でも…………)
あの時、桐葉が信じたのは衣璃亜のことだけではない。
だからこそ彼は今、こうして三凪達から離れて動いている。
チームでの勝利を、チームによる作戦で掴むために。
そのために三凪がやるべきことにも、変化はない。
「それで、次はどこに? さすがに、いつまでもこの状況が続くとは思えませんが」
「あ、はい……。えっと、ここから――」
衣璃亜に促され、次に進むべき道を閉めそうとして。
「やぁあ――――っと見つけたぁ……」
その時になって――とうとう、2811の上級生に出くわした。
名前は知らない。
しかしさすがに、見覚えはあった。
「どんだけ移動してるのさ……おかげで一人になっちゃったよ、まったく」
肩に葉を乗せた2811の上級生は、堂々と姿を見せた。
封魔石が尽きるなど、あり得ない。
にも拘らず、その人物は三凪に不意打ちを仕掛けようともしなかった。
「……鴨が葱を背負って来るとはまさにこのことですね」
「て、天上さん、さすがにその言い方は……」
あまりの言いよう。
しかし、衣璃亜の目が、姿を現した上級生の両手両足に向けられていることに三凪は気付いた。
衣璃亜もやはり、疑っていたのだ。
(でも……)
周囲に他の反応はない。
間違いなく、現れたのは目の前の一人のみ。
(小城くん――!)
一瞬だけ左隣のチームメイトへ視線を送った。
当然、彼もその意図をすぐに汲み取った。
「あれ俺、ひょっとしてめちゃくちゃ舐められてる? これでも一応、前回はそっちのリーダーくんともやり合ってたんだけどな?」
「んなことないっすよ」
――2811の彼を捕まえるべく、小城は予備動作なく飛び出した。
「えっ、ちょっ……なに? なにコレ? どういうつもり?」
「衣璃亜ちゃん、天条以外には基本ああなんで」
困ったような声が聞こえたその時にはもう、2811の生徒の腕を捕まえていた。
「それより先に質問応えてさすがにこれはちょっと反則くないかなー、なんて思ったりするんだけども」
「見ての通りっすよ。こういう作戦なもんで……っ!」
相手の目論見が何であれ、この状況は三凪達にとっても好都合だった。
「いやいや、いやいやいや。さすがにないでしょ。ここまで来て相撲なんて。実戦だったらやばいよ? これ。こんな距離じゃ隙砲台されて終わりだし」
「けどセンパイ、こんな距離で撃ったら自分もただじゃ済まないっすよ? ちょっと爆発させただけでもそっちにダメージいくんじゃないっすかね」
「一年生にしてなんて恐ろしい発想を……」
無論、相打ちなど狙ってはいない。
抑え込むのは、あくまで直前まで。
小城を巻き込むような形は三凪も本意ではない。
「というかさ、なんか力強くない? さっきから押されっぱなしとかある?」
「へっ、なに言ってんすか。こっちはいつもあいつとやり合ってるんすよ……っ!」
「うわぁ……嫌な説得力……」
――脱落者を知らせる音色が響いたのは、それから間もなくのことだった。




