014
「……上手く事が運び過ぎではありませんか? いくらなんでも」
公園のテーブルに荷物を下ろしても、まだイリアは疑っていた。
噂に合わせて、渡辺から教えてもらった場所。
年季の入ったテーブルやベンチも揃っていて、休憩場所にはもってこい。
学校から最も近い――それでもおよそ徒歩二〇分――目撃ポイントは、目と鼻の先。
遠目に眺めるだけなら、ここからでも余裕。
「そうでもないって。直接見て回らなきゃいけないことに変わりはないんだし」
「だからこそです。……こんな地図を意味もなく作るとは思えませんよ。私には」
それもこれも、渡辺が渡してくれた地図のおかげ。
小さなメモ書きに見えるけど、目印は書いてある。
大通りから曲がった後、裏道でも全く迷わ渦なったのはこれのおかげだ。
「それはあれだよ。他で使う予定があって調べていたとか」
個人的なものかもしれないし、そこまでは聞けない。
そんなにヤバい代物なら、俺達に渡そうだなんて思わない筈。
今日中に行く事くらい、渡辺も分かってただろうし。
「それに……もしそこまで気になってるなら、部活を休んでこっちに来たんじゃ?」
少なくとも、渡すだけ渡してほうっておくなんてことはしない。
俺がその立場だったら、きっとそうする。
とはいえ、イリアの疑問も全く分からないわけじゃないから――
「それはどうでしょう。あなたと私の仲に気を遣ったのかもしれませんよ?」
「……そこまで本気で疑ってないな、さては」
「当たり前です。さすがに私もそこまでは疑いませんよ」
おいこら。
さも当然のことのように、イリアは言った。
疑う理由が一体どこにあるのかと言わんばかりの態度。
「怪しいところがあればその時点で止めていましたよ。全くないとまでは言いませんが」
「用意が良すぎるって? ……まあ、それは確かにそうだけど」
実際、手際が良かったのは間違いない。
俺達があの公園を調べていると知って、すぐに地図を渡してくれた。
新しく書くでもなく、自席に取りに戻るでもなく。
いつ頼まれてもいいように用意していたと言われたら、きっと納得していたと思う。
「そういうことです。……杞憂に終わるとは思いますが」
「同感。まさか魔力を隠した教団の仲間、なんてことはないだろうし」
「えぇ、あり得ないでしょうね。もしそうだとしたら、大した度胸です」
組織の域がかかったところに単身乗り込むなんて、本当にめちゃくちゃな話。
リスクに見合うリターンもない。
予想の裏を突いたところで、何もかもをひっくり返せるわけじゃない。
「それにしては、少々詳し過ぎると言わざるを得ませんが」
「……二回目の」
――ただ、イリアの言い分も否定はできなかった。
まず渡辺が教えてくれたのは時間と、回数。
今よりもさらに遅い時間。
見つけたのは仕事帰りのサラリーマンで、家に向かう途中。
バス停からは距離もあるから、ウォーキングがてら歩いていたらしい。
そしてその時、闇夜に浮かぶ光を見た。
それが一回目。丁度一〇日前の出来事。
組織のところにも、その日の話についてはちゃんと情報が寄せられている。
「この辺りに住んでいるわけでもないでしょう? ……目撃者と知り合いであれば別ですが、普通は聞く機会さえありません」
「そこなんだよなぁ……。噂で聞いたって言ってたけど、みんな出どころは知らないって言うし」
しかも、知っていたのは渡辺だけじゃなかった。
あの時教室にいた何人かも、その噂について知っていた。
――この場所で目撃されたのは、実は二回。
組織にも届いていなかった情報。
道すがら東雲先生にも伝えたけど、やっぱり驚いていた。
目撃したのは、買い物帰りの主婦だったそう。
人によってちょっとした違いはあったけど、大人の女性というところだけはブレなかった。
今から四日前、時間は丁度このくらい。
一人で自転車をこいでいる時、茂みの向こうで怪しく光る何かを見たのだという。
しかもその人は、サラリーマンが見た光のことを知っていた。
何事かと思って追い駆けて――しかし、すぐに見失った。
森の奥まで入り込んだとか、地蔵の前で消えたとか、怪しい話を含めたらそれこそキリがない。
ただ、二度目撃されたことだけは確かだった。
「その女性とやらも、どこの誰なのかは分からずじまい。……いくらなんでも出来過ぎていますよ。話が」
「噂になるくらいだから、話はしてた筈なんだよな……」
「そういうことです。――それの記憶を封じてしまうと、今度は噂にならないでしょう?」
住宅街に近い割には、子供の姿も見当たらない。
僅かな遊具も心なしか寂しそうに見える。
人通りもほとんどない。
たまにフェンスの向こうを車が通り過ぎていくくらい。
この場所に放ったとことで、目撃される方が珍しい。
見つかってしまったのも、おそらく向こうにとっては不幸でしかない。
――これまでに、一体何度この辺りを飛んでいたのか分からない。
「そういう意味でもおかしなところだらけなんですよ。この件は。誰かが便乗して妙な噂を流していると言われた方がまだ説得力があります」
「便乗……便乗かぁ……」
結局、誰がそんなことをしたのかって問題に逆戻り。
組織にそんなことをするメリットがあるとは思えないし。
でも、教団が便乗するというのもおかしな話。
あいつら以外にそんなものを作れるやつなんてまずいないだろうし、便乗も何もない。
「ちなみに、イリアが一番怪しんでるのって?」
「怪しいも何も、蝶とやらを作ったのはあれら以外にないでしょう。……一部の独断専行という可能性もありますが」
独断専行。それも全くありえない話じゃない。
それこそ、この前の親睦会の時みたいに。
派閥とかなんとか、免訴臭いものがあってもおかしくない。
「便乗とは言いましたが、あくまで可能性の一つでしかありません。……遠ざけさせるための噂にしてはあまりに中途半端ですから」
「じゃあ逆に、人をおびき寄せるための噂だった、とか。いるじゃん? 肝試しとかなんとか言って、乗り込む連中」
「そうなるといよいよあれらの仕業になりますね」
あまり現実的話じゃないとは、自分でも思う。
ただ実際、そう言う人が教団の標的にされやすいのも本当。
若い方がいいとかなんとか、来ていて頭が痛くなったのを覚えてる。
「……こんなところへやってくるもの好きがそう大勢いるとは思えませんが」
もちろん、そんなに多いわけじゃない。
ただ、それでもやっぱり調べに来る人は来る。
「――……あれっ?」
しかも、顔見知り。
……イリアが顔を顰めるのも無理はない。




