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リジルと深愛の空  作者: 夜長
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人質


 ガヤガヤと外が騒がしい。横になっているのか、伝わる地面の冷たさに重たい瞼を押し上げて、リジルは辺りを見渡した。どうやらテントの中で、辺りには袋が積まれていた。夕暮れ時なのか、辺りがオレンジ色に染まっている。

 動こうとして、うまく体が動かずリジルは視線を自分に戻した。手足が鎖に繋がれていた。どうやら睡眠薬を盛られたようで、頭が重く体動を打てない。

 しばらくすると、数名がテントの中へ入ってきた。とっさに目を瞑る。


「よく寝ているわね」

「これがジルベール家の泣き所なのか?まだ小娘ではないか」

「ええ。娘として1年前からジルベール家にいるわ。とても大切にされている。これで交渉はこちらに有利なものになるわ」

「王女様、陛下には?」

「既に伝令を送ったわ。セルフィーユが落ちるのも時間の問題ね」


 含むような笑い声に、リジルは背中が寒くなった。兵士と思われる2名と王女が立ち去った後、ゆっくり目を開ける。


「どうしよう」


 連れ去られて敵陣にいることに、リジルは動揺していた。そして、自分がジルベール家にさらに迷惑をかけてしまうという事実に目の前が暗くなる。


 しばらく呆然としていたが、また近づいてきた足音に、とりあえず寝ているふりをしていれば、大丈夫だろうとリジルは目を瞑る。


「こいつだ。まだ薬が効いていて起きない。とりあえずあとはお前に任せる」

「は、はい…」


 兵士が去ったのを確認して、近づいてくる足音。


「え?リジルさん!」


 聞き覚えのある女性の声に、リジルは薄っすらと目を開けた。膝をついた女性を見上げれば、そこには懐かしい顔がいた。


「ル…チア…さん?」


 まさかの再開に、二人とも二の句が継げないでいた。先に覚醒したのはリジルだ。


「どうして…ここに?」

「ちょっとしくじっちゃってね。捕虜になっちゃったのよ。そういうリジルさんは?」

「セルフィーユに、帰…る途中で」

「そう。って、鎖⁈」


 リジルの手足を見て、ルチアは驚く。


「説明、後でいい…?眠くて…」

「わ、分かったわ」


 次に目が覚めた時は夜更けすぎだった。ルチアの姿はなく、代わりに厚手の肩掛けがリジルにかけられていた。鈍く残る頭痛はあるものの、同じ姿勢で寝ていたためか節々が痛い。

 ゆっくり上体を起こすとこめかみに手をやった。ぐりぐりと揉めば少しすっきりする。頭もとにはお盆にパンと飲み物が置かれていた。それに反応したかのようにお腹が鳴る。


「そういえば、お昼食べてから何も食べてないか。いつもはお腹減らないのに、こういう時は減るのね」


 また薬を盛られているかもしれないと思ったが、背に腹は代えられず、リジルは少し硬いパンを小さくちぎって口に入れた。それが予想よりも硬くて、リジルは飲み物を口にする。ワインが入っており、しばらくすると体が暖かくなった。

 積まれた袋を背もたれにして、食べ終えると、満腹感でまたウトウトしだした。


「やっぱり…」


 連れ去られた時のような感覚がして、リジルはまた意識を手放した。




 ふわふわする。暖かい。


 リジルはそんなことを思っていた。地面の冷たさはなく、背中も暖かい。

 目を開ければ、やはりテントの中だったが、昨日とは違う場所へ移動させられたようだった。

 粗末だが簡易ベッドと布団があり、そこにリジルは寝かせられていた。ぼんやりと辺りを見渡していると、入り口からルチアが入ってきた。


「目が覚めたのね」

「あの、ここは」

「ああ、兵士にリジルさんのことを聞いてね。人質ならきちんとしたところに入れておかないと死んじゃうわよ。この間まで病人だったんだから。って言ったら、ここに移してくれたのよ」


 テントの中にはもう一台ベッドがあり、そちらはルチアが使っているという。どうやらモルダーという国では人質にも人権があるようだ。

 ルチアにもらった水を飲みほして、リジルはふうっとため息をつく。徐々に薬の効果は薄くなってきているようで、それにつれ頭もはっきりしてきた。


「人質として連れてこられたのは分かったけど、つまりはジルベール家に密偵がいたということよね。そういえば帰りは一人じゃなかったんでしょ?」

「はい。シェリーさんという侍女の方が送迎を。途中街道沿いで昼食をとった後に睡魔に襲われて。気づけばここに」

「じゃあ、そのシェリーっていうやつが怪しいわね」


「あの、ルチアさんはどうして」

「あ、やっぱり気になっちゃう?実はね、書類の偽造を発見して、サイモン様に報告しようとしてたのよ。そうしたら、後ろから手刀食らっちゃってね。あー、なんであの時一人で行動しようとしたのかが悔やまれるわ。つまりはジルベール家本体にも密偵は居たということよね。なんで気づかなかったのかしら」

「モルダーは、背後から見えないように工作するのがうまいと聞いたことがあります。心理戦は得意なのではないでしょうか」

「それでも悔しいわ。これでもしっかり訓練所で学んだエキスパートなのに、それよりも上とか悔しいったらありゃしない」

「あの、訓練所ではどんなことをするんですか?」

「ああ、まあいろいろよ。戦闘術から作法まで何でも。将来、自立して食べていけるように、全てのことがまんべんなく学べるの。学ぶうちに自分の得意なものが見つかった場合は、特に集中して学ぶことができるのよ」

「学校のようなものですか?」

「そうね。でも学校みたいに年齢制限はないから、子供から老人まで幅広く学んでいたわよ」

「ジルベール家はすごいですね」

「ヴィーネでは当たり前のことなんだけどね。セルフィーユは特に国境に接した辺境地だから、結構厳しいかも。自分のことは自分で守る。そういう意識が小さいときから身についていると思う。周りがそうだから必然とね」


 ルチアが顔を近づけ小声で言ってきた。 


「それよりも、今はここをどうやって逃げるかについてよ」

「そ、そうでした。ルチアさんは何か策が?」

「ここは東の国境沿いの山の中よ。国境までは約7㎞。補給基地として使われているみたい。兵士の数はおよそ70名。物資搬入時には荷物の他にも兵士の入れ替わりがあるわ。と、今調べているのはこれくらい。脱出方法はまだ検討中ね。何しろ守備が厚くて、隙がないのよ」


 あれこれ話をしていると、入り口から兵士が入ってきた。制服にプロテクターを身に着けているが、若干くたびれている。武骨な手には食事を乗せた盆が握られていた。40を少し過ぎたくらいだろうか。精悍な顔つきをしていた。


「飯だ。食えるか?」

 

 小さな卓にお盆を置いてリジルにそう尋ねてきた。殺気も何もなく、ただ気遣われることに、リジルはただただ驚いた。彼女にとって兵士とは畏怖の存在だったからだ。


「あの、ありがとうございます」

「いや、これも仕事だ。気にするな。むしろ、申し訳ない」


 謙虚な言葉にさらにリジルは目を丸くして驚いた。彼女の様子に兵士は苦笑する。


「モルダーはすでに大国だ。別にしなくてもいい戦争で人が傷つくのは忍びない。そう俺は思っている。だが、俺は兵士だ。言われればどこにでも行き、殺せと言われれば殺す。所詮国のコマだ。あんたらも、今は生かしているが、命令があれば殺す。それだけは覚えておいてくれ」


 言いたいことを言ったのか、兵士はテントから出ていった。


「ああいう兵士もいるのね。ご親切に捕虜に忠告までして。って、リジルさん?顔色が悪いけど、大丈夫?」

「あ…大丈夫です。兵士は怖いとずっと思っていたんですけど。よく考えたら、彼らも何かを守ろうとして戦ってるんですよね」

「そうね。でも、結局守ろうとするものが違う時点で、私たちは敵ということよ」



 夜、リジルは寝付けずに寝返りを打っていた。静かなテント内には外で見張りをしている兵士の足音と、ルチアの規則正しい寝息が聞こえるだけだ。


《先生を探すといって出たのに、結局敵に捕まってしまった。迷惑かけてばかりだわ。この先、どうしよう。手洗いで外に出た時も陣の出入り口は兵士で固められてた。数メートル置きに見張りも立っていたし、でも、どこかに隙は無いかしら…》


 いろいろ考えているうちにウトウトしていたらしい。喧騒が辺りを包んでいることに気づいたのは、ルチアが慌てた様子でリジルの肩を揺らしたからだ。


「リジルさん!起きて!」

「な、なに…」

「火攻めよ!とにかく逃げなきゃ」


 テントから出ると、兵士たちが右往左往していた。出入り口辺りからは爆音も聞かれる。辺りは火の海で、炎が轟轟と燃え盛っていた。炎と兵士の間を潜り抜けて、出入り口とは反対方向へ避難をする。あと少しで陣外というところで、人影が二人の前に立ちふさがった。


「逃がしはしない。特にリジル、あなたは」

「!!シェリーさん」


 ニタリと笑うシェリーに、リジルとルチアは一歩下がった。


「一緒に来てもらうわよ。モルダーに」



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