襲撃
ジルベール家本邸の執務室にはサイモンとアレクが顔を合わせていた。
「アレク、守備はどうだ?」
サイモンに聞かれて、アレクは現状報告をしていく。間諜として毎日飛び回っては情報を集めてくるジルベール家の次男坊は、いつも柔和なその額に眉間を寄せている。
「西地区で小競り合いが起き、小隊50名のうち11名が負傷。死者は無し。敵は山へ一時退却。こんなところね」
「そうか。村民を避難させておいて良かった」
「城壁近くじゃ、やっぱり巻き込まれてしまう人間も少なからずいて、こっちは誘導に必死よ」
ため息をつくアレクにサイモンは苦笑した。
「そういえば、ノアルはどうだ」
「野戦病院で激飛ばしてたわよ。もうちょっと優しくできないのか尋ねたら何ていったと思う?軟弱な精神にくれてやる優しさなどない!お前らさっさと傷治して防御を固めろ。兵士だろ!って。まあ、正論だからぐうの根も出なかったんだけど」
「あいつらしいな」
「それでいて、こまごま世話焼くから、なんだかんだで頼りにされてるのよねえ。分かってやってんのかしら」
「昔から世話好きだったからなあ」
「そうだ、南地区の城壁監視から連絡があって、モルダーからの援軍5千合流したようよ」
「ふう、ようやく動くか。こちらの兵力は」
「中央からの援軍合わせ1万。相手方も1万」
「兵力的には互角か。俺も出る。クロード」
「はい」
「家を頼む。必要であれば避難しろ」
「賜りました」
「アレク、各部隊に通達。これよりセルフィーユは臨戦態勢に入る。この地に足を踏み入れようとしたこと、後悔させてやるぞ」
怒号が大気を揺らす。火薬と肉の焼ける臭い。戦火は南地区を皮切りに、東地区へも余波は広がっていった。
「うう…」
「ぐ…ふぅ…」
連日負傷した兵士が担ぎ込まれて、ノアルは不眠不休の仕事をしていた。まるでユダーに戻ってきたかのような忙しさに、頭をガシガシ掻いた。
ぼさぼさで伸びてきた髪を一つにくくり、無精ひげはそのままで、眼鏡の奥にはひどいクマとうつろな瞳が目の前の患者を診ている。
その処置だけは完璧で、次から次に運ばれてくる兵士たちを淡々と治療していった。
一通り終わると、医者仲間のレオが、昼飯と言ってパンとシチューを渡してきた。ありがたく受け取って、テント裏の隅に座りがつがつ食べる。
食べ終わり、つかの間の休憩。空を見上げれば、雲一つもない青い空が広がっていた。リジルと離れて約一年。あっという間に戦火が広がり、慌ただしくなった現状に、ノアルはため息をついた。
「リジル…」
「お前の想い人か?」
「レオ」
ノアルの横に座って、シチューを食べ始めたレオは、にかっと笑う。
「女嫌いのお前がようやくなあ」
「まあ、向こうはその気がないみたいだがな」
「え?まさかの片思い??」
「まあ、あいつからすれば、俺は医者で、兄みたいなもんだからな」
「へぇ。もしかして病人?」
「だな。ユダーで負傷したのを助けた」
「お前、ユダーにいたの?」
「あれ、言ってなかったか?」
「聞いてねえよ。まあ、俺もここ来る前は中央でこき使われていたから、知るすべも無かったけど」
「あんまり無茶するなよ。年だろ?」
「やかましいわ。いや、そうだな。もう今年50だしなあ。お前いくつになった?」
「今年で29」
「俺が年取るわけだ。はあ、俺にも天使が舞い降りてくれないかなぁ」
「バツ2が良く言う」
「仕事が多忙すぎて、家帰った時には離縁状一枚置かれてたんだよ。薄暗い家に帰ってそれを発見した時の俺の気持ちがお前に分かるか?」
「そりゃ、まあ、ご愁傷様」
その後も他愛のないことを話していると、にわかに騒々しくなる。何事かと表へ行けば、伝令兵が叫んでいた。
「動けるものはすぐに退却しろ!敵がそこまで来ている!!」
表を見ると、焼けた空が見えた。喧騒はまだ遠く、目視で到達までおよそ20分。
「レオ!」
「おう!」
テント内にいた医者や負傷兵に声をかけながら、動ける者を誘導すべく二人は走った。とりあえずすぐ裏にある丘の洞窟へ避難を始める。
避難も終わりかけの頃、二人はまだテントにいた。
「とりあえず動けるやつは避難終了でいいか」
「俺たちも逃げるぞ」
テントを出ようとしたその時、爆風が襲った。体が宙に浮く。
「ノアル!!」
レオの呼ぶ声を最後に、ノアルは意識を手放した。
後日連絡を受けてアレクが現場に行けば、野戦病院は跡形もなく消えていた。一部テントの残骸と、まだくすぶっている火だけが惨状を示している。
「ノアルはここで?」
「はい。一瞬で爆風に包まれて。俺も逃げるのに必死で」
そう言ったのは、半身に包帯を巻いたレオだ。
あの後、援軍の到着で鎮圧されたものの、テント付近で消息不明者が3名出ており、その捜索にもアレクは当たっていた。その中に、弟が含まれると知ったのは、今朝のことだった。
現場を取り仕切っていた兵士が現状を報告する。死者23名。全て負傷兵だったという。
「3名すべてが医者…。遺体が無いということは、連れ去られたのかしら」
「その可能性は否定できません」
「すぐ調べて頂戴。私は司令部に報告を上げに行くわ」
「了解」
兵士が去り、隣にいるレオにアレクは目をやる。憔悴しきった顔で、辺りを見渡し、俯く。
「レオは戻って。悪いわね、負傷しているのに」
「いえ。まさか、ノアルがいなくなるなんて」
「そんなに思い悩まなくていいのよ。多分ノアルなら大丈夫だから」
司令部に戻ったアレクは、奥のテントへ歩みを進めた。中に入ると、サイモンと軍の司令官が顔を合わせて卓上の地図を指しながら会議中だ。
「アレク、戻ったか」
「野戦病院での死者は23名。皆負傷兵よ。消息不明が3名。こちらは全て医者だった。その中にノアルも含まれてる。行方が分からない者についてはすぐ調べるよう命令を出しておいたわ」
「…そうか」
一時重い沈黙が場を包んだが、サイモンがペンで地図に×をつける。
「ここまで手こずるとはな」
「南の侵攻が思ったより早かった。守りを固めるため兵の陣営を変更した。ここには兵を…」
会議が再開したため、アレクは静かにテントから出た。
「どこに行ったのかしらねえ。ちょっと気になることもあるし、とりあえず潜ろうかしら」
アレクがノアル捜索に取り掛かり数日した頃、リジルはセルフィーユまであと少しのところまで来ていた。
「リジル様、少し休憩しましょう」
シェリーがそう言って街道沿いにあるスペースに車を止めた。道端には小川が流れており、木陰が気持ちいい。
車を降りたリジルは小川に足を浸した。少し冷たい水が逆に心地よい。タオルを取り出して浸し絞ると、顔にも当てた。
小鳥や虫の鳴き声が辺りに鳴り響いている。
「こんなに穏やかなのに」
「本当に。クロードよりセルフィーユ内の情勢を聞きましたが、南区が苦戦しているらしいです。こちらの街道はヴィルキスからセルフィーユに伸びる北の街道ですから、戦火が及ぶ恐れはほぼありません」
そのまま昼にするとのことで、シェリーを手伝う。手伝うといっても、別邸で作られた保存がきくスープをコップに注ぎ、パンと果物を取り出して完了である。
少し固めのパンをスープに浸しながら食べていると、シェリーが小川の奥をじっと見ていた。
「どうしたの?何かいたんですか?」
「あ…いえ。リジル様、食事していてください。私ちょっと辺りを見てまいります」
「はい」
そう言うと、茂みの中に消えていった。食事に時間のかかるリジルは、小川の横で残りの果物を食べていった。
「あれ…」
眩暈がする。地面が揺れる。思わずリジルは肘をついた。何が起きているのか分からなかった。次第に体の力が奪われていく。
地面に伏して霞む視界に佇む人影。リジルはその顔を見ようと力を振り絞るが、確認するより先に意識を手放した。




