01.魔王城の朝、完璧なる給仕
魔界の天頂に、蒲公英色の鮮やかな黄色の太陽が昇る。人間界のまばゆい白っぽい朝光とは違い、夜の帳を華やかに押し広げるような厳かな光が、城のステンドグラスを透かして床に鮮やかな模様を描き出していた。
奏は一人、静まり返った回廊で足を止め、手元のチェックリストに目を落とす。
「よし。シーツの皺よし、廊下の塵もなし。調度品の埃も……うん、綺麗に落ちてる」
リネンの清々しい香りを漂わせたメイド服の裾を翻し、奏は満足そうに頷いた。
この服は、魔王城のお抱え仕立屋が総力を挙げて奏のために作ってくれたものだ。漆黒の生地は魔界最高峰の蜘蛛の糸で織られていて、驚くほど軽くて動きやすい。胸元や袖口にあしらわれた純白のレースは、まるで雪の結晶のように繊細で、鏡を見るたびに少し気恥ずかしくなるくらい、自分の身体にぴったりと馴染んでいた。
前世でアイドルをしていた頃は、きらびやかで派手な衣装ばかりを着せられていた。それに比べれば、この落ち着いた配色の服は地味なのかもしれない。けれど、奏は丁寧に仕立てられたこの服がとても気に入っていた。何より、これを着て城の中を忙しなく動き回っている時間は、奏に奇妙な安らぎを与えてくれた。
手にした銀のトレイをもう一度磨き上げると、鏡のような表面に、我ながら非の打ち所のない『完璧なメイド』としての奏の姿が映り込む。中性的な顔立ちは、過酷な経験を経て少し大人びたものの、アイドル時代の面影を色濃く残したままだ。
「ふふ、これならマルバスさんにも合格点を貰えるかな」
誰に聞かせるでもなく小さく呟き、奏はふわりと微笑んだ。
人間界からこの魔界へと、文字通り放り出されるようにしてやってきたあの日から、どれほどの月日が流れただろう。無能と言われ、勇者や聖女に道具のように扱われ、最後には冷酷に切り捨てられた。あの時の絶望と、凍てつくような孤独は、今でも時折胸の奥をチクリと刺す。
けれど、今の奏には帰るべき場所があり、果たすべき役目があった。
「あ、大変。そろそろアスモデウス様が起きられる時間だ。朝食の準備を仕上げなきゃ」
奏はトレイを抱え直し、軽やかな足取りで大厨房へと急いだ。
中に入ると、すでに何匹もの下級悪魔たちが、魔王に捧げるための料理を作るべく立ち働いていた。かつては奏を見るたびに「人間の細肉め」と舌なめずりをしていた獰猛な魔物たちも、今では奏が姿を現した瞬間に、その動きをピタリと止める。
「あ、奏様! おはようございます!」
「おはよう、ゴブリンくん。今日のスープの出汁はいい具合に取れた?」
「へ、へい! 奏様に教えていただいた通り、魔界キノコのアクを限界まで取り除きました! これなら魔王様もきっとお喜びになります!」
顔を真っ赤にして――もともと緑色の肌だけれど、いまや完全に熟したトマトのようになって――直立不動になるゴブリンくんに、奏は微笑みかけた。
自分はただの居候ではない。一応は、この広大な魔界を統べる魔王アスモデウスの『王妃になる立場』……つまり、王妃候補という破格の身分を与えられている。にもかかわらず、奏はこうして毎朝早くに起き出し、下級のメイドや下働きの魔物たちに混ざって、完璧に仕事をこなすことにこだわっていた。そうして身体を動かしていないと、自分が何者でもなくなってしまいそうで怖かったから。
「みんな、今日もよろしくね。アスモデウス様が気持ちよく一日を始められるように、最高の朝食を運ぼう」
「お、おおお―ッ!!」
厨房に、魔物たちの地響きのような、けれど歓喜に満ちた咆哮が響く。
完璧な給仕として、完璧な微笑みを絶やさないこと。それが、今の奏がこの場所で見出した、唯一の存在意義だった。
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