夕暮れ、紅く染まる
お久しぶりです!
梅雨入りしんどいですね。
「お、結構いい時間だ」
「そうだな」
廊下は差し込む西日でオレンジ色に染まっていた。部屋の中には窓がなかったから外の変化を知ることはできなかった。夕焼けの色を見るに、2時間近く話し込んでいたらしい。
「悪いな。仕事がない貴重な日だったんだろう?」
「いいのいいの。気にしないで。好きな人と放課後に2人っきりなんて素敵イベントも満喫できたし!」
「……それを言うなら昨日もだろ?」
そう言うと、奏弥寺は首を傾げた。そのまま少しだけ眉をひそめた後、その眉を下げて申し訳なさそうに笑った。
「そうだけど、昨日は仕事感が強かったし。もちろん、昨日もドキドキしてんだけどね。でもやっぱり、今日の方がドキドキしたな~。剛君から誘ってもらっちゃたし」
「……」
プライベートな話ではあったけど、最終的には奏弥寺の仕事の話に繋がったし、結局昨日と大差ない気がしなくもない。
そんなことを思ったけど、奏弥寺の笑顔が本当に嬉しそうだったから、口に出すことはしなかった。
「おっと、尚さんに連絡しとかなきゃ。剛君ちょっと待っててね」
奏弥寺が政府のポケットからスマホを取り出す。奏弥寺がスマホを操作する様子を、俺は壁にもたれかかりながら、なんとなく眺める。
整った顔だと思う。真正面でも横顔でも、ぱっちりと開かれた目と筋の通った鼻が目立つ。確かに周り——特に男たちから人気なのは理解できる容姿だと思う。それに奏弥寺の出す雰囲気。軽い調子とリズムで、親しみやすく感じる奴も多いはずだ。
だからこそ、理解できない。どうしてここまで俺に好意を持っているのか。しかも、出会ってすぐ、俺のことなんて何も知らなかったあの瞬間から。
「お兄ちゃんには言わないでって。使用理由と警戒装置停止理由の報告書を書いて提出しろって絶対言ってくるもん。あれ書くの面倒なの、尚さんも知ってるでしょ?」
電話をしている奏弥寺の表情がコロコロと変わる。
奏弥寺の感情が理解できないのは当然だ。それでも奏弥寺の好意を怪しく感じないのは、奏弥寺の行動や表情から、素直なのが伝わってくるからなんだろう。
「バレたらその時はその時!ふふっ。……うん。じゃあね。引き続きお仕事頑張ってね、尚さん」
通話を終えた奏弥寺と目が合う。
「その尚さんって人も、奏弥寺の人間なのか?」
「そう!親戚のおじさんって感じかな~。この学園の治安維持のために、管制室に引きこもって、日夜学園の監視をしてくれてる人だよ」
「センサーをいじる権限まであるのか」
学園中に設置されたセンサーを電話一本で無効化できてしまう奏弥寺もだが、その電話を受けて無効化してしまうその『尚さん』も俺からすれば異質な存在だ。治安維持と銘打ってつけられているセンサーを、ほんの数秒で自由に操作できてしまうなんて只者ではないのだろう。
「管制室のリーダーみたいな人だからね。もちろん、普通はこんなに簡単にお願いしていいわけじゃないんだけど。尚さん、私には甘いから」
「そうか」
エレベーターまで移動して、下向きのボタンを押す。1階のランプが点灯した後、2階、3階と順番にランプが点いていく。
「昨日は風紀委員の権限ぽく言ってたけど、結局は奏弥寺の家の力なのか?」
大勢いる風紀委員全員にそんな権限が与えられているとは考えにくい。
「んー……。今回は確かに私的利用だったけど、基本は風紀委員としての権限だよ。もちろん、尚さん——というか、管制室に依頼できるのは一部の風紀委員だけだけど」
「一部?」
5階に到着したエレベーターの扉が開く。中に入って2階のボタンを押す。
「そ!私と委員長、副委員長。3人だけ」
「へぇ……」
そこまで聞いても、いまいちどういう状況になった時に、センサーを切るのかは想像できない。奏弥寺に頼んで切らせた俺が言うのもなんだけど。
エレベーターから高い音が鳴って扉が開く。奏弥寺が下りるのに続いてエレベーターを出れば、2階も同じように西日に照らされていた。
「全然人いないよな、ここ」
「月に一度の委員会で集まるとき以外は、そうだね。ほぼ毎日会室に来る委員なんてひと握りだろうし。あ、でも、生徒会の人たちは毎日来てるかも」
「生徒会か……」
入学式の時に見た覚えがある。俺たち一般の生徒の席とは別に、教員側の方に座っていた数人。『鬼』の生徒会長と『人間』の生徒会長がそれぞれ代表挨拶をしていて——。
「……奏弥寺」
「うん?」
目の前にいる奏弥寺を呼んだつもりはなかった。口に出ていたのは、人間の生徒会長が挨拶の時に名乗っていた名前。
「奏弥寺蒼唯って言ったか。人間の方の生徒会長」
「お、気付いちゃった?」
奏弥寺が楽しそうに笑う。
「お察しの通り、私のお兄ちゃんだよ」
「それは……悪いことできないな」
中庸捕縛隊である奏弥寺家の人間が風紀委員と生徒会長を務めているなんて。
「すごく真面目なんだよ」
「奏弥寺が言うんなら、すごく真面目なんだろうな」
そう返せば、驚いた顔で見つめられる。なにも変なことを言ったつもりはないのに。
「どうした?」
「……あんまり、誰かから真面目って言われることないからびっくりしちゃって」
「……?そんなだけど、根は真面目だろう」
仕事の話になると目つきと纏う空気が変わる。それに、今日の俺の話だって茶化すことなく聞いてくれて、どんな行動ができるかを考えてくれた。
「わー……。なんか、照れるね。全然そんなつもりじゃないのに」
奏弥寺の顔が赤らんで見えるのは、西日のせいだけじゃないんだろう。奏弥寺が照れるポイントは分からなかったけど、両手で頬を挟む様子を見てそう思った。
「剛君ってさ、ずるいよね」
「……なにが」
「かっこいいんだもん。予想してなかったところから刺される感じ」
「……」
気の利いた返事も、面白い返しも思い浮かばなかった。奏弥寺こそ、よく分からないタイミングで、よくわからないことを褒めてくる。
「生徒会長は良く思わないんじゃないのか?俺みたいな鬼と奏弥寺がつるんでるのは」
「んー、そうかも。でもまだ何も言ってきてはないし、今のところは大丈夫だと思うよ」
「今のところは……」
体感的に、目の前にいる奏弥寺に関わる情報は広まるのが早そうだ。昨日だって、奏弥寺と一緒に歩いていたのはそこまで長くはない時間だったはずなのに、すぐに日向が飛んできたほどだ。きっと、ここ2日間で俺と関わっていることは、生徒会長の耳にも届いているだろう。
桜万木学園の生徒会長であり中庸捕縛隊の一員である奏弥寺蒼唯という存在。どっちの意味でも目をつけらたくない存在だ。
「奏弥寺は、大丈夫なのか?」
「ん?わたし?」
「いや…。鬼と関わっているのが知られたら、家の中で立場が悪くなったりとかは…」
口に出してから後悔した。
そこまで俺が踏み込むことじゃない。そこで俺が気にかけたとしても、俺にはどうすることもできない。それに、気にかけるのが今更過ぎる。本当に気にかけるのなら、俺が中庸捕縛隊に入れるかどうかを『上の人』に確認すると言っていた時だ。
そう思っても、どうしても気がかりだった。俺のせいで奏弥寺の色んな場所での立場が悪くなってしまわないか。
「あはは。大丈夫だよ!だってここは共生と規律を重んじている学校だよ?むしろ、鬼だから~なんて壁を作ってる方が非常識というかさ。実際、私も鬼の子の友達いるし」
「ああ……そうか。そうだったな」
「そうそう。だから、鬼の子と関わってることについては何の問題もないよ。心配してくれてありがとう、剛君」
奏弥寺自身の心配というより、俺と関わることに対する心配だった。俺のせいで、誰かの大切な何かを変えてしまうのは気が引ける。
「ん?」
「どうしたの?」
不意に、さっきの奏弥寺の言葉が引っかかった。
鬼と関わることについて問題がないなら、どうしてさっき、『今のところは大丈夫』なんて言い方をしたんだろうか。
「俺と関わるのは良くないか?」
「え、なんで⁉」
質問を質問で返される。
「さっき、俺とつるむのは今のところは大丈夫って言ったよな?鬼と関わること自体に問題がないなら、俺と関わるのが良くないってことだろ?」
そう聞けば、奏弥寺が眉を顰めた。と言っても、別に俺を睨んでいるとか、そういう悪い表情ではない。単に、俺の言葉を理解しようと考えこんでいるようだ。
そのまま10秒ほど待っただろうか。奏弥寺は俺の質問の意味を理解したのか、焦った顔になった後、今度は恥ずかしそうに俺から目を離した。ころころと変わる表情からは、奏弥寺が何を考えているのかは分からない。とりあえず、奏弥寺からの言葉を待つことにした。
長い廊下を渡り切る直前、隣を歩く奏弥寺が勢いよく顔を上げるのを視界の隅で捉えた。
「何か、嫌な勘違いをさせたくないから言うんだけど」
足を止めて俺の方を見てくる奏弥寺。それに合わせて足を止める。
「剛君と関わるのが、って話じゃないの。剛君が悪いとか特別とかって意味じゃないから、そこだけは分かっててほしい」
「あ、ああ……」
それなら、さっきの言葉は何だったのか。
納得していない気持ちが顔に出てしまっていたのか、俺を見た奏弥寺が困ったように眉を下げた。
「だ、だからね」
「……」
「鬼とか人間とか関係なく、男の子とここまで関わったことがなかったから、それでお兄ちゃんから何か言われちゃいそうだなーって……」
「そうなのか」
「そうだよ!」
パシッと軽い音がした。どうやら腕のあたりを叩かれたらしい。
「どうして叩く?」
「だって、剛君がわざわざ聞いてくるからじゃん!」
今度は2回。服を掠っただけの音がした。
「俺は単純に疑問に思っただけで……。やっぱり俺が色無しだからなんじゃないかって」
「ほらやっぱり!黙ってるとそういうこと考えるでしょ?全然違うからね!」
珍しく大きな声が廊下に響く。人の姿は見えないけど、これだけ大きな声だと聞こえてしまう人もいるかもしれない。
「悪かった。謝るからちょっと声を抑えてくれ……」
「……だって剛君が」
今の状況を理解したのか、俺への恨み節の声はさっきよりも小さくなった。
「今まで浮いた話なんてなかった私が、編入生の子と急に深い関係になったら、さすがのお兄ちゃんも心配して黙ってないかもしれないなって。と言うか、ほぼ確実に探りを入れてきたり、釘を刺してくる。自信あるよ」
「そんな感じの兄貴なのか?っていうか、深い関係って言うのやめてくれ。誰かに聞かれてたら終わる。俺が」
俺の言葉を聞いて奏弥寺が楽しそうに笑った。
「あはは。大丈夫大丈夫!何とかなるよ」
終わることは否定しないのか、とか、そんな楽観的な考えで俺を巻き込むなとか色々言いたいことはあったけど、無邪気に笑う奏弥寺の顔を見たら何かを言う気も失せてしまった。
気が付けば昇降口に着いていた。目くばせだけして、それぞれの靴箱に向かう。俺たち以外にも人がいるようで、話し声や物音が色んな方向から聞こえていた。
奏弥寺と一緒に帰っているところを見られれば、また変に噂になってしまうかもしれない。
「剛君―?」
そんなことを考えていると、靴箱の影から奏弥寺が顔を出した。
「ああ、悪い」
急いで靴を履き替えて奏弥寺に向かって歩く。
「行こ!あー、なに買おうかな!」
奏弥寺は俺が心配していることを考えもしないんだろう。弾むように軽い足取りで昇降口を出ていく。
今はそう。珍しいから目立ってしまうんだ。日向だってそうだ。初日は目立って仕方がなかったけど、たった数日でみんなの関心は薄れていった。
きっと、奏弥寺と一緒にいることだってそうなる。噂自体はどうにもならないかもしれないけど、一緒にいること自体に騒がれなくなるかもしれない。
これからも奏弥寺と頻繁に一緒にいるなら、だけど。
放課後にコンビニアイス書きがち。
買い食いとかって学生だからこそのエモさを感じてしまうんです。




