第31話 聖女制度の終わり
聖女制度廃止の宣言は、三日後に王城の大広間で行われた。
王は病床からの署名。
実際に読み上げたのは王子だった。
「本日をもって、聖女制度を正式に廃止する」
ざわめきは起きたが、怒号にはならなかった。
峡谷の救助は両国で報じられている。
最後の全快。
そして、その後の奇跡喪失。
隠さなかった。
リシェル自身が、記録として公開を許可した。
「奇跡は一人の肩に背負わせるものではない」
王子は続ける。
「王立回復院を設立し、回復適性者の育成と分散運用を国家制度とする」
軍務卿は無言で立っている。
反対しない。
北方戦線は安定している。
隣国との共同救助は象徴的だった。
ラウレンツがゆっくりと立つ。
「信仰はどうなる」
王子は真っ直ぐに答える。
「信仰は、制度に依存しない」
沈黙。
「奇跡を持つ者を神格化する時代は終わる」
広間の視線が一斉にリシェルへ向く。
彼女は後方席に座っている。
もう白衣ではない。
回復院の紺色の制服。
象徴の衣ではない。
ラウレンツはしばらく黙り、やがて言った。
「……聖女は、最後に何を残した」
視線がリシェルへ。
立ち上がる。
「何も残していません」
静かに言う。
「奪われるものも、ありません」
広間が静まる。
「奇跡は消えました」
はっきりと。
「ですが回復は続きます」
十人の回復官が立ち上がる。
セレナが一歩前へ出る。
「私は聖女ではありません」
かつての第二聖女。
「主任回復官です」
その宣言は、小さいが確かだ。
ラウレンツは目を閉じる。
「……時代が変わったのか」
「変えました」
リシェルは答える。
断罪も追放もない。
ただ、役目が終わる。
宣言は滞りなく終わった。
広間を出ると、空は高かった。
群衆は混乱よりも、戸惑いの表情。
だが暴動はない。
峡谷の子どもが、母の手を引いて立っている。
リシェルを見ると、駆け寄ってきた。
「おねえちゃん!」
笑顔。
奇跡のことなど知らない。
ただ、生きている。
しゃがんで目線を合わせる。
「元気ですね」
「うん!」
母親が深く頭を下げる。
「ありがとうございます」
リシェルは首を振る。
「みんなで助けました」
それが本当だ。
イリーナが遠くから見ている。
「象徴が消えたな」
「ええ」
「怖くないか」
「少しだけ」
正直に言う。
「でも、軽いです」
胸に手を当てる。
空洞はある。
だが重圧はない。
王城の塔から、旗が掲げられる。
新しい紋章。
聖女の百合は外れ、
代わりに円環が描かれている。
分かち合う輪。
セレナが隣に立つ。
「終わりましたか」
「いいえ」
リシェルは微笑む。
「始まりました」
奇跡はもう、爆ぜない。
だが静かに灯る。
人と人のあいだで。
聖女制度は終わった。
だが回復は続く。
戦争は完全には消えていない。
けれど。
誰か一人が削れ続ける時代は、終わった。
それだけで、十分だった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




