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消えた弟  作者: しおやき
第三章 転

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8月8日 午後




「・・・・さて、どうするか」


 自分の部屋に行かずあえて立ち止まったのは父親の部屋の前。


 ポケットから取り出した細いヘアピンを2本、顔の前に持ってきて手首をひねりながら角度を変えて眺める。


 「ん〜・・・」


 これは洗面所の引き出しに入っていたものを掻っ攫ってきたものだ。さっきトイレに行ったのはこれを取りに行くためだった。


「・・・でもな」


 本当にこんなもので鍵が開くのかと、前にテレビのドラマで見たことを思い出して首を捻った俺は、疑心暗鬼が拭えない。


 今は父親がいないから開けようとしても多分問題ないし、仕事場に向かったばかりだから何か忘れ物がない限りすぐに戻って来ることはないだろう。


 ただ困ったことが1つ、さっきの母親との話で新たに浮き彫りになった。


 それは引き出しに鍵がかけてあるということ。

 そこも開ける必要が出てきたから、一筋縄ではいかない事実にドアの前で立ち往生してしまう。



 「・・・・・鍵・・・かけすぎだろ」


 鍵の出どころはだいたい予想がつく。

 どうせ父さんの仕事場で作った鍵だろう。誰かに頼むでもなくきっと自分で処理したに違いない。思い出したのはお父さんの仕事場に行った時の、あの無造作に置かれた鍵の束。

 


 そして万が一部屋に入れたとしても、これなら鍵以外にも別の不便さが出てくるかもしれないと、そう考えた俺は一旦部屋に戻って机に向かった。


 取り出したノートの横にヘアピン2本を置いて、ページを開き鉛筆を走らせる。


 (・・・お母さんから直接鍵をもらうのは)



 流石にそれはダメだと却下。不自然だ。

そして、父さんの部屋に入る口実で物置に行くから鍵を貸して欲しいというのも却下だ。一緒に来ると言い出すだろうから、どちらの鍵も彼女の手から離れないだろう。

 

 「あ〜・・・くそっ」


 お母さんの様子が正常であれば問題ない。多分軽く説明して、黙っといて欲しいことを伝えればそのとおりにしてくれそうだけど、今は無理だ。


 物置の新聞も中身がなくて、手元に残った情報といえば嗅覚から得られたあの不愉快な香りだけ。


 「・・・・やっぱりこれで最初試してみるしかないか・・・っていうか防犯カメラとか部屋の中にないよな?」


 (・・・・いや、あるわけ無いか)


 もしあったらけいすけはこっぴどく怒られているはず。弟の行動から、一瞬浮かんだ可能性はすぐに消えた。


 いくら考えても次に浮かぶ手なんてなくて、今はもう頭がお父さんの部屋に入ることだけに向かってしまっている。


 埒が明かないからとりあえずものは試しだと思い、お母さんと昼ご飯を食べたあとに、再度父親の部屋の前まで行くことにした。

 



======





 (・・・・これでだめなら次の手を考えればいい)


 意味もなく仁王立ちで無意識に深呼吸した。


  そして部屋の前でまた取り出したヘアピン。

 今度は鍵穴を覗き込みやすいように、しゃがんで片膝を床についた。


 まずは普通に入れてみようとヘアピンを1本差し込む。


 (どうなってんだ?)


 ガチャガチャと小さな音を出しながら適当に動かしてみるもよくわからない感触で、もう1つのヘアピンも突っ込んでみた。


 (・・・・わっかんねー)


 「どうしたらあんな簡単に開くんだよ」



 ヘアピンは別にいい。ただ鍵穴のほうを壊すと言い訳のしようがないから変な角度で差し込まないように気を付けながらも、中々開かない鍵に次第に苛ついてくる。


 「あ"ー・・・・くそ」




 いつまでそんなことをしていたのだろう。

最初は時計の針を気にしていたのだが、途中から意識がドアの向こう側に持っていかれていた。

  


 (え〜・・・開かないじゃん)


 舌打ちをしそうになってふと我に返った時、時計をあらためて見るとお昼ごはんを食べてから既に2時間が経過している。


 

 「・・・・なんだよ」


 そんな状態が続くもんだから、当然に床についた膝が痛くなる。それにそのまま立ち上がろうとすると多分腰に痛みが走る気がする。

 若いのに一時的に爺さんみたいになるのは勘弁だ。

 

 

 「もう一回だけ・・・・というかあと5分だけ」

 

 まだ時間はあるから、少ししたら休憩を挟もうと思い、最後にもう一度、ヘアピンの1つを力を入れて押し込んだ。

 

 (え・・・・?)


 そうしたら、何故か穴の奥から鈍い音が聞こえて、その後に微かにカチャと小さな音が聞こえた。



  開いた?


 そう思って、ヘアピンを穴から抜き出しドアノブに手をかけてそのまま引くと、引っ掛かりの感触はなく、普通に開いてくれた目の前のドア。



 「・・・・・開いた」


 軽く放心状態で固まって、口を開けたまま馬鹿みたいに呟いた。


 中を覗き無意識に誰もいないことを確認するような仕草を取った俺は、実際に開いたことと、その時に聞こえた鍵が開いた音に興奮してしまい、引き寄せられるように彼の部屋にそのまま入っていった。

 



 たった1つ、大事なことを見落としていたことに気が付かずに。


 

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