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8.

 ジェサミンの温かい腕が背中に回され、ロレインの心臓は早鐘のように打った。


「ロレイン、お前は大したものだ。俺のオーラはぞっとするらしくてな。間近でこれに接した女は、必ず悲鳴を上げる。身をすくめて動けなくなるくらいなら良い方だ。大抵は恐怖に震え、気を失う」


 ジェサミンが目を細めてロレインを見た。オーラの波はかなり弱くなっている。しかし彼の気持ちが浮き立っていることは明らかだった。


「お前は他の女のように怯えない。逃げない。俺が慣れ親しんでいる反応とは全く違う。怖がることなく俺の横に立てる正妃を見つける望みは、無いに等しいと思っていた」


「せい、ひ……」


「そうだ、正妃だ。ヴァルブランド帝国の皇后、俺と一生を共に過ごす女。それがお前だ」


 ジェサミンの言葉は、ロレインに激しい衝撃をもたらした。気が遠くなりかけて深呼吸をする。

 感情が顔に出にくいから、周囲からは冷静に見えていることだろう。でも内心では、必死にいつもの落ち着きを取り戻そうとしていた。

 ジェサミンの右手が、ロレインの頬を撫でる。


「どうした、熱でも出ているように体が震えているぞ? もしかして寒いのか?」


「寒くは……ありません」


「それならばなぜ震えている?」


 ジェサミンが少し身を屈め、ロレインの目を覗き込んでくる。

 ロレインは自分の感情について問われることに、まったく慣れていなかった。エライアスは婚約中の十年間、ロレインにろくに注意を向けなかったから。

 しかしジェサミンは、ロレインのどんな変化も見逃さないようだ。じっと見つめられて、ロレインの中の何かが揺らぐ。


(あ、わかった。これは夢だ)


 望めばどんな令嬢でも手に入れられる権力者が、よりによって自分を正妃にしたがるだなんて、どう考えても現実のはずがない──ロレインはいくらか気が楽になった。

 固く目をつぶる。目を開けたら夢から覚めているはずだと、ロレインは自分に言い聞かせた。

 ごくりと唾を呑み込み、目を開く。

 ジェサミンはロレインを見つめたままだった。こちらの答えを待っているような顔つきだ。


(夢じゃない……)


 ロレインの舌は凍り付いて、言葉を発することができない。

 ジェサミンは深いため息をつくと、逃がさないとばかりに両手で強くロレインを抱き寄せた。


「なぜ泣く? 自分の幸運が信じられないというわけではなさそうだな」


 確かに、ロレインの目はじわじわと熱くなっていた。溜まった涙がこぼれそうなのは、ここに来た理由のためだ。

 『お前を愛するつもりはない』と言われるはずだった。後宮を追い出されて、故郷へ帰れと言われるに違いないと思っていた。心の準備なんか、何ひとつしてこなかった。


「ご冗談……ですよね? 本気でおっしゃっているはずが……私は無力な小国の、ただの公爵令嬢にすぎません」


 ジェサミンの眉がつり上がった。


「俺は皇帝だ。誰よりも名誉を重んじる男だ。こんなことで冗談など言うと思うか?」


 苛立ちに満ちた声だ。ロレインは体を固くした。


「だって国が、マクリーシュが……何と言うかわかりません。国王様が……王太子様が私の後宮入りを許すはずがないのです」


 普通の国であれば、ロレインの使命が上首尾に終わって大喜びすることだろう。

 しかしマクリーシュ王国はこういった事態を予想していないし、もちろん準備もしていない。出発の時点で、ロレインの身分がサラよりも上になる可能性にも気付いていなかった。

 どんなに忘れたいと思っても、ロレインはエライアスから婚約破棄された身だ。そんな女がヴァルブランドの皇后という地位に上るなんて、絶対に許さないはずだ。


「マクリーシュがどうした。あんなちっぽけな国が、我が国に何かを要求できる立場にあると思うのか?」


 ジェサミンがふんと鼻を鳴らした。


「俺はお前をどこにも行かせるつもりはない。俺の許可なく、ヴァルブランドから出ていかせはしない」


 ジェサミンはロレインの肩に手をかけ、きっぱりと言った。


「ブラム! すぐに触れを出し、俺が正妃を迎えたと周知させておけ」


「御意」


 白い長衣姿の男性が一礼する。


「ケルグ、マクリーシュの王室について徹底的に調べろ。国王と王太子に、立場の違いを思い知らせてやる」


「仰せのままに」


 違う男性が頭を下げた。


「さあ、妻よ。俺の心は、お前をもっとよく知りたいと騒いでいる。場所を移して、徹底的に語り合おうではないか」


 そう言ってジェサミンは、ロレインを軽々と抱えあげた。


「え、あ、ええ……っ!?」


 怒涛の勢いで物事が進んでいく。ロレインの頭はもう、まともに働かなくなっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] そもそも、建前としてこの皇帝の後宮へ差し出している以上は、元母国には何も言う権利なんてある訳がない。
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