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3.

「いや、俺も前方不注意だった。怪我はないか?」


 大男がぼそりと言う。


「大丈夫です。そちらこそお怪我はありませんか?」


 微笑みながら、ロレインは礼儀正しく答えた。

 目の前の男性は外見も物腰も野性的だった。赤みがかった茶色い髪は獅子のたてがみのよう。筋肉をぴたりと包んだ白いシャツは薄汚れている。

 たくましい脚にフィットする黒いスラックスと、すり減ってあちこち傷だらけのブーツ。長くて分厚い前髪のせいで顔立ちはわからないが、古代の戦士のような雰囲気がある。


 ロレインは目をそらさなかった。相手が恐ろしげだからといって怯えるようでは、きちんとした謝罪はできない。

 大男が腕組みをし、口元を笑みの形に歪めた。


「問題ない」


「それはよかったです」


「見たところ旅行者のようだが。もし俺が怪我をしたと言ったらどうした?」


 いきなり問われて、ロレインは目をぱちくりさせた。大男はなぜだか、兎を捕食する前の獅子のようなオーラを発している。


「確かに私は旅行者ですので、故郷とは勝手が違いますが。それでも、できる限り最善を尽くしたと思います。怪我人が必要とする医療の知識もありますし、被害者が受け取るのに相応しい金額の慰謝料も用意できます。とはいえ、理不尽な要求には応じませんが」


 ロレインはにっこり微笑んで見せた。大男が「ふむ」と答える。そのとき、太腿の辺りに衝撃を感じた。


 小さな子どもが、クリームたっぷりのパイごとぶつかってきたのだ。染みひとつなかったロレインのドレスは惨事に見舞われてしまった。


「ご……ごめんなさい……」


 赤いワンピース姿の女の子の顔が凍り付いている。

 きっと、ロレインが上流階級の人間であることがわかったのだろう。弱小国マクリーシュの公爵令嬢とはいえ、手入れの行き届いたプラチナブロンドと神秘的なグリーンアイ、抜けるように白い肌の持ち主だから。


「気にしないで。こんなところで立ち止まっていた私が悪いのだし」


 ロレインはしゃがみ込んで、女の子と目を合わせた。6歳くらいだろうか。頭を撫でてやると、愛らしい顔に浮かんでいた恐怖が消えていく。


「ごめんね、パイが駄目になっちゃったね。よかったらお姉ちゃんが新しいのを買ってあげる。お母さんはどこ? あっち? じゃあ移動しようか。このままだと、また人にぶつかっちゃうから」


「うん!」


 ロレインはもう一度女の子の頭を撫でて、それから立ち上がった。大男はまだその場にいた。


「私たち、あっちの屋台に移動しますね」


 こんなときの別れの挨拶は、何と言うべきなのだろう。ロレインが言葉を探していると、大男は無言で踵を返し、挨拶代わりにひらひらと手を振った。


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