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2.

 出だしに不愉快な思いをしたものの、ヴァルブランド帝国への道中、ロレインは自由を満喫した。

 エライアスとサラを支持する紳士たちから非難されることもないし、令嬢たちのひそひそ話も聞こえてこない。


「婚約破棄で肩身の狭い思いをしたのは私だけで、エライアスは無罪放免。本当に不公平だわ」


 ロレインは十年もよき王太子妃になるべく教育され、王妃に「あなたは私を超えた」と言わしめた。

 エライアスからの婚約破棄に筋の通った理由があったのかとさんざん考えたが、ロレインの側に落ち度があったとは、どうしても思えなかった。

 賢い貴族は王族には逆らわない。ロレインを庇って、面倒な状況に陥るのを避けたいと思うのは当然だろう。


「それでもサラが流した勝手な噂を、信じないでほしかったなあ……」


 ロレインは高慢ちきだ。ぞっとするほど意地が悪い。私腹を肥やすことに夢中で、良心なんてこれっぽっちもない。贅沢病で、民衆の敵としか言いようのない女だ……。

 常に社交界のゴシップに聞き耳を立てている貴族たちも、初耳だったことだろう。

 しかしエライアスの後押しで噂は既成事実化され、ロレインの行動に問題があったことにされた。それ以来社交行事を楽しめなくなったので、こうして外出するのは久しぶりだ。


「たった2か月でも気晴らしができるなら万々歳。マクリーシュに戻ったら、領地に引きこもってオールドミスになろう」


 ヴァルブランドは超大国で、皇帝であるジェサミンは世界中の令嬢たちの中から、好きなように相手を選べる立場だ。

 対するマクリーシュは弱小国で、ロレインは王女ではなく公爵令嬢に過ぎない。ましてや一度婚約破棄をされた身、ジェサミンから手を出されるわけがない。


「妃たちと使用人が何百人も住むはずの後宮が空っぽなんて、ジェサミン様は本当に女嫌いなのね。それとも女性に対する理想が高すぎる……?」


 馬車の窓を流れていく景色を眺めながら、ロレインはずっと独り言をつぶやいていた。対面する席に座っている侍女頭は、身体を前後に揺らして居眠りをしている。

 知らない土地を旅するのは、本当に気分がよかった。どこの宿屋に立ち寄っても『ヴァルブランド帝国の後宮に入る令嬢』として丁重に扱って貰える。ロレインは一番上等な部屋をあてがわれ、各地域の郷土料理を楽しんだ。

 マクリーシュ王国を出発して三週間近くが過ぎた頃、ロレインは無事に旅程を終え、最後の宿に落ち着いた。ヴァルブランドの宮殿のすぐ側まで来ているが、もう日が暮れているので、後宮入りは明日の予定なのだ。


「ねえ、ばあや。少し散歩をしてきてもいいかしら?」


 ロレインが言うと、侍女頭であり乳母でもあるばあやが、心得たと言わんばかりに微笑んだ。


「ヴァルブランドの帝都エバモアは世界一治安がいいという話ですし、問題ございませんでしょう。せっかく来たのですもの、とんぼ返りする前に少しでも思い出を作らないと。宿屋の主人の話では、今日の夜は祭りがあるそうですよ」


「お祭り? なんて素敵なんでしょう!」


 ロレインは胸の前で両手を合わせた。自分が到着した日に大きなイベントがあるなんて、天の恵みとしか思えない。

 偽名を使うこともなく、変装することもなく、素性を誰にも気づかれずに出歩ける。ロレインはわくわくしてきた。街歩き用に実用的なドレスに着替え、従僕をひとり連れて宿屋を出る。


 少し先にある広場は、屋台やテントでいっぱいだった。パンや麦芽飴、串焼き肉や新鮮な貝を売る屋台、見世物小屋やダンスコンテスト、そのすべてにロレインは目を見張った。


「お嬢様、あっちの屋台は酒類を提供しています。騒がしいですし、危険かもしれません」


「そうね。じゃああっちの、ホットティーの屋台の方へ行きましょうか。ヴァルブランドの飲物には、独特のスパイスが使われているんですって」


 従僕の言葉に、ロレインは方向転換をした。次の瞬間、長い前髪で顔を隠している大男に激突した。前髪の隙間から、鋭い視線が飛んで来る。


「申し訳ありません。私の不注意でぶつかってしまいました」


 ロレインが頭を下げると、大男の恐ろしい雰囲気が少し和らいだ。

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