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プロローグ

「お父様……やっぱり行かなければなりませんか?」


「行かねばなるまい。何と言っても我が国の王太子からの招待だ」


 そう言ってウェスリー・コンプトン公爵は、娘のロレインに招待状を渡した。封筒は光沢のある最高級の紙で、金箔の文字が踊っている。

 封を開けなくても、ロレインには手紙の内容がわかっていた。マクリーシュ王国王太子エライアスと、メリデュー男爵の娘サラの結婚式の招待状だ。


「私との婚約を破棄した人と、私から婚約者を奪った人。そんな人たちの結婚式に出席するなんて、できっこないわ」


「できる。筆頭公爵の娘ならば、できなければならない」


 ウェスリーがいかにも公爵然とした態度で、ぴしゃりと言う。


「確かにエライアス殿下のやりようは馬鹿げている。十年も王太子妃教育に励み、何の落ち度もなかったお前との婚約を破棄した上に、結婚式にまで呼びつけるとは。この私の娘を、そこまで残酷に扱うとは……到底許せることではない」


 額に青筋を立てる父を見て、ロレインの喉に熱いものがこみあげてきた。

 この十年、公爵令嬢であるロレインが考えてきたのは立派な王太子妃になることばかり。

 しかし、男爵令嬢のサラに引きずりおろされた。彼女は最高に愛らしい笑みと、天真爛漫な性格で、あっという間にエライアスを虜にしたのだ。

 国王と王妃は盛大に頭を抱えたが、エライアスは『自由恋愛』に憧れる貴族の若者たちを味方につけた。コンプトン公爵家の隆盛を快く思わない重臣たちが、サラを擁護した。


「お前が王宮で再び笑いものになることを、私だって望んでいない」


 目に怒りをたぎらせるウェスリーを、ロレインは注意深く見つめた。行きたくないという理由だけで、王太子からの招待を断ることはできない。


「エライアスも、もうすぐ王太子妃になるサラも、お前を馬鹿にしきっている。大義名分が無ければ、こちらが欠席できないことを知っているんだ」


 ウェスリーが深く息を吸った。


「そこでだ、ロレイン。お前をヴァルブランド帝国にやろうと思うのだが。結婚式に行かずに済ますには、これしか手がない」


「ヴァルブランド帝国……。粗野で獰猛で残忍だという噂の若き皇帝、ジェサミン様の……?」


「そうだ」


「女嫌いで、後宮に献上される美姫たちを『お前を愛することはない』のひと言で、ことごとく追い返しているという……?」


「そうだ。そこまで知っているのなら話は早い」


 ウェスリーが大きくうなずいた。


「ジェサミン陛下が妻を娶ろうとしないので、ヴァルブランド帝国の重臣たちはほとほと困っているらしい。それで、このマクリーシュのような小国の令嬢にも後宮入りを打診してきた」


「だけどジェサミン陛下の悪評が広まって、貴族たちが適齢期の娘を差し出す可能性は少ない……」


 ロレインは息を吐き、胸に手を当てた。


「ヴァルブランド帝国まで行ったところで、歓迎は期待できないのですから。『お前を愛することはない』のひと言で送り返される。のこのこ出向いた令嬢にとっては恥ずかしく、悲惨としか言いようのない結果に終わる」


「そうだ。それでも──」


「エライアスとサラの結婚式に出ずに済みますね」


 ロレインの心の中で、希望に似た感覚が広がり始めた。

 ヴァルブランド帝国へは、往復で1か月半ほどかかる。

 超大国の皇帝に、小国の公爵令嬢がすぐに謁見できるはずがないから、2か月以上はマクリーシュ王国を離れていられるだろう。その間にエライアスとサラの結婚式は終わる。


「どうだロレイン。この父が考えた解決策は」


「まぶしいほどに鮮やかな解決策です、お父様。ジェサミン陛下から一顧だにされないくらい、どうということはありません。エライアスとサラの結婚式に出るのは、それ以上に虫唾が走ることですから。死んだ方がマシと思うくらい」


「それならば、早速荷造りに取りかかりなさい」


「はい」


 ウェスリーの執務室を出て、ロレインは笑顔のまま自室へ向かった。侍女にトランクを引っ張り出して貰い、ドレスや手回り品を厳選していく。

 ほんの半年前にエライアスから言われた『お前との婚約を破棄する』に比べれば、ジェサミンの『お前を愛することはない』など少しも怖くない。

 ちょっとプライドは傷つくかもしれないが、ロレインだってジェサミンを愛するつもりは無いのだから。

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