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8頁 親衛隊の少女


 ミュタンは何度かお礼を言うと、部屋から退出していった。

 召喚された時は無愛想に見えたミュタンだが、話して見ればすこし会話が苦手そうな、しかし好感の持てる少女だった。まあ何より美少女だし。本好きそうだし。話合いそうだし。


 儂がラノベ主人公のように高校生くらいでイケメンだったら完璧ハーレム要因決定だっただろうが、残念なことに儂は性も枯れた六十四歳のおじいちゃんです。

 まあ若い娘と、邪念なく楽しく会話できるのは老人の特権というところじゃな。


 オタクで若干の引きこもりがちな面もあったが、図書館司書という接客サービス業の側面がある仕事をしていたおかげで、会話自体は問題なくできるしのう。目を見て話せないから、相手のおでこ見るけど……。


 その後、遅まきながら朝食を頂くと(大変おいしかったです)、メイドさんに頼んで日記をつけるための複数枚の紙と、書く物を用意してもらった。

 メイドさんに、「紙は貴重な物か?」と聞くと一般的に広く流通しており、高価な物ではないと言うことだった。

 とはいえ、渡された紙は日本で見られるようなツルツルな高品質のものではなく、ザラザラとした紙で、見るからに低品質と言わざるを得ない。


 白紙のノートのようなものを要求したものの丁度在庫がなかったようで、メイドさんはわざわざ紙の束を用意してくれた。

 書く物は黒いインクに、金属製のペン先を取り付けた何かの鳥の羽根ペン。軽く紙に線を引いてみると少しインクが滲んだ。

 日本語、特に漢字を書くのは慣れが必要かもしれないが、とりあえず日記をつけるには問題はなさそうだ。


 さっそく今朝の出来事を練習がてら書いていく。書きながら、紐と穴を開けられるような器具を今度は用意してもらおうと思った。

 長年図書館で働いてた経験で、和本の扱いも覚えることがあった。紐と穴さえ開けられれば書きためた紙を和装綴じにして保管することも可能だろう。

 何事も経験しておくものじゃ。何が役に立つかわからんものです、世の中。


 そうして異世界二日目の午前を過ごし、午後は暇つぶしに王宮を散策することにした。

 廊下から見た中庭の庭園を直に見たいと思い、まずは中庭に向かうことにする。

 中庭に近づくと、気合いの入った声と、木をぶつけ合うような音が響いてきた。訓練かなにかだろうか?


 気になったので様子を見に行くことにする。色鮮やかな庭園を通り抜け、建物の間を歩き、中庭の裏へ出ると、吹き抜ける風が気持ち良い芝生の広場にでた。

 そこには武士娘――カノンと、十数名の兵士がいた。


「おや、あなたは。……オキナ殿でしたか」


 儂に気づいたカノンが声をかけてきた。

 昨日の和服っぽい格好とは違い、シャツにズボンというラフな格好のカノン。シャツから覗く瑞々しい白い肌が艶めかしく眩しい。思わず恥ずかしくなり視線を逸らし一呼吸。

 落ち着いたところで、禿げた頭をさすりながらお辞儀し挨拶した。


「どうも、こんにちは。訓練ですかの?」

「ええ。オキナ殿は散歩ですか?」

「はい、まぁそのようなもんです。暇ですので」


 木剣を打ち合う音と、気合いの乗った声が響く。カノンはそれをしっかりと観察するように見ていた。

 カノンにつられ兵士達に目をやると、ふと違和感に気づく。

 女性兵だ。そこにいる兵士達は皆女性だった。

 遠目から見ているだけなのではっきりとはわからないが、比較的若い女性が多いように思えた。


「しかし……」


 呟きながら横をみる。

 兵士達を監督するように見ているカノンが、この中で一番若いように見えるのは気のせいだろうか。だとしたらどのようにして、少女と言っても差し支えないその若さで親衛隊の隊長などという地位に登り詰めたのだろうか。カノンに底知れない何かを感じた。


「ん? どうかされましたか?」

「ああいえ。女性の方ばかりなんですのう」

「ええ、そうです。ここにいるのは親衛隊の部隊員になりますからね。ヴィラ王国親衛隊は代々女性兵で組織されておりますので」


 儂の疑問に率直に答えてくれるカノン。

 女性に年齢に類することを聞くのも失礼な気がするが、気になったままなのも具合が悪い。ここは直接聞いてみようと思った。


「カノンさんはだいぶ若く見えますが、その若さで親衛隊隊長となるのはすごいことなんじゃないですかの?」

「あー、はは……。ちょっとした事情……がありまして。それに私は隊長ではないですよ」


 儂の質問に苦笑いを浮かべ答えるカノン。

 はて? 隊長というのは儂の勘違いだったか。

 疑問を感じていると、そこに一人の女性兵が近づいて来た。

 カノンと同じような、けれど少しウェーブのかかった長い黒髪を靡かせる女性。年齢は二十代後半のように見える。


「カノン様、ちょっと見て頂きたいところが……あら、そちらの方は?」

「あぁ、フィル。丁度良かった紹介しよう。こちら、異世界からの客人、カガリビオキナ殿だ」


 カノンに紹介され、会釈する。

 穏和そうな微笑みを称え、フィルと呼ばれた女性は恭しくお辞儀をした。


「これはお初にお目にかかります。私、ヴィラ王国親衛隊隊長を務めるフィル・レアードと申します。オキナ様、以後お見知りおきを」

「おや、フィルさんが隊長さんでしたか。儂はてっきりカノンさんが隊長だと思っておりました」

「ふふ、勘違いされるのも仕方ないかもしれませんね。カノン様は総代という少し特殊な立ち位置ですから」


 整った顔立ちに微笑みを浮かべながら言うフィル。


「総代というと、隊長とは違うので?」

「そうですね、隊長を含めたヴィラ王国親衛隊を取り纏めるお立場といいますか。少なくとも隊長の私よりは上の立場になられますよ」

「私はもう隠居したいと言っているんだがな……」


 カノンは頭を掻きながら言う。いやいや、その若さで隠居って。思わずツッコミを入れた。


「カノンさんがその若さで隠居するなら、儂のような老人はお空の上で隠居暮らしじゃなぁ」

「ふふふっ。そうならないように、カノン様にはまだまだがんばって頂かないといけませんね」


 二人の言葉にカノンは半ば呆れ混じりに呟いた。


「やれやれ、ミュタンではないが面倒なことはそろそろ遠慮したいのだけどな……」

「ふふふっ」


 カノンの言葉に意味ありげにフィルが微笑んだ。


 その後、カノンはフィルに連れられ兵士達の元へ行き、いくつか指導のようなものをしていた。

 皆、憧れのような眼差しでカノンの指導を真剣に聞き入っているようだ。

 親衛隊隊長であるフィルがカノンに対して敬語を使う様を見るに、カノンは思っていた以上に大物なのかもしれない。まあ大物の娘という線もありそうだが。

 ぼーっと兵士達の様子を見ていると指導を終えたカノンが戻ってきた。


「おつかれさまです。指導に熱が入ってましたのう」

「これは恥ずかしいところを。自分にも同じような時期がありましたから、彼女たちにはもっと強くなってもらいたいと思ってつい」


 恥ずかしそうに言うカノンは年相応の可憐な少女だ。うーむこんな少女が親衛隊の中でも一番の地位にいるとは。世の中不思議に満ちておるのう。異世界だけど。


「そういえば、オキナ殿。ミュタンとは話されましたか?」


 話題を変えるようにカノンが聞いてきた。


「ええ、今朝。どうしてそれを?」

「ミュタンとは長い付き合いでして。彼女にオキナ殿の本のことを伝えたのは私なのですよ」

「そういえば所持品チェックのときにそんなような話をしているのを聞いたような……」


 カノンは「聞かれていましたか」とハニカミながら続ける。


「彼女が研究している遺跡に、オキナ殿の本に載っている言語に酷似したものがありましてね。私もそれに見覚えがあったので、何かの役に立つかと思い伝えていたのです」

「そういうことでしたか。いや、今朝急に尋ねて来て、本を貸して欲しいと言われて驚きましたが。なるほどなるほど」


 納得いったというように手を合わせる。


「彼女は本を?」

「ええ、お貸ししました。そうだ、本を貸す代わりに魔導書を見せてもらえることになったのですよ。いやぁ楽しみじゃのう」

「へぇ。ミュタンがそのようなことを? 珍しい事もあるものだ」


 よほど珍しい事なのか、カノンは心底驚いた顔をしていた。


「そんなに珍しいことなのですかの?」


 カノンは頷きながら相づちを打つ。


「ええ、ミュタンは昔から人嫌いな面がありまして。それに魔導書は命と同価値と豪語していましたからね。よほど気に入らなければ、そうそう見せたりしないと思いますよ」

「ほっほっほ、どうでしょうかのう。単純に儂の本をそこまでして借りたかっただけかもしれませんぞ」


 ミュタンとのやり取りを思い出しても、儂を気に入るようなやり取りはなかったように思う。小首を傾げ、可愛く考えていたのはきっと損得を考えていたのだろう。


「ふふ、そうかもしれませんね」


 微笑むカノン。揺れる黒髪を抑えるその横顔はとても綺麗だ。ミュタンの率直な可愛さに対して、カノンには芯の通った凛とした美しさがあるように思った。

 美しく整った顔立ち、鍛えられた、それでいて筋肉質じゃないしなやかな白い腕、豊かに実る胸……。


 はっ、いかんいかん。老人が少女に向ける眼差しではないぞい。邪念に染まっとる。ロリコン、ダメ絶対。

 気恥ずかしくなり、視線を訓練する兵士達へ向けた。


「なんにしてもオキナ殿の本で、少しでもアイツの研究が進めばいいのですが」


 兵士達を見ながらカノンは静かに呟いた。

 吹き抜ける風が、カノンの結いだ長い髪を揺らす。

 春の陽気のような暖かい陽射しの元、儂は今しばらく親衛隊の訓練を眺めるのだった。


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