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人知れず、夜泣き。  作者: 中め
8/8

乾く。






 -------店長に「昼休憩に行け」と店から摘み出された。


 今日も晴天。屋上日和。


 ボーっと空を見上げる。


 --------木内、泣いてたな。


「はぁ」


 溜息しか出てこない。


 空を走る飛行機雲を無意味に目で追っていると、背後でドアが開く音がした。


「橘くん、クリームコロッケ作って来たよ」


 ドアの方に目を向けると、弁当箱を持った木内がいた。


「どうぞ」


 木内がニッコリ微笑みながら近づいてきて、俺の膝の上に弁当箱を乗せた。


 蓋を開けると、美味しそうなおかずが犇めき合っていて、


「うん。やっぱり美味い」


 味も期待通りで。


「……木内さんの得意料理ってさ、ローストビーフじゃないでしょ? ロールキャベツでしょ」

 

 今日、なんであの時木内が嘘を吐いたのか分かった。


 ロールキャベツはアイツの好物だったから。


 めちゃめちゃ腹減っているのに、残す気だってサラサラないのに、なんとなくガツガツ食う気になれなくて、一旦箸を止めて隣に座った木内に視線を向けた。


「橘くんの好物って何?」


 木内は俺の質問に答えてくれない。


「ステーキ……だと今まで思ってたんだけど、木内さんの料理を食べたら、何が好物なのか分かんなくなった。からあげも、えびフライも、パスタも、ハンバーグも、今日のクリームコロッケも全部美味くてさ」


 木内のクリームコロッケは、こんなにも気分が沈んでいる時に食ったって、本当に美味い。


「私もね、何が得意料理なのか分かんなくなっちゃったよ。ロールキャベツは、悟の好物で何度も作って作り慣れてたから、得意料理なんだと思ってた。でも、橘くんにお弁当を作り出してから、橘くんが何でも美味しいって言ってくれるから、『私の得意料理はからあげなのかも?』とか『えびフライなのかも?』って分かんなくなってきちゃって」


 木内が「ヘヘっ」と困った様に笑った。


「もう、こうして弁当作ってもらうのも無理だよね」


 美味しい木内の弁当も、木内との楽しい時間も、今日で終わり。


「……なんで? もう食べてくれないの? さすがに橘くんに彼女が出来たり、好きな人が出来たら辞めようとは思ってたけど……もしかして、いるの?」


 木内が、悲しそうな目で俺を見た。


 逆でしょ。悲しいの、俺の方でしょ。


「木内さんにはいるでしょ。木内さん、結婚するんでしょ」


 やけ食いの様にクリームコロッケを口に突っ込む。


 もう食えないんだと思うと、いちいち美味い木内の弁当に腹が立つ。




「……指輪、返品しちゃった」



「……え?」


 驚いて木内の方を見ると、木内がまた「へへッ」と苦笑いした。


「指輪貰って、泣いてたじゃん」


 泣くほど喜んでたじゃん、木内。


「だって嬉しくなかったんだもん。あんなに欲しくて仕方なかったものなのに、嬉しくなかったんだもん。でも、嬉しくなかったくせに、『本当に受け取らなくて後悔しないだろうか』って不安になっちゃったんだもん。この歳だしさ。そりゃ、涙だって出るさ」


 苦笑いの木内。


 イヤイヤイヤイヤ。何を軽く開き直ってんだよ、木内。


 俺のこの底辺にまで下がったテンションをどうしてくれんだよ。

 

「私ね、今の仕事が好きだし、この職場も好きだから、ずっとここで働こうと思ってるのね?」


 そして、俺のテンションなどお構いなしに、全然関係のない話を語り出す木内。


 そんな木内のことなど、こっちも構ってられない為、弁当を食う事に勤しむ。


「だからね、今から言うことには答えなくていいし、即刻忘れて欲しいのね? 変な空気になるの嫌だし、橘くんにも迷惑な話だと思うし……。だったら言うなよって話なんだけど、どうしても言いたいっていうか、言わないとスッキリしないっていうか……」


 ダラダラダラダラ、前置きが長い木内。

 

 こっちだよ、スッキリしないの。何が言いたいんだ、木内。


 クリームコロッケを口に入れつつ、木内に白けた視線を送る。




「私、橘くんが好きだ」



「………」



「………ッ‼」


 ビックリしすぎて、木内を弁当と間違ったらしい。


 うっかり木内の唇を食っていた。


 慌てて唇を離すと、木内も目を見開いて驚いていて、


「……クリームコロッケの味がする」


 キスの感想が全く色気のないものだった。


「……そうだね。たった今食ったしね」


 動揺を隠すかのように、冷静を装う。


「……次は何のお弁当が食べたいですか?」


 言うだけ言ってスッキリしたのか、木内は俺のドキドキを余所に普通に話出した。


 オイオイ、待て待て。


「ねぇ、さっきのキス、何だと思ってんの?」


 おかしいでしょうが。この流れで次の弁当について話すの、おかしいでしょうが。


「こっちが聞きたいよ。何だったの⁉」


 木内が顔を赤らめつつ、眉間に皺を寄せた。


 何だったの⁉ って何だよ。


「『付き合いましょう』のキスに決まってるでしょうが‼」


 バカか、木内。


「橘くん橘くん。私の話、聞いてなかったでしょ。私はこの会社を辞める気はないの。振られた後に気まずい思いはしたくないの。だから、返事はしなくていいって言ったでしょ」


 自分から告っておいて、返事をするなと言う木内。


 え? 意味分かんない。意味分かんない。


 告られた俺が振られてんの?


「あのさ、木内さん。俺、結構まじですよ。てか、かなり真剣ですよ。28歳の女性と付き合うんですよ? 結婚する気で付き合いたいんですよ?」


 いい加減腹立ちますよ。俺を見縊ってもらっちゃ困りますよ。


「イ……イヤイヤイヤイヤ。橘くん、まだ若いんだよ⁉ 私なんかに……縛れない‼ 縛れない‼」


 木内が両手と顔を左右にぶんぶん振る。


 その顔を、両手で挟んで止める。


「結婚しようよ、木内さん。俺は絶対に木内さんを裏切ったりしないから。……だって、そんなことをしたら木内さん、酒持って徘徊しながら夜泣きするっしょ」


「それ、てっぱんネタみたいに持ち出すのやめてくれないかな」


 木内が、唇を尖らせながらオレを睨んだ。


「ねぇ、木内さん。ここ、丁度指輪売ってるし、婚約指輪買いに行こっか。来年、結婚しようよ」


 木内の元カレなんかより、オシャレで木内に似合うヤツを買ってやろう。


「来年?」


「別に今すぐでもいいけどさ、木内さんのご両親がビックリするっしょ。『悟さんじゃなくて俺なの⁉ つか、そもそもお前誰だよ』って。それに、俺もちゃんと木内さんの両親に挨拶したいし、自分の親にも紹介したいしね」


「……ありがとね、橘くん」


 木内が、俺の両手に顔を挟まれながら泣いた。


 初めて俺の前で泣いてくれた。 


「……でも、指輪は要らない」


 しかし、木内は泣きながら指輪を拒絶。


「……なんで?」


 木内、俺と結婚してくれないの?


 なんか、俺まで泣きそうなんですけど。


「来年結婚するなら、来年買って。新作が出てると思うし」


 さすが、28歳・大人な女性、木内。こんな時でも超冷静。


「……お、おう」


 リアルな木内に半笑いになった。


 このロマンチックな空気に、容赦なくリアルをぶっ込むなよ、木内。


 だったら俺もリアルをぶっ込むか。


「ねぇ、木内さん。なんでアイツの指輪、返品しちゃったの? 一応貰って売るか捨てるかすれば良かったじゃん」


「橘くん、鬼なの?」


「だって、今日まだ木内さん、売り上げゼロじゃん」


 リアルに切実な問題で木内をイジると、


「言うな言うな‼」


 さっきまでリアルを投げ込んでいた木内が、両耳を押さえながら現実逃避を図った。


 そんな木内の両手を耳から剥がす。


「ハイハイ。これ以上言うと、またひとり寂しく夜泣きしちゃうからねー、木内さんは」


「しつこいな‼ もうしないわ。これからは、これ見よがしに橘くんの前で号泣してやるわ」


「可愛げねぇぞ、桜。大好きだ」






 もう、ひとりぼっちで泣かせない。







 人知れず、夜泣き。



 おわり。


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