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人知れず、夜泣き。  作者: 中め
7/8

滴る。




 -------風邪から見事生還。


 今日は元気に仕事が出来そうだ。


 しかし、昨日の橘くんのお粥の味はファンキーだった。めっさ、パンチ効いてた。


 でも、心配してお見舞いに来てくれて、あのお粥だって頑張って作ってくれたのだろうから、お礼の意を込めて、前にリクエストされていたクリームコロッケを朝から張り切って作る。


 お礼だから、割とデカめに。多めに。


 さすがにカニは豪華すぎて入れられないので、コーンを入れてみたり。


 喜んでくれるだろうか。



 橘くんとのランチを楽しみに、作ったお弁当を鞄に入れ、お店へと出勤した。


 ロッカールームでスーツに着替え、店内へ。


 持ち場のショーケースを入念に磨いていると、


「おはよう、木内さん」


 今日も元気な橘くんが、私の肩を叩いた。


 良かった。橘くんに風邪は移っていないようだ。


「おはよう、橘くん」


 橘くんを見上げ挨拶を返すと、橘くんがニッコリと微笑んでくれた。


 今日も可愛く笑うこと。



 今日は土曜日。多くの集客が見込める日。


 昨日休んじゃったし、何とか売り上げないと‼



 朝礼を終え、開店時刻になると早速見るからに裕福そうなご婦人が来店した。


 よし‼ 接客に行こう‼ とした時、疾風の如く橘くんがそのご婦人に飛びついた。


 そして得意のキラキラスマイル。


 橘くんは見事にご婦人のハートを鷲掴み、ネックレスご購入に漕ぎつけていた。


 そして、ダイヤ入りの高価なネックレスの販売に成功しルンルンな橘くんが、私の隣でラッピングを始めた。


「橘くん。あのお客様、私が接客に行こうと思ってたんですけど」


 またひとつ成績を上げてホクホクな橘くんを睨みつける。


「知ってるよ。でも、あの淑女だって木内さんより、若くてピチピチの俺に接客して欲しかったと思うし。ちゃんと売れたでしょ? 木内さんだったら絶対に売れてたって言える?」


 全く悪びれのない橘くん。


 コーイーツー。かわいくない。


「次来たお客様は私が接客するから邪魔しないでよね‼」


「ハイハイ」


 ラッピングを終えた橘くんは、私を軽くあしらうと「今日1日で今月のノルマは達成したしー」と余裕をぶっこきながらお客様の元へ戻って行った。


 くっそー。次こそ私が売り上げる‼



 次に入ってきたのは男性客。


「……」


『いらっしゃいませ』の声が出なかった。


「……俺が行く」


 橘くんが、無言で固まる私の横を通り過ぎた。



 神様は、病み上がりの私に容赦ないらしい。


 入って来たのは、悟だった。


「……なんで?」


 悟はどうして、私の働くお店にやってきたのだろう。


「あれ、悟くんだよね?」


 百花が悟を見つけ、私の方に寄って来た。


「……うん」


 悟は、私にジュエリーを買ってくれたことは1度もなかった。


「何しに来たの? 無神経過ぎない? 悟くん」


 ただただ動けずにいる私の代わりに、百花が怒ってくれている。


 悟は、新しい彼女の為に選びに来たのだろう。


 わざわざ私がいる店で買うなんて、鬼だ。


 程なく橘くんが眉間に皺を寄せて、私たちの方に戻って来た。


「女性の販売員が良いんだって」


 橘くんは、悟に接客を断られたらしい。


「じゃあ、私が行くよ。1番高いヤツを売りつけてきてやるから」


 今度は鼻息を荒くした百花が悟の元へ。


 私の為に怒っている百花。


 イライラは胎教に良くないのに。


 しかし、1分も経たないうちに百花も戻って来た。


「桜に接客して欲しいんだって。どうする? 嫌だったら理由付けて断ってくるよ」


 百花が「無理することないよ。悟くんはお客様だけど、それにしたってあんまりだ」と私を気遣う。

 

「行く必要ない」

 

 橘くんが私の腕を掴み、左右に首を振った。


 橘くんまでこんな私を甘やかす。


 何を2人に甘えてるんだ、私。いい大人が逃げてどうする。お客様が誰であろうと接客すべきでしょうが。それに、


「行く。私が1番高いヤツを売りつける」


 悟が彼女の為にどんなジュエリーを選ぶのか、見たいと思った。


 口角を『これ以上上がらない』というくらいまで引き上げ、悟の元へ向かう。


「いらっしゃいませ。今日は何をお探しですか?」


 日頃培った営業スマイルを発揮しながら悟に声を掛けた。


 私は今、上手に笑えているだろうか。


「……婚約指輪を」


 悟が発した言葉に、喉の奥がツンとした。


 悟が、彼女と結婚する。


 3年一緒にいた私ではなく、新しい彼女と結婚する。


 今にも滲み出そうな涙を、必死に堪える。


「ご結婚されるんですか? おめでとうございます」


 こんなに心にもない『おめでとう』を言ったのは、初めてだ。


「いえ、まだ。プロポーズはこれからです」


 悟が、プロポーズと同時に指輪をプレゼントする様な、ロマンチストだったことを今日知った。


 私は、誕生日を忘れられていたことさえあったのに。


「そうですか。きっとうまく行きますよ。頑張ってくださいね」


 その上、自分を振った男のプロポーズを応援するハメになるなんて……。

 

「だと良いんですけどね」


 悟が少し強張った表情をした。


 緊張しているのだろうか。


 悟は今日、プロポーズをする気なのだろう。


「では、早速指輪を選びましょう。どんなデザインが良ろしいでしょうか? 彼女さんのお好きなブランドはどちらのものになりますでしょうか?」


 悟を指輪のショーケースに誘導する。


 まさか、悟の彼女の為に悟と指輪を選ぶ日が来るなんて、夢にも思わなかった。


「桜は、どれが好き?」


 私の質問を質問で返す悟。


 悟の無神経さに腹が立った。


 この世に元カノの趣味の指輪が欲しい女など、いるわけがない。


「人気のあるものはこちらですね」


 イラっとしつつも、とりあえず20代のお客様によく売れてる指輪を見せる。


「これ、桜も好き?」


 悟の無神経発言は続く。


 いくらお客様と言えども、悟の質問にイライラする。


「そうですね。かわいいと思いますよ」


 でも笑顔は崩さない。だって、これも仕事だ。

 

「じゃあ、これで」


 婚約指輪なのに、深く考えることもせずにアッサリ決めてしまった悟。


 悟が購入する指輪は、1番高いヤツとはいかないけれど、それでも高価なものだった。


 悟は、彼女の為なら大きな買い物も躊躇しないらしい。


「指輪のサイズは何号でしょうか?」


 パソコンを見ながら在庫をチェックする。在庫さえあれば当日お渡しが出来る。悟のことだから、刻印とかを入れると日にちがかかるなんてことは知らないだろう。  


「桜は何号?」


 悟の質問に、思わず『はぁ⁉』と言ってしまいそうになり、慌てて声は引っ込めたものの、口はあんぐり開いてしまった。


 本当に、馬鹿なんじゃないかと思った。


 私と悟の彼女のサイズが同じなはずがない。


「私と彼女さんのサイズが同じとは限りませんの…で…」


 もう、精いっぱいの作り笑顔も引き攣ってしまう。


「桜は何号?」


 それでも悟は馬鹿丸出しの質問をし続ける。


 悟は、女性の指の太さが全員同じだと思っているのだろうか。


「……私は、8号ですが……」


 どうして良いのか分からず、自分のサイズを応えると、


「じゃあ、8号で」


 悟が、私と同じサイズの指輪を買うと言い出した。

 

 悟は、女性の指の太さが全員同じだと思っているらしい。


 サイズが合っていなくとも、プロポーズの際に指輪が必要なのだろうと、とりあえず在庫を確認すると、丁度8号の指輪はあった。


 ショーケースの下の棚から8号の指輪を取り出し、悟に見せる。


「こちらになります。お日にちを頂くかたちにはなりますが、指輪にお名前ですとか、お好きな文字を刻むことも出来ますが、如何しますか?」


 断るだろうとは思いつつ、一応悟に確認すると、


「今日必要なので、結構です。後から入れることも出来ますよね?」


 悟はどうしても今日、指輪を見せながらプロポーズしたいらしく、やっぱり断った。


「もちろんです。では、箱に詰めてまいります。お会計、先によろしいでしょうか?」


「あ、はい。2回で」


 悟からカードを受け取り、それを百花に預けてお会計をお願いし、その間私はラッピングをする。


「会計、終わったよ。ラッピング出来た?」


 腹の虫が収まらない百花は、そっけなくさっさと会計を終わらせ、悟にカードを返してきてしまった。


「早いよ、百花。もうちょい時間稼いでよ」


 私、そんなに早く包装出来ないのに。


「そんなモン、ぐちゃぐちゃでいいじゃん」


 と言う百花の隣で、


「リボンの代わりに鼻くそ付けとけばいいと思う」


 橘くんまでしょうもないことを言い出す。


 オイオイオイオイ。私の代わりに怒ってくれるのは嬉しいけど、それはないだろ、お2人さん。

 

 急いでラッピングを済ませ、悟の元へ持っていく。


「サイズ、合わない様でしたらお直し致しますので、いつでもお持ち下さいませ」


 絶対合わないだろうけど。と思いながら悟に指輪の入った箱を手渡す。


「大丈夫です。絶対に合いますから」


 悟が私の目を見た。


 真っ直ぐな視線に、目を逸らすことが出来なかった。


 そして、悟が買ったばかりの指輪を私の前に置いた。



「桜、戻って来て。桜のロールキャベツが食べたい。結婚して下さい」



 思いもよらない悟の行動に、ビックリしすぎて一瞬頭が真っ白になった。




「お前、ふざけんな‼」


 物凄い形相で悟に掴みかかろうとする橘くんの声で、我に返る。


 怒り狂う橘くんを、百花と店長が取り押さえた。


 そんな状況なのに、私は硬直したままで。


 

 ただ、涙が出た。



 だって、目に前にあるのは、私がずっと欲しかったものだったから。

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