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人知れず、夜泣き。  作者: 中め


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6/8

垂れる。




 -------引越しの次の日、木内が仕事を休んだ。


 店長の話によると、風邪を引いたとのこと。


 昨日、元気に酒まで飲んでおいて何やってんだ、木内。


 昼休み、木内に電話を掛ける。


『……ハイ』


 電話の向こうから、木内の力ない声がした。


「昨日、元気だったじゃん。どうした、突然」


『風邪ってね、罹った翌々日に発症するんだってさ。ていうか、ごめん。何気に橘くんに撒き散らしたかも、昨日』


 木内は余程しんどいのか、時折『はぁはぁ』と呼吸を乱していた。


「俺、そんな軟弱じゃないんで。つーか、腹出して寝てたんじゃないの?」


『引っ越すまでソファで寝てたから。……あのさ、ケンカ売るのは元気な時にしてくれないかな。今日、無理』


 俺の話に全然乗ってきてくれない木内。


 ヤバイ。木内の声、本気トーンだ。まじで辛いヤツだ。


 つーか、振られたうえにソファで寝かされてんなよ、木内。一応女のコだろうが。


「熱、計った? 医者には行った?」


『体温計、買ってなくて。お医者さんにはこれから行く』


「俺、早退するわ。ちょっと待ってて。医者に連れてってやるから」


 だって木内、ケチ臭いからタクシーも使わずに歩いて行きそうだし。超心配。

 

 電話を切って木内を迎えに行こうとすると、


『オイオイ。私を何歳だと思っているんだ。ひとりで行けるわ。ひとりで何処までも行けるわ。私の風邪を口実に仕事をサボってくれるな、次期社長』


 木内に可愛くない言葉でお断りされた。


 つーか、さすがに今の木内は何処までもは行けねぇわ。


 人が心配してやってるというのに、この女……。


「じゃあ行かない。さっさと医者に行っておとなしく寝てろ」


 木内が可愛げがない為、突き放すと、


『うん。仕事がんばってね、橘くん』


 電話の奥で木内が笑った。


 ずるいな、木内。急に素直に返事されると、憎まれ口叩いた俺が悪者になるじゃん。


 仕事、頑張るしかないじゃん。




 -------仕事が終わって、『じゃあ行かない』とか言っておきながら、コンビ二でポカリとゼリーを買いつつ木内のアパートに向かう。


 やっぱり心配だし。


 木内、ちゃんと何か食べたかな。


 木内のアパートに着き、部屋のベルを押す。


 木内が内鍵を掛けたままドアを開けた。


「橘くん、どうしたの?」


 ドアの隙間から木内の片目だけ見えた。


「お見舞い。開けて」


「ヤダ。風邪移っちゃうでしょ」


 内鍵を開けようとしない木内。


 ……有り得ない。普通、お見舞いに来た人を追い返したりしないだろうよ。


「だから、俺はそんなに軟じゃねぇっつーの」


「それを人は過信と呼ぶの‼ 私のせいで橘くんが風邪になるとか、まじでイヤ」


 俺のお見舞いという親切を無碍にするのは、木内なりの優しさらしい。


「入れてくれるまでココにいるよ? 外にずーっといたら、結果俺も風邪を引くだろうね」


 でも、帰らない。いつも木内に弁当作ってもらってるから、こんな時くらいは木内の役に立ちたい。


「……私、すっぴんなのに……」


 木内があからさまな嫌々感を醸し出しながら、内鍵を外し、ドアを開けた。


 普段、木内がどのくらい時間をかけて化粧をしているのか知らないが、残念なことに全く努力が報われていない。


 化粧した木内と、すっぴんの木内、ほぼほぼ変わらない。


 部屋にあがると、木内がマスクを装着しだした。


「そんなにすっぴんが恥ずかしいのかよ」


『たいして変んねぇのに』と若干木内に呆れる。


「橘くんがマスクしてないからでしょうが‼ 風邪、移っちゃうでしょうが‼」


 木内がマスクをしたままベッドに潜り込む。


 イヤイヤイヤ。苦しいだろ、それ。


 息し辛くて『はぁはぁ』言ってたくせに。


 変にいい奴過ぎるんだよな、木内って。


 しんどいのは自分なんだから、自分のことだけ考えてればいいのに。


「俺がするから、木内さんは外して」


 木内のマスクを外して、自分の耳にかけた。


「ばかなの⁉ 私のマスクをつけたら、風邪菌がダイレクトに口に入るでしょうが‼」


 木内が起き上がって、すかさず俺の口に当たったマスクを剥ぎ取った。


「ばかはお前じゃ‼ いちいち起きるな、病人が‼ 寝ろ‼ 新しいマスクどこ⁉」


 木内の腕を掴み、ベッドに押し込む。


「マスク、テーブルの上。お薬の袋の中に一緒に入ってる」


 風邪の菌を飛ばさない様に、律儀に布団で口を覆いながら喋る木内。


 めんどくせーから、いっそ木内の風邪を貰ってやりたい。


「木内さん、具合どう?」


 新しいマスクは、調剤薬局の薬と一緒の袋に入っていた為、医者には無事に行けた模様。


 そのマスクをつけて、木内のベッドに近づく。


「うん。やっぱ医者の薬は効くねー。明日は仕事に行けるよ」


 確かに、昼間の電話の声よりだいぶ元気そうな木内。


 あ、そういえば、食欲ないかもしれない木内の為にゼリーを買って来たんだった。


「木内さん、何か食った?」


「うん。お昼にゼリー食べた」


 木内が既にゼリーを食ってしまっていた為、俺のゼリーの出番なし。


 そっと冷蔵庫に入れておこう。


 でも、ゼリーを食ったのは昼なんだ? ってことは、夜はまだなんだ?


 でも俺、ゼリーとポカリしか買ってないしな。……作る?


 お粥くらいならつくれるんじゃね? 俺。


「夜ご飯、作ってあげる。お粥でいい?」


 やる気満々に腕まくりをすると、


「作れるの?」


 木内が不安そうに俺を見た。


 木内、俺のことなんか何も知らないくせに、俺を不器用な人間だと思ってやがるな。


「お粥くらい誰でも作れるだろ」


 だってあんなモン、米ドロドロにすればいいだけじゃん。


 別に器用なわけではないが、そんなに不器用でもないし、お粥作るくらい楽勝っしょ。


 早速立ち上がり、キッチンへ。



 キッチンへ、来たはいいが……。待って待って待って。


 お粥って、米をドロドロに炊くの? ご飯をドロドロに煮るの? え? どっち? 


 ヤバイ。ワカラン。……そうだ‼ ググればいいじゃん‼


 携帯を取ろうとポケットに手を突っ込んだ時、


「橘くん、大丈夫?」


 後ろから声がして、振り向くと、ベッドの上で布団にくるまりながら、木内が心配そうにこっちを見ていた。


「え? 余裕ですけど?」


『何か問題でも?』くらいのテンションで木内に返事をして、ポケットに入れた手をそっと外に出した。


 ダメだ。携帯を見ながら作るなんて出来ない。


 そんなことをしてるのが木内にバレたら、木内のことだから気が気じゃなくなって起きて来そうだし。


 ……イマジンだ、俺‼ イマジン大事ってジョンレノンも言ってたし‼



 -----頭の中でイマジンを歌いつつ、試行錯誤の上、とりあえず完成。


 見た目はお粥。……イケるかもしれん‼


「木内さん、出来た‼」


 作ったお粥を鍋からお椀に移し替え、レンゲと一緒にテーブルに運ぶと、木内がベッドからのそっと出てきた。


 テーブルの前に座り、お粥を見つめる木内。


「……いただきます」


 木内がレンゲでお粥を掬い、一口含んだ。


「……うん。お、おいしい」


『おいしい』を噛む木内。


 絶対に嘘じゃん。笑顔引きつってるじゃん、木内。


 そういえば俺、味見してないじゃん。


「ちょっと食わせて」


 木内からレンゲを奪うと、


「食べない方がいい‼」


 木内が上半身でお粥の入った茶碗を覆い隠した。


 え? そんなにヒドいの?


「……あ、イヤ。私の食べ刺しのお粥食をべたら、風邪が移っちゃうから」


 俺に気遣ってか、変な優しさを見せる木内。


 だから木内、作り笑いが下手くそ過ぎなんだって。


「じゃあいいよ。鍋に張り付いてるやつを食ってくる」


 キッチンへ行こうと立ち上がると、


「待って‼ 行かないで‼」


 木内が捨てられそうな女の様に、俺の左足に絡み付いてきた。


 何やってんだ、木内。今の木内がやると、やけに物悲しいっつーの。


 そんな木内を見下ろす。


「木内さん、正直に言っていいよ。俺の作ったお粥は、美味しく?」


「………ない」


 木内が超小声で答えた。


 ……あぁ、やっぱりか。もう買って来よう。


 そうだよ、何で張り切って作ろうとしたんだよ、俺。


 初めから『じゃあ、お粥買ってくるわ』って言ってコンビニに行けば良かったのに。


「ごめんね、木内さん」


 具合悪い時に変なもの食わせて。


 玄関へ行き、木内のアパートを出ると、トボトボとお粥を求めてコンビニへ。



 お目当てのお粥を購入して木内の部屋に戻る。


 ベルを鳴らすと、木内が『アレ?』という顔をしながらドアを開けた。


 中からは、なんか美味しそうな匂いがする。


「橘くん、帰ったんじゃなかったの?」


「お粥を買いに行ってただけですけど? それより、何? このいい匂いは」


 鼻をくんくんさせながら木内の部屋に上がる。


「橘くんのお粥、塩分がちょっと多めだったから、水を足して卵落とせば美味しくなると思ってさ」


 俺がコンビ二に行っている間に、木内はあの失敗作を見事にリメイクしていた。さすが木内。


「捨ててなかったの?」


「捨てないよ‼ もったいないじゃん‼ 折角橘くんが作ってくれたのに」


 相変わらず貧乏臭い木内。


 でも、『俺が作ったから』捨てないって言われたのは、ちょっと嬉しい。


「ていうか、さっき帰ったんだと思って、橘くんに『気をつけて帰ってね』的なLINEしちゃったじゃん」


 木内が、バツが悪そうに笑った。


 携帯を確認すると、確かに『折角お粥作ってくれたのに、ちゃんと食べなくてごめんね。気をつけて帰ってね。うがいして寝てね』というお母さんみたいなメッセージが来ていた。


 木内らしくて、ちょっと笑えた。


「ねぇ、俺がそのお粥を食うから、木内さんはコンビニのヤツを食べなよ」


 やっぱり木内が手を加えたお粥は違う。俺の闇粥が見事に化けている。超美味そう。


「ダメだよ。私の食べ刺しを作り直したんだから風邪が移る」


 木内にそう言われても、どうしても食いたい。


「ヤダ。食いたい食いたい食いたい‼」


「橘くんが風邪引いたら作ってあげるよ」


 俺が子どもみたいに騒ごうとも、木内はお粥を食わせてくれない。


 だからって、『じゃあ、木内さんの風邪、ちょうだいよ』的な少女漫画に出てきそうなキスは出来ない。


 余計なことをして今の関係が崩れるなら、今のままでいい。


 だから、木内の元カレが調子良く戻ってくるなんて、赦さない。

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