垂れる。
-------引越しの次の日、木内が仕事を休んだ。
店長の話によると、風邪を引いたとのこと。
昨日、元気に酒まで飲んでおいて何やってんだ、木内。
昼休み、木内に電話を掛ける。
『……ハイ』
電話の向こうから、木内の力ない声がした。
「昨日、元気だったじゃん。どうした、突然」
『風邪ってね、罹った翌々日に発症するんだってさ。ていうか、ごめん。何気に橘くんに撒き散らしたかも、昨日』
木内は余程しんどいのか、時折『はぁはぁ』と呼吸を乱していた。
「俺、そんな軟弱じゃないんで。つーか、腹出して寝てたんじゃないの?」
『引っ越すまでソファで寝てたから。……あのさ、ケンカ売るのは元気な時にしてくれないかな。今日、無理』
俺の話に全然乗ってきてくれない木内。
ヤバイ。木内の声、本気トーンだ。まじで辛いヤツだ。
つーか、振られたうえにソファで寝かされてんなよ、木内。一応女のコだろうが。
「熱、計った? 医者には行った?」
『体温計、買ってなくて。お医者さんにはこれから行く』
「俺、早退するわ。ちょっと待ってて。医者に連れてってやるから」
だって木内、ケチ臭いからタクシーも使わずに歩いて行きそうだし。超心配。
電話を切って木内を迎えに行こうとすると、
『オイオイ。私を何歳だと思っているんだ。ひとりで行けるわ。ひとりで何処までも行けるわ。私の風邪を口実に仕事をサボってくれるな、次期社長』
木内に可愛くない言葉でお断りされた。
つーか、さすがに今の木内は何処までもは行けねぇわ。
人が心配してやってるというのに、この女……。
「じゃあ行かない。さっさと医者に行っておとなしく寝てろ」
木内が可愛げがない為、突き放すと、
『うん。仕事がんばってね、橘くん』
電話の奥で木内が笑った。
ずるいな、木内。急に素直に返事されると、憎まれ口叩いた俺が悪者になるじゃん。
仕事、頑張るしかないじゃん。
-------仕事が終わって、『じゃあ行かない』とか言っておきながら、コンビ二でポカリとゼリーを買いつつ木内のアパートに向かう。
やっぱり心配だし。
木内、ちゃんと何か食べたかな。
木内のアパートに着き、部屋のベルを押す。
木内が内鍵を掛けたままドアを開けた。
「橘くん、どうしたの?」
ドアの隙間から木内の片目だけ見えた。
「お見舞い。開けて」
「ヤダ。風邪移っちゃうでしょ」
内鍵を開けようとしない木内。
……有り得ない。普通、お見舞いに来た人を追い返したりしないだろうよ。
「だから、俺はそんなに軟じゃねぇっつーの」
「それを人は過信と呼ぶの‼ 私のせいで橘くんが風邪になるとか、まじでイヤ」
俺のお見舞いという親切を無碍にするのは、木内なりの優しさらしい。
「入れてくれるまでココにいるよ? 外にずーっといたら、結果俺も風邪を引くだろうね」
でも、帰らない。いつも木内に弁当作ってもらってるから、こんな時くらいは木内の役に立ちたい。
「……私、すっぴんなのに……」
木内があからさまな嫌々感を醸し出しながら、内鍵を外し、ドアを開けた。
普段、木内がどのくらい時間をかけて化粧をしているのか知らないが、残念なことに全く努力が報われていない。
化粧した木内と、すっぴんの木内、ほぼほぼ変わらない。
部屋にあがると、木内がマスクを装着しだした。
「そんなにすっぴんが恥ずかしいのかよ」
『たいして変んねぇのに』と若干木内に呆れる。
「橘くんがマスクしてないからでしょうが‼ 風邪、移っちゃうでしょうが‼」
木内がマスクをしたままベッドに潜り込む。
イヤイヤイヤ。苦しいだろ、それ。
息し辛くて『はぁはぁ』言ってたくせに。
変にいい奴過ぎるんだよな、木内って。
しんどいのは自分なんだから、自分のことだけ考えてればいいのに。
「俺がするから、木内さんは外して」
木内のマスクを外して、自分の耳にかけた。
「ばかなの⁉ 私のマスクをつけたら、風邪菌がダイレクトに口に入るでしょうが‼」
木内が起き上がって、すかさず俺の口に当たったマスクを剥ぎ取った。
「ばかはお前じゃ‼ いちいち起きるな、病人が‼ 寝ろ‼ 新しいマスクどこ⁉」
木内の腕を掴み、ベッドに押し込む。
「マスク、テーブルの上。お薬の袋の中に一緒に入ってる」
風邪の菌を飛ばさない様に、律儀に布団で口を覆いながら喋る木内。
めんどくせーから、いっそ木内の風邪を貰ってやりたい。
「木内さん、具合どう?」
新しいマスクは、調剤薬局の薬と一緒の袋に入っていた為、医者には無事に行けた模様。
そのマスクをつけて、木内のベッドに近づく。
「うん。やっぱ医者の薬は効くねー。明日は仕事に行けるよ」
確かに、昼間の電話の声よりだいぶ元気そうな木内。
あ、そういえば、食欲ないかもしれない木内の為にゼリーを買って来たんだった。
「木内さん、何か食った?」
「うん。お昼にゼリー食べた」
木内が既にゼリーを食ってしまっていた為、俺のゼリーの出番なし。
そっと冷蔵庫に入れておこう。
でも、ゼリーを食ったのは昼なんだ? ってことは、夜はまだなんだ?
でも俺、ゼリーとポカリしか買ってないしな。……作る?
お粥くらいならつくれるんじゃね? 俺。
「夜ご飯、作ってあげる。お粥でいい?」
やる気満々に腕まくりをすると、
「作れるの?」
木内が不安そうに俺を見た。
木内、俺のことなんか何も知らないくせに、俺を不器用な人間だと思ってやがるな。
「お粥くらい誰でも作れるだろ」
だってあんなモン、米ドロドロにすればいいだけじゃん。
別に器用なわけではないが、そんなに不器用でもないし、お粥作るくらい楽勝っしょ。
早速立ち上がり、キッチンへ。
キッチンへ、来たはいいが……。待って待って待って。
お粥って、米をドロドロに炊くの? ご飯をドロドロに煮るの? え? どっち?
ヤバイ。ワカラン。……そうだ‼ ググればいいじゃん‼
携帯を取ろうとポケットに手を突っ込んだ時、
「橘くん、大丈夫?」
後ろから声がして、振り向くと、ベッドの上で布団にくるまりながら、木内が心配そうにこっちを見ていた。
「え? 余裕ですけど?」
『何か問題でも?』くらいのテンションで木内に返事をして、ポケットに入れた手をそっと外に出した。
ダメだ。携帯を見ながら作るなんて出来ない。
そんなことをしてるのが木内にバレたら、木内のことだから気が気じゃなくなって起きて来そうだし。
……イマジンだ、俺‼ イマジン大事ってジョンレノンも言ってたし‼
-----頭の中でイマジンを歌いつつ、試行錯誤の上、とりあえず完成。
見た目はお粥。……イケるかもしれん‼
「木内さん、出来た‼」
作ったお粥を鍋からお椀に移し替え、レンゲと一緒にテーブルに運ぶと、木内がベッドからのそっと出てきた。
テーブルの前に座り、お粥を見つめる木内。
「……いただきます」
木内がレンゲでお粥を掬い、一口含んだ。
「……うん。お、おいしい」
『おいしい』を噛む木内。
絶対に嘘じゃん。笑顔引きつってるじゃん、木内。
そういえば俺、味見してないじゃん。
「ちょっと食わせて」
木内からレンゲを奪うと、
「食べない方がいい‼」
木内が上半身でお粥の入った茶碗を覆い隠した。
え? そんなにヒドいの?
「……あ、イヤ。私の食べ刺しのお粥食をべたら、風邪が移っちゃうから」
俺に気遣ってか、変な優しさを見せる木内。
だから木内、作り笑いが下手くそ過ぎなんだって。
「じゃあいいよ。鍋に張り付いてるやつを食ってくる」
キッチンへ行こうと立ち上がると、
「待って‼ 行かないで‼」
木内が捨てられそうな女の様に、俺の左足に絡み付いてきた。
何やってんだ、木内。今の木内がやると、やけに物悲しいっつーの。
そんな木内を見下ろす。
「木内さん、正直に言っていいよ。俺の作ったお粥は、美味しく?」
「………ない」
木内が超小声で答えた。
……あぁ、やっぱりか。もう買って来よう。
そうだよ、何で張り切って作ろうとしたんだよ、俺。
初めから『じゃあ、お粥買ってくるわ』って言ってコンビニに行けば良かったのに。
「ごめんね、木内さん」
具合悪い時に変なもの食わせて。
玄関へ行き、木内のアパートを出ると、トボトボとお粥を求めてコンビニへ。
お目当てのお粥を購入して木内の部屋に戻る。
ベルを鳴らすと、木内が『アレ?』という顔をしながらドアを開けた。
中からは、なんか美味しそうな匂いがする。
「橘くん、帰ったんじゃなかったの?」
「お粥を買いに行ってただけですけど? それより、何? このいい匂いは」
鼻をくんくんさせながら木内の部屋に上がる。
「橘くんのお粥、塩分がちょっと多めだったから、水を足して卵落とせば美味しくなると思ってさ」
俺がコンビ二に行っている間に、木内はあの失敗作を見事にリメイクしていた。さすが木内。
「捨ててなかったの?」
「捨てないよ‼ もったいないじゃん‼ 折角橘くんが作ってくれたのに」
相変わらず貧乏臭い木内。
でも、『俺が作ったから』捨てないって言われたのは、ちょっと嬉しい。
「ていうか、さっき帰ったんだと思って、橘くんに『気をつけて帰ってね』的なLINEしちゃったじゃん」
木内が、バツが悪そうに笑った。
携帯を確認すると、確かに『折角お粥作ってくれたのに、ちゃんと食べなくてごめんね。気をつけて帰ってね。うがいして寝てね』というお母さんみたいなメッセージが来ていた。
木内らしくて、ちょっと笑えた。
「ねぇ、俺がそのお粥を食うから、木内さんはコンビニのヤツを食べなよ」
やっぱり木内が手を加えたお粥は違う。俺の闇粥が見事に化けている。超美味そう。
「ダメだよ。私の食べ刺しを作り直したんだから風邪が移る」
木内にそう言われても、どうしても食いたい。
「ヤダ。食いたい食いたい食いたい‼」
「橘くんが風邪引いたら作ってあげるよ」
俺が子どもみたいに騒ごうとも、木内はお粥を食わせてくれない。
だからって、『じゃあ、木内さんの風邪、ちょうだいよ』的な少女漫画に出てきそうなキスは出来ない。
余計なことをして今の関係が崩れるなら、今のままでいい。
だから、木内の元カレが調子良く戻ってくるなんて、赦さない。




