03 クズ伯爵誕生
03 クズ伯爵誕生
「クズ兄様」
前回と同じく、エステルに揺さぶられて起こされた。
これは気持ちの良いものだった。
場所も粗末な小屋だったが、王宮殿以外はこんな小屋ばかりである。
領民たちの生活水準はとても低いと思っていい。
高床式が最高の建物なのである。
瓦屋根などは、まだないようだ。
「ああ、エステル」
俺は目を開けると同時にエステルの腰に抱きついた。
半分程度はアバターの持つ記憶の影響なのだが、俺は見るだけじゃ我慢できなかった。
(クズだな)
エステルも、同じルールで存在するのだから、俺のことは嫌がらない筈である。
ただ、俺はこの世界と相性が良いらしく、少し積極的になれるようだった。
何処か現実ではないと認識しているせいか、それともブレーキが故障していると言った方が正しいのだろうか?
旅の恥はカキカキすれば法隆寺と言う感覚である。
よりクズ化している。
だが、エステルは嫌がらない。
嫌がらなければいいのである。
(セクハラオヤジか!)
「きゃはん」
いや、嫌がった。
お尻が少しだけ浮き上がり、遠ざかった。
「どわーふ!」
俺は少し(大分)悲しかった。
「ち、違うの。ちょっとビックリしちゃって……」
「じゃ、やり直していい?」
「う、うん」
しかし、変だ。
エステルの腰から下は布で覆われていなかったのだ。
柔肌がダイレクトに感じられた。
(内緒だが、匂いもだ)
これはご褒美だろうか?
裸エプロン的なやつである。
「エステルのえっち!」
「私の名はユキナですよ、クズ兄様。他の女とお間違えになるなんて、恨みますよ」
「あぁそうか、ユキナだよね。いや、ごめんよ。俺には他の女なんていたことないし、ユキナとだって、まだ、その……」
「はい。でも…… 今夜が最初で最後かもしれません。その、ユキナは上手くできるかわかりませんが、ち、契っていただけますか?」
そう言って、ユキナは立ち上がった。
「いやいやいや、そうではなくて、その下半身は……」
恐る恐るユキナ(の下半身)を見ると、更に驚くことになった。
長衣はヘソ下辺りでなくなり、そこから下は『丸出し』だった。
縫製からすると、正式な衣裳らしかった。
破れたり、下だけ脱いだ訳ではないようだ。
けれど、下半身だけで十分な驚きだったが、それで終わりではなかった。
なんと、ユキナの頭には猫耳があり、腰には尻尾まであった。
ちょっと整理しよう。
着物風の長衣は、ヘソ下辺りで切れた『短衣』になっていて、下半身が丸出しだった。
頭には猫耳があった。
尻尾も生えていた。
毛色も銀色に見えた。
総合すると、銀猫風美少女の下半身丸出しバージョンだった。
直球ど真ん中、どストライクだった。
(誰でもそうだろう?)
これは、現実だろうか?
残念ながら夕方であり、窓からの陽光は既に頼りなく、部屋にある灯心だけのランプは原始的すぎて、やはりあまり頼りにならなかった。
つまり、あんまり詳しくは見ることができなかった。
(特に下半身のV字型の陰の部分だな)
だが、猫耳とか尻尾は、頼りない光を反射するかのように輝き、光源の揺らぎも良く反射して瞬いていた。
美しかった。
(V字型の陰の部分もな)
うるさいぞ。
けれど、変装とかコスプレではなかった。
ついでに丸出しの下半身もコスプレではないようだ。
(そんなコスプレはない)
「ユキナ、お前本当にユキナか?」
「怒りますよ、クズ兄様。ユキナは生まれた時からユキナです」
だが、ユキナは少しモジモジした。
丸出しが恥ずかしいのだろうか?
(ガン見しているからである)
「しかし、その耳は?」
「お忘れですか? ユキナの母は西方の猫族からの貢ぎ物でした。けれども、母は猫族では王家の娘。でも、父は葛城王。ユキナはクズ兄様の女として、誰にも劣るものではありません!」
何故か、プンプンと怒って説明しているユキナだったが、俺は少しだけ思い出してきた。
どうやら驚くことや違和感を感じるのは、別人格に刺激を与える時のようだった。
別人格って誰だっけ?
俺は、クズだよな。
ユキナもそう呼んでいるし、間違いない。
「ユキナ、チュートリアルって言葉に聞き覚えはないか?」
「チュートリアルですか?」
ユキナは俺のベッド脇に座り直して、下半身に心持ち毛布を掛けて隠してから咳払いすると、恥ずかしそうに顔を赤らめてから、そっと毛布を脇にどけた。
再び下半身を丸出しにして、短めの尻尾をピコピコと動かしながら考えていた。
耳も動くようで、もの凄く可愛いと思ったのはいけないことだろうか?
ちなみに、スレンダーな猫耳娘であり、白い肌で太股は閉じきらないくらい細かった。
勿論、文句などない。
個人的な見解だが、人間のどんな美少女よりも美しいと思う。
「良くわかりませんが、人種差別という言葉が染み出て来るようです。何故でしょう?」
この難局を乗り切るのは、人種差別がキーワードなのだろう。
難局とは、前回処刑された件である。
何故、処刑されたんだっけ?
確信は持てないが、時間が巻き戻されて、処刑日時が明日まで延びたのだろうと予想される。
2時間で終わるのは嫌なのかもしれない。
誰が嫌なのだっけ?
「それより、クズ兄様ぁ。このままでは恥ずかしいだけです」
「隠せばいいんじゃ?」
「まったく、ずっと見てるくせに…… 下ばかりじゃ嫌。顔を見てください」
俺はユキナの瞳を見た。
淡いブルーの瞳だった。
潤んでいて、どんな高価な宝石よりも美しかった。
自分を見つめてくれる女の子の瞳が、こんなにも愛しく重要なものだと思ってもみなかった。
想像を軽く超えている。
その、この世で最も美しい瞳が近づいてきた。
「ゆ、ユキナ、ちょ、ちょっとだけ待ってくれ。お互いの命に関わる問題なんだよ」
「もう、クズなんだから……」
何だか、猫耳の方が積極的なような気がする。
前は少しおしとやかで受け身だったような?
きっと錯覚だな。
猫耳じゃないユキナなんているわけがない。
俺の目蓋には、この美しいユキナの笑顔が焼き付いている。
ずっと、このユキナと暮らしてきたのである。
いや、ユキナに抱きつかれて、別の記憶が活性化されただけなのだろうか?
こんなの、ちょん切ったって我慢できそうにない。
あれ?
そんな台詞がどっかになかったっけな?
俺の台詞か?
俺は誰だ。
俺はクズだ。
その意見には、どこからも反発は来ない。
なら、以前からクズだったか?
やはり、クズだったような気がする。
うーん、しかし、危機感は感じている。
叔父上は厄介だからである。
「ユキナ。俺が死んだら叔父上の女になるしかないのか?」
「いいえ、ユキナはクズ兄様の女です」
「いや、俺が死んだらだよ」
「兄様が死んだら、ユキナも死にます」
それじゃ、前回と変わらないじゃないか!
前回だと?
うーん、何だったか?
ちょっと前の記憶も、淡雪のように消えてつかめなくなる。
短期記憶しか使えないのか! このクズ頭は!
それとも、直感に近いのだろうか?
己の頭がもどかしい。
「ユキナ。生き残れと頭の奥の方から声がしないか?」
「変な兄様。ユキナだけ生き残れるわけないじゃないですか。兄様の奴隷なんですし」
「何だって!」
「だから、奴隷です」
「ユキナは妹だろ?」
「妹でも、この国の身分では奴隷なのです」
「な、何でだ?」
「獣人は自国以外では奴隷です。亜人は何処の国でも奴隷でしょう?」
「待て、獣人と亜人ってどう違うんだ?」
「それも忘れたんですか?」
「いや、良くわからないが……」
だが、何となく知らないことが出てくると、違和感の強い方の記憶が前に出てくるような感じだ。
猫耳に驚いた時にも何か変なことを思い出した。
そう、前回の何かとかだ。
どうも、この頭は二重構造か何かになっているようだった。
ユキナはユキナなのだが、違うユキナとかがいたような気がするのだ。
ピントが合わないだけで、合えば思い出せるようなもどかしい感覚である。
でも、このままでは笑顔のユキナが死んでしまうのだ。
殺されたのだっけ?
それとも、恐怖心が見せる妄想だろうか?
「クズ兄様。兄様のものにしないと、ユキナは叔父上の女にされてしまいます」
「どういうことだっけ?」
「早く兄様の女にしていただかないと、取り上げる権利が叔父上にできてしまうと言うことです」
「ええと、それはユキナが奴隷だからかな?」
「一番の理由はユキナが女だからですが、そうですね、奴隷であることも叔父上の権限が及ばない理由になります。個人の奴隷は、例え王でも取り上げられません」
ユキナはちょっと下を向いた。
「子ができないとかの致命的な理由があっても、財産がある王族や貴族から奴隷が売りに出されることは普通はありません。ユキナの母は、朝貢国からの貢ぎ物ですから尚更です。もし、ユキナが奴隷でなかったら…… 今とは逆に契る前に叔父上の許可が必要になるでしょうね」
奴隷制度の知識がまるでない。
きっと、新規に設定されたか、今まで関与していなかったからだろう。
やはり、ユキナの印象が異なると言う最初の衝撃は、クズの記憶なのだ。
だが、クズは俺なのだ。
クズにクズの記憶があるのだろうか?
何故、クズにクズの記憶を混ぜる必要があるのだろう。
時間の巻き戻しに問題があったのだろうか?
ユキナもユキナの記憶を混ぜてあるのだろうか。
いや、待てよ。
俺は最初に別の女の名前を呼んだとかで怒られたよな。
その、別の女はユキナじゃないのか?
いやいや、そうは考えられない。
俺はずっとユキナを愛してきて、他に女なんかいたことはない。
子供の頃から、ずっとユキナと一緒だった。
だが、笑顔で死んでいくユキナの姿が妄想でないとすれば、俺は2回目のチャンスをもらえたわけだ。
きっと、最初のクズの記憶と今の2回目のクズの記憶が混戦しているのだろう。
それで、前回とか変なことを思い付く理由になるだろう。
当然、ユキナも前のユキナの記憶が混ぜられているに違いない。
ユキナは前回、別の名前だったのかもしれない。
これをやったのは、神様だろうか。
「ユキナ。俺が呼んだという他の女の名前を覚えているか」
「もう! 兄様は惨いです! 私の子宮を裂いてしまうおつもりですか。ユキナの前ではユキナだけを想ってください」
ユキナは俺の胸の中でポカポカ叩いてきた。
流石に俺と共に死を選ぶような女だから、情が強いのだろう。
だが、それだけに俺は生き延びなくてはならないのだ。
でないと、ユキナが死んでしまうのである。
「ユキナ、落ち着いてくれ。俺にユキナ以外の女なんていないのはユキナが一番よく知っているじゃないか。ずっと、二人で生きてきただろう」
「本当に?」
「本当だよ。よく考えてみてごらん」
ユキナは暫く俺の胸に顔を埋めて、半分泣きながら考えているようだったが、やがて顔を上げて恥ずかしそうに微笑んだ。
その仕草に既視感を感じたが、俺は混乱を避けるために何も言わなかった。
「多分、ユキナでした」
「何だって?」
「私、クズ兄様と一緒に死ぬ夢を見て、怖くなって兄様を起こしに来たんです。そしたら…… 兄様もユキナと同じ夢を見ていたんですね。だから、夢の中のユキナもきっとユキナです。ただ、クズ兄様が今の私より仲良くしてたみたいで、ちょっぴりと焼き餅を焼いてしまいました。だって、いきなり抱きしめるほど仲がいいんでしょう?」
うーん、ユキナにも記憶障害があるようだ。
何となく、性格がもっとしとやかな感じだったような気がするのだ。
活動的で手が早いユキナではないような?
俺も思い出せないが、ユキナであるがユキナでない名前を呼んでいたような気がする。
自分では思い出せないが、先程ユキナに指摘されたことは憶えている。
多分、巻き戻す前のユキナなのだろう。
彼女が死ぬ前に笑顔を見せてくれたとすれば、このような恐怖の記憶が焼き付いていてもおかしくない。
ただ、記憶は殆ど目の前のユキナの笑顔に取って代わっているから、良く思い出せないのだ。
上書きだろうか。
短期記憶の上に、記憶障害まであるクズ頭なのだから仕方がない。
多分、外見ではなく魂みたいなものが、前のユキナと今のユキナは同じものであるのだろう。
俺も前のクズと同化しているのは、クズ的魂が同じものなのだろうと思う。
仮説であるが、この身体の生活記憶が優先されてしまうのだと思う。
何でだっけな。
確か、ここで生きていく以上、ここでの歴史が重要になるからだ。
ユキナの13ヶ月と俺の15ヶ月の歴史は、そうそうチャラにはできないのだろう。
人間の人生はたかが60ヶ月程度に過ぎないのだ。
どうしてだろう?
また、違和感がある。
短期記憶というより、極超短期と呼ぶべきだろうか?
短期は日記というからな。
お陰でブログも三日坊主である。
ブログって何だっけ?
炎上だっけ?
うーん。
キーになりそうな『奴隷制度』の記憶がない。
うーん。
ユキナは俺の個人奴隷である。
父上が俺に申しつけたからだ。
そして、13歳のユキナにすれば、これから12ヶ月の間、つまり満25歳になるまでに俺の子供を産まなくてはならないのだ。
そうしないと『石女』として、実家に帰される。
石女の人生は悲惨なので考えたくない。
勿論、俺の方が『種無し』ということもあり得るのだが、男は何人もの女を試せるから女よりは有利である。
うへへへ。
と、とにかく、ユキナは子を産めば25歳で一度奴隷の身分から解放され、改めて俺の妻にもなれるし、他の男に嫁ぐことも可能である。
確か、そんな制度だった。
女奴隷は12ヶ月間我慢すれば(何を?)、自由に生き様を選べる身分になるのである。
なんだ……
正しいかは判別できないが、こっちの世界のことは頑張れば、結構思い出せるみたいだった。
妄想と区別がつかないのが難点だけど……
「それよりクズ兄様、そろそろユキナと契りを……」
ユキナは立ち上がり、ランプの薄明かりの下で、女らしくなってきた下半身を晒した。
今度は恥ずかしくないようだった。
真面目な顔と、真剣な目をしている。
俺はユキナの女の子の部分を見て、女の子らしい部分以外には何もないことを確認した。
てか、下半身しか見てないな。
こんな美少女なんだから、他にも見るところはいくらでもあるだろうに。
何もないのに興奮するのは何故だろうか?
『ないのに、あるものってなーんだ?』
(借金!)
(恥!)
(おっぱい!!)
最後はハモってなかったか?
でも、お互いの愛は変わらずにある。
契らなければ殺されるのであれば、前回は契っていただろう。
(ちょん切ってなければだが)
つまり、今回は奴隷であることが、生き残るために必要な条件だとユキナが判断したのだと思う。
世界は変わってしまったのだ。
(良い方に……)
言い訳ではないぞ!
ユキナは俺に抱きついて目を閉じ、切なそうな吐息を漏らした。
俺がユキナを抱きしめ返したからだ。
ユキナは暫く感触を味わい、俺もユキナの感触を堪能した。
うふょふょい。
やがてユキナは目を開けると、少し震えながら俺にキスしてきた。
俺はそれを十分に確認すると、口を開けて舌先をユキナの口に入れた。
実は俺も震えていた。
ユキナの温かい唇と更に温かい舌先が感じられて、混じり合い、融け合い、お互いが更に強く抱きしめ合うと、俺とユキナの境界線がなくなっていくようだった。
互いに抱き合う腕までがお互いのもののように感じた。
「ああっ、ああっん」
突然、ユキナが身体を仰け反らせると、可愛い声を上げた。
強く抱きしめても、ユキナの身体は押さえきれなかった。
熱く火照り、身悶えしている。
暫く暴れてから、ユキナは熱い涙を流して身体を離し、そのまま少しお漏らしした。
細い太股に銀色の線が幾筋もできていた。
俺は甘い匂いにクラクラする。
「大丈夫か、ユキナ!」
「兄様、こっち見ないで!」
ユキナはふらつきながらも部屋の隅まで歩いて行き、用意してあったのか、手拭いを何枚も引っ張り出した。
俺は明後日の方を見た。
明後日って、どっちだろうか?
明日もどっちなんだ?
真っ白な灰の方か?
「あぅ、あん、あぁ……」
ユキナはベッドの陰に隠れるように蹲り、処理をしているようだった。
処理では誤解を招くか。
後処理である。
「ああぁぅ、んんん」
本当に後処理なんだよね?
そんな声を聞いたら、俺もお漏らししそうだぞ。
「だ、大丈夫なのか?」
「ま、まだ見ちゃ嫌!」
「見てない、けど……」
「あっ、あぁん、またぁ……」
暫くかかりそうなので、ベッドの上に座って待つことにした。
背中を壁に預ける。
勿論、ユキナがあんあんしている方は見ないことにした。
(見てたのかよ!)
やがて、ユキナがはあはあゼイゼイしながらドサリとベッドに倒れ込んだ。
「はあはあ、今日はもう駄目。続きは明日まで待って……」
続きって何だろう?
ユキナは下半身に手拭いを何枚かグルグル巻きにして、真っ赤な顔をして暫く喘いでいたが、やがて寝てしまった。
俺はユキナの隣にいるのに、ほっとかれているような寂しさを感じた。
(どうすんだよ、これ!)
そうか、それが『続き』なんだな!
(クズだな)
ほっとけ!
『立っているのに寝ているものってなーんだ?』
(アレ!)
(アレ!)
(これ!)
『それで、涙が流れないんです』
『いいえ、色々と流せるようになりましたよ』
『本当ですか?』
『ええ、ほら』
誰かがそう言うと、ジャーと水洗トイレが流れ出した。
『ウォシュレットがいいのですが』
『それは18世紀ではなく、21世紀ですよ、クズ!』
何からの連想なんだ?
「クズ、クズ兄様、朝ご飯が冷めてしまいますよ」
「ああ、ユキナか?」
「誰だと思ったのですか?」
「いや、えーと、夢見てたかな」
「もう、兄様はクズです」
ユキナは俺が目覚めたのを確認すると、床に置かれたふたつのお膳の前に座った。
床に手拭いを敷いているから、全部が夢ではなかったようだ。
いや、どこからが夢だったんだ?
しかし、クズ頭ではどうせ思い出せないから、早々に諦めてお膳の前に座った。
所謂、差し向かいである。
御飯は木のお椀に入った五穀のお粥らしかったが、粟、稗、大麦の三穀だけだった。
木皿に青梗菜のような葉物の塩漬けが多めに盛られていた。
お粥は鳥の餌を煮込んだような味だったが、塩漬けの菜っ葉は意外と美味かった。
「この御飯はどうしたの?」
「何言ってるんですか。昨夜も頂いたでしょう?」
「誰から?」
「誰って…… いや、誰とはわかりませんが、作るのは王宮の調理人と下働きでしょう?」
「王様と同じもの?」
「叔父上には肉の羹か、茹でた鶏肉を刻んだものが付いてると思います。ひょっとしたら甘いものも……」
ユキナはちょっと悔しそうだった。
甘いものが好きなのだろう。
女の子はそれが普通である。
「で、ですが、私たちは人質ですからね。贅沢は言えませんし、仕方がないでしょう。御飯は日に2回、入り口に立っている兵隊さんから渡されます」
「ええっ、入り口に兵が立ってるの?」
この部屋の入り口は、厚手の麻布で織られたカーテンのようなものが渡されているだけで、扉などないのだ。
一部始終を聞かれてしまったのか?
(覗かれたかも)
「一晩中立っていたのか?」
「兄様、何か変なことを考えているでしょう?」
「い、いいえ」
「なら、早く食べちゃいましょうよ」
「ああ、うん」
竹製の箸で、青菜の塩漬けをつまんでは口に運び、しゃりしゃりやりながらお粥を流し込んだ。
食後、ユキナはお膳を重ねると、外にいる兵隊に手渡していた。
気にしてないらしい。
王族出身に、プライベートなどないのかもしれない。
「さて……」
なのに、俺の前に立つと、とても恥ずかしそうである。
手拭いは手に持っているが、下半身は丸出しに戻っていた。
「クズ兄様、これが契った結果です」
契ったっけ?
これからスルのでは?
しかし、ユキナの下半身は昨日と同じ丸出しだが、昨日と違っていた。
ユキナの女の子の部分の僅か少し上、お腹か女の子の部分か微妙な位置に、赤く息づくような『紋章』が浮かび上がっていた。
全体は円形で、丸囲いの中には判読しづらい文字が浮かび上がっていた。
何となく『クズ』と描かれているようだった。
「これでユキナは、クズ兄様の女になったのです」
「本当?」
「本当ですよ。今日から好きなだけしてもいいのです」
「好きなだけ?」
「はい」
「じゃあ、早速……」
俺はユキナの両肩を掴んで、薄紅色の唇に……
「クズの皇子! 王様がお呼びです!」
入り口に兵が立っていた。
勿論、俺も立っていた。
何だよ!
嫌がらせか!
見てたんだろう!
「少し待て!」
兵は二十歳くらいのおっさんで、貫頭衣に鉾を持っていた。
兵なのだから俺の一族なんだろうが、見覚えはなかった。
親族が多いから仕方がない。
「す、少しだけですよ!」
兵は怒っているというより、拗ねている感じだった。
確かにこんな役目は面白くないだろう。
俺なら『やってられっか』とか言って投げ出しそうである。
けれど、俺の方が格上らしかった。
人質の立場だけど、新王は俺の叔父上なのだ。
殺されるだけかもしれないけど。
ユキナは出かける準備なのか、新しい手拭いを幾つか用意していた。
鼻歌混じりでご機嫌である。
そう言えば、叔父上対策はどうなったんだっけ?
何もしていない気がする。
ユキナにも、まだ、していないのだ。
キスはしたけど……
それから、兵に連れられて叔父上でもある大海王に拝謁することになった。
勿論、ユキナも一緒である。
王宮(大殿と呼ぶらしい)に連れて行かれるのだが、途中には兵たちが野次馬のように集まっていた。
注目の的である。
よく考えると、ユキナは短衣の下から下半身を丸出しにしていた。
引き籠もりすら、出張ってきそうだった。
ユキナは恥ずかしくないのだろうか?
丸出しなのに、ユキナは足取りも軽く、ウキウキとして、周囲に手を振りそうな感じだった。
周囲の男どもも遠慮せずにユキナの下半身に視線を集中させている。
気持ちはわかるが、少しは遠慮しろよな!
恋する女の子は美しくなる。
気付かなければ、惚れてしまいそうで怖いくらいだ。
『男たちよ、勘違いするなかれ。
周囲の女の子が輝いて見える時は特に要注意である。
彼女が惚れているのはあなたではない誰かである。
いつもより優しく見えるのも、その誰かと良いことがあったから発揮されているに過ぎないのだ。
どうか、勘違いするなかれ。
その先には絶望しかないぞ!』
ひょっとしたら、これが『優越感』と言うやつだろうか?
リア充と呼ばれる人たちは、毎日、こんな気持ちで生きているのだろうか?
なんて羨ましい人生だろうか。
A10神経が刺激されまくりの日々であり、腹側被蓋野(中脳の一部)がご褒美のドーパミンを出しっぱなしのジャックポット状態で、世界がスリー7の大フィーバー状態なのだ。
人生、バラ色である。
(バラ色って何色だっけ?)
バラ色、ピンク色の花々が咲き誇り、『一面の菜の花』どころか『世界中が桜満開』状態である。
「遅かったな、クズ」
ああ、短い人生だった。
恥の多い、と言うか恥しかない人生でした。
死んじゃってごめんなさい。
「ふん、にやけおって見られたものではないな」
ユキナに紋章が浮かび上がっているのを確認した叔父上は、いつも以上に不機嫌に見えた。
当然だろう。
昨日までは、そんなものはなかったのだ。
叔父上は『やりやがったな』とは口に出さなかったが、思っているのは俺でもわかる。
俺が王でも、こんなクズ親族はいらないと思うだろう。
即刻、死刑である。
俺は跪いて、頭を下げた。
ユキナはまだ周囲に『紋章』を見せびらかせている。
やはり恥ずかしくないみたいだった。
ユキナ!
俺が死んじゃうからね。
いや、どうせ死ぬのか?
でも、ユキナはこの紋章が有効だと判断したのだっけな。
そのユキナは、大きめの手拭いを床に敷いてから跪いた。
中東の人みたいに見えた。
中東って何だっけ?
以前は『中近東』とかの言い方もした。
中国の国家元首の名前みたいだから廃止された。
(ウソである)
「叔父上、いや、陛下とお呼びすべきでしょうか」
「そうよな……」
叔父上は少し考えていたが、すぐに名案を思い付いたのだろう。
にやりと笑ったような気がする。
「我が王家に遊び人は必要ない。奴隷とは言え女ができたのなら、クズのお前にもきちんと働いてもらおうか」
「陛下のお力になれるよう、頑張ってみましょう」
「東夷は倭国の端に我が伯爵領があり、前任者は行方不明と聞いておる」
「ははっ!」
他に返事のしようがない。
倭国か?
東方の海に浮かぶ小さな火山島であり、小さな亜人の部族が乱立していると言われている。
イメージとしては、キングコングとかが棲んでいそうな場所である。
火山の周りで羽根飾りをした亜人たちが輪になって踊るのだ。
生贄はユキナだろうか?
文字文化はなく、亜人ばかりが住んでいる野蛮な場所らしい。
布もなく、毛皮と葉っぱが衣裳である。
(羽根飾りは晴れ着かも?)
取りあえず、遠国で生き延びる方が、王の近くにいるよりは確率が高いかもしれない。
「我が伯爵領を回復し、倭の五王の朝貢を成し遂げよ」
「ははっ!」
「成し遂げたなら、伯爵領は公爵領と認めよう。更に発展させるが良いであろう」
要するに『帰ってくるな』と言っているのだ。
死ね、かもしれない。
「ははっ、有難くお受けいたします」
「支度金として金貨100枚を与える。兵は与えぬから、難民でも奴隷どもでもいいから連れて行け」
「陛下のご恩情は、生涯忘れません」
「そうか、そうか」
大海王は機嫌が良くなった。
クズのことなど、本当はどうでもよかったのかもしれない。
ただ、厄介払いしたかっただけなのだ。
論功行賞や人事は、それだけ難しいのだと思う。
この王にしても、負担なのだ。
クズにそれなりの地位を与えるなど、他者の不満が必ず吹き上がることだろう。
禍根を残す、ことになりかねないのだ。
俺にはそれほどの価値はないが、王は人事に疲れて神経質になっているのだろう。
王の人事に不満顔を見せる連中が多かったのかもしれない。
一回目の交渉で『感謝する者』に飢えていたとも言える。
実体が何もない『伯爵領』でかたづけられるのなら、安いものである。
けれど、実体はなくても伯爵は伯爵である。
少なくともこの国では偉いのだ。
俺は再び丁寧に頭を下げ、それで拝謁は済んだ。
生き残ったのである。
色々と難しい条件はつけられたが、期限を区切らなかったのは生きて帰ってくるとは思っていないからだろう。
まさか、丸出しの下半身と紋章に、これほどの効果があるとは思ってもみなかった。
ユキナは自慢するかのように見せびらかしていた。
もっとも、叔父上の後ろに並んでいた女たちは俺の異母姉妹や従姉妹であり、叔母や兄嫁たちでもあった。
ああ、こっちの人事も大変そうだな。
一族のコアは王に集中するから、全員が人間族である。
それを叔父上の紋章持ちにしなければならない。
既に紋章を持っていても、夫が死んだり追放されたり爵位を剥奪された者は、これから叔父上の奴隷になっていく。
娘を産めば、叔父上の紋章持ちになるからだ。
おっぱい、ごほん、いっぱいいっぱいだろうと思う。
(羨ましいけど)
それで、亜人のユキナまで欲しがったりしなかったのかもしれない。
しかし、今日を生き延びられた。
すべてユキナのお陰だろう。
亜人となり、個人奴隷となり、女となって俺を生き延びさせてくれたのだ。
下半身を見せびらかしてまで……
「しかし、ユキナは恥ずかしくないのか?」
俺はユキナの下半身を流し目でちょい見しながら尋ねた。
これからも、丸出しで外に出ることになるのだ。
今後は王宮内での生活ではなくなるから、ひと目が沢山あることだろう。
「奴隷は全員こうですよ? でも、クズ兄様に見られるのが、少しだけ恥ずかしいです」
ユキナは可愛かったが、俺はユキナと逆であり、他人にユキナの下半身を見られるのが少し嫌だった。
常識というのか、感覚が違うのだろう。
ちょっと勃起してしまった。
今風に言うなら『ちょぼっき』だろうか?
もとの部屋に戻ると、すぐに金貨100枚と、クズ伯爵領の朱印状?を持った又従兄弟殿(奥右筆、階級は大夫)が来て、偉そうに渡してくれた。
相手は王の代理人だからと、恭しく受け取っておいた。
つまり、俺は正式に倭の『クズ伯爵』に任命されたのだった。
ユキナは新婚旅行に行くかのように上機嫌だった。
まだ。王の処刑を免れただけで、現地で農民が何十人とかはあり得ると言うのに……
(げふん!)
まあ、金貨100枚は思ったよりも多かった。
金貨1枚は銅銭4000枚である。
銅銭1枚で、国内なら1食は食べられる。
一泊二食付きの宿屋が、庶民なら3銭から4銭である。
1年は30日だから、1日に4銭なら120銭。
奴隷や難民を100人連れて行っても金貨3枚で何とか暮らせる計算だ。
一から開拓しても、5年ほどで領地を安定させられれば、金貨20枚程で乗り切れそうである。
俺はユキナを連れて街へ行き、甘い見通しを立てながら準備を進めていったが、最初の馬車の手配の時点で頭を抱えることになった。
「金貨5枚だとぉ?」
「馬2頭に箱馬車ですだよ。それもオスとメスの駿馬を要求されたんだから、これ以上は鐚一銭まからんぞい。あんたが伯爵様だと言うから、これでも大御奉仕価格だべさな。ウソだと思うなら他の街にいってみんしゃいや」
他の街と言われても、そこに行くための馬車が必要である。
公共交通機関などないのだ。
徒歩では、他の街までは何ヶ月もかかりそうだ。
この世界は大きく、一日平均16キロ歩けても、一周するのに7年近くかかるのだ。
それでも、山とか大河とか砂漠とか海とか、人類未到の地が大半である。
倭国まで行くには、馬車と船が必須である。
駅亭の伯楽(博労)は、伯爵の肩書きで呼び出されていた。
拒否されることはなかったが、金はかかるものだった。
「おまけに『甘大根』を桶一杯つけるだよ。馬がつむじを曲げた時とか、女子がつむじを曲げた時に使うがええぞ。うひゃはは!」
「……」
伯楽は金貨5枚を受け取ると、上機嫌だった。
金貨は庶民には珍しい高額貨幣に過ぎないが、貴族には『王様への献上品』としての価値がある。
金貨を持っていくと拝謁が許されるらしい。
そんな付加価値があったのだ。
伯楽クラスになれば、貴族にも顔が利くから、色々と役得があるのだ。
アポ付き名刺だろうか?
しかし、庶民には国王に拝謁する必要などない。
だから、金貨は金貨でしかない。
むしろ、国の内外は食料が第一で、銭は国内でしか価値が安定していないらしい。
豊作の年なら何とかなるのだが、飢饉だと銭ではどうにもならないことの方が多いのである。
何処の国も村も余裕などなく、食うのに精一杯の文明だった。
物作りなど、大領主の遊びである。
日用品も自給自足で、食料が必要な馬などは高級品なのだった。
ある意味で物価が高かった。
家畜もなく、肉類は労働奴隷に狩りをさせているようだった。
そして、首都の近郊でも人口は少なく、小さな村が点在しているだけで、農民は裸に近い格好しかしていないらしい。
街でもボロを着ているのは農民で、奴隷は裸であった。
男も女も奴隷は殆どが全裸で、むしろ男の方が腰を布や革で隠している。
褌を巻いている者もいたが、それがボロになって腰巻きに変化しているようだった。
女奴隷は奴隷紋という紋章を下半身につけていて、誰も隠してはいなかった。
個人奴隷の紋章は見かけない。
流石に外には出さないのかもしれない。
ユキナは、そうだな、渋谷とかを歩いている有名人に近い扱いだった。
遠巻きに見られているし、視線が途切れない。
しかし、街は貧し過ぎた。
これでは、騎馬兵を揃えるのは、何世紀も先の話のようである。
技術や知識の前に、馬を常備できる食料生産がなされなければならないのだ。
飢えを放置して騎馬兵など揃えられないだろう。
兵力を強くしても、農民が死に絶えていては、戦争どころではない。
モンゴル軍が強かったのも、武田の騎馬軍団が強かったのも、馬を維持して、兵を訓練できるだけの国力があったからだ。
モンゴル軍?
騎馬軍団?
イメージは湧いてきたが、何処の国の話だかわからなかった。
記憶障害は相変わらず続いていて、あちらの記憶は完全ではなく、こちらの記憶も完全ではなかった。
だが、俺は取りあえずユキナと生き残ったので、最初の難関は越えたのだと思った。
ここは、王の機嫌が変わらないうちに準備して、早いとこ遠国に逃げ込む方がいいだろう。
馬車が手に入ったので、そこに積めるだけの布製品を首都の古着屋で仕入れた。
古着屋は古着が専門だが、新品の反物も扱っていた。
貴族や王族から仕入れるのだろう。
「いやあ、流石は伯爵様でんなあ。その生地なんかは天竺産でっせ。こんな価格で売ってたら、もう赤字確実の品でんがな。ぎょうさん買てってくださりまっしゃろ?」
古着屋はユキナを見ながら、盛んに俺に話しかけている。
けれど、それで値切ることができた。
(本当は金を取りたいくらいだ)
金貨20枚分で箱の荷馬車が屋根上までいっぱいになったが、これが遠国では3倍ぐらいの値になるとの情報も仕入れた。
勿論、生産地から僻地に運ぶのだから、そのくらいの値になることは常識だった。
経費を考えればわかることだから、古着屋も教えてくれたのだろう。
一応、俺は王国の伯爵だから、この辺りで詐欺や盗賊に出会うことはない。
それだけ商人よりも有利な立場だったが、伯爵の肩書きでも経費までは節約できなかった。
ユキナに豪華な衣装をと思ったが、やはり奴隷は下半身を隠すことはできないらしい。
それが掟なのだった。
逆に伯爵の女である紋章が、ユキナの身分を保証してくれるとのことである。
紋章は物理的にもユキナの貞操を守るものだった。
ユキナは25歳になるまで俺の女であり、力尽くで強姦などできないようになっているそうである。
紋章が俺以外の男を拒絶するそうだ。
これはビックリ設定だった。
どんなカラクリかは童貞男が古着屋で説明を受けるわけにはいかなかったが、そもそもキスすると紋章が浮かび上がること自体が非常識なのだから、そこに何か理由があってもちっともおかしくはない。
多分だが、ユキナが奴隷設定を選んだ時に何かが介入したのだと思う。
獣人とか亜人とか、飢饉などが存在する文化文明のない世界で、
「お前ら、人種差別どころではないのではないか」
と思うのだがどうだろうか。
余計なお世話なのだろうか?
きっとあちこちに部族国家とか、人種国家ができていると思う。
そんな部族を従わせるとか、大国でも不可能ではないのか?
けれど、古着屋にしてみれば、こんな世界が常識の範疇だったのだろう。
ユキナが描族の中でも抜群にいい女であるとか、反物をこれだけ値引いたとか、おまけにユキナの短衣と毛布
(屋内では使用できる。
冬場の防寒用とかは着物でなければ身体に巻いて良いらしい。
主人は捲っても良いとか、本当だろうか?)
などを恩着せがましくつけておくとか言っていた。
まあ、俺は一応は伯爵の身分なので、今後の商売に影響するような悪いことはされていないようだった。
素直にお礼を言って、クズ伯爵領が商売する時にはよろしくと頼んでおいた。
「倭国やって? 確かに布製品は皆無と聞いておますから、そりゃあボロい商売になりまっしゃろ。けど、行くのは命懸けでっせ」
場所が倭国だと聞くと、どうやら古着屋は夢物語とでも思っているようだった。
まあ、夢物語の気分は、既に俺も十分に味わっている。
でも、何処にいても俺の命は危ないし、逆にユキナは何処に行っても紋章で守られている。
農民何十人とかは、心配しなくていいのだ。
それより、ユキナは何してもいいって言ってるのだけど、よく考えたら『妊娠』するのは領地が落ち着くまで無理そうだ。
母体の健康までは守られないからだ。
生活も大変だろうし……
夢物語と言うよりは、奇妙で複雑なギャルゲーかもしれないな。
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