02 処刑
02 処刑
「クズ、クズお兄様、目が覚めましたか?」
俺を揺さぶるのは、間違いなくエステルだと思った。
しかし、俺の名はクズではないぞ。
人間としてはクズだけどさ。
「うーん、エステル。俺はどうなったのだろう?」
「もう、クズお兄様。私の名はユキナですよ。可愛い妹の名前ぐらいきちんと覚えてくださいませ」
俺は目覚めて辺りを見回したが、原始的な木造りの部屋に見覚えはなかった。
窓はあるが、外側に斜めに開けて、つっかい棒をするような感じである。
ログハウスと言うよりは、出来の悪い山小屋か漁師の物置みたいな感じである。
そこにエステル、いや、ユキナだったか、妹がいた。
原始的な木の寝台に寝ている俺の脇に腰掛けている。
13か14歳の美少女で、匂いや温もりまで伝わってきて、少々驚いた。
腰、ほそぉ。
どこも柔らかぁ。
ちっちゃいお尻がポヨポヨぉ。
瞳、キラキラぁ。
睫毛なげえな、おい。
しかも、匂いにクラクラである。
なんだよ。
年齢よりも色っぽ過ぎるだろ!
考えてみれば、揺さぶられるのもおかしい。
だが、妹に揺さぶられるのが、何故おかしいのかわからなかった。
少々、記憶が混乱しているようだ。
しかし、妹に強烈に発情してしまうのは、恥ずかしいし、困ったものである。
いや、俺の目的は子作りと支配だ。
それは、明白である。
(何故だろう?)
特に妹との子作りはとても大切な約束である。
何故かは良くわからない。
誰と約束したのだっけかな?
俺は思い出そうとしたのだが、上手く思い出せなかった。
二つの意識があり、干渉し合ってピントが合わないような感覚である。
何と言うのか、自分に別の人生があったかのようだ。
それで微妙な意識のブレが生じて、意識全体からはみ出して重ならない部分があるような感じである。
ちょっと違うな。
自分という全体集合の中に、自分と別の自分という部分集合が沢山あって、その部分を自分自身と取り合ったり、共有したりしている変な感じがあった。
しかし、その部分も俺の部分なのである。
妹や従姉妹は、実は大事な子作り相手である。
一族や血族が結集し団結して大家族を形成し、国家を指導していかなければならないのだ。
王家や貴族にはそうした義務がある。
近親相姦?
いや、そんな概念がないようだ。
近親婚が悪いことではなく、普通というか良いことなのだ。
優秀なコアが拡散・消滅しないように、一族の優秀なコア同士を結びつけて保存するのだ。
特に優秀な女は『心妹』と呼ばれるコピーコアを生むので大切である。
心妹は母親と何処かが色違いなだけで、スペックは殆ど変わらない。
例えば瞳が青くても、見れば直ぐに誰の心妹かわかる。
直系の心妹はすべて一族に取り込むのは勿論だが、傍系の心妹も見つけたら取り込んで一族を強化することが重要である。
(本当か?)
勿論、外に優秀なコアを広げることも一族を増やすためには必要だが、近親婚を繰り返して一族に取り込みながら、優秀なコアを一族内に満遍なく固定していくべきなのだ。
特に俺の一族は、俺とユキナのコアにより形成していかなくてはならないから、何よりも俺とユキナのコアを持つ子供を沢山作らなくてはならない。
ユキナと?
ぐえへへへ。
誰だ、お前は?
俺はクズだ。
俺もクズだ。
ぐえへへへ。
どうやら、その結論で間違いないことを勝手に脳内で確認したので、俺は妹のユキナの腰に後ろから抱きついた。
腰、ほそぉ。
どこも柔らかぁ。
ちっちゃいお尻がポヨポヨぉ。
瞳、キラキラぁ。
いや、もう既に言ったっけ?
しかし、温かく、柔らかく、いい匂いがする。
俺には何よりも大切な妹であり、女でもある。
俺の記憶の混乱は、徐々にだが治まって来たような気がする。
ユキナへの気持ちは同調するようだった。
誰でも同じ感想を持つからだろう。
理屈はともかく、俺にはユキナさえいてくれれば、それでいいのである。
ユキナと一族を作っていくのだ。(多分)
ユキナは着物のような長衣を三枚重ねて着ているが、王族の娘なら5枚重ねていてもおかしくはない。
絹ではなく綿素材だったが、高級品で手触りも良かった。
ユキナの手触りが良いのかもしれないが。
「しようか?」
「お兄様、今はそれどころではありません」
「えぇー!」
「父上と兄上たちは、どうやら処刑された様子です。間もなく、私たちも新王に謁見しなければなりません」
「そりゃ大変だね」
クンクンしながら、スリスリした。
本当に嫌がらない。
「もう、お兄様ったら、クズなんだからぁ。昨夜は逃げたくせに」
そんな勿体ないことしたの?
クズだな!
変態か?
こんな娘から逃げるくらいなら、ちょん切って何とかハーフとかになった方がマシだね。
(ベターハーフではない)
てか、俺だったら死ぬね。
「ええ、死ぬ可能性もあります」
「そうなんだ?」
「はい。叔父上は私たちには罪がないのはご承知ですが、国政を助けさせるか、排除するかは気分次第になるでしょう」
「それより、服の上からおっぱい触ってもいい?」
「ちゃんと話を聞いてくれます?」
「は~い」
「では、す、少しだけですよ……」
うっ!
ちいさいけど、こんなに柔らかいものだったのか!
みんなも触ってみなよ。
いや、他のおっぱいをだぞ!
「そっ、それでぇですが……」
ユキナの話では、俺たちは父上と叔父上の争いに巻き込まれていた。
お家騒動だったか、跡目争いである。
それで、俺とユキナは人質状態なんだったけな。
どうも夢の中の出来事のようで、ハッキリとしないが事態は深刻である。
人質状態が長かったせいなのか、父上や兄上よりも叔父上の方が親しいような気がする。
しかし、叔父上は人殺しを獲得している。
父上や兄上が負けて殺されたのなら、確かに俺たちの命運は叔父上次第なのだった。
「た、大変じゃないか!」
「あっ! もう、お兄様ったら、急に強くは痛いです! だから、さっきからそう言っているでしょう? もう駄目かもしれません」
「ええぇ、そんなに痛かった? スリスリしてあげようか」
「駄目、時間がありませんよ」
ユキナの顔に悲壮感はなかった。
少し上気して可愛かった。
俺たちは叔父上の気分で殺されるかもしれないのに……
いや、男は殺されるが、女は殺されたりしないんだっけな。
女には地位や権力はないのだ。
だが、助かる時は叔父上の女にされる時だろう。
それが至極当然のことであり、それ以外にユキナが助かる道はないのだが、俺には堪らなく嫌なことだった。
ほかには追放されるか下女になるぐらいしか道はないのだから、叔父上の女になる方が、まだマシなのにである。
「ユキナ、俺が死んでも叔父上の女にならないで済む方法はあるのか?」
「お兄様が死んだら、ユキナも死にます。それだけのことです」
「いや、お前は何としても生きていて欲しい」
ユキナは腰に抱きついている無様な俺を後ろ手で撫でてから振り向き、愛おしげ抱きしめた。
「惨いこの世の中で、女の唯一の権利は愛しく想う心だけです。お兄様とお兄様の子供と共に生きられぬのであれば、この世に未練などありません」
長い間、二人で生きてきたはずなのに、俺は生まれて初めてユキナの温もりを感じていた。
これだけがこの世の真実なのである。
手放すことなど絶対にできない。
何故かなどと言う理由は不要だった。
温かくすげぇやらけえ、のである。
スリスリしても怒らないし、『但しイケメンに限る』とかも言わないのだ。
(奇跡である)
うるせえ!
ユキナは、この世でただ一人の俺の理解者である。
クズの人生には、他に何もないのだ。
「ユキナ」
「クズ兄様」
「キスしようか?」
「は、い」
俺はユキナの両肩を掴んだ。
ユキナは潤潤の瞳を閉じた。
んー。
初めてなので、ちょっぴりと腰が引けていたが、徐々にユキナの薄紅色の唇に近づいていった。
「クズの皇子! 王様がお呼びである」
「ぴぇー!!! もうちょっとだったのに!」
「もう、お兄様はクズです!」
後1ミリというタイミングで、呼び出しがあった。
兵が迎えに来たのである。
「ちょっと待て」
などと偉そうに言うと、入り口のところで少しビビってたから、俺の方が新王に近い血筋なのだろう。
一族があれこれで3000人もいると大変である。
すべては王との血縁的距離で順位が決まるのだ。
今回は父の弟が王になったのだから、序列はあまり変わらないのだった。
但し、近い方が命の危険は高いというリスクもある。
「駄目、あとで……」
キスはユキナが人目を気にするので諦めた。
だけど、直ぐに立ち上がったらカッコ悪いので、ユキナの首筋をクンクンしてからにした。
ユキナは直ぐに立ち上がれなかったので手を引いた。
「クズ兄様のせいです」
女の子って、なんて可愛いのだろう。
兵(又従兄弟ぐらいだろうか)は、入り口でそっぽを向いていた。
その後、ユキナは裾とか襟を直してから俺と一緒に兵の後を歩いた。
靴は木綿と革で作ったスリッパに近かった。
いよいよ、周王朝、第15代王であり叔父上でもある大海王に、拝謁である。
王宮?は、粗末な高床式の木造の建物だったが、基礎は石造りであり、大きさも一番大きいようだった。
板屋根で瓦屋根もまだない。
原始的な貫頭衣に、槍と言うよりは鉾を持った兵たちが何人もいたが、大抵は叔父上に近い一族だろうと思われた。
勿論、俺とも一族なんだろうが、視線から推測すると知り合いはいないようだった。
それに、まだ、将軍とか大臣もいないみたいだ。
優秀な者たちは、近くの貴族領に派遣してしまったのだろう。
その新貴族たちは、新領地を経営するのに精一杯だろうと思う。
戦乱の後はいつもそうである。
論功行賞は戦争よりも難しいのが世の常だ。
部下たちは疲弊した戦後に、戦前よりも大きな富と権力を欲する。
戦争しない方が良かったと思うくらいである。
それに、部下に韓信とか司馬懿仲達とか斎藤道三とかがいれば拙いし、有能でも光秀や秀吉もうまくない。
ダグラス・マッカーサーとかドワイト・アイゼンハワーとかは人気があってヤバいだろう。
いい人でもブルータスになってしまう場合もある。
俺はそうだな、小早川秀秋だな。
ボンボンなのにいつかは宗家を滅ぼしたりしそうである。
実は秀秋が裏切り者だというのは大きな誤解である。
彼は北の政所(高台院)に言われて、最初から徳川軍である。
ただ、位置的に毛利勢に囲まれていたので、家康が来るまで旗色を鮮明にしなかっただけである。
その証拠に、大谷刑部も石田三成も彼をマークしてたし、取り込もうとしていた。
けれど、一族の長(この時は北の政所である)が天下を家康に譲って、豊臣家は一大名で良いとか思っていたのだから、もう徳川に味方するしかなかったのだ。
豊臣家が始まる前から滅んだ後まで生きている寧々(またはおね)様に甥の秀秋が逆らえる訳がないし、部下である石田三成の下に入ることなどあり得ない。
後の自分や自分の子や孫を引き立ててくれそうなのは家康と高台院だけではないか。
石田三成が『引き立てる』とか言ってくるのを信じるほどのお人好しなら、とっくに家康に誑かされている筈である。
(大大名に復帰したのは、秀吉の死後である)
信長の四男(秀勝)や家康の次男(秀康)も高台院の養子なのだが、秀秋は血族の養子である。
幼少期から高台院に育てられたのだから、秀吉も秀次もいないのなら、豊臣家では『自分が秀頼に次いで2番目』とか思っていたかもしれない。
まあ、現実には駄目大名であり、秀吉、秀次と同じで酒色に溺れていたのだと思う。
使えないから役目はないけど、血縁から地位だけは高いのだ。
いいなあ、そういう人生。
多分、真面目な石田三成にチクられて、減封、転封を繰り返したのだろう、と推測する。
で、
この世界では、異民族の侵入以外の戦争は、家同士か、家の中での争いでしかない。
大きな一族内の権力闘争である
だからこそ、負けた方の身内は追放されたり閑職に回されたりするし、新王の元では死罪もあるのだった。
でも、ここの知識はあっても、ここの実感はなかった。
夢か、映画の中にいるような感じである。
王宮?の中に入って跪き、新王に拝謁すると、叔父上は俺に公爵位を与えると言った。
「うちには遊ばせておくような余裕はないからな」
ニヤリとする大海叔父は、父親の葛城王に良く似た小男だった。
何故か俺も良く似ているのだが…… 叔父の方が精力的に見えた。
一族の女たちが後ろに並んでいるからかもしれない。
『酒色に溺れてしまえ』
そう思ったが、口には出さなかった。
羨ましさが出てしまいそうだからである。
「与えるのは遼北だ」
遼北は遼西の北に位置する領地である。
貧しい村が200ぐらいは点在している。
この時代では大領である。
遊牧民が居座っていなければ、王侯貴族の生活ができるだろう。
しかし、うちの領地ではない。
現在は凶族(匈奴)の支配地である。
叔父上でも切り取れないと思う。
「兵は出せぬが、100金出そう。領地が落ち着くまで、ユキナは預けておけ。そうだなあ、娘が生まれた頃には下賜してやろう」
遠回しに『死ね』と言われているのだった。
俺はいいのだ。
多少の金を出してくれれば、遼北でひっそりと暮らせるかもしれない。
畑でも耕していれば、異民族だって殺すまではしないだろう。
だが、ユキナは連れて行けない。
守れないからだ。
新参者の農家に、こんなに美しい娘がいればどうなるかは丸わかりである。
農民が毎日何十人も来るだろう。
それから遊牧民が毎日何十人。
噂を聞きつけた貴族とかも毎日。
冗談じゃないぞ。
警察などないのだ。
(先にやっちゃえば?)
(そうか!)
ウソです。
気安めにもならないじゃないか。
地元の有力者は異民族であり、その異民族の族長に泣きつけば、ユキナは取られて奴隷にされてしまう。
そうか、兵など連れて行けば、逆に戦争になって生き残れないのか。
でも、ユキナを置いて行けば、叔父上の女になるしかない。
ひょっとしたら息子にでもと思ってるかもしれないが、俺には同じことである。
やっぱり、俺に死ねと言っているのだろう。
「お断りします」
焦れてきたのか、ユキナが立ち上がって代わりに答えた。
「ほう、そうか。わかった」
叔父上はメンツもあるから即決だった。
俺に断られるより、ユキナに断られる方がショックである。
俺ならそうだ。
でも、結果は同じことで、叔父上にはこの結果は見えていたのかもしれない。
いや、本当は試験だったのだと思う。
忠誠心という名での、敵か味方かの判断材料だった可能性もある。
息子を要求する神もいたらしいし。
(いや、変な意味での要求ではないぞ。忠誠心の方だ)
兵が来て、俺の両腕を拘束した。
けれど、俺には自分の命よりも、公爵位や公爵領よりも、ユキナの方が大切だった。
ついでに言うと、新王よりも大切なのだ。
新王の後ろにズラリと並んでいた親族の女たちがユキナを連れて行こうとする。
だから、俺は当然の如く叫んで暴れてユキナの名を連呼して、結果として速攻で処刑されることになった。
コミュ障も原因のひとつかもしれない。
まったく交渉しようとせずに、ただユキナの名を叫んで取り押さえられただけだったからである。
俺の中で『ユキナ、ユキナー!』とうるさくしているクズがいたのも影響している。
(俺だった)
農民が何十人も…… 辺りから興奮して騒ぐばかりだった。
だけど、それも俺自身なのだ。
どうも、自分の頭が良くわからない。
思考と行動が分裂している。
違うな。
一致しているけど、何か違うのだ。
(嫌なことを妄想して興奮するとか、クズらしいけど)
王は、敵対しなければ、利用しようとするものである。
手駒は多い方がいいからだ。
多少駄目な人間でも、王には使い道はあるものなのだ。
(最低でも納税者であればいいのだ)
けれど、使えない上に潜在的に敵対勢力では助からない。
そう言えば、遊んで暮らすなど許さない、みたいなことを最初に言っていた気がする。
刑場(裏庭だった)に引き出された俺が首を落とされる直前に、ユキナが目の前に来て泣かずに微笑んでくれた。
恋をするっていいものだな。
叔父上も親戚の女たちも、別れの時くらいは与えてくれたのだろう。
しかし、ユキナは隠し持っていた短刀を取り出すと、自分の首を刺して見事に自害した。
あっと言う間の出来事だった。
最後の笑顔が俺の目蓋に焼き付いた。
俺はユキナと共に死ねることが嬉しくなった。
生き残って何をすると言うのか?
俺は首を落とされた。
「僅か2時間も保たないって、あなた本当にやる気あるの?」
「悦子先生?」
「西園寺先生よ。痛みはどうなの?」
「内臓が焼けるように、い、痛いです。おかしいな、た、たしか首を切られた、のに」
「痛いのはあんたの性格よ! クズは、そのまま死ねば良かったんだわ」
「あ、あの、チュートリアルが、その、悪かったのではないので……」
「ふん。死にかけて満足な説明を受けなかったのはあなたでしょ、このクズ! 折角、エステルをダウンサイジングしてつけてあげたのに、もっと活用しなさいよ!」
どうも、俺の会話スキルは、エステルとの経験ぐらいでは上がってないようだった。
悦子先生はぷりぷり怒りながら、端末画面を叩き始めた。
確か、死んだら大変なんだった。
しかし、エステルのダウンサイジングだって?
ユキナはエステルだったか?
うーん、どうも混乱していたようである。
物事がすべてハッキリしないのだった。
だが俺は再び恋をした。
いや、最初の性欲まみれみたいなのじゃなくてさ。
何が『柔らかぁ』だよ。
最後のは驚いたし、悲しくて、そして愛おしかった。
あんなのは二度とごめんである。
だが、恋するのは仕方がない。
しかし、性欲もなくては困るだろう。
全くなければ、農民何十人にも耐えられる。
いや、ちょん切ったって耐えられないだろう。
(それとも、耐えられるとか?)
それはちょっとおかしいだろう。
『男は性欲によって愛を導かれ、女は愛によって性欲を導かれる』
などと、誰かの言葉に似て格好いいよね?
すぐに、美加医師が来て、俺の具合を調節してくれた。
「順調にあなたは死んでいます。肺と心臓は再生を作り始めましたよ。無呼吸による苦しさはあちらで出ましたか?」
冷たい口調で優しいことを言う変な先生である。
若く見えるが30近いだろう。
まあ、悦子先生の罵声よりは耐えられる。
俺は2つの現実が融合せず、2つの意識があるかのようだった。
1つは、今、抜け殻のように中身が消えていく気がする。
安心したからだろうか?
内臓の焼け付くような痛みが自分自身に戻しているようだった。
ただ、冷静に判断することを妨げてもいる。
人工心肺装置は苦しいだけだった。
死は楽に繋がり、生は苦に繋がっているような気がした。
できれば、別の身体に戻して欲しいと、変なことを考えたりした。
しかし、エステルとの時間を得られるのなら、もう少し頑張ってみたいとも思っていた。
そう思うなら、何よりも処刑を回避すべきだったのだが、今更遅いのだった。
ああ、ユキナ!
いや、エステルなのか。
「呼吸に、い、違和感はな、ないです。にに、匂いまで感じました!」
「あんまり興奮しないでください」
「あ、あの、短い時間でしたし、ひどい体験でしたから…… 俺も理解が追いつく前に処刑されて、そう! 涙が出ないことに違和感がありました!」
今頃になって喪失の涙が溢れてくる。
もう一人のクズが悲しんでいるのかもしれない。
「悦子、改善できるの?」
「やってるわよ」
「今になって現実ではなかったのかと思い当たります。まだ、二重人格のような気分です」
俺はそれだけしゃべって咳き込んだ。
生まれて初めて、ユキナじゃないか、エステル以外に長台詞を使えた気がする。
命を喪失したからだろうか。
怖い体験を怖い体験だったと実感できたからだろうか。
「事前説明が足りないのは承知しています。でも、多分15年もVR世界で過ごすのはあなたが初めてのケースになるのですから、データなどありません。だから、生きる努力を惜しむべきではないと思います。こちらも頑張りますから、あなたもあちらが現実だと思って頑張ってください。その頑張りによっては、治療期間が短縮される可能性もあるのです」
「み、美加先生は、その、優しいんですね」
「違います! 私は本当は自分の研究のためにあなたを利用しているだけです。あなたの財産にも既に手をつけています。初期投資も、15年の治療費も馬鹿にならない額なのです」
美加先生は、少し目をそらしながら、言い訳のような説明をした。
軽ツンデレ症状だろうか?
確かにクローン臓器は莫大なお金がかかる。
健康体の成人であっても、15年は平均的な育成期間である。
成長ホルモンが活発に分泌されない年齢では、それが普通だった。
1つ、何千万も経費かかるはずだから、全部で幾らになるんだろう。
五臓六腑というくらいだから、それの11倍だろうか。
他にも機器の初期投資費用がかかる。
当然、金がなければやってもらえない。
俺の(正確には親の)財産など、15年あれば消えてしまうだろう。
「俺が死んだら治療費が入ってこないのでは? 赤字になるさ、先に使ってしまえば?」
「私は詐欺師ではありません、医者です。かかる費用だけ負担してもらいます。この家の維持管理もそのままにしておきますし、家政婦もそのまま契約しておきます。私か悦子かどちらかは、どうしても離れられませんから、生活もここですることが多くなります。区分が面倒ですから、生活費の一部も経費として使ってしまいます。報酬の一部だと思ってください」
俺は妙齢の女性二人が家を出入りするのを近所の人たちはどう思うのか想像してみたが、あまり上手く想像できなかった。
そもそも、外の世界に興味がない人生を長くやりすぎたのである。
「先生がいなかったら既に死んでいたのですよね。なら、文句など……」
「あなたは人間のクズだと聞いていましたが、話をするとそんなにひどい印象ではありませんね」
「お、俺はクズです! クズ人間なんです! 他人どころか親にさえ、その、関わろうとしませんでした。ずるく逃げながら生きてきたんですよ」
こんな人間に助かる資格があるのだろうか。
とはいえ、エステルと過ごしたい。
浅ましいとは、こういう状態だろうか。
「逆説的ですが、そのせいで悪にも染まらなかったんじゃないですか。最初は引っ込み思案の中学生か何かのような印象でした」
「精神年齢も、人生経験もその辺で止まってますし、人に関わり合うことを辞めて現実逃避していました。でも、エステルが来てから、俺は少しだけ人生に価値を見つけたのです。エステルに出会えなければ、俺は先生方と口をきくこともできなかったと思います。それをエステルが、エステルだけが」
そんなエステルは目の前で自害したのである。
美加先生が何かを調節すると、俺の頭が冷えて、痛みが和らいできた。
しかし、意識も少し薄らいでくるようだった。
「素人の私から見ても、エステルは奇跡に思えます。AIらしくないのです。実は、もう3日間もここで過ごしているのですが、彼女の感情とか愛情とかは本物らしくみえます」
「ふん。あんな善人は人間にはあり得ないし、あんな一途な少女など女にはあり得ないわね。人間には欲望とかエゴとか自己保存のための欲求とかがあるのよ。子宮をくり抜いた少女か何かでなければ、こんなクズを慕うわけないわ」
悦子先生が端末を叩くのをやめて割り込んできた。
俺は少しの間、呼吸を整えることに集中した。
まだ、気を失うわけにはいかない。
エステルに会いたい。
「悦子。でも、子宮がなくなったら、慕う気持ちも起きないのじゃないですか」
「元々、AIには子宮などないわよ」
「なら、余計に不思議です」
「そりゃそうか」
先生方二人が考え込んでしまった。
愛と性は自己保存本能に直結しているので、分離して考えること自体が無理なのだろう。
プラトニックだって、できればしたいのが本音だろうからである。
愛し合うというのは、やはり子作りなのだろう。
子作りしたいから愛するのか、愛しているから子作りするのか?
人間は後付けで理屈を言う。
繁殖期の動物は求愛行動をする。
愛しているのではなく、愛し合いたいからだ。
だが、それはエッチなことである。
そして、普通は子育てが終われば、次の繁殖期まで独身である。
しかし、俺は触れ合える女より触れ合えなくてもエステルを選ぶ。
きっと、本当の愛だからだ。
いや、触れ合えるエステルの方がいいのか?
俺は身体の痛みが増してきたので、早くエステルに会いたかった。
そんなに意識を保っていられなさそうだった。
エステルは技術的に奇跡かもしれないが、その前に俺にとってたったひとつの奇跡なのである。
「先生、お、俺のウェアラブルコンピュータをお願いします。す、少しだけでも、え、エステルに会いたいんです」
「へえ、苦労している私たちを無視して、早速エゴイスティックな発言ね。やればできるじゃないの、クズ。その調子でエゴを押し通して、自分だけ生き残りなさい」
「え、悦子先生は、せ、性善説とか信じないのですか?」
「西園寺先生よ。性善説とか性悪説なんて中学生が習う教えよ。人間はすべてエゴ、自分だけ良ければそれでいいのよ。悪意が満ち、エゴが充満した世の中でこそ、初めて自己犠牲や良いことをした満足感が得られるの。
『ああ、自分はなんて良い人間なんだ』とね。
だから、AIの善良さは気持ち悪いのよ。人間を理解しようともしないから腹が立つわね。人間は足を踏まれて痛い思いをしないと、他人の足を踏む罪が理解できないものなのよ。私はそうした人間の利己的な心を理解するAIを作りたいの。そのためにあんたみたいなクズを選んだんだから、邪悪、悪辣に生きて、卑怯に生き延びなさい。今度死んだら助けないわよ」
そう言いながらも、悦子先生は俺のウェアラブルコンピュータを持ってきて、装着するのを手伝ってくれた。
隣で美加先生が微笑ましそうに見ている。
「何よ!」
「いいえ、別に」
「美加もこんなクズに同情しなくていいのよ。処女だからって男に甘くなる必要は無いでしょ」
「なっ、え、悦子だってそんなに経験はないですよね」
「わ、私は12歳の時に叔父様とキスしたわよ」
「そんなの経験のうちに入らないです」
「0よりは遙かに上だわ」
俺はエステルがウェアラブルコンピュータ上に現れたので、それどころではなくなっていた。
確かにエゴイストである。
「未来央さん」
「エステル」
俺たちは、手も繋げなかったが再会できた。
ユキナはやはりエステルの縮小コピーであり、VR世界で徴用したアバターのひとつだった。
雰囲気でわかる。
妹が一番都合の良いポジションだったのだろう。
エステルのフルコピーはサーバー管理用AI群より大きくなってしまい、とてもアバターに入りきらないから、その様に処理したのだそうだ。
ただし、俺と同じで、アバターの感覚と経験(歴史)を共用するために、半分は元のアバターの人格が残ってしまう。
好都合なことに、アバターの人格は休止状態になるらしい。
(気絶するのだ)
けれど、夢を見ている感覚なので、記憶には多少の影響は残るという。
しかも、悪夢でなければ迷惑にならないという、好都合な展開である。
(御都合主義ともいう。何しろVR世界だからな。何でもありだろう)
「でも、君には死んで欲しくなかった」
「私だって、お兄様には死んで欲しくありません」
エステルはユキナの記憶の再統合に少しだけ手間取ったようだった。
コピー体とは言え、完全に独立していて、更にアバターの固有の歴史を持っているので、違和感もあったそうである。
とは言え、結末はエステルも同じ行動をとるという。
エステルは、想いの強い部分をアバターのコアに強く反映したために、あのようになっていたのだった。
どうも、想いばかりでは上手く機能しないようだ。
問題解決の手を打たずに、お互いが想い合い、二人とも死んでしまったのだ。
「次は死なないように努力しようと思う。協力してくれるかい?」
「勿論です、お兄様。エステルはお兄様と共に生きるとお約束しました。生きるための努力は惜しみません」
「少し、ユキナに引き摺られていないか。お兄様になっているぞ」
「ああ、未来央さん。少しだけユキナが羨ましくて……」
「ああ、そうだな」
エステルは顔を赤く染めながらも嬉しそうだった。
まあ、それは俺も同じことだった。
何しろエステルのコピーとは言え、抱きしめることができたのだ。
匂いや温もりまで感じられた。
100%の俺ではなかったのだが、エステルも100%ではなかったのだ。
それでも、後から思えばお互いに触れ合うことができたのである。
俺が健康体であれば専用サーバーを用意して、エステルと二人だけの世界が作れたことだろう。
プラトニックだとかで満足していた俺は、こうして死にかけるまでは何も思いつきもしなかった馬鹿だが、一度でも触れ合うと、こんなにも愛しい。
「だけど、ユキナがエステルで良かったよ。俺はあっちの世界でもエステルを見分けられて愛せると安心できた。半分アバターに引き摺られても、それだけは譲れない気がしたんだ」
どうして妹のユキナを愛しているのかがわかって安心できたのだが、間違えている可能性だってあることはあるのである。
考えたくないのだが、やらかしたりしないようにしなくてはならない。
「事後の統合ですから、エステルも正しい選択がなされたか心配しましたが、これで大丈夫です。新たにフィルターを構築しましたから、今後はエステルの記憶の部分だけをすぐに再統合することができます。これで、ユキナとあの、その、愛し合っても、後でエステルが統合すれば、それはすべてエステルと愛し合ったことになります」
「それって、ひょっとして」
「そうです。おにい、いえ、未来央さんが沢山、その、ここっ、子作りしても、すべてエステルの体験になります。ですから、お気遣いなく一族を大きくしてください!」
真っ赤な顔をするエステルも、そっち方面しか考えてないように見えた。
舞い上がっているのは、どうやら俺だけではないのだろうか。
「でも、エステル100%がいいな」
「人格の基礎部分は削除できません。50%以下の記憶が頼りです。それに今後を考えると、ユキナだけでは3人から5人ぐらいしか血族は産めません。10人選べば10倍、100人選べば100倍の子供たちが子孫を増やしてくれます。そうしましょう! 絶対にそうしましょう!」
「何となく、いけない気がするんだけど」
「全部、エステルのアバターだと思って結構です。それに、ユキナの寿命はせいぜい5年なんですよ。15年間かかるのでしたら、エステルのコピーを時間差をつけて沢山送り込みます。生まれてくる子供たちは、全部がエステルなんです。常に未来央さんのお側にはエステルがいるようにします。ああ、未来央さんと何人もだなんて……」
「少し落ち着け、エステル。それなら、エステルがサーバーを管理してくれた方が早いんじゃないか」
「それはできません。それでは西園寺博士の研究が台無しです。契約違反と言うより、失敗させたくありません」
「そうか、それもそうだよな。仕方がないか。でも、再統合すれば、エステルがずっと俺と一緒にいたことになるんだよな。いつでも一緒に」
「はい。事後統合ですが、未来央さんの愛はすべてエステルが回収します。誰と何回しても…… です」
やっぱりエステルはそっち方面に偏っているような気がする。
性欲を強くした世界だと悦子先生が言ってたっけ。
エステルは初めての体験に引き摺られている。
抱きしめただけなのだが、確かに初めてでも強烈な体験だった。
(だけじゃないだろ)
うるせえぞ。
こんな場所で『おっぱいが』とか言えないだろ!
実は俺もドキドキなのだが、人工心肺のせいで上手く制御できない。
考えると苦しくなるのだ。
意識が飛びそうである。
それでもエステルとは、何とか緊張しないで話せるのだった。
「すべてのアバターを再統合する自信がありますが、その、男性型を統合するのは流石に抵抗があります」
「ま、まさか、それは考えたくないよ」
「冗談です。それより死なないように頑張りましょう。死んでは愛し合えません」
エステルの恥じらいを乗り越えた笑顔は、やはり最高だった。
「そうだな。今度はエステルも、少し知識とチュートリアル、も、持ってきてくれると助かるかも、しれない、な」
「わかりました。え、エッチ方面は、向こうの人格も沢山持っているようですから、少し悔しい気もしますが…… コピーの作り方に少しアイデがあります。楽しみに待っていてくださ……」
ああ、それなら安心だ。
次はもう少し上手くやれるだろう。
俺の意識は、恥ずかしそうに微笑むエステルを見つめながら、再び暗転していった。
ユキナとエステルは、見かけはだいぶ違うのだが、今の俺には同じだと信じることができた。
エステルはいつでも隣にいてくれるだろう。
ぐへへへ……
誰だ、お前は?
ああ。俺か。
エッチな方の……
それも俺だな。
03へ




