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26 大雪の日々(後編)

 26 大雪の日々(後編)




 元々、粛国と濊狛との緩衝地帯にも点々と亜人溜まりは存在し、こちらも余国と呼ばれているが規模は少し小さいらしい。

 狛国人が亜人差別に緩い人種なので、自然と集まったようだ。

 狛国人は独立商人が多く、北方にも多くの隊商キャラバンを送り出している。

 それで、亜人とも商売を行うようだ。


 ただ、凶国にしても粛国にしても濊狛にしても、この時代は族長が支配する部族が乱立しているだけで、国家とか国土の概念は殆どない。

 農耕・定住が国家の成立要件なのかもしれなかった。


 それは倭国も同じだが、五王で済む倭国の方が単純過ぎるくらいである。

 定住する風土がそうさせているのだと思う。

 普通は、一都一道二府43部族ぐらいはいるようだ。

 勿論、民主主義などは存在しないし、奴隷は売買できるし、一夫多妻制である。

 族長になるのは宝くじに当たるより難しいだろうが、なれたら男のろまんはすべて叶うのかもしれない。

 多分、最愛の妹とか幼馴染みを目の前で奪われたような経験がある男向きの職業である。


 最も、自分が成り上がった頃には、復讐の相手は残っておらず、自分が誰かの幼馴染みを略奪している可能性が高い。

 誰でも都合良く「エドモン・ダンテス」になれるわけではない。

 誰?


 奪われたのは、婚約者で幼馴染みじゃなかったかな?

 高級車メルセデスを奪われたんだっけ?

 高級車と婚約するというのは、変態的行為である。


 ちなみに幼馴染みとは、下半身を見せてもらったことがある相手である。


(変態クズ頭!)


 ともかく、燕国は近所に亜人溜まりがあるので、奴隷を簡単に補給して、えちに売りつけることができる。

 もう、既に、奴隷商人が跋扈し始めているのだ。


「越で亜人を買わないようにすれば、いいんじゃねえですか」

「亜人たちが自力で脱出できるならそうするんだけど、今のところは買えるだけ買っておく」

「しかし、限界というものもあるんじゃ?」

「限界かあ、どれくらいだと思う?」

「はあ、吉川のところでも200村、10万てとこが限界なんじゃねえですかい。越中に同じだけ村を作れても両方で20万人ってところですかね」

「能登、加賀、越前も開発できるし、越後は北と東にまだまだ開発の余地があるよ」

「それでも、周王国ほどにはならねえでしょう?」

「そうだね。周は7つの公爵領だけで140万はいるかな」

「でしょう、越じゃとても無理ですよ」

「だが、奴隷を買って、農民が売れたらどうだい?」

「農民を売る? 領民を奴隷に戻すんですかい? そりゃ伯爵様の方針に反するんじゃありやせんかい?」


 ギイは俺が正気かどうか疑っているようだ。

 信じたくないって顔をしている。

 自分は獣人のくせに、いい男だ。

 俺が奴隷を売ったら、反逆するだろう。


 俺は不穏な気配に驚く女たちを、笑顔で安心させる。

 ウメが胸の前に手を合わせて、祈るような顔をしている。

 良くわからない性格をしているが、いい子である。

 立ち上がりかけてたギイも、バツが悪そうに座り直す。


「売るために買うなんて馬鹿げていますね。あっしの早とちりでしょう。真相を教えてくださいやし」

「濊狛のうち、濊国人の方はわからないが狛国人の方は亜人よりで話がわかるようだ」

「狐人ですね。定住できるように努力しているらしいや」

「だが、農地開発の技術がない。少なくとも、俺たちのように山林を切り開く力はないんだ。一方で隣の燕国が豊かになっていき、越との商売も盛んになっていく。愚図愚図していれば国境に裕福な燕国人たちが溢れてくる」

「そうなる前に越人えちじんを使って農地開発ですか? 狛国に利があるんでしょうか? 自分たちが越に飲み込まれてしまうと思うんじゃありやせんか」

「なあに、自分たちが早く力をつけて食料を増産できれば、売る国は回りに沢山ある。それこそ売るほどあるというやつだね」

「うむむ、狸の濊国に鹿の粛国ですかね。無理すれば凶国もか」


「もっと大事な国もあるだろう」


「まさか、燕国ですか? それじゃ、越が困るでしょう?」

「越と販売競争になれば、輸送が陸路の狛国が有利かもしれないなあ」

「何をのんきなことを」

「いや、燕国じゃないんだ。もっと大切な国があるだろう」

「周王国ですか? しかし、燕国が間にあって敵対してれば無理ですよ」

「無理してまで、周に売ることはないさ。もっと大切な国があるよ」


「ま、まさか、え、越?」


 今度こそ立ち上がり、絶句してしまうギイを心配して妻たちが寄ってくる。

 マツは17歳ぐらいの女盛りで、小さめのお尻は控えめで可愛らしい。

 もうひとりも同じくらいの背丈と年齢だが、こっちは人間族のマツより白い肌の犬人だった。

 少しだけマツより脚が長い。

 3人目は何と牛人で、15歳ぐらいだから第3次移民の娘だろう。

 4人目は羊人で、やはり15歳ぐらいだったが、一番新しい移民だと思う。

 栄養が足りていなかった頃を少しだけ思い出させる面影が残っている。

 全員が、奴隷紋である。


 とは言え、心配してるのはこっちも同じで、ウメとサクラまでがお茶を取り替えに来る。

 俺は、心配いらないと目線で伝える努力をするが、つい下半身を見てしまった。

 まあ、それでいつも通りだとホッとされるところが、クズらしいのだった。


(自覚があって良かった)


 後で、ウメとサクラに恥ずかしい恰好ポーズをさせてやろう。


(また気絶されるわよ)


 そうだった。

 お尻を触るぐらいでやめておこう。


(モモに見つかるわよ)


 そうだった。

 モモちゃんのお尻を触ってしまったからなあ。

 もう一度、触りたい。

 なでなでしたい。

 ペチペチしたい。

 いや、ペチペチはウメの方が楽しそうだ。


(クズ! 変態!)


「落ち着けよ、ギイ。女たちの前だぞ」

「しかし、越人を送り込んで、産物を越に売るってのはどうかと思いやすよ」

「だが、開発費を援助しておいて、全部取り上げられるよりはマシだろう。越人を養ってもらってると思えば、すべて買い取って狛国人まで安心させてやるのは安い買い物だよ」

「そうですかねえ」

「売るものは越の方が沢山ある。例えば狛国で唐黍が沢山採れたら、ザラメや酒にして売ればいい」

「まあ、そうですけどね」

「しかも、鉄製の農機具は継続的に買ってもらえる」

「確かに、大工道具なんぞ勿体ないくらいですねえ」

「そうだろ、今は売りたくてもあっちには買う余裕がない。こっちで買う余裕を作ってやれれば、必ず買いに来る」

「でも、それこそ燕国と競争になるんじゃないですかい」

「燕国だって、狛国が買い物をできるようにならないと売れないさ。それなら越人がいれば越の方が有利だろう」

「そうか。それもそうだ」

「しかもだ、例え狛国で生産された食料でも、越が買い取って加工すれば、丸越の商品として何処の国にでも売り込める」

「ええっ、それって!」

「そうさ、狛国で買ったからって、律儀に越まで持って帰ってくる必要は無い。その場で加工して、丸越の商標を焼き印してしまえばいいんだ。現地工場、OEM販売も可だ」


(いきなり、何でもありね)


 テクノロジーじゃないからな。


「何だか、詐欺みたいな話ですねえ。そんなに上手くいくんですかい?」

「丸越の印があるのとないのと、ギイならどっちを買う?」

「そいつは愚問だ。丸越に決まってまさあ」

「なら、狛国も周辺国もそうするだろう。そうなれば、狛国も越も利が出る」

「しかし、そんな方法で儲かるものですかい?」

「そんなに儲からなくてもいいんだ。取りあえずは金貨が流通すれば、それでいい」

「売るものがない国では、金貨は手に入れられませんでしょう?」

「何かしら売るものはあるものだよ。凶国なら羊の毛とかね」

「毛皮じゃなくってですかい」

「羊毛で生地が作れる。生地は衣服が作れる。それをまた売りつける」

「まねされたら面白くありませんよ」

「まねさせたいんだ。まねするにはどうすれば良い?」

「そりゃあ、生地を作るところからって、遊牧民じゃ難しいか。定住化しないと」

「量産は無理だろうね。当分は、越のまねをしてもらうことになる。これをアドバンテージと呼ぶんだ」

「しかし、取り上げるために金貨を売りつけてもなあ。一体何の意味があるのかさっぱりわかりませんや」


 ギイはぬるくなった紅茶をストレートで飲み干した。

 この世界は、かなりのどが渇くのだ。

 ヒナゲシは、まだ話についてきているようだった。

 氷見に引っ越すのが気になっているのだろう。

 壁に徹していて、透明化しようとしているようだが、下半身を見逃さない男がいるから無駄な努力である。


「ギイは越に慣れてしまったんだね。金貨がどれだけ恐ろしいかわからなくなっているんだよ」

「そうでしょうか。銅貨のデカいやつでしょう」

「金貨は何でも大量に買うことができる。もし、ギイが周国の公爵なら何を買う?」

「まあ、食料ですかね。次は塩とか酒とか農具も」

「じゃあ、食料が大量に手に入ると領内はどう変わっていく?」

「村々が飢えなくなれば、田畑がちゃんと回せるし、綿花なども作る余裕ができます。領主も儲かりますね。金貨の元が取れるかもしれません」

「村の人口はどうだろう?」

「そりゃあ、人間でも亜人でもドンドン増えるでしょう。今は500人の村でも、すぐに800人とか千人の村になりやすよ」


「だが、それは金貨による恩恵だよ。実際に千人になった村が千人を食わせていけるだろうか」

「そう簡単には変わりませんよ。技術がないし、農機具も新しいものが必要でしょう。開発も…… 越の技術がないと難しいでしょうねえ」

「そうなると、折角の金貨も食料を買えなければ、領民が増えた分だけ困ることになる」

「それは悪夢ですよ。金貨を得るために手を尽くしたのでしょう。食料を買えるのが大前提です。でも、大飢饉でもなければ、そこは覆せないでやしょう? 金貨の価値がなくなるんじゃねえですかい」

「いや、金貨の価値は変わらない。食料も越が支えるから、各国が農業を止めたりしなければ、食料を買えなくなることはない」

「それなら、金貨のある内に食料の増産も考えておけばなんとかなりやすよ」


「そこでだ、ギイ公爵様。君の領地は金貨によって食料が手に入り、領民が増え、綿花の生産も順調だ。このまま行けば綿花が売れてかなりの利益が出ると思っているところに、周王から命令書が来る。それが戦争の命令書で、しかもその相手が、食料を生産して売りまくっている例の丸越印なら、君はどうする?」

「せ、戦争を仕掛けたら、食料は売ってもらえない?」

「綿花も買ってもらえない」

「食料の増産は、綿花に回したところを切り替えて、いや、それじゃあ自分のところがギリギリ助かっても、周囲が一つでも失敗したら後がない。難民が流れてきたら、国中が2倍に増えた人口を持て余す。越との戦争は余剰人口を回しての乾坤一擲か、それとも」

「それとも?」

「王に反逆しても食い止めるか」


 ギイは顔色が悪い。

 難民になった経験があるからだろう。


「だが、ギイ公爵。乾坤一擲はいいけれど、君は越と戦うのに海戦しか選べないぞ。何しろ海の向こうなんだからな。そして、海戦では越が必ず勝つと知っている。越のギイ将軍が先程、百に一つも負けないと太鼓判を押していたからなあ」

「!」


 ギイは蒼くなったまま、何処で間違えたのだろうというような顔をしている。


「亜人たちを押し立てて攻めてくるでしょうか?」

「それは拙い手だよ。亜人は王のためには戦わない。仮に脅して兵力にできても、敵が越じゃあ、そのまま丸ごと越人になってしまうだろう。領民で正規兵を作ったら、今度は畑の管理を亜人に任せることになる。何しろ、越との海戦から帰ってくるものはいないのだろう? 2回か3回か海戦を繰り返せば、亜人の国になりかねない」

「そ、それでは、内乱ですかい?」


 まだ、蒼い顔をしている。


「どうやっても上手くいかない手を、周王は採用しないよ。だから、越ではなく燕国を攻める可能性が高いんだ。越との交渉権を燕国から奪ってしまった方が話は早い。しかし、越には反逆者の伯爵がいる。意地でも何か示威行動を起こさないと周王の威厳が損なわれる可能性がある」

「そ、それで、氷見への移転の話になるのでしょうか?」


 ギイは何だかホッとしたような、騙されたかのような顔をしている。

 ヒナゲシの隣にはウメまでが立っている。

 サクラが紅茶を追加に来る。


「俺は氷見で貧しい伯爵をして過ごす。表向きは越の勢力に対抗できなかった無能な伯爵と言うことにして、必ず調べに来るだろう周王国の使者を誤魔化すつもりだ」

「しかし、越の経営はどうするんですかい?」

「吉川がいるから、今までとは何も変わらないよ。代官がもう少し増えるくらいだね」

「それでも、越には伯爵様が必要でしょう?」

「まあ、そうかな。でも、越の代表が俺である必要はない。と言うか、越と燕国が周王国に戦争を仕掛けられてしまうのは、両方とも人間族の臣下が経営してるからだ。獣人の国なら如何に周王とて戦争など仕掛けられないよ。下手すれば、獣人連合軍が結成されて、挙げ句は盟主が凶国になりかねない。最初から敗色濃厚だよ」

「そのために越と能登を分けて、能登を伯爵領にするんですね。でも、越の代表が人間族の吉川じゃあ、周王も遠慮するとは思えませんねえ」

「そこで君にお願いしたい」

「へえ、俺なんかにできることがありやしょうか?」

「ああ、あるよ。越王だ」

「何ですって?」

「ギイが越の王をやるんだ」

「またまた、あっしは大工ですぜ」

「別に大工が王をやってはいけないなんておきてはないと思うよ。それに君は吉川の娘婿なんだし、吉川は反対しないよ」

「うああ、そ、そんな!」

「マツ!」

「はい」


 マツは女中の経験があるからか、すぐにテーブルに来る。


「君は越の王妃だ。首府はどこにしたい?」

「はい、直江津の伯爵邸をお借りします」

「では、決まりだ。王を説得してくれるかい?」

「はい、喜んで。伯爵様」


 マツの挨拶は、まるでスカートを掴んで翻すような仕草に見えた。

 とても優雅だったが、実際は丸出しだった。




「カーチャとミーチャとそれに村の友達が7人でイカ焼きを5つとゲソ焼きを4つ食べると、代金はいくらになるかな? おつりは?」

「えーと、イカ焼きは倭銭15枚でぇ、ゲソ焼きは倭銭8枚かな。合わせて倭銭23枚だから、5で割ってー、4銭と倭銭3枚」

「おつりは倭銭2枚だから、ミーチャはそれでゲソ焼きも食べるわ」

「そんなに沢山は食べられないわよ」

「ミーチャは食べれるもん!」


 あれから、2日か3日に一度は、黒部村のターチャの家に様子を見に来ている。

 今日はスルメと昆布を持ってきて、今はターチャがオンドルの良く効いた部屋で、松前漬け用にハサミで千切りにしている。

 俺は雪下ろしをしてから、カーチャとミーチャに算数と国語を教えていた。


 村の女たちが常にターチャたちの世話に来ているが、男どもは近づけないので、雪下ろしは俺の仕事だった。

 晴れた日にカーチャとミーチャは村の女の子たちと遊んだり散策したりするようになった。

 勿論、大人たちが遠巻きに安全を確認している。

 時々、物売りの屋台が来ると、みんなでイカ焼きやチヂミ、飴などを買うが、お小遣いは伯爵邸から出ている。

 一緒に遊ぶ女の子たちは、お相伴できて喜んでいるし、黒部村でオンドルが効いていて一番温かい家に遊びに行けることも特権の一つになっている。


 ターチャは順調らしく、毎日、家の外に造られた石窯を使って、故郷だかのパンを焼いている。

 素朴だが美味しいので、村人たちもお裾分けを喜んでいる。

 ターチャのことは、皆は俺の愛人だと思っていて、ユキ姫様よりも先に懐妊したせいで追い出されたとか、勝手な噂で納得しているようだ。

 俺は夕食前には帰るのだが、ターチャが妊娠中なので、関係を疑うやつは今のところ出てきてないようだった。


 ターチャは先天的だか後天的だかわからないが、何か原因があって口がきけない。

 声が出せないようだった。

 そのせいか、カーチャとミーチャも無口だったが、ここで生活するようになって、おしゃべりになった。

 友達と一緒に遊ぶことも楽しいようで、見た目は特殊だが、普通に村の子供たちに馴染んでいる。


 俺の来訪について、ターチャは熱烈歓迎ではないが、嫌だと言うこともなく、紅茶やマーマレードを持ってくれば笑顔の一つぐらいは見せてくれるようになった。

 カーチャとミーチャは普通に喜んでくれて、特に大人になりかけているカーチャは見た目よりもずっと子供で、ゲームで遊んでやったり、髪を梳いてやると喜ぶ。


 時々、4人でロシアンティーを飲んでいると、これが家庭ではないかという錯覚に囚われたりするのだが、まあ、幻想に過ぎない。


 俺はそのうちに氷見に引っ越すが、ターチャたちはどうするんだろうか。

 ずっと、黒部村に住んでいるような気もするし、氷見まで来てくれるような気もする。


 春が過ぎて、夏が来ればいよいよ金貨が出回り始める。

 その頃には、ギイが直江津に王府を開く。

 徐々に、外国の商人たちから、越王と金貨の話が各国に広まっていくだろう。


 世界がどう動き始めるか、まだ何もわからなかった。




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