第1話『理不尽な現実』
俺は生まれながら不運だった。それは小学校に上がって知った事実だ。
元々は『怪奇』なんて言う不吉な存在を祓い去る者。それが『異術師』と呼ばれていたんだ。
耳を疑う話だぜ。何せ妖怪とか悪魔を初めて見たのが小学一年生だったはずだったよ。あの瞬間は驚愕するしかなかった。
平安より前から悩まされた『怪奇』を祓う術を書物に記し上げた安藤武徳が始祖だと言う。それが日本全土に伝わり、ようやく『異術師』が誕生したらしい。
なんてファンタジーみたいな話が現実で存在していることは母から教えてもらった。さらに、目の前で母と幼馴染みの両親が異様な化け物を祓ってみせたんだ。
『きっと二人にも通ってもらう道だ。これから二人とも私たちみたいな異術師を目指してもらうからね?』
それだけ告げた幼馴染みの父、清原賢悟さんは微笑んでいた。期待を預けて来るような笑みは、俺が未来に歩み進める道標となる。
* * *
現在、俺は高校二年生を迎えていた。
実際、期待していた未来とは大きくかけ離れた現状に飽き飽きしている。何故か俺だけが異術師になれなかったんだ。理由は異術を発動する『特殊エネルギー』が宿っていなかったからだ言う。
「畜生ぉ! 俺だけ不公平じゃねぇかよ!」
現実は残酷だった。もはや、母から受け継がれるはずの異術まで持ってない。これでは異術師は無理だと判断されてしまった。
「しょうがないじゃないのよ。貴方は悪くないわ」
「そう言う問題じゃないだろ!」
「はぁ。いつまでも引きずらないで諦めなさいよね! 貴方が異術師を志す道は閉ざされているんだからさ!」
苛立たしい。こんな悔しい時でも清原珠美は強気だ。これだから夢を辿れる奴は嫌いだった。
運命から突き放されてしまった人生を悔やんでいる。それは励まされたとしても拭い去れなかった。どうしても異術師を目指したかったんだ。
「少しぐらい流れてくれたって良いじゃんかぁ……。俺だって霊符だけでも扱えれば少しは違ったはずだろ?」
実に情けない姿を晒していた。それも珠美が直視する前で堂々と見せてしまっている。
でも、仕方なかったんだ。それだけ悔しみが勝っていた。どうしようもない事実と直面して頭がイカれそうである。
自然と涙がこぼれ落ちた。それを傍で憐んでいる珠美は慰めてくれる。
「もう十分だよ。凄い頑張ったわ。でも、仕方ないの」
「うわぁぁぁあああ‼︎」
泣き叫んでも現実は捻じ曲がらない。それは重々承知していたんだ。それでも涙は澱みなく流れてしまう。
それから修行は終わろうと決意した。何度も挑戦してみたけど、結果的に全て外している。
このまま続けてもしょうがないんだと不思議に思えてしまった。もう諦めるしかないと妥協して終わる。
そして勉強に励み始めた。昨晩はゆっくり就寝して体を休める。早くも今日から勉強を進めていく予定だ。
やり直すなら今がチャンスだと考えていた。今後は一般人として人生を送るからである。
そんな俺は武藤英助だ。これまで異術を覚醒させる方法に明け暮れていた。
けど、それは昨日で終わる。すでに朝から勉強モードだった。
「英助ぇ〜!」
急にドアが開いた。同時に珠美が俺を呼びに来てくれる。
「ご飯が出来たわよ? 勉強は偉いけど、朝食の時間ぐらいは守りなさい。お父さんが怒ってるんだけど」
「悪い。少し集中し過ぎちまったわ。勉強不要の巫女さんとは意識が違っちゃうんだよなぁ〜」
「は? 随分と嫌味を言うようになったみたいじゃないの。少し引くわ」
「今から行く。先に行っててくれ」
「はいはい」
我が家庭は清原家と混合している。つまり、俺は珠美と同居しているんだ。幼い頃から一緒に住んで来た広い家は古臭いのが本音である。
取り敢えず食卓に向かった。そこで集まっていた両親たちが苛立っているご様子。
「申し訳ないです。勉強していたら遅れました」
「ふざけないでくれるかな? うちのルールは絶対だったはずだろ? 同じ非術師であっても見過ごせない失態だよ」
「悪いけど、一理ある。これから一般人として生きるからと言ってルールを破る行為は認められない。反省してくれるかな?」
「分かったよ。良いから早く食べようぜ。冷めちまうだろ」
朝っぱらから冷めた空気が漂う。これだから我が家は嫌いだった。残念ながら今更だけど、どうしても捨て切れない気持ちなんだ。
俺が席につき、朝食を取り始める。
テーブルに並べられた飯は綾星智夏が作ってくれた。彼女はうちで働く家政婦を務めている者だ。いつも家事は任せっきりだった。
「ご馳走様でした。今日も凄く美味しかったです。今後とも家事をよろしくお願いします」
「いいえ。こちらこそ、粗末なものしか作れず申し訳ないです。それでも今後も懸命に努めさせて頂きます」
「では、失礼します」
こんなやり取りは日常茶飯事だった。何せ家政婦でも感謝を忘れないように育てられて来たんだから当然だろ。
なんつーか、堅苦しくてしょうがなかった。もっと気楽に物事は進めたいんだけどな。それでも運悪くこの家に生まれたんだと自覚しながら俺も同じような礼儀を示す。
「本当に美味しかったです。これからも世話を焼くようですが、その度はよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、英助様が満足して頂けるように努めたいです。よろしくお願いします」
「失礼します」
これを毎日繰り返している。ただ、礼儀は弁えたいと思っていたのは事実だ。その方が気持ちが良いからな。こうして人は分かり合って行くんだろう。
そんな思考を巡らせながら自室に戻る。
時刻は朝の七時二十分。俺は登校する準備を整え、玄関で靴を履いてから出発した。
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい。今日は賢悟さんと過ごすから家にいないの。ま、よろしく頼むわ」
「了解しました。どうぞ、ごゆっくりしてください」
「貴方もお父さんと変わらないかもね? でも、運命は変えられるわ。精々、もがきなさい」
「はい」
いつも母から聞かされる一言が耳に纏わりついて来る。
(忌々しいんだよ。何が家族なんだか分からなくなるだろ。それに俺は父さんと同じような人生を送るなんて嫌なんだ)
強く歯を噛み締めた。俺は母さんを嫌っていたんだ。もはや、平気で珠美の父と関係を作るような奴は恥知らずでしかない。
勢いよく玄関から出た。内心は怒りで満ち溢れている。当然だろ。母さんが朝っぱらから可笑しいのがいけないんだ。
「大丈夫、英助? そんなに苛立たしいかしら? お父さんとおばさんの関係は気にしないで良いのよ。私たちは違った道を辿れば良いんだからね!」
「分かってないだろ! いつも言われてるんだよぉ。無情な瞳で『父さんみたくならないと良いね』ってな! 可笑しいぜぇ……」
あの時、妖怪を祓ってみせた母さんは誇らしかった。けど、異術師として不適性だと知った時から態度が一変したんだ。あれから普段は冷たい視線で見つめて来る。それでは愛を感じられなかった。
「珠美は良いよなぁ」
「英助……?」
珠美なら分かってくれているんだろう。でも、俺はそれで許せる訳がなかった。何故なら母さんと同じ土俵に立ててしまう人材だからだよ。いつか同じ視線を向けられるかも知れない恐怖が悔しくてしょうがない。
「ほら、行こ? 私たちは幼馴染みでしょ? 支え合って生きるのよ」
「うっ……うぅ……」
その一言は本心なのか? 俺が知りたかったのは珠美の本音だった。内側が覗ければどれほど楽だったか分かったもんじゃない。
それでも俺は歩み続けた。




