棺の部屋
ベルは、操舵室から階段を下り、広い船室へと足を運んだ。ここには棺によく似た入れ物が等間隔で所狭しと並べられ、壁も天井も床もどこもかしこも埋め尽くしている。
これを棺と表現したが、実際には虫の巣のような体である。
それもそのはず、この人工休眠カプセル群は、ハチに代表される六角形の構造体の中に収められ、中に入れられる人間を待っているのだ。
宇宙への航海へと向かううえで、もっとも場所を食い、重さを食うのが人間へと補給する食料と水である。また、生命は星間航行の衝撃によって、容易に精神に異常をきたす。これが宇宙酔いと呼ばれる現象である。
では、どのように質量問題を回避し、人間を安全に運ぶのか。数多くの科学者、技術者連中が頭を悩ませた結果がこれであった。つまるところ、我々は一度死ぬのである。骨の髄まで急速冷蔵することによって、細胞一つに至るまでもを瞬時に休眠させる。それによって我々は、数年の航行期間を有するが歳をとらない。勿論、蘇生時の人工呼吸器の装着は必然的に臓器を痛めることになるし、冷凍時は衝撃によって体が触れるだけで砕けてしまう可能性すらあった。この船体を打ち上げる時に特殊な金属を使用したのも同じ理由で、物は凍ると固くなるが、同時に脆くなるのである。
ベルは、自分の棺に腰を掛けると、自分と同じように棺を感慨深そうに見る船員の姿が目に入った。彼らは、最初の十人である。本艦は全てをオートパイロットで操縦、航行することが可能であったが、最終的な星の選定、着陸申請は全て人間の判断によってなされることと決まっていた。そのための十人である。
彼らには、新鮮な空気と、充分な食事、飲料が与えられることになっている。勿論飲料にはアルコールも含まれた。
この広い宇宙に、本艦から離れて生きられるわけがない。それをみんな知っていて、それをごまかすために必要だった。ノンアルコールでも、合成香料のまがい物でもなく、本物の酒。それ一本で起動兵器が買えるというのだから、最初の十人は喜んで志願してくれた。
「いや、おもしろいな」バルガは俺の隣の棺に入り、俺と同じ薄い紙のような素材の下着を身に着けて横になっていた。
「このカプセルは、軍からの払い下げです。古いが丈夫でまだ使える」
「それを聞いて安心したよ。だが面白いのはそれじゃない」
「は?」
「あんたのことだ。よく、犯罪者に操舵を任せようと思ったな」
「犯罪を、犯したことのない人間などいない」
「俺は犯してない」バルガは睨んで青い目を向けた。きっと若い頃は良く女性にモテただろう。
「誰しもが、殺し屋たる自覚を持て」
「なんだいそりゃ」
「星間連合、第一分団心意気4条」
「あんた……」
電子音が鳴り響いて、ゆっくりと棺の蓋が閉まった。破損防止のため、小さなアクリルパネルののぞき穴だけが埋め込まれた蓋からは、もはやバルガの顔は見えず、ただただ白い船内が映っていた。宇宙では上も下もない。天井であり床であり、壁である。
願わくば、このシルクのように白き船内が、血に汚れんことを。