えぴろーぐ
終わらせた
獣が足を残して消滅した。残った足も勢いで絶壁を転げ落ち海の底に沈んでいった。
あの男がやっていたからじゃない。なんとなく、なんとなくだ。空を仰いで両手を差し出してみた。神秘的かなって思って。するとセピアの光景の時と同じように天から光が降って来た。そしたらやっぱ神秘的だなあって思った。
僕の身体が指の先から光の粒子になって溶けていく。痛みはない。不安もない。こうするべきなんだと、こうするのが当たり前なんだと思うことが出来た。
僕の身体が、完全に泡になって溶けた時、聞き覚えのある男の声がした。セピア色の光景で聞いた、低音の落ち着く声だった。
「君は、何のために生きるんだ?」
粒子になっている僕が、笑顔なんて作れるんだろうか?ただ、もしも肉体があるんなら、僕はここで笑顔でありたいと思った。
「雨降りの日曜の午後、何して遊ぼうって考える為・・・かな?」
「・・・意味が、わからないな」
本当に戸惑った声色だ。
「あんたに会うまで、僕はそれを見つけなきゃって思ってた。焦ってたんだ。でも、あんたは精一杯やりたいことをやって、やり切っても尚、後悔して、彷徨っていた。僕には、あんたみたいに全てを投げ打ってでも、自分の生き方と向き合うことは出来ないと思った。あんたすげぇって思ったよ」
「・・・・・・」
「でも、僕はもう諦めるのを止めることにした。きっと雨降りの日曜の午後、僕は僕のやりたいことを見つけることが出来る。見つからないだろうって諦めることを止めようと思ったんだ。」
「俺だって、諦めてはいなかったつもりだ」
「勿論、何かを犠牲にもしない。僕はきっと後悔する。棄ててしまった事を。あんたほど大胆には生きれない。でも、僕は僕の方法で僕の生きる意味を見出して見せる」
強いんだな。と声は言った。
強くなんかない。弱くて弱すぎて、話にならないだけだ。
「もしも、この先、サリーという女性に会うことがあったなら、これを渡してほしい。そして、すまなかった。と、ありがとう。と伝えてく欲しい」
こういうときは定番のあれだよな?
「だが断る!!よくわからないが、僕はそのサリーっていう人に会える保証はない。」
「日曜の午後、雨が降ろうが降らなかろうが、君には探す人がいる。君が生きる意味を見いだせるまでの間、俺の生き甲斐を引き継いでくれたらいい。どうかな?」
海賊とは思えない、獣だった人とは思えない、穏やかな声だった。
「それがあんたの守りたい最後の財宝なんだな。わからないけどまあいいや、ただ、暇つぶし程度の理由で良いならね。保証はないよ」
それでも構わないと声は言った。
そこで、僕の意識は途絶えた。
「・・・らぎさん・・・あららぎさん!」
女性の声で目が覚めて、ふと顔を上げると目の前にはディスプレイがあった。
画面には見慣れた表とグラフが映し出されていて、また眠ってしまったんだな。と気づく。
寝ぼけ眼で時計の針に目をやると夜の8時を回っていた。
周りを見渡すといつもの見飽きた事務室に自分と声をかけてきた女性の二人しかいないことがわかった。
「・・・あ、寝てたんだね。ごめん、いつも有難うね、井上さん。」
本当はお礼に食事にでも誘いたかったが、彼女が僕の顔を見るなり、みるみるうちに真っ赤な顔になってしまったものだから、僕は涎でも垂らしてみっともない寝顔を見られたんじゃないかと思って、ちょっと気まずい感じになった。
1日中パソコンでの業務なんだ。眼精疲労もピークを越えている。瞼を閉じ、そのままデスクに突っ伏して幾ばくかの時間、夢の国へ旅立つ。誰だって経験したことあるだろう?同じような職種ならさ。
「あ、あららぎさん・・・ですよね?そ、そんなに可愛い顔・・・いえ!何でもないです!」
変なことを聞いてくる。疲れがたまっているんじゃないのか?それとも、僕の顔が寝すぎて形でも変わっているのだろうか?
「僕はあららぎ このは、しがない事務員の一人。そうだろう?井上さん。
さてっと、ごめんね。もう出るから、お当番ご苦労様」
しかし、家に帰ったところで誰かが帰りを待ってくれている訳でもないし、帰って何かすることがあるって訳でもない。独身生活は切ないもんだね。一杯寄り道して帰ろうと、会社を後にした。
ふと、ズボンのポケットに何かが入っていることに気が付いた。取り出してみると指輪が一つ。淡い赤色の輝きを放つリングだった。身に覚えはない。リングの内側には見たこともない文字が彫られていた。
「サリー・・・?」
何故だろう。ふと、そんな言葉が口から出た。
昭和の魔法使い少女か?
なんかよくわからないけど、大事に持っておかなくちゃいけない気がする。そして、誰かにこれを渡さなきゃいけなかったような・・・。
ふと、自分の右手の薬指にはめてみた。よくわからないけど、そうするべきだと思った。そうしなければ失ってしまう気がしたから。
行き付けの居酒屋が珍しく閉まっていた。
降りたシャッターには安っぽい貼り紙がしてある。
「脇毛が抜けるまで閉店します」
斬新すぎる理由だ。マジだろうか?ただの冗談だろうか。確かめようもない。
もしも本気だったのなら、閉店してまで抜きたい脇毛って一体どんな物だというのだろうか?
ボボボボボとかいう「ボ」が沢山のキャラクターは鼻毛が主流だったはずだ。
そんな人生上、何のプラスにもならない下らない事を考えて路地を歩いていたら、見慣れない居酒屋が目に飛び込んできた。
果たして、こんなところに居酒屋なんてあっただろうか?
首をかしげながら暖簾をくぐろうとして、足元に紫がかった銀色の毛並みをした仔猫がすり寄ってきていた。やけに人懐っこいな。でもどんなに可愛くても猫は店には入れてもらえないだろう。
「ちょっと待っててくれよー。酒の肴と君の魚を買ってくるからなー」
そう言って暖簾をくぐる。
店の名前は「居酒屋 の武」と看板が出ていた。
終わった?




