夏休み最終日でイメチェン
俺、真田迅平は今日、思い切ったことをした。
「え、本当に坊主で大丈夫ですか?」
「はい! 坊主でお願いします!」
「何ミリとかご希望あります?」
「一番短くお願いします!」
「わかりました……」
目の前の大きな鏡越しに美容師さんの困った顔が見える。
それもそうだ。俺の髪の毛は肩まである。後ろから見たら女装した人にしか見えない。
それを初めましてのお客に坊主にしてくださいと頼まれれば困惑するのは当然だ。俺だったら聞き間違いかと思う。
髪が長いと手入れが面倒なんだ。
シャワーもドライヤーもとにかく時間がかかる。
トリートメント代も馬鹿にならない。
これで似合っていたら続ける価値はあった。残念ながら妹からは不評で、顔を合わせる度に「きも」と挨拶のように言ってくる。
好きな外国人俳優がロングヘアで、それに憧れて髪を伸ばしていたけど、似合ってないのは自覚していた。
ちょうどのその俳優さんが坊主頭になっていたので、俺もそうすることにした。
美容師さんが肩から下の髪の毛をバッサリと切る。その瞬間、頭が軽くなった気がした。
バリカンで髪の毛を剃っていく。バサバサと落ちていく髪の毛。鏡に映るのは坊主頭になっていく自分。
我ながら思い切ったことをした。もう手遅れだけど、坊主はやり過ぎたかな。まぁでも、髪の毛はいずれ生えてくるし。
そして俺は坊主となった。
頭が軽い。今日の夜、お風呂に入るのが楽しみだな。
家に帰ると、階段を降りてくる妹の花織と鉢合わせた。花織は俺の頭を見るなり目を見開いた。
「え、何その頭? 一瞬誰かわかんなかった」
「さっぱりしたでしょ」
「さっぱりし過ぎじゃない? え、どうしたの? 禊?」
「違う違う、イメチェンだよ」
「イメチェンで坊主って……バカなの? 普通に少し切ってもらうだけで良かったじゃん」
「それは、俺も途中から思った」
「最初から気づけよ。ってかそれで学校行くの? 絶対笑われるよ?」
「いやいや、坊主なんて俺以外にもいるから」
野球部なんか特に坊主率が高い。
花織はなぜか、やれやれ、みたいに肩をすくめた。
「そういうことじゃないのに……まぁいいや、私出かけてくるから、ハナに餌あげといて」
「わかった」
花織が行った後、リビングに向かうと、セキセイインコのハナちゃんが俺の肩に目掛けて飛んできた。
『きも、きも』
肩の上で落ち着いたかと思うと、そんなことを呟く。ハナちゃんはいつの間にか花織が俺にいつも言ってる言葉を覚えてしまった。
「キモくないって」
そう言って指を差し出すと、ハナちゃんは、ちょん、とその指先に乗った。
そして首をかしげながら、もう一度だけ口を開く。
『きも』
「お前はそれしか覚えてないのか」
思わず苦笑する。
ハナちゃんに餌をあげた後、俺は洗面台の鏡の前に立って、頭の具合を確認した。
長かった髪の毛がなくなったことで、頭は軽くなった。
似合ってるかと言われれば、正直、自信がない。でも、これでシャンプーもドライヤーもあっという間に終わると思うと、それだけで十分だ。
その夜、風呂場で頭を洗ってみると、十秒もかからないうちに全ての工程が終わった。
「坊主、最高かもしれない」
タオルで軽く拭くだけで髪はほとんど乾いてしまう。ドライヤー要らずだ。
今まで何十分もかけて髪を乾かしていた日々が少しだけ馬鹿らしく思えた。
リビングへ戻ると、肩に飛んできたハナちゃんが満足そうに一言。
『きも』
「褒め言葉ってことにしとくよ」
そう返すと、ハナちゃんは「ピッ」と鳴いて羽を震わせた。
明日から学校が始まる。
高校一年の後半。
ドキドキしてきた。花織の言う通り、笑われるかもしれない。でもまぁ、俺が坊主にしたところで何も変わらないか。一軍じゃあるまいし。
そんなこんなで、眠りについた。




